表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉のコドク  作者: 百舌巌


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/67

この世の真理

 いつもなら検体を操る機械音や、エアコンの作動音などで、満たされているのに、今は静寂を通り越して無音の世界。

そんな中を”コツコツ”という自分の足音が、静かな廊下に大きく響き渡る。

 昨日まで信じられていた儚い秩序は崩壊してしまった。

「人の夢と書いて儚いか……昔の人は巧い事を言うねぇ」

松畑隆二は、そう呟いた。

「何を履かないの? 靴下?」

ゆりあはおんぶされたまま、隆二の背中から尋ねて来た。

「その履かないじゃなくて、んー、儚いと言うのはね、むなしく消えていく様子の事を言うんだよ」

まるで、学生に講義するように説明する隆二。

「んー、ゆりあ、難しくてわかんないです」

頭の上にデカイ『?』マークを浮かべたように、ゆりあは返事した。

「もう、ちょっと大きくなると判るようになるさ」

 隆二は、困惑顔のゆりあに優しく言った。

”そんな未来があればいいんだけどね”

そんな身も蓋もないことを、隆二は密かに思うに留める。

 その時、手を繋いでいた浩一が、隆二の手を引いた。

「ん、何?」

少ししゃがんで、浩一に聞いた。

浩一は前方を指差してポツリと言った。

「……あいつらが居るよ」

 見ると目指している部屋の前に、何人かの不死者が群がっていた。

”どうしようか……”

