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もえカツ!vol.4(完)

作者: メイリン


               ☆


 次の日の朝。ボクはあるひとつの決意を胸に登校した。みんなのため、いや、自分のための決意だ。

 いつもより早く学校に着いたボクは、席に座ってみんなの到着を待っていた。

「おっはよ! サキちゃん」

 まもなく元気な挨拶が聞こえてきた。最初に着いたのはハルちゃんだった。

「あっ! おっ、おはよう、ハルちゃん」

 ボクは声がうわずってしまった。昨日の帰りにあんな出来事があったばかりなのでハルちゃんに対して緊張してしまう。まともに目を合わせることができない。

「どうしたの? サキちゃん。何だか顔が赤いよ。もしかして熱あるの?」

「いっ、いや、そういうわけじゃないよ。だっ、大丈夫、はははは……」

「あっ、もしかしてあたしのせいかも……。昨日、夕方まで公園のベンチで付き合わせちゃったから風邪ひいちゃったのかな? ごめんね」

「いやいやっ、違うよ。本当に大丈夫だから、ねっ」

 もっともボクが頬を赤く染めているのは、昨日の突然のサプライズプレゼントのせいだから、ハルちゃんが原因なのは確かなんだけど。

「本当に無理しないでね。あっ、熱はどうかなぁ」

 すると、ハルちゃんがボクのおでこに手のひらを当ててきた。

「えっ、あっ」

「うーん。ちょっと手じゃ分からないかなぁ。よしっ」

 ひぁっ! ボクはビックリして叫びそうになった。何故ならハルちゃんがボクのおでこに自分のおでこをくっつけてきたからだ。ボクの顔とハルちゃんの顔がこれまでにない接近遭遇をしている。

「うん、熱はないみたいだね。良かった……ってあれっ、サキちゃんさっきより顔が赤くなってるよ! 本当に具合大丈夫なの?」

「……いや、ある意味大丈夫じゃないかもしれない」

 理由は言わずもがな。

「ダメだよ! 具合悪いときは無理したら」

 ハルちゃんからは甘い良い匂いがしてくる。

「……うん、分かったからハルちゃん、とりあえずちょっと離れて話そうか」

「えっ? あっ、そうだよね。ごめんごめん」

 ハルちゃんが慌ててボクの肩から両手を放す。実はハルちゃんはボクの両肩に手を置きながら、ボクの顔を見つめて話していたのだ。ボクの顔のど真ん前にハルちゃんの顔があるために良い匂いがしてきたのだ。ハルちゃんは恥ずかしくないのかな?

「あらあら、朝からお熱いわね、お二人さん」

「ウチらお邪魔だったかなぁ。はむはむ」

 ユウちゃんとツカちゃんが含み笑いをしながら近づいてきた。もっともツカちゃんが口に含んでいるのは笑いだけではないが。

「ちっ、違うって! これは……」

 ボクが慌てて弁解しようとすると、

「えっ、サキちゃんが朝から具合悪そうだったから、熱がないか診てただけだよ?」

 ハルちゃんが事もなげに答える。

「ハルちゃん先生のラブラブ診察ってわけですな。はむはむ」

「ラブラブ診察だなんて。もうやだぁ、ツカちゃんったら」

 あれっ、ハルちゃんまんざらでもなさそうだよ。

「ふーむ。保健の先生ってキャラも良いかもしれないわね」

 ユウちゃんはまたひとつ新しい萌えの着想を得たらしい。

「で、サキ、今日は随分早いじゃない。どうしたの?」

 はっ、そうだ。ユウちゃんの問いかけでボクは思い出した。

「みんなに言おうと思っていることがあってね。やっぱりボク、部活を掛け持ちしようと思うんだ」

『えっ?』

 ボクの突然の宣言に虚を突かれたようにきょとんとする三人。

「どういうことなの? サキ」

「掛け持ちって、メイ研以外の部活に入るってこと?」

「うぅ、サキちゃん、ウチらの何が不満だって言うの? はむはむ」

「あっ、いやそういうことじゃなくてね。ボクたちは今回MOCで準優勝だったわけだけど、なぜ優勝に届かなかったかっていう理由を考えると、やっぱりボクが足を引っ張ったからじゃないかって思ったんだよ」

