表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

エル・ベケット


「参ったよ、何を聞いても『主人に相談』で。あの主人がろくな返事をしないのは分かりきってる。聞かないほうがマシだし、別に聞かなくていいのに」


 愚痴る従弟に、エル・ベケットは苦笑した。


「そうねぇ。でもそういうわけにはいかないのが、『妻』ってやつなのよ。結婚した途端、夫の持ち物みたいになっちゃうんだから。誰々の奥様、誰々ちゃんのお母様、何々家の嫁、ってね。自分の名前を失っちゃうの。名前ってのはアイデンティティそのものよ」


「それを言うなら、彼女にはいま作家としての名前がある。誰のものでもない、彼女の名前だ」


「それだって旦那に指示された名前じゃない。男性名を名乗れって」


 エルもレネーの夫には良い印象がない。

 旧友の愛娘が亡くなったと聞いて、葬式に参列すると、目撃したのはやつれ果てた旧友の姿と、それに寄り添わない夫の態度だった。

 レネーが娘の棺に納めようとしたものを、冷たく突き返していた。


 後でレネーに話を聞き、思い出の冊子は本に仕立てれば良いと進言したのはエルだ。

 そのときもレネーは自分の気持ち以上に、夫の意見を気にしていた。

 長らく娘の看病に付きっきりだったレネーは、そのことで夫に引け目を感じているようだ。


「私が仕事も家事もせず、ただブリジットを見ていられたのは、ランダルのおかげなの。誰の稼ぎでそうできているんだって、言われたわ。お義父さん、お義母さんからは、早く二人目を、今度は健康な男の子をって急かされたけど、それも全然だし……。それでもランダルはずっと夫婦でいてくれるんだから、感謝しなくちゃね」


 そうレネーが語っていたことをエルから聞いたロッドは、眉間にしわを寄せた。


「は? どこに感謝する要素があるんだ。偉そうに。働くくらい当然だろ。育児に休みはないんだぞ。一人で病児を見て、疲れ果てて、二人目なんて考えられるかよなあ」


 さすがにレネーの前で素は出さないが、ここぞとばかりにロッドの毒舌が炸裂する。


「もう別れちまえばいいのに。何年か食べていけるくらい、本は売れてると思うけど……一生は無理だな。やっぱ、続編もどんどん書いてもらわなきゃな」


「私も読みたいわ。でもレネーが乗り気じゃないんでしょ。あたしも、あの旦那と別れればいいのにとは思うけど。あっ、別にあたしがバツイチ独身だから、お仲間がほしいってわけじゃないのよ。あの旦那が気に入らないの。彼、浮気してるし」


「えっ、そうなの?」


「うん。実は街で何度か見かけたの、若い女と親しげに腕を組んで歩いてるところ」


「腕を組んで、ねえ。でも歩いてるだけじゃ不貞行為に問えないな」


「ええ、でも人目をはばからずイチャイチャしてたのよ。あれは黒だと思うわ」


「そのことレネーさんには?」


「言えないわよ。でもそれとなく、別の話の流れで聞いてみたの。もし旦那さんが浮気してたらどうする?って」


「直球だな。本当にそれとなく聞けたのか怪しいな。で、レネーさんはなんて?」


「旦那さんから切り出されるまで、知らないふりをするって」


「彼女らしい答えだ」


「そうね。それに、すでに気づいてる風だったわ。旦那の浮気に」


「なのに、向こうに言われるまで待つ? 俺には理解できないな。俺なら浮気現場を押えて、なじりになじって、離縁状を叩きつけるよ。もちろん慰謝料もふんだくる」


「ねえ、あたしたちでレネーの旦那の浮気現場を押さえましょうよ」


「それはお節介すぎないか。レネーさんに頼まれたわけでもないのに、勝手に現場を押えてどうする気だよ」


「あたしたちにバレたと分かれば、さすがにあの旦那も自粛するんじゃない。弱味を握れば、レネーの作家活動に口出ししなくなるかもだし」


「なるほど。レネーさんには言わず、圧をかけて浮気相手と別れるように促す? 大人しく従うタイプとも思えないけどな。証拠を押えておけば、いざというときレネーさんに有利か」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