○俺のパートナー
【一応コメディー】
『俺のパートナー』
ある日の夕方。
学校からの帰り道。俺は奇妙なコスプレ人を見かけた。
豪奢な黒いブーツに赤いマント、背中には剣を交差させて2本背負っている。髪の色は金色で瞳の色は青、という完璧すぎてもはやコスプレではなく本物か、と見間違うほどのその人物は夕暮れの中一人漠然と何をするでもなく立っていた。
ここは地球。そして現代日本。
魔法の国でもなければお伽の国でもない。勇者や王子がいていい世界ではないのだ。
あと、コスプレして平然と立っていていい場所でもない。
まぁとにもかくにも。
変人に関わるべからず。
俺はそいつを見なかったふりをしようと決め込み通り過ぎようとした。
だが、俺はここで気付くべきだったのかもしれない。
始まりの鐘はこの時すでに鳴り始まっていて、すでに終わっていた事に。
「やあやあそこの少年。ちょっと聞きたい事があるのだがいいかな?いいよね?立ち止まってくれたという事は、それは是と解釈していいという事だものな。そういう事だろう?違うかい?違うことはないだろうな。世の常識とは困っている人物を放っておけるようには出来ていないのだから」
後ろから聞こえるそいつの長々とした言葉の間、俺は口を挟む事も後ろを振り返る事も足を動かす事も逃げ出す事も出来なかった。
「少年少年。人が話している時はその人の方を向くのが基本だろう?そう親御に教えられなかったのか?まったく、ここの教育機関はどういう育て方をしているのか甚だ疑問だな」
そいつは喋りながら俺の前に回り込み、パチンッと指を鳴らした。すると、ポンッという音とともに一匹の黒猫が現れそいつの腕の中におさまる。
「ふむ、猫か。つまり君は犬より猫派という事か。まぁ、私も猫は嫌いではないのだが……犬も捨てがたいとは思わないかね?一般的に猫は気まぐれ、犬は忠実といわれているのだしどちらかと言われれば犬の方が役に立つだろうに、何故猫なのだ。君の趣向にとやかくいうつもりはないのだが、些か疑問でね」
さっきからとやかく言われっぱなしなんだが、と思いつつも石像のように立ち尽くすしか出来ない俺はなすすべがなかった。
そいつの腕の中で猫はぐっすりと眠っていた。その猫をそいつは何故か俺の頭の上にそっと乗せる。バランスよく乗せられたのか、そいつは得意げに笑った。
「よし。では、私はもう行くとしよう。時間がない、とは言わないがあまり話し込んでいても君に迷惑がかかるからな。君もこれからの時間があるだろうし。その猫を大事にな」
猫を大事にって、ちょっと待て!
とは言えず。
そいつは俺の前から消えた。
「何なんだ………」
呆然と立ち尽くす俺は、声が出た事によって硬直状態だった体が動かせるようになっている事に気付く。頭の上に乗っていた猫がずり落ちそうになったので慌てて頭から下ろし腕に抱く。
俺の腕の中ですやすやと眠る猫を見ながら、俺はどうしたものかと途方にくれた。
猫を渋々家で飼う事になって5日目。事件はその日の夕方に起きた。
大学からの帰り道、誰かの叫び声を聞いた俺は「何だ?事件か?」と興味本意でその声の方へと歩いていく。
俺が見たものはビルとビルの隙間に倒れている女性。「うわ…」と思ったがさすがに無視を決め込むわけにはいかなかったので、走りよって女性の体を揺すりながら声をかける。
「大丈夫ですか!」
「う…、ぅう…ん」
意識はあるようだ。
引ったくりにでもあったのだろうか、と辺りを見回すとさっきは女性に気をとられて気が付かなかったが、大型犬ぐらいの大きさの観葉植物らしき鉢植えっぽいものがそこにはあった。
「……………」
何故俺はさっきコレに気が付かなかったのだろうか。女性に気をとられていた、と言ってもコレに気が付かないとか……ありえなくね?
だって見てみろよ。
この観葉植物らしき鉢植えっぽいもの。葉っぱの部分から腕みたいなのが伸びてるんだぜ?鉢植えの所から足みたいなのが生えてるんだぜ?
着ぐるみでない事は見てわかる。あんな細い足と手で、中に人間が入っているわけがない。
そもそも上半身(?)はほぼ葉っぱ。
そんな観葉植物らしき鉢植えっぽいものは、俺をじっと見たあと(目はないんだがな)おもむろに自身の葉っぱを引きちぎり………
投擲した。
嫌な予感がしていた俺は、すんでの所でソレをかわした。何故葉っぱがあんなスピードで飛んでくる?何故切れ味抜群の刃物の如く壁に突き刺さる?
「どこぞのB級アニメかよ……」
冷や汗をたらりと流しながら観葉植物らしき鉢植えっぽいものと対峙する。このまま逃げたかった、というか関わりたくなかったのだが倒れている女性を置いて逃げるのは人として、男として、してはいけない事だと思ったのだ。
だが、どうする?
手元にあるのは大学の教材が数冊入った鞄が一つだけ。周りに武器になりそうなものもない。太刀打ち出来よう筈がない。
そんな時だった。
「月太君っ!これを!!」
振り向くとそこには猫の姿が。
「ね、猫が喋った!?」
猫が喋りましたよ!