「そんなことないよ! だってサキちゃんの恥じらいのあるメイドさんの演技、大好評だったもの。むしろあたしの方こそ、女の子なのに萌えが足りなくて……」

 ハルちゃんがまたうつむきそうになるので、ボクは慌てて、

「いやいや、そうじゃないんだよハルちゃん。ボクの恥じらい萌えは初めてあの舞台に立った緊張から出たもので、それは言わば素の表情であって意図したものではなかったんだ。それがウケたから結果オーライではあったわけだけど、前にユウちゃんが言ったように、やっぱりいつまでもそれだけではやっていけないと思ったんだ。今の自分はその要素を取ったら何も残らないただの男の娘だと思う。だからこれから自分に必要なのは新しいアピールポイント、つまり萌え属性なんだよ!」

 唐突だったので初めは戸惑っていた彼らだったが、徐々に状況を理解し、ボクの話に真剣に耳を傾けてくれていた。一通り話を聞き終えると、三人それぞれが新しいチャレンジに臨むボクを激励してくれた。

「アナタの話はよく分かったわ。サキが本気で萌えの道を究めてゆく気になってくれてワタシは嬉しいわ」

 ユウちゃんは優しい表情で微笑んだ。

「我らメイ研の〈萌エース〉がいよいよ本気出しちゃいますかぁ。はむはむ」

 ツカちゃんはムードメーカーらしくおどけた調子でボクを激励してくれた。ところで、〈萌エース〉って初めて聞く言葉だよ。

 そして最後にハルちゃん。

「サキちゃんありがとう。でも、サキちゃんは本当は普通の男の子なのに、間違ってこのクラスに入ってきて、なりゆきで萌え活をすることになったんだよね。そのサキちゃんが萌えを磨くために頑張るなんて言ってくれたのはあたしのためなんだよね? ごめんね、サキちゃんを無理矢理付き合わせることになっちゃって……」

 本当に申し訳なさそうな表情で伏し目がちになるハルちゃんだったが、ボクはそれを遮るように言った。

「ううん、それは違うよハルちゃん。確かに最初は正直嫌だったよ。何でボクがこんなことやらされなきゃならないんだってね。でもみんなが萌えの道を究めるために萌え活に真摯に取り組んでいるさまを見て、なんか良いなぁって思ったんだよ。ボクはこれまでの人生で何かに真剣に打ち込んだことって正直なかったんだよね。それならこのクラスに入ってみんなに会えたことも何かの縁だし、この際思い切って頑張ってみようかなって」

「サキちゃん……」

「あと、この前のMOCで負けたのが正直ボクも悔しかったしね」

 ボクはハルちゃんにペロッと舌を出しながらウィンクした。

「だから残りの高校生活、誰もが萌える男の娘目指して頑張るぞ! 来年のMOCは絶対モエンジェルになろう。ボクたちは〈萌え活〉で〈萌え勝つ〉んだ!」

 ふっ、決まった。みんなボクのセリフにじ~んと来ているに違いない。

『…………』

 ところがみんなポカーンとした表情で固まっている。あれっ? もしかしてスベった?

「ぷっ、くくく……あっはっはっは!」

 突然ツカちゃんが笑い出した。

「えっ、えっ」

「〈モエカツ〉で〈もえかつ〉だって。サキちゃんのダジャレ初めて聞いたよ。ツボに入っちゃった。面白いなぁ、サキちゃんは」

 いや、ダジャレで言ったつもりはないんですが。

「……んっ、んふっ、ふふふふ」

 よく見ると、ユウちゃんまでもが笑いをこらえている。

「ひどいなぁ、ツカちゃんもユウちゃんも。ボク真剣に言ったのに。ねっ、ハルちゃ……」

「……んぐっ、くっ、くくく」

 ハルちゃん、キミもなのかい。

「あっ、ごめんごめん。悪気はなかったんだけどついつい。でもサキちゃんの確固たる決意はしっかり伝わったよ!」

「もう、みんなが笑うから、ボク何だか気勢をそがれちゃったよ」

 ボクが口を尖らせるのを見て、ハルちゃんが「まあまあ」とボクをなだめる。

「ふふっ。アナタの言いたいことは分かったわ。それで萌え属性を増やすために、新たに入部するクラブはもう決めたの?」

 ひとしきり笑った後、ユウちゃんが尋ねてくる。

「いや、実はまだ決めてないんだ。何かクラブをもう一つ掛け持ちしようとは考えたんだけど、具体的にどのクラブに入るかまでは考えてなかったよ。ボクどこのクラブに入ればいいかなぁ」

