日本国内におけるマダニ由来感染症
最近、マダニ由来感染症がマスコミ等でよく取り上げられるようになりました。
毎年のことですが、レジャーシーズンになると日本各地でマダニ由来感染症の報告が相次ぎます。厚生労働省も毎年マダニ由来感染症の啓発ポスターを作成しています。
マダニに刺されなければマダニ由来感染症に罹らないことは当たり前ですが、では、日本国内のマダニ由来感染症はどのようなものでしょうか。昔、少し研究事業に携わっていましたので、その時の記憶をもとにとりあえずまとめてみました。
マダニ由来感染症への対応-総論的に
マダニ由来感染症は文字通り、マダニに刺されて病原体が体内に入り発病するものです。病原体を持たないマダニに刺されたとしても感染症には罹りません。ただ、外見から病原体保有マダニかどうかを見分けることはできませんので、注意喚起としては厚生労働省のように「刺されない」とするしかないのが実情です。
しかしながら、マダニの生態を加味するともう一段階注意レベルを上げることが可能です。
まず、マダニは蚊のように自分で飛べませんので、移動範囲は吸血対象の動物に依存します。
また、マダニにはある程度吸血対象の好みがあり、鳥が好きなものや爬虫類が好きなものと様々です。
更に、保有する病原体はマダニ種によってある程度わかれています。
これらのことから、マダニ由来感染症の患者発生地域には偏在性が認められます。
患者さんが報告されている地域にレジャー等で野山に入る場合等はマダニ対策に十分注意する必要があります。
例えば「日本紅斑熱」の患者数の多い県では、県内の患者分布が偏っていることが報告されています。
「日本紅斑熱」の患者数が多いのは三重県、広島県、鹿児島県、島根県などがありますが、三重県では志摩半島中心、広島県では南部の温暖な地域中心、鹿児島県では大隅半島、島根県では弥山山地沿いと、偏在が認められます。
これは、日本紅斑熱病原体保有マダニが陸生の動物(シカ、イノシシ等)によって運ばれ、これら動物はなわばりがあり、大きな河川などの物理障壁があるとその先へは容易に行かないことによると考えられます。ただ、どの県でもじわじわと患者発生地域の広がりが見られますので、拡大していく可能性は否定できません。
マダニに刺されていた場合は除去の際に注意が必要です。強引に指で除去しようとしますと、マダニの腹を持ってしまうことになり、マダニ体内の病原体を注入してしまうことになりかねません。ですので、細いピンセットでマダニのくちばしをつまんで除去するか、フロス等をマダニのくちばしに巻き付けて抜くか、あるいは市販のマダニリムーバー等を使用して抜くのが安全です。医療機関で取ってもらってもいいかと思います。
日本国内のマダニ由来感染症
日本紅斑熱(紅斑熱群リケッチア)
細菌の一種であるリケッチア(Rickettsia japonica)によって発症する、全身性の紅斑を伴う熱性疾患です。一部、種の違うリケッチアの極東紅斑熱やロッキー山紅斑熱等があります。極東紅斑熱は宮城県での報告があり、ロッキー山紅斑熱は名前の通り北米大陸での報告が中心ですので、こちらは輸入感染症としての報告があります。
マダニに刺されて感染が成立してから数日で紅斑と39℃前後のかなりの高熱が発現します。細菌の一種ですので抗生物質が有効ですが、通常使われるペニシリン系やセフェム系は無効で、テトラサイクリン系を投与する必要がありますので、もし疑われる場合は医療機関で問診の際にマダニに刺された、あるいは山林等に行った旨申告しないと、お医者さんがそこまで気が回らず処方されない可能性があります。対処が早ければ問題なく完治しますが、対処が遅くなると重症化、場合によっては命にかかわることもあります。
重症熱性血小板減少症候群(SFTS)