しかもあれは今俺の家で飼ってる俺の猫ではあーりませんかっ!!
「驚くのは後!今はコレを!!」
そう言って猫は俺に丸いブローチらしきものを投げ渡す。
「それを持って、ムーンプリズムパワーメイクアップと叫ぶの!!」
「ちょっぉぉぉぉぉーーーっっっとまてぇぇーーーっっっい!!!!!!!!!」
俺は力の限りに叫んだ。
叫べと言われた、『ソレ』ではなしに、猫にストップをかける制止の『ソレ』を。
「な、何よ、早くしないと『よーま』が」
「おいおいおいおい、俺が知らないとでも思ってんのか?俺がそのアニメを知らないとでも思ってんのか?知ってるぞ、俺は知ってるぞ。この展開、そしてさっきのお前の言葉、俺は知っているんだぞ。何故知っているかって?はっ!俺には妹がいるからな。俺の妹は今そのアニメにはまっていてな。DVDを借りてきては見ているんだよ。いい歳してその中学生が美少女戦士に変身して悪と戦うアニメを楽しそうに見ているんだよっ!だから言わせてもらう!許可取ってんのか?それ使うにあたり許可はちゃんと取ってあるんだろうなぁ!!」
猫は「うぅ…」と唸った。
「じゃ、じゃあ、………サンライトプリズムパワーメイクアップと叫ぶのよ!」
「今取って付けたような変身呪文丸だしじゃねーかよっ!!『じゃあ』じゃねーよ!『じゃあ』じゃっ!!!しかも前半部分替えただけってひどくないか!?」
「早く変身しないとよーまがっ!!」
「丸無視かいっ!つか、しねーよ!するわけねーだろっ!つか早く変身しないと、ってさっきからあの鉢植え動かねぇーじゃねぇかよ!もしかしてアレか?俺の変身待ちってか?よく教育された鉢植えだな、おい!」
鉢植えは何故かぴくりとも動かない。まるで正義の味方が長い長い必殺技を決めるためのポーズをあれやこれやとしている間、何故か食らってあげるかのようにじっと待つ敵のように。
「何を言ってるのよ!貴方は選ばれた戦士なのよ!」
あ、言っちゃいましたよ。ついにソレ言っちゃいましたよ、あのくそ猫。
「戦士としての自覚を持つの!月太っ!」
「それ初回で言う台詞じゃねーだろっ!!」
怒鳴りすぎて疲れてきた。何なんだ、この茶番劇は。くだらない。実にくだらない。
俺は「はぁ」と一息つき、その場を立ち去る事に決めた。
「あ、ちょっちょっとどこ行くのよ!」
「帰るんだよ。こんなくだらない事に付き合ってやるほど俺は暇じゃないんでね」
ばいばーい、と手を振り歩きだした俺の後ろから猫の「危ないっ!」の声。振り返るとあの鉢植えが目の前にいて、俺に飛びかかってきた。
「うわぁっ!!!!!!」
俺はそのまま倒れ、鉢植えはそんな俺に乗っかり両手で首を絞め始めた。
「…ぐっ………っ!!」
あまりの苦しさに必死になって首を絞める鉢植えの両手を外そうとするがびくともしない。爪を立ててみるが相手が怯む様子はない。
く、苦しい……!!
マジで殺す気…か…っ!!
意識が遠退きそうになる中、あのくそ猫が叫ぶ声が聞こえる。
「月太ぁ!叫んで!サンライトプリズムパワーメイクアップよ!!」
死んでも言うか、と思っていたが今はマジで死にそうだ。最後のやけだ。良いだろう、言ってやろうじゃねーか。叫んでやろうじゃねーかっ!!
俺は息も絶え絶えに叫んだ。
「さ……んらい…っ…っとっ……ぷり…っず…む…っめ……ぇいく………あっ…………ぁぷ…っ」
俺の手にしていたブローチらしきものが光輝き、俺は暖かい光に包まれた。俺の耳にはあのアニメの、変身シーンに流れる曲が聞こえた気がした。もしかしたら俺の頭が想像して俺の脳内にだけ流していたのかもしれないが。
その後の展開は、きっとお分かり頂けるだろう。
俺は必殺技「サンライトアクション」で敵を撃ち破った。
「やったわ!セーラーサンライト!これからも悪の組織『だーくないと』と戦うために頑張っていきましょうねっ!」
このくそ猫はこんな俺を見て、何故そんな言葉を哀れむでもなく言えるのだろうか。
俺の顔は年甲斐にもなく流した涙で濡れていた。
「美男子戦士、セーラーサンライトの登場よっ!!」
今回は普通の後書きです。
最後まで読んで下さった方、ありがとうございました。ネタとなった某アニメは何か、お分かりになられましたでしょうか?
そうです。
あのアニメです。
そしてあの漫画です。
2013年夏にそのアニメの何かが始まるみたいですね。リメイクなのか、続編なのか、はたまた別の何かなのか……。主題歌をあのアイドルグループが歌うのだそうです。
このアニメが何なのか解らないと、多分面白くもなんともないんじゃないかな、と思います。
私は書いていて楽しかったのでありかな、と。
これ、大丈夫かな…?