「もう、頼りないわねぇ。ハルをモエンジェルにさせてあげるために頑張るんでしょ?」

「……面目ないです」

 ユウちゃんの言うことはもっともなので、ボクは返す言葉がない。

「はいはい! じゃあウチがサキちゃんに合ったクラブを考えてあげるよ!」

 ツカちゃんが手を上げて目を輝かせる。

「えっ、本当? じゃあお願いしようかな」

「うーん、そうだねぇ。あっ、そうだ! サキちゃんもウチと同じヤンデレ研究会で頑張るってのはどう? サキちゃんを狂気の萌えの世界に……」

「いや、それは結構です」

 ツカちゃんに期待したボクがバカだったよ。

「えー、何でよぉ。じゃあさじゃあさ、ツンデレはどう? ツンデレなら……ブツブツ」

「ハルちゃんはどうすればいいと思う?」

 何か呟いているツカちゃんには構わず、ボクはハルちゃんに意見を仰いだ。ボクのことをよく理解している彼女なら、何か良いアドバイスをしてくれるのではないだろうか。

 ボクの期待に応えるようにハルちゃんが即答する。

「実はあたし、サキちゃんにどうかなと思っていたクラブがあるんだ」


               ☆


「やっぱりここなんだね」

「うん」

 ハルちゃんがボクを連れて来たのは見覚えのある教室だった。

「サキちゃんも全然知らない人ばかりのクラブよりは、親しい人がいる所で頑張る方がいいのかなと思って。それに〈特別顧問〉もサキちゃんのことをとっても気に入っているみたいだしね。あのコはうちに来れば絶対ブレイクするわよ、っていつも言ってたもの」

 そう言うと、ハルちゃんはその教室の戸をコンコンとノックした。

「はいはーい」

 中から明るいトーンの返事があり、ハルちゃんが「失礼します」と言って戸を開ける。

「いらっしゃーい。待っていたわよ」

 そこにいたのは、七泉学園の事務職員にして、メガネ研究会特別顧問である若山彩子さん(愛称・アヤちゃん)である。

「あっ、おひさしぶりです。若山さん」

「ひさしぶりね……って、サキちゃんそんな他人行儀な呼び方やめてよー。私とアナタの仲じゃないの」

 仲って言っても、編入初日とクラブ見学のときに会ったくらいなんだけど。

 ところで、何でアヤちゃんは〈サキちゃん〉って呼び方を知っているんだよ。

 あっ、ハルちゃんだな。すぐにハルちゃんの顔を見ると、「えへへ」と微笑んでいる。やっぱり。

「それにしても、サキちゃんをうちのクラブによく連れて来てくれたわね。これはお礼に何か奢らないといけないわね」

「えぇ、本当! いいの? じゃあね、駅前に新しいスイーツのお店が出来たから、あたしそこのパフェが食べたーい」

「はいはい。で、あらためて確認したいんだけど、サキちゃんはうちのクラブに入ってくれるってことでいいのかしら?」

「あっ、はい! 是非アヤちゃんの下でメガネっ娘萌えについて学ばさせていただきたいと思います!」

「あら、素晴らしい意気込みね。これは楽しみだわ。私がアナタを立派なメガネっ娘メイドさんにしてあげるからね!」

 アヤちゃんはボクにグーッと顔を近づけてくる。大人の女性に間近で覗きこまれて、ボクはまともに彼女の顔を見ることが出来ない。しかも彼女からは、ほのかに化粧か香水のものなのか、良い匂いがする。ボクは思わず目線を下に逸らした。

 すると事もあろうに、屈んだ体勢のアヤちゃんのブラウスから豊かな胸の谷間がチラチラと見え隠れするではないか。うわぁ、ボクどこ見ればいいんだよ。

「ちょっとアヤちゃん近すぎだよ。サキちゃんが困ってるよ。そんな立派なものを突き出しちゃってさぁ」

 いきなりハルちゃんが後ろからアヤちゃんのおっぱいを鷲掴みにした。

「ちょっ! ハルちゃん、またっ……」

 と言いかけて、ボクはハッとする。

 ハルちゃんは男の娘のふりをした女の子だった。ってことはアヤちゃんのおっぱいを触っても別に大した問題はない。だって女同士なんだから。クラブ見学のときも同じようなくだりがあり、そのときもボクは思わずハルちゃんにツッコミを入れたが、アヤちゃんはまったく嫌がる様子はなかった。それはつまり……。

