第1回:ゲーム機の進化を全部見てきて、こう思った
雑談の延長で思いついたことを、エッセイとしてまとめました。
ファミコン時代からずっとゲームを触ってきた一人のゲーマーとして、
“ゲーム機の進化”について感じたことを書いてみます。
気軽に読んでもらえると嬉しいです。
気がつけば、ずいぶん長いあいだゲームと付き合ってきた。
ブロック崩しから始まり、ファミコン、スーファミ、メガドラ、メガドラCD、PCエンジン、サターン、ドリキャス、64、ゲームキューブ……思い返すとキリがない。
あの頃は、新しいゲーム機が出るたびに胸が高鳴った。
電源を入れた瞬間のロゴを見るだけでワクワクできた時代だ。
それからPlayStationの登場。
PS、PS2、PS3……と続いていくが、PS3あたりからだんだん雰囲気が変わっていった。
PS3は動画再生機としても優秀だった。
PS4に至っては、もはや「Amazonプライムビデオのための機械」みたいなポジションになってしまい、ゲーム機としての役割より“家庭の映像端末”になった感覚がある。
そして驚くべきは、PS3もPS4もまだ普通に動くことだ。
アプリも動くし、困らない。
だから、わざわざPS5を買う理由がない。
実はプレステ3の“未開封品”すら家にある。
昔ほどプレミア感はないけれど、それでもなんとなく手放せない。
ではなぜPS5を持っていないかというと、
“欲しいと思わなかった” というのが正直なところだ。
もちろん性能は上がっている。
綺麗なグラフィックも凄い。
でも、ゲームの体験そのものが劇的に変わったかというと……そうでもない。
それよりも、こちらの心を掴んだのはVRだった。
PSVRを買った時の衝撃は大きかった。
「あ、次の時代はこれだ」と思った。
けれどソニーはVRに全力投資をしなかった。
そこに“あれ?”という小さな違和感が残った。
そしてMeta Questが登場し、
「これは完全に次の世界の入口だ」と確信した。
広大なマップを主観視点で歩けるという体験。
ゲームの中に入っていく感覚。
FF11のような世界観でこれができたら……と想像するだけで心が震える。
しかし現実は、ソニーはそこに向かっていない。
昔のような“次の世代を切り開く力”を、少し失いかけているようにすら感じる。
長年ゲームを追いかけてきた身として思うのは、
「ゲーム機の進化は頭打ちに見えるけど、体験の進化はまだ始まったばかり」
ということだ。
そしてその扉を開けるのは、
どうやら“従来のゲーム機”ではなさそうだ。
第1回は、これまでのゲーム機の思い出と、
「今、なぜPS5を買わなかったのか」という話を書きました。
次回は、
「VRが示してしまった、ゲームの本当の未来」
について書こうと思います。
お楽しみに。




