序章 始まりの人形
夜も耽り闇夜が世界を覆う中、その黒色や白色の顔をした人々は、なす術もなかった。
彼女は、生きていた。感情があった。
「ふふ、ふふふ……」
彼女は、笑った。その、足下よりももっと下方に倒れ伏す有機物を見下ろし、見下し。
――血の海。正にその言葉が相応しかった。そんな場の惨状を前に、彼女は笑っていた。
「ふふ、ふふふ……」
赤く裂けた笑み。赤く濡れた体。赤く鮮やかで綺麗な、淡い朱色の椿模様の立派な着物。流れるような艶やかな黒髪。何処か一国の姫のような垢抜けた印象を与える彼女は、彼女の母国から見て外国と呼べるであろうこの場に、非常に不自然であった。
それ以外にも、不自然である。最も異様で異質。血の海に倒れ伏す人々の、膝丈にさえ届かない低さの彼女は……。
――身長四十センチほどしかない、彼女は――。
それがいつだったかは分からない。ただ、ある時、物好きの違法取引によって、一体の人形がこの日本国に持ち込まれたのだ。
持ち込まれた人形は、一見何の変哲もないただの、市松人形と呼ばれる部類の日本人形。
しかし、これは呪いの人形だとか、様々な曰わく付きの在来りな話がついて回る人形である。
ここまでなら、有り勝ちな都市伝説か噂の類だと思うだろう。ただ、そんな有り勝ちな話と少し違うのは、これは警察も出てくるほどの代物であるということだ。
その人形がどういった経緯で何処で造られ、何故海外に居たか、どういった経緯で日本の何処に来て、今何処に居るのか。何も情報は無い。
ただ、その人形はれっきとした“殺人鬼”だということ。実際に対峙したことのある警察という機関だけが、それを知っていた。