「いやーん、ハルちゃんのエッチぃ」

 アヤちゃんがまったく悲壮感のない悲鳴を上げながら、ハルちゃんの手を掴んで放そうともがいている。

「よいではないか、よいではないかぁ」

 ハルちゃんは悪代官みたいな口調でアヤちゃんに抱きついている。

「あぁん、サキちゃん助けてぇ」

 アヤちゃんがニヤニヤしながらボクに助けを求めてくる。

 ボクの目の前に繰り広げられているのは、明らかにお互いが気を許した者同士がじゃれ合っている光景だった。ボクの憶測は確信に変わった。

「……アヤちゃんは知っていたんですね。ハルちゃんが女の子だってこと」

 するとアヤちゃんは自分の胸を掴むハルちゃんの手を放しつつ真顔になる。

「そっか。サキちゃんも知ったのね、ハルちゃんのこと。そうよ、私は知っていたわ。それもハルちゃんがこの学園に入学する前からね。だって私が彼女の入学書類を受理したんだもの」

「えっ、そうなんですか? そのときアヤちゃんは気づかなかったんですか? ハルちゃんが女の子だってことを」

「ううん、すぐに気づいたわ。私は何人も特待生クラスに入学する生徒を見ているのよ。いくら可愛いコだからって、それが女の子か男の娘かどうかぐらい見分けがつくわ」

 自信たっぷりに答えるアヤちゃん。その割には、ボクを初めて見たときは女の子と見誤っていた気がするけど。

「だから私はハルちゃんに言ったわ。「あなた本当は女の子でしょ?」って」

「いやぁ、あたし書類に性別・男って書いたんだけど、アヤちゃんの目はごまかせなかったんだよねぇ。さすがアヤちゃんですよっ」

 ハルちゃんが無邪気におどける。それを受けてアヤちゃんもまんざらでもなさそうだ。

「じゃあ、どうして……?」

 ボクが尋ねると、アヤちゃんはハルちゃんを男の娘として受け入れたその訳を落ち着いた口調で話し始めた。

「……ハルちゃんがユウちゃんとツカちゃんのことを話してくれてね。どうしてもあのコたちと同じクラスに入りたいという思いを私にぶつけてきたの。このコたちの友情に心動かされたわ。それに彼女の目を見たら、このクラスに入りたいという気持ちが邪なものではないということが分かったの。だから私はハルちゃんを男の娘として入学させたの」

「……そうだったんですか」

 まさかハルちゃんの男の娘偽装にアヤちゃんが関わっていたとは。

「それにしても偽装した書類をよく通せましたね。そういうのって学校側できっちり確認するものじゃないんですか?」

 これに対して、ハルちゃんが割って入ってきた。

「アヤちゃんはこの学園の入学者の審査も任されているんだよ」

「えっ、審査って! アヤちゃんってここの事務職員さんですよね?」

 いくら入学手続きを担当しているからって、事務職員にそんな権限はあるはずが……。

「うん。私はただの事務職員よ」

「じゃあ何でそんなことができるんですか?」

 ここでハルちゃんが訳の分からないことを言い出した。

「実はねぇ、アヤちゃんはこう見えてお嬢様なんだよ」

「もお、こう見えてって何よ。失礼ねぇ、うふふ」

「いやっ、うふふじゃなくて。言っている意味が分からないんですけど」

 ボクが困惑しているとアヤちゃんが事もなげにその疑問に答えた。

「サキちゃんにはまだ言ってなかったんだけど、実は私の母はこの学園の理事長なのよ」

「へっ! それはつまり……」

「アヤちゃんは七泉学園の理事長の娘さん、つまりご令嬢なのです!」

 リアルお嬢様キターーー!

「ご令嬢だなんて照れるわよぉ」

 とアヤちゃんはハルちゃんの肩をはたく。

 ええぇ! そんな、理事長の娘なんて理事長特権で何でもアリじゃん! ある意味チートだよ、この人! それなら女の子を男の娘と偽って入学させることも簡単だよね。

 うん? チート? ここでボクはあることに思い至った。

「あのう、アヤちゃん。つかぬことをお聞きしますが……」

「うん? 何かしら?」

「ボクが萌え特待生クラスに入れられたのってまさか……」

「そう、私がアナタをこのクラスに入れたのよ」

 あなたですかあぁ! アヤちゃんは悪びれることもなくあっさりと白状した。

「どっ、どうしてですか! ボクが普通の男子だってこと分かってたんですよね!」

「だってぇ、アナタのご両親が是非このクラスに入れて欲しいって頼まれていかれたものだから」

 あんのバカ親ぁ!

