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○21時のサンタクロース 2

【文学?】

『21時のサンタクロース2』

「では、こちらのトナカイと一緒にプレゼントを配ってきて頂きます。こちらが地図と子供の名前、住所が書かれた紙。そしてプレゼントです。プレゼントは重さがありますのでこちらのトナカイに持たせて頂いて結構です。どの子供にどのプレゼントを渡すかはこちらの紙に一緒に記載されておりますので、その都度ご確認下さい」


そう言って地図と紙とプレゼント、そして赤鼻のトナカイを紹介される。

トナカイ、と言っても着ぐるみなのだが。


「えーと…、宜しくお願いします…」


咲は初老のおじいさんの様な声を出し、ぺこりと頭を下げる。先程解ったことなのだが、咲がつけているマスクには変声機のようなものが付けられていたらしく、咲が喋ると変声機によって声が変わるらしかった。

それほど高くもなかった自分の声が、おじいさんの声になって耳に届く。細かい所までよくやるものだと関心する。


トナカイは無言で頭を下げ、プレゼントを担いで歩き出す。プレゼントは持ってくれるらしい。


「連絡用にこちらをお渡ししておきます。何かご不明な点など御座いましたら、アドレス帳にある番号におかけください。プレゼントを配り終えた後も、ご連絡頂ければと思います。では、お気をつけていってらっしゃいませ」


咲はいってきますと黒スーツの男性に頭を下げて、先に歩いていってしまったトナカイを追いかけた。







トナカイはエレベーターを止めて待っていてくれたので、一緒に乗り込み下へと向かう。エレベーター内は咲、トナカイ、プレゼントでひしめき合いわりとぎゅうぎゅうだった。咲は扉の前に陣取り後ろを伺う。


「……………」

「………」


無言がつらい。

エレベーター内は音もなく静かだった。ウィンという機械音だけが小さく鳴り続けるなか、咲はたまらず口を開く。


「プレゼント、重くないですか?」


トナカイは無言で頷く。


「その着ぐるみ、暑くないですか?」


トナカイはまたもや無言で頷く。


「それも貸衣装なんですか?」


トナカイは頷く。


「……トナカイさんは喋れないのですか?」


トナカイは頷く。


咲は早々に諦めた。




エレベーターが1階に着いて、扉がガシャンと開く。咲はエレベーターから降りるとビルの出入口に向かっててくてくと歩いていたのだが、後ろからトナカイがついてきていない事に気付き慌ててトナカイに声をかけた。


「トナカイさん!出口はこっちですよ!」


あらぬ方向に向かっていたトナカイを追いかけようとした咲に、トナカイは振り向いてビルの出入口を指差す。そっちにいろ、という事なのだろうか。


また歩き出したトナカイの背中をじっと見つめた後、咲はビルの出入口へと足を進めた。きっと他に何か用事でもあるのだろう。大人しく待っていよう。


出入口に近づくにつれ、あの陽気なサンタの歌声が聞こえてきた。まだあそこでサンタバイトの案内役をしているのだろうか、と思いつつ聞こえてくる歌声に耳を傾ける。

歌われているのは某有名クリスマスソング。全て英語の歌詞にも関わらず流暢に発音よく聞こえてくる歌声はどこか物悲しさも感じられた。


そのまま通り過ぎようと思っていた咲は、陽気サンタに何故か後ろから声をかけてしまった。


「上手ですね」


陽気サンタはびっくりしたような表情でばっと後ろを振り向いた。驚かせてしまったらしい。


「…びっくりしました。お褒めのお言葉ありがとうございます。嬉しいです…。これからプレゼント配りですか?」

「はい。トナカイさん待ちなんですけどね」


咲がそう言うと、陽気サンタはなるほどと笑う。


「あの車は見物ですよー。あれ1台完成するのに数週間かかってるって話ですから」

「車?」

「あれ?聞いてませんか?多分貴方のトナカイも車を取りに行ったと思うんですけど…」


なるほど。

トナカイさんはさっき駐車場に向かっていたのか。


「あー…うちのトナカイさんは無口なんです。喋れないみたいなんですよね」


苦笑がちに咲が言うと、陽気サンタはそれは残念なトナカイに当たりましたねーと、あははと笑った。


「貴方もバイトサンタなんですか?」


咲がそう聞くと、陽気サンタは首を横にふった。


「いえ、私は仕事ですよー。…あ、車来たみたいですね」


そう言った陽気サンタが指差す方を見れば、そこには見事にソリ仕様にされている車が止まるところだった。まさしくソリ。トナカイが引くソリ。ソリに4つのタイヤをつけた感じ。


「うわぁーっ、ホントにスッゴいですね!いくらぐらいかかってるんだろ」

「あはははは。どうなんでしょうねー?想像もつきませんよ。……ではではサンタクロース様、いってらっしゃい!」


陽気に手をふる陽気サンタにこちらも手をふり、ソリ仕様車の後部座席に乗り込む。隣にはプレゼント袋。トナカイさんが着ぐるみのまま運転している事に一抹の不安を感じつつも、咲は貰った地図、そして子供の住所と名前が書かれている紙を広げて見比べた。


