○21時のサンタクロース 1
【文学?】
『21時のサンタクロース1』
《Outline》
アルバイト情報雑誌の『サンタバイト』に出かけた咲。だけど、そのバイトは何処か変な気配がしていて。
サンタクロースの仕事は至極明快である。
それは子供達にプレゼントを配ること。赤い服を着て、白いもじゃもじゃの髭をつけ、袋いっぱいに大小各々のプレゼントを詰めこみ、赤鼻のトナカイが引くソリに乗りながら、子供が寝静まった夜、星が彩る夜空を鈴を鳴らしながら舞い降りる。
そんなサンタクロースのお仕事が、よもやアルバイト情報誌に載っていようとは。
「はは」
高城咲は乾いた笑いを発しながらも、その文面から目を離せずにいた。
【サンタクロースのアルバイト募集。12月25日限定、プレゼント1個につき500円、年齢制限なし、面接不要、サンタクロースの仕事に興味のある方大募集。希望者は当日○○○ビル屋上に21時までにお集まり下さい。】
「サンタクロース……○○○ビル………面接なし……25日だから今日だよね」
咲は腕に嵌めている腕時計の時刻を確認する。現在の時刻は20時15分。書かれている集合時間までにはまだ時間に余裕がある。○○○ビルまではここからだと30分とかからない筈だから余裕で間に合うだろう。
咲は手にしていたアルバイト情報誌を丸め、肩からかけていた鞄にぞんざいに突っ込み、○○○ビルへと足を向けた。
咲がビルに着くと、ビルの入口前でサンタクロースの格好をした人物が一人で陽気に歌を歌っていた。
「あわてんぼうのサンタクロ〜ス〜♪クリスマスまえ〜にやってきた♪」
「………」
もうクリスマス当日だからその歌はどうなの、と思いつつ咲はその横を通りすぎてビルの中へと入る。
ビルの中は暖房が効いていて暖かったため、咲は着けていた手袋とマフラーを外す。コートは面倒だったので着たままにした。少し暑いが、集合場所である屋上へすぐに向かうので大丈夫だろう。
きょろきょろとエレベーターを探す。すぐにそれは見付けられたのだが、歩き出そうとしたところで先程ビル前にいた陽気なサンタに後ろから声をかけられ、咲は振り向く。
「もしもし、そこな人。もしやサンタバイトの希望者ですかい?」
はい、まぁ…と咲が答えるとそのサンタは「やっふいサンタ〜♪」と踊りながらこちらです、とエレベーターではなく近くの部屋に案内してくれた。屋上じゃないのか?と疑問に思いながらも咲はサンタについて行き、案内されるがままその部屋に入る。
「では、しばし此方でお待ちくださ〜い♪」
案内してくれたサンタは「サ、サンタ♪恋人はクロ〜ス♪」と歌い踊りながら部屋を出ていった。ドアがしまった後も陽気なサンタの歌は聞こえて、だんだんと遠ざかり消えていった。
「……………」
咲は部屋を見渡し、急に不安に陥る。まさかとは思うが、変なバイトとかだったらどうしようか、と。机も椅子もない質素な部屋。あるのは鍵のついた大きなケースが隅の方に大量に乱雑しているだけ。
「……………」
よし!やっぱ帰ろう!と回れ右して、入ってきたドアへと咲が手をかけようとした所で向こう側からドアが開かれた。
そこには黒いスーツを着て黒いサングラスをかけた女性が手に赤い服を持って立っていた。
「サンタバイトご希望の方ですね?大変お待たせいたしました。衣装をお持ちいたしましたのでこちらに着替えて屋上へとお越しください。荷物やコートは部屋にあるケースに入れて頂き、お手数ですがご一緒に屋上までお持ちください。衣装は服の上から着れるようになっておりますので、今着られているお召し物は脱がなくて大丈夫です。では」
無表情でそれだけ一気に言うと、黒スーツの女性は持っていた赤い服、サンタクロースの衣装を咲に渡して扉を閉めて行ってしまった。
「……どうしよ」
手にある赤い服を見つめ、帰ろうとしていた咲は呟く。数秒無言で考えたすえ、深くため息を吐き、咲はコートを脱いで綺麗に畳む。
上はコート型、下は厚手のズボン仕様の手渡された赤い服を身につけて、隅の方から適当なケースを持ってきて畳んだコートと鞄を入れて部屋を座した。
乱雑に置かれていたケースは全て空だった。
エレベーターを使い屋上へと行くと、目の前はカーテンで仕切られ見えないようにされていた。カーテンの前には、これまた黒いスーツの今度は男性が立っていて横に置いてあった机を指ししめし、「こちらにお名前とケースの番号を」とペンを渡される。
「ケースの番号?」
「ケースの鍵の部分に番号がふってあります。その番号をお書き下さい。ケースは此方でお預かり致しますので鍵をおかけくださいね。鍵はご自分でお持ち頂き保管ください」
咲は言われるままに紙に名前と鍵番号を書き、ケースに鍵をかけて男性に渡す。
「お帰りの際にお引き取りにいらして下さい」
そう言ってケースを角に置いて、男性は替わりにマスクと白いもじゃもじゃ、そして赤い帽子を咲に渡す。
「こちらをお付けください」
多分この白いもじゃもじゃは髭かな、と思いマスクをつけ髭をつける。帽子を被って、これで立派なサンタクロースの完成だ。顔の殆どが髭と帽子で隠れたので知り合いに会ったとしても私だと気付かれる事はまず無いだろう。
「それでは、いってらっしゃいませ」
男性はカーテンを引いた。咲はカーテンの外へと足を踏み出し、その人の多さに度肝を抜かれた。
腕に嵌めている咲の時計は、20時53分を指していた。