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04. 噂と違う王女(Sideロイド)

 ……なんか思っていたのと違うな。


それが初めてアリシア王女と言葉を交わした時の印象だった。


面倒この上ない連絡係という任をエドワード様から言い渡され、辟易しながら訪れたアリシア王女の部屋で私は彼女と向かい合う。


醜い容姿で性格も歪んでいて相当な我儘王女だと耳にしていたが、目の前の人物にその片鱗は今のところ見えない。


仕草や佇まいは優雅で洗練されており、彼女が王女としてしっかり教養のある人物だということを物語っている。


話し方や声のトーンも落ち着いていて、とても傍若無人な振る舞いをするような人物には思えなかった。


ただ、連絡係という存在について、なぜか彼女は拒否反応を示し固辞しようとする姿勢を見せた。


ついポロリと「監視役」と言いかけたことを鑑みるに、連絡係という言葉通りに受け取っておらず、監視が置かれると感じているようだ。


 ……まぁエドワード様には監視する意図はなく、連絡係というよりご機嫌取り係の意味で言ったんだけどな。


その思惑は彼女には全く伝わっていないようだ。


それにしても監視役だと思い込んでいる様子の中、それを拒むというあたり、何かやましいことでもあるのかと疑ってしまう。


 ……これは定期的に訪問して、始めは監視した方がいいだろうな。エドワード様の意図とは違うが。


あまりにも聞いていた人物像と印象が違うことも含めつい疑念深くなった私は、最初の対面を終えてそう結論付けた。


アリシア王女の部屋を後にし、エドワード様の執務室に戻ると、中にはアランしかいなかった。


さっきまでここにいたエドワード様およびその側近という名の取り巻き貴族達の姿が綺麗さっぱり消えている。



「ああ、ロイド。おかえり」


「エドワード様達は?」


「エドワード様はもちろん側妃のところ。他の取り巻きはエドワード様がいなくなると、さっさと散って行ったよ。まったく困ったものだよね。執務は放ったらかしなんだからさ」


アランはぶつくさ文句を言いつつ、手元の書類を確認している。


こうして主不在の執務室に、アランと2人になるのは今やよくある光景で、私はため息を吐きつつ自分も執務席についた。


「それにしても、厄介な役回りを押し付けられたね。王女のご機嫌取り役なんてさ。女嫌いのロイドには地獄でしょ? 相変わらずエドワード様は人使いが荒いしロイドを酷使しまくってるよね」


アランは主がいないのをいいことに、辛辣な言葉を吐き出した。


その口ぶりはただの悪口ではなく、昔馴染みだからこその気やすさが滲んでいる。


というのも、王太子であるエドワード様と、侯爵家嫡男のアラン、そして公爵家嫡男の私は、同い年の高位貴族同士とあって幼少期からよく顔を合わせていた。


言わば幼なじみのようなものだった。


父母を早くに亡くしすでに爵位を継いで公爵となっている私に対してアランがこの軽口なのもそれゆえだ。


「昔からエドワード様はなんでもロイドに頼りすぎなんだよ。まぁそれをロイドがいつも涼しい顔でこなしてしまうから癖になってるんだろうけど。でもここ最近はちょっと度が過ぎてるとは思うけどね」


アランが言うここ最近とは、リズベルト王国との戦いが終結し同盟を結ぶことに決まったあたりからだろう。


それは王妃が亡くなり、国王陛下が静養に入られた時期でもある。


陛下は優秀な方で、臣下からの信望も厚く、そして大変な愛妻家だった。


王族は正妃に加え、複数の側妃を持つことが許されており、歴代の国王はほとんど複数の妻を持つ者ばかりだった。


それは安定した王位の継承のためでもある。


だが、現在の国王は王妃ただ1人を愛していて、他は不要だと言い切り、実際に王妃のみを愛し抜いたのだ。


その愛の深さゆえなのか、王妃が病で亡くなると、国王も呼応するように気力がなくなり体も衰弱。とても政務に励める状態ではなくなった。


静養に入る事態を余儀なくされ、これによりすべての政務がたった一人の息子である王太子に回ってくることとなった。


それで奮起してくれれば良かったのだが、エドワード様は側妃を迎えてからと言うものの、ここ2年ほど朝も昼も夜も彼女の側を片時も離れず、すっかり政務を側近に放り投げていた。


もともと自分に甘く、快楽に流されやすい性質(たち)のエドワード様を叱咤激励するような女なら良かったのだが、残念ながら側妃は自分が美しく着飾り贅沢することしか能のない頭の悪い女である。


