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総ては此処から始まって

作者: 苺愛

暗い夜道。

ヒールをコツコツと鳴らし、瞳は帰路を急いでいた。

肩に掛けているバッグの中の携帯が着信を知らせている。

めんどくさいな、なんて思いながらも慣れた手つきで携帯を取りだした。

携帯のディスプレイを見れば、先ほど合コンで無理矢理番号を聞かれた男だった。

もともと合コンが好きではない瞳。

しかし、先輩である亜稀に誘われ仕方なくついていった。

特に楽しいこともなく、さりげなく合コンの場を後にしようとした時に、今ディスプレイに表示されているこの男は瞳の元に近づいたのだ。

未だに着信が鳴り続けている携帯が鬱陶しく思えて、暫くそれを立ち止まって見ていた。

立ち止まった場所は、人通りの少ない橋の真ん中で、突き抜ける風がお酒で火照った体に心地よく響いた。

いつの間にか切れていた着信に安堵の息を漏らした。

仕事のほうを優先したい瞳にとって、恋愛はただ邪魔なだけだ。

一日の大半を恋愛に取られてしまう。

そんな過去を繰り返したくないのだ。

いつまでも彼氏を作ろうとしない自分を心配して亜稀が合コンを立ち上げてくれたのは分かっているが、どうしてもこれだけは譲れない。

今はまだ必要ない、と瞳は止めていた足をまた前に踏み出した。

その時カラン、と音をたてて何かが瞳の足元に転がってきた。

再び足を止めて、首をかしげる。

足元が暗すぎて、何があるのかさえ分からない。

仕方なく、携帯のフラッシュライトを使って足元を照らした。

右足の近くに落ちていた物を拾ってみれば、どうやら自分の物ではないようだ。

こんな人のいないとこで、どこから?とは思ったが、何故か拾ったそれが特別に思えて仕方なかった。

黒を基調とした、プラスチック製の三角の形をしたものだ。

ギターなどに使うピックだということに暫くしてから気が付いた。

誰か近くにいるのだろうか?そう思って、顔を手元から離し周りを見渡してみた。

橋の向こうに見える光を瞳は見逃さなかった。

あの人の物だろうかと、ピックを握りしめて、その人物の元に歩みだした。

近くに寄れば、同じように携帯のフラッシュライトで地面を照らしていた、キャップを目深に被った男性が何かを探しているようだった。

肩に下がっているギターを見て、このピックの持ち主であると瞳は確信した。

瞳の存在に気付いた男性は、吃驚したのか小さく声を漏らし少し頭を下げて、また何かを探し始めた。

そんな彼に瞳は声をかけた。

『あの、』

「はい?」

瞳に声をかけられ、下を向いていた男性の顔は上に上げられ、初めてそこで二人はお互いの顔をはっきりと見た。

瞳が最初に相手にもった印象は、どこかで見たようなもどかしい感じであった。大きな目に綺麗な顔。整った出で立ちに瞳は動揺を隠せなかった。

暗闇でも分かるくらい、かっこいい。そんなことを考えながらも、瞳は握っていたピックを差し出した。瞳の手の中のものをみて、男性はまた小さく声を漏らした。

『さっき私の足元に転がってきて…』

「そうですか。探してたんです、助かりました」

男性はピックを受け取り、瞳に深くお礼を言った。瞳に優しく微笑んで、受け取った物をケースにしまった。瞳はそのあまりにも綺麗な微笑みをただ呆然と見ていた。すると、瞳の手に握られていた携帯が再び着信を知らせた。その音に瞳は吃驚して肩を揺らせた。ハッとした意識を携帯に向ければ合コンの男からの着信。その受話器を取りたくなくて、一つ小さな溜め息をついた。

目の前の男性は不思議そうに瞳を見ていた。

今の瞳の気持ちとしては、この男性ともう少し話をしたいのだ。もう二度と逢うことはないかもしれないが、何故かこの男性に不思議なものを感じとっていた。自分を変えてくれそうな、そんな感じ。殻に閉じ籠って、与えられた物しか見てこなかった自分に、もっと広い世界を見せてくれる、そんな気がするのだ。印象的な、その大きな目は瞳の胸の奥をドクドクと揺らす。話しかけるきっかけも勇気もなく、ただ鳴り続けている携帯の着信を無視して、電源を落とした。そのままバックの中へとしまえば、ようやく静かになったそこ。無音の空間が、瞳に緊張を与える。

