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ランダル・レアード



「奥さんも浮気してるんじゃなぁい?」


 夫が家に帰らなくても平気そうだという妻の話を聞き、ランダルの不倫相手の女が言った。


「ずっと家に引きこもっていた主婦が、外の世界へ出てみたら楽しくって、出会いもたくさんあって、若い男とイチャイチャしてるかもよ~」


 それを聞き、ランダルが眉をひそめた。


「んなわけあるか。あいつは地味でくたびれてて、もうじき二十七だぞ。枯れてるよ」


「二十七ってまだ若いわよ。あたしが二十七になったら、そんなひどいこと言うのぉ?」


「アニッサは二十七になっても綺麗だろ。あいつとは違って。ずっと色っぽくて可愛いよ」


 抱き寄せて愛人に口づけしたランダルは、頭の片隅でふと思った。

 そう言われれば、最近妻の雰囲気が変わった気がする。


 すっかりくたびれて老けこんだ、と思っていたが、少し綺麗になった気がする。

 ボサボサで艶を失っていた髪や肌は、手入れされて艶を取り戻している。

 いつ見ても同じ部屋着を着ていたが、出かけるようになって着るものも変わったようだ。


 病気の娘の看病から解放されて、自分自身に手間をかける余裕ができたからだろうと思っていたが、アニッサの言うように、外で会う男の影響かもしれない。

 女のほうがこういう勘が鋭いものだ。


 娘のことしか考えていなかった、ブリジットのことで頭がいっぱいだったレネーが、まさか今さら恋愛に気が向くなど、想像もしていなかった。

 まさかあの妻に限ってと、思いもよらなかった。

 だから気づかなかったのだ。


 気にすると急に気になってきた。

 そういえば、最近月に一度の頻度で地元へ戻っているらしい。

 家族に会っているというのは本当だろうか。


 それに、あの出版社の担当。赤茶色の髪に眼鏡の若い男。あいつと頻繁に会っているようだ。

 打ち合わせというのは本当だろうか。


「アニッサ、悪い。今日は泊まらずに帰る」


 レネーには、今日は仕事で帰らないと伝えてある。

 連絡も入れずに急に帰れば、やましいことをしていたなら慌てるに違いない。

 その態度で見極めようと考えた。


「え〜残念。まぁたまには奥さんのこと気にかけてあげないとね」


 アニッサはにっと笑った。

 だらだらと不倫関係を続け、妻と別れる素振りのないランダルにしびれを切らしていた。

 夫婦に揉めごとが起こって、離婚に発展することを期待して、ランダルを送り出した。


 しかしアニッサの期待したことと、ランダルの心配したことは、起こらなかった。

 ランダルが不意打ちで帰宅すると、レネーは机に向かって黙々と原稿を書いていた。


「あら、お帰りなさい。晩ごはんは……」


「いい、食べてきた。こんな時間に仕事か?」


「ええ。夜のほうが妄想がはかどるんです」


「昼間は出歩いてるからか」


「それもあるかしら。日中は太陽の光を浴びて、外で活動したほうが健康にいいし」


 ふふっと笑うレネーは、やはり以前より少しふっくらして健康的で明るい。辛気臭さはどこかへ置いてきたようだ。

 かといってアネッサの言うように、艶めいた感じはなかった。

 健康的になったから、いくぶん綺麗に見えるのだろう。


「明日も出かけるのか?」


「ええ。明日は地元へ帰って、弟とそのお友達と食事を」


「友達? 男か?」


「ええ。モーリスより三つ上で、初等科学校の先生をしてるの。偶然、私が本を寄贈した学校の。で、私の本のファンだって言ってくれて、先月初めてお会いしたの。あっ、私が作者だっていうのはちゃんと内緒にしてるわ。私は出版社の人間っていうことにしてるの、モーリスがそう言っちゃって……」


「ファンと個人的に会ってるのか? それ、一線を越えてないか。どうかしてる」


「違うの、あくまでも『友達の姉』としてよ。向こうは私が本の作者だとは思ってないし」


「向こうはどうでもいい、お前が変な気を起こしてないかってことだ」


「変な気?」


 レネーはきょとんとした。やましい心当たりはなさそうだ。


「まあいい、知らない奴と二人で会うなよ。それと作家大先生だからって、あんまり調子に乗るなよ」


「ええ、分かったわ」


 ジョシュアと二人きりで会うことはないが、何を言っても話が噛み合わないことは経験済みのため、レネーは反論せず頷いた。


 できたら早く話を終わらせて、執筆の続きに取りかかりたかった。

 一度は断わった続編の話だが、あれからロッドやエル、モーリスやジョシュアと話すうちに、書きたいと思うようになった。


 ブリジットと二人三脚で生み出した物語の続きを、自分一人で書き出せないと思っていたが、もう一人ではなかった。


 再び書き物に向かったレネーの背中を、ランダルは苦虫を噛み潰したような顔で見た。


「調子に乗って続編なんか出しても、売れなきゃ恥をかくだけだぞ」


 そう忠告したのに、いつの間にか書き出している。あまり家に戻らず放置していた妻に、今さらどうこう言えないのは分かっているが、気分は良くない。


 どうせすぐ飽きられると思っていたのに、児童書作家として成功を収め、躍進している妻の姿を見るのは、なんとも面白くなかった。


 だからこそ、別れてやるかという気になる。

 誰のおかげで今があると思っているのか。

 その感謝も感じられず、仕事が楽しくてたまらないという様子に苛立ちさえ覚えた。


 本当に仕事だけか?

 やっぱり外で男と会っているのは、仕事以外の楽しみもあってのことではないだろうか。


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