RNAウイルスであるSFTSウイルスによるマダニ由来感染症です。病原体保有マダニに刺されて感染するものが大多数ですが、ネコやイヌも感染することがあり、ウイルス血症を起こしている動物に咬まれたりすると感染する場合があります。特にネコは牙が鋭いので、ガブっとやられると皮膚の奥まで入りますので感染確率が上がります。もともとネコはパスツレラ属の細菌を保有していることが多いので、SFTSウイルスの保有に関わらずかなり腫れ上がることがあります。我慢しないで病院に行ってください。
SFTSは日本語名の文字通り、血小板の著しい減少や白血球の減少が発現します。症状としては発熱、消化器症状(下痢、下血)や、出血症状が認められます。致命率が10~30%と高く、基本的に対処療法しか方法がありません。アビガン(ファビピラビル)が薬剤として承認されていますが、早期に投与しないとあまり効果的ではないようです。ワクチンもありませんので、厄介な感染症ではあります。
ライム病
細菌の一種のボレリア属によって発症する疾患です。マダニに刺されたところから細菌が皮膚の下を泳いでいきますので、同心円状の遊走性紅斑が発現します。また、発熱、関節痛、筋肉痛等の所謂インフルエンザ様症状を伴います。その後、4週間程度で病原体が全身に回るため、「播種期」に移行し、神経症状や不整脈、関節炎、筋肉炎等の多彩な症状が発現します。また、数か月~数年後に「慢性期」となり、慢性萎縮性肢端皮膚炎、慢性関節炎、慢性脳脊髄炎などが発現することがあります。
病原体はスピロヘータ科の細菌ですので、抗生物質が効果を発揮します。日本ではアルプス等、主に標高の高い山に生息しているマダニによって感染しますので、長野県以北での報告が中心(長野県・北海道)です。
ツツガムシ病
マダニ由来感染症ではないのですが、日本で多く報告のある疾病です。ダニの一種であるツツガムシによって媒介されるリケッチア感染症です。症状は日本紅斑熱に類似しており、高熱と体幹や四肢に発疹が出現し、頭痛、関節痛、筋肉痛等が発現することがあります。ツツガムシは卵から孵化した後の幼虫期にのみ刺すという特徴がありますので、孵化してくるツツガムシの種類によって春から初夏、あるいは秋から初冬に患者さんの報告があるという季節性が認められます。ほぼ全国的に発生が認められますが、マダニ感染症と同様、地域性があります。静岡県の某演習場付近でも発生がありますので、レンジャー訓練をする自衛隊の方は秋口は注意が必要かと思われます。
治療は日本紅斑熱と同様、テトラサイクリン系の抗生物質が用いられます。
マダニ由来感染症は世界中で報告されているものは数多くありますが、日本国内の代表的なものはこの3種(ツツガムシを入れると4種)でしょうか。いずれにせよ、マダニに刺されなければ感染はしませんし、すべてのマダニが病原体を持っているわけではありませんので、確率としてはそこまで高くないのかもしれませんが、注意は必要です。特に、マダニは刺しても基本的に痒くありませんので、刺されたことに気づかないことも多いです。マダニからすれば、その場所で数日間血を吸うわけですので、刺したことに気づかれてしまうようでは刺していられませんので。
また、マダニはライフステージとして卵→幼ダニ→若ダニ→成ダニのサイクルをとりますが、幼ダニは1mm程度の非常に小さなものですので、そもそもわからないというのもあります。
外から帰った後は、お風呂に入って付着しているダニを落とすとともに、何か皮膚にくっついていないか見てみてください。
虫よけスプレー(ディートやイカリジン)は効果的なのですが、原理は虫の炭酸ガス検知器を狂わせているだけですので、塗り残しがあると気づかれてしまいますし、時間とともに揮発して効果が薄れてきますので、長時間草むら等にいる場合は適宜塗りなおす必要があります。とにかく上手に活用して予防するようにしてください。
まとまりのないお話でしたが、お付き合いいただき、ありがとうございました。