○勇者と魔王は俺と妹
【ファンタジー】
『勇者と魔王は俺と妹』
《Outline》
勇者として召喚された俺。その先にいたのは、魔王として召喚された俺の妹だった。
「おにいちゃん!?」
目の前には妹。魔王となった俺の妹。身長体重スリーサイズ、共に不明だが太っているわけでもなければ痩せているわけでもない、いたって普通の俺の妹。
そんな妹が、何故魔王?
俺は勇者だ。
異世界からこの国の王族によって魔王を退治するために召還された、ごくごく普通な高校2年生の一般男子である。
まぁ、召還されて勇者になって下さいと言われたからには?なるしかないし?英雄とか呼ばれるのも悪くないし?そう思って、引き受けた。
勿論、チート能力は貰ったさ。
だって死んじゃうし。
俺が俺のままだったら確実に死ぬし。確実以外の何物でもないし。死ぬのはごめんじゃん。いくらなんでも。
そして俺はチート能力を貰い、魔王退治に出かけたのだった。
チートって楽。ほんと楽。
俺は魔王城まですいすいっと楽チンに行けた。仲間集めとかいらなかったし。むしろイベント的なものも無しだったし。悲しいし。
そして俺は魔王城の最深部で俺を待っていた魔王と対峙した。黒いマントに黒い仮面。とにかく黒一色でコーディネイトされた魔王。
姿かたちは俺と同じだった。つまり人型。竜とか期待してただけにちょっと残念。そんな魔王は俺を見てこう言ったのだった。
「おにいちゃん!?」
その声には聞き覚えがあった。まさしく俺の妹の声じゃないか。
「夏夏、か?」
「そーだよっ!おにいちゃん、こんな所で何やってるの!?」
黒い仮面を外すと、そこには俺の妹の顔。「こんな所で何やってるの!?」は、こちらの台詞である。
「お前の方が何してんだよ?もしかしなくても魔王ってお前なのか?」
「もしかもしかしなくても、おにいちゃんが勇者なの?」
勇者と魔王。
兄と妹。
感動のご対面である。
「おにいちゃんも召還されたくちなの?」
「おにいちゃんもって……。まさかお前もなのか?俺はまたてっきり、『俺の妹の正体、驚愕の真実。それは、魔王だった』的な展開なんだろうと考えたんだが……」
妹だと思っていた俺の妹は、実は異世界から来た魔王でした。兄ちゃんびっくり。今まで普通の妹だと思って一緒に生活してきたというのに騙されたぜ、的な。
「なっ…!!違うに決まってんでしょ!!私は立派なちきゅう人!お父さんとお母さんの間にできた子供で、おにいちゃんの妹よ!!」
そ、そうか。解ったから落ち着け。今のは冗談だ。だから体に黒い渦がとぐろを巻くほど怒るんじゃない、妹よ。
こほん、と妹咳払い。
「それはともかく。私達二人ともがこんな所にいて……ちきゅうでお父さんとお母さんが心配してるんじゃ…?」
「だろうな。一人だけならまだしも子供が二人とも行方不明状態だもんな」
俺を呼び出した王族の話だと、こちらとちきゅうの時間軸は一緒。なのでこちらで過ごした時間、ちきゅうでは俺がいないことになっているらしい。親に連絡も出来るらしいのだが、それにはある儀式が必要らしく………。俺は丁重にお断りした。
こちらに来てから2、3週間ぐらい。家族仲はそこそこ良かったので家出だとは考えられていないだろう。となると、やはり誘拐、失踪、神隠しだとでも思われているのだろう。
兄妹二人とも。
「そーいえば、お前がこっちに来たのはいつ頃なんだ?」
魔王召還された黒ずくめの妹に聞いてみる。
「んーと、いつだったかなぁ……多分3週間ぐらい前だったと思う。確か委員会がある日だったから月曜かな」
月曜、か。
俺は何曜日だったかな?
