ロッド・ロバートスン
ロッド・ロバートスンは、童話作家マーク・リードを口説き落とすことに燃えていた。
マーク・リードは実は女性で、ロッドの一つ年上の二十六歳で、既婚者だ。
二年前に彼女が自費出版した本を読み、直感で「これはいい」と感じたロッドは上司に推薦して、その本を商業出版して売り出した。
最初は少数部を刷って、王都の主要な本屋に置いてもらった。
購入者の口コミでじわじわ評判となり、クリスマスのプレゼント選びの時期に宣伝を打つと、一気に売れた。
増刷を重ね、今では第三版を販売している。
昨年には、物語を短くしてイラストをつけた絵本版を出版し、そちらも人気を博した。
そして現在、『ブリジットときらめく宝石の四精霊』の続編を書いてほしいとマーク・リードに頼みこんでいるのだが、色よい返事がもらえずにいる。
彼女にまったくその気がないとも思えない。
読者から届く「続きが読みたい」「またブリジットと四精霊に会いたい」とせがむ声を伝えると、本当に嬉しそうな顔を見せる。
一緒に物語を生み出した娘との会話を想起させるという。
それならばぜひ書いてみませんかと誘うと、
「でも主人が……」と途端に顔つきを暗くするのだった。
覆面作家、Mrs.レネー・レアードの夫は気難しく、少し面倒な男だ。
最初に商業本を出版するときには、夫人の個人情報を出さないこと、男性名のペンネームを使うことを条件とした。
そして初版が売れ、増刷するにあたり、取り分の割合を増やせと言ってきた。
話し合いを重ね、第二版からは印税を少し上乗せして支払うことになった。
本は売れても、丸儲けではない。
作る材料費や人件費はもちろん、販売するにも宣伝するにもお金がかかるのだ。
「それにしたって、作者の取り分が少なすぎる。作品あっての恩恵だろうに。あなた方は甘い菓子にたかる蟻みたいだな」
辛辣なランダルの言葉を思い出した。
妻を思っての言葉ならいいが、憂晴らしに暴言を吐いている印象だった。
その証拠に、ランダルはレネーの作品自体もこき下ろした。
「たまたま運良く売れただけで、調子に乗らないほうがいい。続編を出したところで、売れなければ、前作の評判も下がる。そういう例はごろごろある、そう主人が言うので……」
「前作ほど続編が売れない、それは確かによくあることです。でもまったく売れないことは少ないですし、続編が売れなくても前作の評価が下がることはありません」
ロッドは食い下がった。
「出だしだけでも書いてみてください。それを拝読しての助言もできます。ただ、僕が読みたいというのもあります。あなたの作品のファンですから。ファンの代表として、続きをせがんでいます」
レネーはまじまじとロッドを見た。
赤茶色の髪はいつも少し無造作で、眼鏡の下にはくまがうっすら浮かんでいる。
原稿の校正で徹夜したり、締め切りから逃げ回る作家を追いかけたりと、日々時間に追われる仕事をしているせいだろう。
返事を曖昧にし続けているせいで、ロッドの時間を奪っていることを自覚した。
レネーにも物語の続きを書きたい気持ちはある。しかし……
「期待してくださるのは嬉しいんですが、私一人では無理です。ブリジットがいて、あの子のアイディアでどんどん生まれていった物語なんです」
「そうですか。無理に書けとは言いません。今日はもう一つお話が。『ブリジットときらめく宝石の四精霊』に出てくる四ツ葉のブローチ。あれを商品化してはどうか、という話が出ているんです」
「ブローチを商品化?」
「はい。オーダーメイドするファンがいるくらいですから、公式のデザインで出せば必ず売れると、企画部の提案なんですが。本とセットで特装版にすれば、通常版と別にもう一冊、と買うファンもいるでしょう」
「宝石のブローチ……結構なお値段になりますね」
物語に出てくるキーアイテムの四ツ葉のブローチは、ルビー(赤)、サファイア(青)、シトリン(黄)、エメラルド(緑)で作られている。
「そうですね。貴族令嬢向けになりますね。特別感を好む層がターゲットですね」
好きなお話に出てくるキーアイテムを実際に手にできる。
とても素敵なことだと思う反面、それが叶うのは一部のお金持ちの子どもだけだと思うと、レネーは手放しで喜べなかった。
「少し考えさせてください」
「ご主人に相談を?」
「そうですね、一応主人にも……」