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観察者の本質

 元々、研究棟には人が少ない。

 何しろ患者の急増で、医者と名称の着くものは全て病棟にかき集められていたせいだ。

 その閑散としていた研究棟へ行くための廊下を、不死者たちの集団を引き連れ逃げ回る松畑隆二がいた。病院の廊下は患者の搬送やリハビリなどに使うので、障害になるような物は置かれていない。せいぜい言って長椅子やストレッチャーぐらいだ。


 そのストレッチャーを次々に不死者たちに向かって押し出す、多少は足止めぐらいにはなるが彼等は構わずに近づいて来る。慌てた隆二はとっさに近くにあった非常ボタンを押し込んでいた。本来は動物を使った実験の時に、動物を逃がさないようにする為の非常装置作動用ボタンだ。 これを使うと研究棟の全ての出入り口にある隔壁が降りてくる。


 研究棟内に非常ベルが鳴り響き、動作開始を知らせる赤色のパトロールランプが回転し、鋼鉄の隔壁が徐々に降りてくる。しかしながら、その降下速度は遅く、隆二は相変わらず廊下を走り回る羽目になってしまった。


 見ると廊下の向こうから不死者たちが迫ってくる、研究棟へかかる渡り廊下の最後のドアを手で抑えながら、心の中で”早く早く”と念じていた。やがてドアに取り憑いた不死者たちはドアをたたき出した。その力は強く、ドアはミシミシと音を立ててたわみ始めている。


「くぅ! このままじゃ、押さえ切れん!」

 やがて歪んだドアの隙間から、不死者の手が伸ばされ始め、隆二を捕まえようとその手は空を切っている。ドアを支えながら隔壁を見ると、やっと腰の高さまでに降りて来ていた。

「あ、あと、少し!」

 ドアの隙間から不死者の顔が見える、恐らくは噛みつかれた時に食いちぎられたのであろう、唇とその周りの肉が無く歯茎と歯が丸見えになっている。更に口が耳まで裂けていて、口だけで顔の半分近くも占めているようだ。その様子の禍々しさに隆二は恐怖を感じ取った。

「ひぃっ」

 その不死者の醜さに顔を背けて、隔壁を見ると今度は膝の高さまで降りている。

「よし! 今だ!」

 隆二は隔壁が降りきる前に、隔壁をくぐり抜けるように滑り込んだ。ドアは押さえる者が居なくなったため、取り憑いていた不死者たちが雪崩のように廊下に溢れ出て来た。何人か倒れこんだが、その上を平気で乗り越え歩いてくる。