その無音を破るように、口を開いたのは男性のほうであった。

「電話、いいんですか?」

『えっ、あぁ、はい』

無難な問いに動揺しながらも答えれば、男性は一つ二つ頷いた。男性は、何か納得したように「じゃあ、少し一緒に歩きませんか?」と言った。思ってもいなかったその言葉に、瞳は嬉しさを表した。その表情に男性もまた優しく微笑んで、瞳とともに歩きだした。瞳より少しだけ高い背丈と、ふんわり香る香水の匂い。合わせてくれる歩幅に、瞳は紳士的な部分を感じながら徐々に惹かれていった。今日の出来事とか、日頃感じてること。男性にどこかで見たような感じがしたこと。暫く話しながら着いたのは、駅近くの小さな噴水がある公園だった。そこに着いたときに、瞳は自然と足を止めた。

「どうしました?」

『ここ、いつもあの噴水の縁に座って歌ってる人がいるんですよ』

「ストリートミュージシャンですか?」

『綺麗な声なんですよ。ギターの音も。私が仕事から帰るときいつもその人の歌を聴いて帰るんです』

遠くからですけどね。と後付けして、今日はいないそのストリートミュージシャンの影を追うように辺りを見回してみた。日付も変わったら深夜にいるはずないか、と再び男性の方に向いた。そのとき、瞳は何かを感じとった。どこかで見たようなあのもどかしい感じ。男性の肩に下がっているギター。変に突き刺すこの既視感。いつも自分が見ていたような、初めて会ったとは思えないくらい妙に落ちつくこの男性の隣。目の前の男性が目深に被ったキャップをとりはじめた。それに釣られるように、瞳の視線は男性の顔へ。それを見た瞳は目を大きく見開いて、声を漏らした。

「やっと捕まえた」

思いもよらないその男性の一言。

男性は形のいい薄い唇をカーブさせて、優しい目で瞳をみている。

でも瞳に恐怖など感じなくて、それよりも目の前の男性に吃驚していた。

いつも、疲れた仕事帰りに癒しを求めて足を寄せていたあの公園で歌っていたストリートミュージシャンが何故か自分の目の前にいて、意味深な言葉を残して。瞳が感じていたもどかしさと既視感。あぁ、自分が毎日見ていた人だったのか、なんて冷静に思っていた。

絶対に関わることなんてないと、そう思っていたのに。

『なんで…』

「吃驚しました?」

そう言った男性は、公園の噴水の縁に座りギターを取り出した。瞳も近くに寄れば、男性はまた優しく微笑んで少しずつ話し出した。

「いつも、見てくれてるの知ってました」

『え?』

「真剣に聴いてくれてるのを」

存在を知られていたことにも吃驚しながら、真面目に話す男性の声をしっかり耳にいれた。

「最初はただ、あぁ、今日もあの人いるなって思って。でもある日、居ないときがあってちょっと寂しく思ったんです。そのまま暫く歌ってたらいつのまにか泣きながら俺の歌聴いてて、吃驚しました。その時にはもうなんか、俺にとっては特別な存在だったんです」

照れ臭そうに、鼻の頭をかいて、ギターを弾きはじめる男性。瞳は驚きを隠せないままでいた。

「あの時、凄く抱き付きたくなった」

「えっ…」

予想外な発言に、瞳は突拍子もない声をあげた。

「このまま、終わらせない。絶対、あの人を捕まえてみせる、って」

「…」

「で、今に至ります」

恋愛なんて、必要ないと思ってた。いつか、自然と必要になると思ったから。仕事を優先したくて、今まで辛くても頑張ってきた。でも隣に座る男性の傍にいたいと、瞳は心から思っていた。

ここから始まる恋も悪くないと、瞳は仕事帰り、いつも噴水の前で奏でられている歌をいっすね口ずさむことにした。満点の星が輝く下で。総ては此処から始まった。




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