操る構造体
松畑隆二が子供たちを、無事に連れて帰ってくると、鈴木温子が歓喜しながら出迎えてくれた。
「先生って強いんですね、監視モニターで見ながら応援してました」
隆二の意外な一面を、知ってはしゃぐ温子。
「えぇ、通信教育で空手を習ってましたからね」
隆二は得意げに、前髪をかき揚げながら言った。
「おぉ、それは凄い!」
全員が揃って褒めてきた。
どうやら隆二の渾身のギャグは滑ったようだ。
「……え? ……コホン」
軽く咳払いをして、隆二はこれからの事を、話し始めた。
「とりあず食糧とか飲料水の確保とかあるのですが、木村さんお願い出来ますか? 僕は柴田先生と病原ウイルスの特定に専念したいんです」
隆二は、一番生活力の有りそうな、木村にグループのリーダー役を求めた。
「ああ、任せてくれ。先生方はヤツらを、やっつける方法を考える事に、専念してくださいよ」
木村は快く引き受けてくれた、子供たちの事は主に温子が見るそうだ。
そして、木村は現状を把握すると言って、研究棟の設計図を調べ始めた。
この研究棟はソーラーパネルを持っていて、例え隔離されていても自前で電源を配給できるようになっている。
そうしないと、病原体の漏洩が起きた時に、停電にでもなったらシャレにならない事態になるからだ。
水も地下水を汲み上げているし、中水(トイレの洗浄などに使われる)は循環水を使っているようだ。
電源は当分問題ない、食料さえ手に入れば、ここは理想的な籠城場所だなと木村は思った。
隆二は、柴田や看護師の冨田奈菜緒・宮沢夏帆らに、今後のウィルス採取について意見を求めた。
「私は不死者の発生は、ウィルスの変異体だと考えています」
隆二はウィルスに関する観察経過を説明した。
「ウィルスだと考えると、感染は体液による感染でしょう、だからこそ彼等は噛みつきたがる」
柴田は先の戦闘中に感じていた事を話し始めた。
「奴らの血を多少なら浴びても平気なようですし、唾液以外では感染力はなさそうですね」
冨田は戦闘中に、何度も返り血を浴びていた。
しかし、時間が経っても発症しないので、不思議に思っていたのだ。
「ただし、噛まれて即座に発病することから、 血中に入ってからの、増殖速度がかなり強いものかと思います」
隆二は、ここに逃げ込んだときに見た、不死者に噛まれた中年男性の事を話した。
「ふむふむ、という事は、ウィルスは患者の唾液中に、多く存在するんですね」
柴田はこれまで見て来た、不死者たちに噛まれた者たちが、不死者になる様子を思い浮かべた。
「確か人間の心臓が送り出す血液は、1分ぐらいでまた心臓に帰ってくると、言われていますね」
横から温子が、人間の血液循環の説明した。
「その半分の速度として、最速30秒で脳に到達するのか……それで不死化するのに、個人差があるのか」
隆二は観察していた時の違和感を思い出して言った。
「それでも驚異的な速度で、体を乗っ取られてます、恐らく脳幹や海馬あたりに、潜んでいると考えられますね」
柴田が隆二の観察から得た結果の所感を言っている。
ただ、どうやって人間を操っているのかは不明だった。
「まるでデタラメなウィルスですね」
宮沢夏帆が溜め息混じりに呟いた。
「……これは自然のものではないのかも知れないね」
柴田が言った。
「バイオ兵器の流出事故、とも考えられますが、推定している発生場所が、壊滅状態なので、原因を特定できません」
隆二が何処とも連絡が取れて無いことに言及する。
「生存に適していて、尚且つ能動的に、場所を移動出来、しかも虚弱な生物……彼らにとって、人間は非常に優秀な培養場所なのですよ」
柴田は、このウィルスの小賢しさに舌を巻いたのだった。
「つまり、自分を複製し続ける……それのみに特化したウィルスです、その為に宿主の意識を乗っ取り、複製させるための行為=噛みつきを、やらせているのです」
これまでに、判明している事を、隆二は纏めてみせた。
「勿論、今のところ、観察した結果での推論にしか、過ぎません」
隆二の話は核心になりつつある、もし皆に嫌だと言われたら一人でやらなければならなくなる。
「そこで、確かめる方法は只一つ」
隆二が捕獲の事を話そうとした時。
「ヤツらを捕まえるんですか?」
木村が事も無げに言った。
「はい、是非とも協力を御願いします、我々は不死者ウィルスを特定し、対不死者ワクチンを作りだし、ヤツらを無力化しなくてはなりません」
隆二はグループ全員を見回しながら言った。
恐らくまともな研究室で、この不死者ウィルスの探究を出来るのは、自分たちだけであろうと考えていたのだ。
「どうやって捕まえるんですか?」
温子が、あの恐ろしい不死者相手に、どう立ち向かうのかを聞いてきた。
「ゴミ箱を被せるんです、噛まれなくなるから、色々と応用が利いて便利ですよ」
隆二はゴミ箱作戦を説明した。
「ああ、2階でやってた方法ですね、不謹慎でしたが笑ってしまいました」
隆二が木村たちを助ける様子を語って聞かせた。
「その方法は良いですね、それでいきましょうよ」
木村はゴミ箱作戦が気に入ったようだった。
警備室を出て、1階へ通じる階段の所に、不死者が居るので、そいつを捕まえる事にした。
温子が研究棟に逃げて来た時に、一緒になって逃げていたが、捕まってしまった女性の不死者だ。
その女性はOLだったのだろう、薄いクリーム色のスーツ姿で、階段に差し掛かるホールに居た。
首と肩に噛まれた形跡があり、スーツには血の飛沫が見て取れる。
木村はパイプ椅子を手に持って、隆二の合図を待っている。
そして隆二は柴田の合図を待っていた。
その廊下にはクリーム色スーツの不死者以外もいる可能性があるので、柴田に探って貰っているのだ。
”ヒャッハー” ”ガスッ!”