 それらは隆二のいる隔壁の方へ、不死者たちが大きな咆哮を上げながら迫ってくる。

しかし、不死者たちはくぐるという動作が出来ないらしく、隔壁にその身体をドシンドシンとぶつけて吼えていた。

 やがて隔壁がズシンと音を立てて降りきり、警報音がピタリと止んだ。

そしてその壁に背中を預け、隆二は肩で息をしながら呟いた。

「な、何だ? あれ?」

 いきなりだったので冷静に観察する暇が無かったのだが、確かに死んだ患者が動いているのを思い出した。

「あの患者さんは確かに死んでたよな……動いてるって事は誤診してしまったのか?」

振り返ると隔壁の覗き窓の強化ガラスに不死者が貼り付いてる、吠えているのだろう口をパクパクさせている。

 中には見知っている顔もいる、同僚の遠藤だった。

だが隆二が覚えてる遠藤では無く、目が白濁し口や白衣に血をべっとりと着けている不死者のそれだった。

 隔壁の向こうを見ると結構な人数がいるが、彼等はただ吠えて隔壁を叩いているだけだ。

 此処なら逃げ出せないが侵入もされないはず、 取り敢えず管理室に行って状況を確認しようと階段を降りていった。

「アイツらが、こっちの棟で発生していないと良いんだがな……」

その人の居ない研究棟の廊下を、隆二は慎重に歩いて警備室に向かって歩いている。

 辿り着いた警備室のドアの窓から中を覗いてみると人影が見える。

「くっ、ヤツらか?」

隆二は静かにドアを開け、傍にあった花瓶を手に取り振り上げた。

 だが、様子がおかしい……泣いているのだ。

 研究棟の警備室に居たのは、 同じように逃げ込んできた鈴木温子だった。

温子はモニターを一望出来る椅子に座って泣きじゃくっていた。

 最初はいきなり入ってきた隆二に驚いたが不死者では無いことが判ると安心して、また泣きだしてしまった。

「他の階の様子はどうですか?」

隆二はそんな温子の肩に手を置き訪ねた。

「あの死体みたいのだらけです、何なんですか、あれは?」

温子は泣きながら龍二に尋ねた。

「……僕には解りません、 知っているのは人に噛みついて来るぐらいです。」

温子はがっくりとうなだれてしまった。

 隆二はこういう時でも気の利いた言葉が出て来ない、いつものようにぶっきらぼうに答えてしまう。

励ましの言葉でもかけてやれば良いのに、咄嗟に出て来ない。

見た目は良いのに彼女が出来ない訳だ。

「あっ! この人……」

温子がモニターに写る女性を指差した。

「どうしました?」

隆二は怪訝な顔で温子に尋ねた。

「一緒に逃げてた人……途中ではぐれちゃったけど……歩く死体みたいになってる!」

温子は呆けたようにモニターに見入ってる。

モニターにはクリーム色のスーツを着た女性が、首と胴体に血のような跡を付けたまま、フラフラと歩いている様子が写っている。

「途中まで一緒……そうか、噛みつかれると感染して、同じようになってしまうのか!」

隆二は驚愕してしまった、医学の常識では考えられないことだ。

それに噛みつかれると不死者になる、どうりでさっきの不死者の中に見知った顔が有った筈だ。

「……まるでゾンビ映画みたい」

温子はポツンと漏らした。

 ゾンビ映画と違うのは、こちらの不死者は人肉を食べるのでは無く、噛みつくだけだという事ぐらいだろうか。

 隆二はその時になってあの致死性インフルエンザが原因なのだろうと思い至った。

 それと同時に、何としてもあの歩く死体を、捕獲する必要性を感じ取っていた。

「原因を追究せねば……このままでは人類が滅んでしまう。」

噛みつき接触で感染するという事は、媒体となるウィルス等が居るはずだ。

きっと唾液に含まれている違いないと推測した。

ウィルスさえあればワクチンを作れるかもしれない。

 そんな事を考えていると、急に黙り込んだ隆二を心配そうに温子が覗き込んだ。

温子はその時、目に付いたモニターが有った。

そのモニターには研究棟に逃げ込んで来ようとしている中年男性が映っている。

「ああ……そっちは駄目!」

温子は思わず叫んだ、中年男性が逃げる先に不死者が居るのが見えたからだ。

 もちろん、管理室から離れているであろう彼に聞こえるはずが無い。

彼が廊下を曲がった時に、不死者の群れにぶつかった。

そして後ろを気にしながら走っていたせいで、対応が遅れ首に噛みつかれてしまった。

彼は首に噛みついた不死者の顔を手で引き剥がし、ストレッチャーで防御しようとしていたが、モニターでも解るくらいに夥しい血が首から溢れている。

 他の不死者も彼に食らいつこうして、ストレッチャー越しに手を延ばしている。

 やがて彼が咳き込むような動作をしはじめ、暫くすると彼は動かなくなってしまった。

それまで不死者を抑えつけていた、ストレッチャーが力無く転がると、彼はその場に座り込んでしまった。

 それと同時に周りの不死者たちは、彼に対する興味を失ったらしく、彼の周りから離れていった。

「あぁ、助けて上げられなかった。」

温子は目の前で起きた悲劇に対して目に涙を溜めて嘆いた。

しかし、隆二は違っていた。

「彼らは生きている人間と不死者の区別が付くようですね。」

隆二は不死者たちが発症した中年男性から一斉に興味を失った事を言っていた。

「へ?」

温子はとっさに隆二が何を言い出しのか理解出来なかった。

「それと首に噛みついてから数分で発症していたようですね。」

隆二はメモ帳に、その事を書き留めながら言った。

「……今、目の前で人が襲われて、死んだんですよ!?」

温子は惨劇を目前にして、淡々とメモを取り続ける隆二に怒りが湧いて来た。

「え? あの男性はお知合いですか? そうなら、お悔やみ申し上げます」

隆二には温子の抗議の真意が判らなかった。

「いえ……違いますけど……」

温子は予想外な返事に戸惑ってしまった。

「じゃあ、いいじゃないですか。それに何か出来る訳じゃないし……」

相変わらず冷静に喋る隆二。

「こ、この人……」

温子はとんでも無い奴と一緒に居る事になったのではと考え始めた。

 そんな温子の冷ややかな視線を気にもかけずに、隆二は不死者の観察記録を続けている。

「首に噛み付くとウィルスが唾液から血管に侵入する、そしてウィルスは脳に到達して人間を乗っ取る、と……」

「血液が心臓を出てから動脈を通って末端へ行って、今度は静脈を通って、また心臓へ帰って来るまでの時間が約1分、辻褄が合うな」

メモ帳に何事か書付ながら感心している。

「じゃあ、効率良く人間を乗っ取る為に首に噛み付くのか……」

自分の考えたウィルスの仕組みに感心しつつ、やがて大きな疑問に当たった。

「どうやってそんな事を取得したのだろう?」

隆二は、メモ帳片手に警備室の部屋中をうろついた、考えに集中したいときの癖だ。

 温子はそんな隆二を目で追っている。

 放って置くと何をしでかすか判らないと、隆二の事をマッドサイエンティストの様に思え始めたのだ。

あながち間違ってはいない、研究に没頭するあまり、人付き合いが苦手な隆二は、よく人に誤解されてしまう。

もっとも本人はそんな人の目など、歯牙にもかけないで我が道をスタスタと行ってしまうのだが……

 温子がふと警備室の壁際を見ると、机にパソコンと小型ラジオがあるのに気がついた。

「そういえば外はどうなっているんだろう?」

 病院の中ですらこうだ、外はもっとひどいことになっているに違いないと、温子は小型ラジオを手に取り電源のスイッチを入れる。

 小型ラジオからはニュースを読み上げる男性アナウンサーの声を聞こえて来た。

『……都市部に措いては、暴動のような状態になっており、人格の破綻した人間が人間を襲うという、俄かに信じられない事件が、多数起こっている模様です。』

死者が動き出して人を襲うという事は発表しないようだ。

でも、それが肝心な情報のはずだが、必要な事は伝えないのが役人の仕事なのだろう。

『現在、政府から避難勧告が出ている地域は関東、東北、東海・ 甲信越となっております。 人通りの多い地域へ行くのを避け、自宅に待避するか避難場所に行き、関係機関の救援をお待ち下さい。』

いよいよ政府も気がついたみたいだが、今更有効な手立てを立てれるのだろうか?

それとも、いつものように対策会議とやらをたくさん作って悦に入るんだろうか?

正常な人間が在宅していると、どうやって知らせれば良いのだろうか?

ヤツラからどうやって身を守れと言うんだ?

疑問点が次々と湧き出てくる、そしてそれを伝える術が無い。

 隆二はあてにならない政府の発表にため息がでた。

”まずは自分が出来る事をしよう”

と考え、パソコンを起動してインターネットで情報を探り始めた。


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