「でもその日、おにいちゃんはいたから……もしかして同じ日にここに召還されたのかな?私達」
そう考えるのが妥当だろう。俺も召還された日、妹がちきゅうにいた事は確認しているのだから。
タイミングまで一緒だったとは考えにくいが、召還された日付が一緒だった事は明確だ。
「で、どうするよ?」
俺は目の前にいる魔王であり妹でもある人物に問いかけてみる。まぁ、答えは解りきっていたのだが。
「どうするって……迷ったり困ったりした時の私達の解決法っていったらこれしかないでしょ?」
にやりと笑いマントと手にしていた仮面を放り投げる俺の妹。
そうだよな。
これが俺達の解決法だ。
「ちなみにお前、どのぐらいの力持ってるんだ?」
「んー……チートぐらい?」
可愛い笑顔を作る妹を見ながら苦笑し、俺は腰に差していた大剣を抜き、構え、ぐっと足に力を込めた。
自然と顔が緩む。
俺は同じように顔を緩めている魔王を見る。
びゅっと頬を切り裂くような音とともに勇者と魔王が激突した。地面がけたたましい音とともにひび割れる。そこに近付こうとするものは誰もいなかった。
――――――――――――
「王様、本当によろしかったのですか?」
髭を生やした初老の男が、頭に金色の王冠をかぶった暑苦しそうな服を幾重にも着飾った年若い男に訊ねる。
「まぁいいんじゃないか?あやつもきちっと誓いをたててくれたではないか。何を怖れる事がある」
王様と呼ばれた男はくくくっと笑いながら初老の男を見る。
「ですが……」
「心配もすぎると体に悪いぞ?今日はもうよい。趣味の料理でもして頭と体を休ませろ」
まだまだ納得のいかなそうな初老の男は『料理』と聞いて渋々引き下がる。パタンという音が聞こえ、部屋には王様だけが残された。
「あいつもまだまだ頭が固いな」
苦笑いを浮かべ、どかっと椅子に腰を下ろす。
だがあいつの言わんとしている事はもっともだ。よもや勇者が魔王をここへ連れて戻り、あまつさえ自分の世界へと連れていくとは誰も予期せぬ事態だったのだから。
だが…、と王様はうっすらと笑みを浮かべ、首から提げていた小さな鍵を手に取り口許に近づける。
「問題が起きれば、また呼び戻せばいいだけの事だ」
勇者と魔王が実の兄妹である事は当人達しか知らない。
この地で真実を知るものは今だいない。
「まさかあんな手を使ってくるなんて……」
私は苦虫を噛み潰したような顔で、前を歩く自身の兄であり勇者でもある春春の背中に向かって呟く。
「はっはっはっ、夏夏はまだまだ修行が足りないなぁ。隠し武器なんて初歩中の初歩の手口だろ?いくらチート能力を貰ってるからって過信し過ぎだ馬鹿者め」
「きぃーーっ!!腹立つーっ!!」
私は兄に向かって顔につけていた仮面を外しぶん投げる。兄は後ろ手にそれを綺麗にさけてキャッチし、こちらに放り投げ返す。
「ちゃんと被っとけ」
「解ってるよっ!」
私は戻ってきた黒い仮面をキャッチし、つけ直してから兄に近付く。
「おにいちゃん、まだお城には着かないの?」
「ああ。まぁ、転移勾玉が使えれば一足飛びなんだが…。お前といると使えないんだよなぁ。やっぱ魔王だからなんかね」
「勇者と魔王だしね。アイテムが二人一緒だと機能しないのかもね」
不憫だぁと嘆くと、兄はところで、と此方を見る。
「そっちは本当に大丈夫なんだろうな?王様にはもう襲ってこないって言っちまうが」
「大丈夫だよー。魔王である私の言葉は絶対だもの。それより、私達が同じ世界から来た兄妹だって事は内緒なんだよね?」
「あぁ。だからその顔はちゃんと隠しとけよ。俺達わりと似てるって言われてたからな。万が一にもバレる事がないようにな」
私は、そこまで似てないよねぇと思いつつ、兄の言葉にはーいと軽い口調で返事をした。
あーあ。
あそこで兄が持っていた隠し武器である小刀に気付けていれば私の勝ちだったかもしれないのになぁ。
家に帰ったら兄にリベンジしようっと。