背中にゆりあ、片手に浩一では闘いようが無い。

 そこで隆二は、すぐ近くの研究室に、2人を避難させることにした。

中を覗くと研究室には、幸い不死者はおらず、背の高い本棚がある。

 研究資料のバインダーなどを、仕舞っておく書架だ。

一番高い所に上がっていれば、不死者も手が届かないだろう。

「あいつらが居る部屋に人がいるんだ、僕は助けに行ってくる、君らはここで隠れているんだ、いいね?」

隆二は2人に言い聞かせて、書架を登るように言った。

「必ず、迎えに来てね?」

ゆりあは隆二に聞いてきた。

「大丈夫、必ず迎えに来るから、だからお兄ちゃんの言うことを聞いてね」

「浩一君、ゆりあちゃんの事を頼むね」

2人の頭を交互に撫で、頷きながらそう言い聞かせた。

「うん、おじさんも頑張ってね」

”おじさん”の一言でガクッとなったが、気を取り直して、部屋の片隅にある掃除用具入れを開けた。

 そして、掃除用モップを手に持って、笑顔で手を振って、廊下に出て行った。

子供たちは指をいっぱいに広げて、隆二に手を振ってくれている。

死ぬつもりも犠牲になるつもりも無い、必ず帰ってくると隆二は思った。

 廊下に出た時、隆二はどうやって闘うかを考えた。

まず掃除用モップで抑えつけて、斧で頭をかち割る。

このシンプルな作戦で行こうと、隆二は決めていた。

 問題はドアの前に3体もいる事だ。

いくら何でも、3体同時に相手する事は出来ない。

 そこで、隆二は良いことを思い付いた。

各自が机に置いている、プラスチックの丸いゴミ箱を、頭に被せるのだ。

 これで噛まれる心配が無くなる。

 不死者の知能は、とても低くなっていると推測出来るので、ごみ箱を外せないだろうと、踏んでいたのだ。

隆二は事務室から、ゴミ箱を持ってきて、後ろからそっと近付き、まず端の1人に被せてみた。

 隣の不死者は気にもしないでドアを叩き続けている。

被せた奴も、気にしてないようだ。

 彼もドアを叩いていた。

透明なプラスチックの奴だから、気がついていないのかもしれない。

残りの2体にも、ゴミ箱を被せ、落ち着いて、斧を頭に突き立てていった。

 最初は、かなり気が滅入ってしまったが、数をコナす内に慣れてしまったようだ。



 部屋の中には宮沢夏帆と木村和彦がいた。

夏帆を2段重ねにした机の上に避難させ、和彦は次々とやってくる不死者を、右に左にとなぎ払っていた。

夏帆は武器のつもりなのか、掃除で使うコロコロを手に持ち、机の上で震えていた。

「くっそ、なんで死なないんだ! こいつら」

 首が曲がって居るもの、腕が肩から外れかかっているもの、足が片方違う方向を向いているもの。

すべて木村がやったが、どれも致命傷にならず、しばらくすると木村に立ち向かって来るのだった。

筋肉に脳みそが付いている風の、屈強な木村であったが、さすがに疲れてきている。

 肩で息をしながら、流れる汗を拭っていた。

腕に噛みつき防止用に、週刊誌を巻いてあるが、何度もの攻防でもうボロボロになっていた。

 そこに足の向きが違う不死者が噛みついてきた。

「くそっ」

咄嗟に防いだが、今度は噛みついた不死者を振りほどけない。

ぎりぎりと週刊誌の紙を、噛む音が耳に届いてくる。

空いた片方の手で、何か無いかと空間をまさぐるが、何も掴めず空を切るばかりだ。

 その時に、噛みついている不死者が、ふいに横に飛んで行った。

「頭をつぶすんですよ」

隆二がモップで薙ぎ払いながらいったのだ。

 横に飛んで行った不死者の頭を、斧の棒の部分で突き刺す。

その隆二に、首が曲がった不死者が取りついた。

 それを木村が回し蹴りで蹴り飛ばした。

首の曲がった不死者は、机の向こうに飛んで行き、壁にぶつかり動かなくなった。

頚椎が折れたのであろう。

 腕が肩から外れかかっている不死者は、隆二が斧で頭を叩き潰した。

とりあえず、室内にいた不死者は始末できたようだ。

 ほっとしたのか、部屋にいた2人は隆二に気がついた。

「どうも、ありがとう。木村と申します、そちらの人が宮沢さんです」

木村が隆二に、片手を差し出し、挨拶してきた。

「いえいえ、こちらこそ。僕は松畑です」

隆二は少し照れたように言い、宮沢が机から降りるのを手伝いつつ、空いたほうの手で握手した。

「おひとりですか?」

木村は助けにきてくれた、隆二に問いかけた。

「いいえ、警備室に1人と、この先の研究室に子供が2人います」

隆二は子供たちの事を2人に話す。

「あと、3階に2人いますので、ちょっと迎えに行ってきます、お二人は警備室に行って休んで下さい」

取り敢えず、ずっと戦い続けて、ヘトヘトになってる2人に、先に行って休憩するように、促してみた。

「じゃあ、僕も行きましょう、1人より2人の方が闘い安いですから」