何度か聞こえてくる音に、柴田が無双状態に成っているのが、手に取るように解る。
そういえば冨田さんが言っていた、”柴田医師に斧を渡すと変なスイッチが入る”ってのは、このことだったのか……と、隆二は納得した。
暫くすると廊下の奥から、柴田がニコニコしながら現れて、『もう大丈夫』と言ってきた。
そこで隆二は、捕獲チームに開始を告げた。
木村がパイプ椅子で押さえつけ、隆二がゴミ箱を被せて、冨田がガムテープで拘束する手筈だ。
柴田には万が一に備えて、周りの見張りを頼んでおいた。
隆二が手許にあったプラスチックのコップを、不死者の斜め前に投げつける。
カラカラと音を立てて転がったコップに反応して、不死者はそちらに行こうとした時、木村がパイプ椅子で押さえつけた。
そのタイミングで、隆二がゴミ箱を被せて、冨田がテープで手足をぐるぐる巻きにした。
「これでひとまず安心です、警備室の隣の研究室に入れておきましょうか」
隆二たちは不死者を台車に載せて、研究室に運んだ。
その研究室にはクリーンルームがあり、閉じこめておくには都合が良かったのだ。
取り敢えず、柴田医師と手分けして、体温を計ったり心音を計ったりしたが、全て無かった。
不死者は、医学的には死亡しているのが確認できたのだ。
そして、不死者の唾液から、ウィルスの分離を試みる。
「そいつを押さえつけてください」
隆二は暴れる不死者の口に、長いスポイトを差し込み、その唾液を採取した。
サンプルを採取した不死者は、一時的に使用しない研究室に閉じ込める事にしてある。
勿論、ゴミ箱は被せたままだ、これなら万が一逃げ出しても害はない。
それに後で、ワクチンの効果を確かめるのに、不死者は必要になるからだ。
「この顕微鏡で見つけるの?」
柴田は研究室に置いてあった、光学顕微鏡を指差した。
「先生! ほとんどウイルスは 300nm以下と非常に小さくて、電子顕微鏡でないと見ることは出来ません」
冨田は柴田を諭し、その向かい側にある、馬鹿でかい装置を指差した。
導入されたばかりらしく、ピカピカで操作パネルには、様々なボタンとスライダーが並んでいた。
「さぁな。使い方がわからん、私は外科医なもんでね」
柴田はボタンが3つ以上付いた装置は苦手なのだ。
「大丈夫、時間ならいくらでも有りますから、ゆっくり覚えてください」
隆二は操作する順番を、紙に書いて冨田に渡した。
冨田は仕事が出来た事を、嬉々として操作に専念している。
隆二が操作すれば何倍も早いのだが、電子顕微鏡で撮影された画像の検証に専念したいのだ。
そして、柴田と作業を始めてから、何時間かたった頃に柴田がぽつりと呟いた。
「うーん。これは本当に珍しいですね。と言うより、これまで見た事がない」
と、柴田は1枚の画像見ながら、頭をぽりぽりと掻いた。
そう見つける事は簡単だった。
そのウィルスは、常識的な形状も大きさもしていなかったのだ。
これでは、常識に縛り付けられている、学者たちには無理だったろう。
「これだな……しかし、大きさがデカいな」
ピラミッド構造を2つ張り合わせたような、不死者ウィルスを眺めながら隆二は呟いた。
”どうして人間だけなんだろう?”
隆二は構造体を見た時、不思議に思った。
”もし、猿などを宿主にしていたら、人間なんか敵わなかったろうに……”
猿の戦闘能力は非常に高い、素手だと1対1では敵わないだろう。
しかし、この構造体が選んだ相手は人間だった。
その不可解な感染方法に疑問を抱いた。
そして、他の哺乳類に感染するか、確かめる必要に気がついた隆二であった。