そういえば、さっきの陽気サンタは私が私だということに気付いていたのだろうか。

陽気サンタは案内役。いちバイトの事なんて覚えてないかな。


「さて、トナカイさん。まずは近くから攻めていくのが妥当ですよね?」


トナカイはこくりと頷く。


「では、この沢井愛さんの所から行きましょう。場所はここです」


ナビが付いていなかったので、咲は地図で場所を指し示しながら住所を口にする。トナカイは地図をじっと見て頷いた。






さあ、サンタクロースの時間だ。


期待と興奮で高鳴る胸の鼓動。

知らず咲の顔には笑みが溢れた。










沢井愛の家には10分ほどで到着した。こじんまりとした赤い屋根の2階建ての一軒家。表札には『沢井』という文字だけが書かれている。


あらかじめ車の中で用意しておいた愛宛のプレゼントを手に持ち、咲はチャイムを押した。


「こんばんは。サンタクロースです」


インターホンに、出来るだけおじいさんっぽい口調で話しかける。サンタクロースじゃよ?にしようかとも思ったのだが、トナカイに首を横に振られたので断念した。数秒後、家の扉が開き中から小さな女の子が出てくる。


「さんたさんだーーっ!」


顔中に満面の笑みを張り付け、待ってましたとばかりに小さな体で勢いよく走る女児。愛というのはきっとこの子の事だろう。

愛は咲に体当たり…もとい抱きつき、しきりにきゃっきゃきゃっきゃとはしゃいでいる。愛はサンタクロースに会えてテンションMAXぎみだ。

咲はそんな愛の可愛さに頬を緩めつつ頭を撫でてやりながら、こちらを向かせる。


「君が愛ちゃんかな?」

「うんっ!!さんたさんっ、来てくれてありがとー。あいのとこにもちゃんと来たーっうれしいー!!」


飛び上がらんばかりの愛の顔前に、咲は手にしていた小さな箱をずいっと差し出す。


「よい子の愛ちゃんにわしからのクリスマスプレゼントじゃ。これからもお父さんお母さんの言うことをよく聞いてすくすくと育っておくれ」


愛は咲が差し出したプレゼントをきらきらとした瞳でじっと見つめたあと、そっと大事そうに受け取った。


「ありがとうさんたさん。あい、いっしょうだいじにする!!」


そう言って愛はプレゼントを胸に抱えて、玄関口から見ていた母親の所へと駆けていった。


手をふる愛に咲も同じようにして手をふり返し、トナカイが待つ車の後部座席に乗り込む。

茶色に色付けされた車の窓からは、まだ玄関さきでこちらを見ながら手をふる愛と母親が見てとれた。










「子供って可愛いですよね」


次のプレゼントを渡す子供の家へと向かう車中で、咲はトナカイに話しかける。

喋ってはくれないものの、何かしらの反応を見せてくれていたトナカイが、その咲の言葉については全くの無反応だった。子供が嫌いなのかな、と疑問に思いつつも咲は問いただすことはしなかった。

まだまだこれから行かなければならない場所が沢山ある。渡さなければならないプレゼントが山のようにある。

そして、まだ見ぬ子供達の笑顔がそこにある。



咲はよしっ!と自分の中で気合いを入れて地図と紙とプレゼントを眺めた。




「じゃよ?はやっぱりつけるべきだね」


トナカイは微妙に頭を揺らした。





「これ、本当に着なきゃいけないのか」


俺は机に置かれた赤鼻の鹿の着ぐるみを見ながら、椅子に座って仏頂面で携帯を弄くっている眼鏡女、田中に声をかける。


「組長の命令だもの。当たり前」


当たり前、か。

組長も何でまたこんな金持ちの奇っ怪な趣向に手を貸そうと思ったのか。

ため息をついて俺は渋々着ぐるみに手を伸ばした。


「なんやなんや、翼君はまーーだぐだぐだ言うとるんかいな。いい加減観念したらどうや。赤堀組の次期組長候補の名がすたるってもんやないかーいっ!」


後ろから肩に手を回して抱きついてきた男、いつもは外ハネ全壊の薄茶色の髪を綺麗にセットアップした金田はにやにや笑いながら俺を見る。


「次期組長候補って、それはお前だけが言ってる事じゃねーか。誤解を招くような事言うんじゃねーよ」

「えぇーー?俺、翼君押しやのにーー」

「俺はどこぞのアイドルか」

「アイドルとか、自意識過剰ですよ橋本さん。アイドルに失礼です」


田中が携帯を弄りながら此方をちらとも見ることなく毒づく。


「俺はこいつの冗談に突っ込んだだけで、自分がアイドルだなんてこれっぽっちも思ってねーよ」

「そうですか、それは残念です」

「残念やなぁ。俺、冗談で言うたんちゃうのに残念やわぁ」


こいつらと喋っていると疲れる。そう思いながら俺はのそのそと赤鼻の鹿の着ぐるみを着るのだった。


これから始まる【クリスマスにサンタが町にやってくるのですっ!】という謎のプロジェクト。赤堀組組長、赤堀市の市長、そして赤堀町一の金持ちが立ち上げたこのプロジェクトが、どうか無事に終わりますようにと願いながら。

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