木村は手助けを申し出た、正直有難いと隆二は思った。

「研究室の子供2人は、私が迎えに行きますから、安心してください」

宮沢が武器のコロコロを、胸に掲げたまま言った。

「お願いします、それと研究室から動かないで貰えますか? ウロウロするより、鍵がかかる研究室のほうが安全ですからね」

隆二は、そう宮沢に忠告すると、木村に頷き先を促した。

「はい、木村さんも松畑さんも気をつけてね」

宮沢は2人の背中に声をかけ、子供たちの居る研究室にむかったのだった。

隆二は、木村と共に3階に向かう途中の階段で嘆いていた。

「しかし、死ぬことすら叶わないとは、神の慈悲とやらはどこにいったんだか……」

隆二は、ため息交じりに呟いた。

「あははは、何を勘違いしてるんですか、元々神は人間なんか気にしてないんですよ」

木村は、にこやかに白い歯を見せながら答える。

「え? それって、どういう事ですか?」

困惑した隆二は、思わず木村に聞いた。

「松畑さんは、道を歩いてる時に、足元の蟻を気にしますか?」

 木村は事も無げに、この世の真理を語ったのだ。



 そのちょっと前の3階では、看護師の冨田奈菜緒が、無双状態になって、不死者たちと闘っていた。

鉄パイプのような物で、不死者たちを殴りつけて、寄せ付けないようにしている。

柴田秀幸医師は、机の上で所在なげ、体育座りにしている。

 最初は手伝おうとしてたのだが、物を投げれば富田に当たり、棒で足をひっかけようとしたら、富田を転ばせてしまう。

色々と邪魔をしてしまい、しまいには『机の上に座ってなさい!』と怒られてしまったのだ。

 しょぼんと座ってると、プルルルッと机上の電話が鳴った。

柴田が出てみると『警備室から架けています』と女性の声がした。

女性と話し込む柴田、電話が終わり冨田の方を向き怒鳴った。

「頭を叩き潰すんだそうです」

 柴田は電話で聞いた話を富田に伝えた。

 冨田は頷き、此方に向かってくる、不死者の頭に鉄パイプを振り下ろした。

”グチャ”

鈍い音がして、鉄パイプがめり込み、不死者の頭蓋骨は砕けた。

さっきまで、何度倒しても復活していた、不死者はあっけなく崩れ落ちた。

不死者たちの弱点が解れば、後は単純だ。

 冨田は、頭を中心に攻撃を加えている。

しかし、なかなかクリーンヒットしない、いくら武術の心得があると言っても難しいのだろう。

 柴田は机を降りて、消火設備の中から、斧を取り出した。

ここに窓から脱出用に斧が備わっていると、電話で教えてもらったのだ。

斧を持った柴田は、まず目の前にいる、不死者の頭に斧を突き立てた。

そして、冨田に噛みつこうとしている、不死者の頭を跳ね飛ばし、返す刀で横にいた不死者の頭を割った。

「そいつを、椅子で抑えつけてください」

冨田がパイプ椅子で、不死者を抑えつけて、柴田が頭に一撃を加えとどめを刺す。

「うおぉぉぉ」

柴田が雄叫びを上げながら、斧を振り回して、次々と不死者を葬っている。

 先程までの柴田とは違う様子に、”この人のスイッチは、斧だったのか……”と冨田は思った。

2人で連携し、室内にいた不死者たちは、瞬く間に駆逐されていった。

「ハァハァ……さっきの電話だと、此方に迎えが来てるそうですよ」

柴田は暴れすぎて、肩で息をしている。

そして疲れた体を壁にもたれながら、電話の内容を掻い摘んで話した。

「それじゃあ、此方から出向きましょう、またアイツらが来たら面倒です」

冨田は息を整えながら言った。

「……そうしますか」

柴田が起き上がろうとする、冨田に手を貸しながら言った。

2人は廊下に出て、階段に差し掛かると、階段から話し声が聞こえてきた。

神がどうのこうのと、なにやら難しい話しをしている。

「あなたわぁ、かみをぉしんじますかぁ?」

血塗れの顔に笑顔を浮かべ、血糊でギトギトの斧をかかげながら、いきなり尋ねてきた柴田に、隆二たちは腰を抜かさんばかりに驚いていた。

「あわわわ、すいません。なんかのスイッチが入ったみたいで……」

慌てた冨田が深く頭を下げ、怯えた2人に言い訳する。

「い、いえ……」

隆二が答えた、でもやっぱり怯えている。

「先程、警備室の女性から、お2人がこちらに向かってると、伺っていたので出向いてきました」

冨田が手短に伝える、柴田は自分のギャグが受けたと思い、傍らでニコニコしている。

「ああ、それは鈴木さんですね。……じゃあ、これで判っている生存者は全員なので、警備室に向かいましょうか」

隆二は登りかけた階段を、今度は降りだした。

 まだ、棟内に残っている不死者とか、食料などをどうするとか、問題は山ほどあるが、無事な生存者に会えたので”良し”とするかと隆二は思った


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