「でっ、でも転校生の保護者が頼んできたからって簡単に許可しちゃうんですか!」

「いや、そういうわけではないんだけど……実はアナタのお父様が私の母とご友人らしいのよ。だからご友人たってのお願いということでね……」

 でえええぇ! そんなの初耳なんですけど。考えてみれば、日本に戻って来ることになったとき、父さんが「お前にぴったりの高校があるから」と入学を申し込んで、試験もなく簡単に編入できて変だと思ったんだよな。なるほどこういうことだったのか。

「まったくビックリすることばかりですよ。あっ、ってことはあらかじめボクのことを知っていたってことですよね。じゃあ最初にお会いしたときにボクのことを女の子と間違えたのは演技だったんですね」

「いや、あれは本当に間違えたのよ。名前を確認してサキちゃんだって分かったの」

「…………」

「だってサキちゃんったら、ちゃんと女の子用の制服着て来たじゃない。その顔で女の子の制服着てたら、誰だって女の子だと思うわよ」

 うっ、そうだった。ボクも最初、家に送られてきた制服を見て正直おかしいとは思ったんだよ。でも、母親に電話で確認したところ、「ううん、いいんだよ。それはちゃんとオトコノコ用の制服だから」と言われたので、そうなのかと納得して着ることにしたのだった。

 なるほど、オトコノコ違いだったというわけか。

「とりあえず、ようこそメガネ研究会へ! これから一緒に頑張りましょう」

 アヤちゃんがボクに握手を求めてくる。なんとなく話をまとめられてしまったが、ボクも一度言い出した手前、もう後には退けない。アヤちゃんとガッチリ握手を交わした。

「うわぁ、なんかサキちゃんとアヤちゃん、プロ野球の入団会見みたいでカッコいい!」

 ハルちゃんが目をキラキラと輝かせながら無邪気にパチパチ手を叩いている。

「サキちゃんは断トツでうちのドラフト一位指名選手よ!」

「ははは、そりゃどうもです」

「サキちゃんも好きな女の子のために男を見せないとね」

 アヤちゃんが意味深な笑みを浮かべながら、ハルちゃんの方をちらりと見やる。

「なっ、アヤちゃんまで何を言い出すんですか! どうせユウちゃんたちに吹き込まれたんでしょ!」

「そっ、そうだよ、アヤちゃん! あっ、あたしはそんなつもりでサキちゃんを連れて来たんじゃないんだからね!」

 ハルちゃんもボクに続く。何かハルちゃん、ツンデレみたいになってるよ。

「あら、そうなの? 私は二人の様子を見てピンときただけなんだけど。別にユウちゃんに何か言われたわけじゃないよ。女の直感ってヤツよ、うふふ」

「もう、あんまりからかわないで下さいよ。いくらハルちゃんが女の子だからって」

「ああ、そうそう……」

 何かを思い出したようにアヤちゃんが手を叩く。

「ハルちゃんは女の子だからもちろんOKなんだけど、サキちゃんだって私のおっぱい、いつでも触らせてあげるからねっ」

 そう言って、アヤちゃんは親指を立てながらウィンクした。

「えっ、本当ですか?……って、いやいやいやっ!」

 ボクはアヤちゃんからの粋な計らいにノリツッコミで応えた。でもそんなことを言われるなんて、ボクってそんなに女の子っぽいのかなぁ。

 って、落ち込んでる場合じゃない。今日からメイド研究会とメガネ研究会のW部員として、来年のモエンジェル目指して自己研鑽する日々が始まるのだ。

 この学園に来た当初は、まさか自分が萌えを究める活動に励むなんて思ってもみなかったよ。うーん、〈人間万事塞翁が馬〉ってやつだね。

 ボクの隣にはハルちゃんが天使の笑顔で立っている。ボクは今でも彼女こそモエンジェルにふさわしいと思っている。

「サキちゃん、またこれからモエンジェル目指して一緒に頑張ろうね!」

「うっ、うん。頑張ろう」

 何かこの笑顔を見てたら、細かいこととかどうでも良くなってくるよ。

 そう思っていると、アヤちゃんが何かを手に持って来た。

「うふふ、サキちゃん。早速だけど、これ着てみてちょうだい」

「えっ! これですか?」

 アヤちゃんが手に持っていたのはウサギ耳のヘアバンドとレオタードだった。

 ……やっぱり細かいことどうでも良くないわ。

                                 おわり


この作品はこれでおしまいです。ある賞に応募した作品でしたので、非常に長い作品です。もし最後まで読んでくださった方がいらっしゃいましたら、本当にありがとうございます。なお感想・レビューも大歓迎でございます。それでは失礼いたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最初から最後まで、巧くまとめられた作品でした。 読みやすく、キャラ同士の掛け合いにより各々の魅力をよく引き出していると思います。その場面、状況も分かりやすく読むのに詰まったりもしなかったで…
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