寵愛を得続けるために褒めて甘やかすだけで、日に日にエドワード様の言動は悪化するばかりだった。


それゆえ国王の代行として回って来た政務は、エドワード様の側近で処理し、最終決裁だけなんとかお願いするという日々となっている。


その側近も私とアランを除けば、自分に甘い言葉をかけるような者ばかりをエドワード様が取り立てたため、執務室にアランと2人きりという状態がすっかり常態化している始末だった。


「そういえばさ、あの王女様と会ってきたんでしょ? どうだった?」


「どうだった、というのは?」


アランの言葉に楽しげな響きが含まれているのを感じ、私は眉根を寄せた。


彼の意味するところが分からなかった。


「いやさ、あの王女様、聞いてたのと違うって思わなかった? それに何かちょっと変わり者な感じがするなぁって。ロイドはそう思わなかった?」


アランは今日彼女が王宮に到着した時の出迎え担当で、その後執務室への案内もしている。


直接言葉を交わす機会があり、そう感じたのだろう。


そしてそのアランが感じている印象はまさに私が感じていることと全く同じだった。


「アランに同意だな。聞いていたのと違うなと私も思った」


「だよね? 実はさ、出迎えた時に荷物と使用人の話になったら、後から来るものはないって言うんだよ。貴族令嬢なんて皆、馬鹿みたいに荷物多いのに驚いちゃってさ」


「確かに馬車の分だけで足りるなんてかなり少ない荷物だな」


「使用人も侍女1人だって」


「それはさすがに生活に困るんじゃないか? 護衛に加えてこっちで人を手配すべきかもな」


「その方がいいかもね。あとさ、部屋に案内した後、謁見に向けて身支度に時間がかかるだろうから3時間後くらいに迎えに来るって伝えたら、なんて言ったと思う? 30分後でいいって言われて、実際に30分後に部屋から出てきちゃったんだよね。荷物以上にビックリさせられたよ」


貴族令嬢はなにかと身支度に時間がかかる。


それは私たち貴族の一般常識のようなものだったから、アランの驚きにも共感できた。


そこでふと先程の彼女との会話を思い出す。


 ……連絡係としての訪問の頻度と時間帯を聞く理由に、身支度に時間がかかるからと言っていなかったか? 


アランの話によると彼女の身支度は非常に短いらしいので、なんだか矛盾しているように感じる。


あれは何かを誤魔化すための言い訳だったのかもしれない。


「醜い容姿で性格も歪んでる我儘王女とは聞いてたけど、話した感じそうでもなかったし、色々変わってるから興味深いよね。案外、あのベールの下は美人だったりしてね?」


「それなら隠す意味ないだろ? むしろ喜んで曝け出しそうなものだけどな」


「だよねぇ。貴族令嬢は美しさをひけらかすもんだもんね。それならやっぱり噂通りなのかな。ともかくロイドはこれからも会って話す機会が多いんだし、何か面白そうなことあったら教えてね」


アランは完全に野次馬根性で呑気にそんなことを宣った。


こっちは執務に加えて余計な役割が増えて憂鬱だというのに、他人事だと思ってずいぶん楽しそうだった。



◇◇◇


それから3日後。


予定通り、私はアリシア王女のもとに連絡係として訪問した。


日程と時間が決まっていたからか、先日と同じ侍女がすぐに応接間へ案内してくれる。


どうやらこの侍女が自国から唯一連れて来たという者のようだ。


案内された応接間には、先日と同様、アリシア王女が優雅にソファーに腰掛けて待ち構えていた。


「いかがですか、ユルラシア王国での生活は? 何かご不便などございませんか?」


連絡係という名のご機嫌伺い係として、私は型通りの問いかけをする。


これで我儘王女の悪名(あくみょう)よろしく、不平不満をぶちまけてくるかもしれないなとやんわり観察するような目を向けた。


なにしろ彼女の生活は、基本的にこの離宮か、王宮の庭くらいしか行動を認められておらず制限が多い。


生活も普通の王族に比べるとずいぶん質素なものだろうし、そのうえ婚約者である王太子は無関心ときている。


人質生活を覚悟して来ていたとしても、耐えられないと感じ始めていて不思議はなかった。



「不便は特にないわ。大丈夫よ。侍女も手配してくれたようで助かっているわ」


だが、そんな予想に反して、アリシア王女は明るくこんなセリフを言い放つ。


ベールで顔は見えないが、その態度からは決して言葉だけという様子でもなかった。


「それよりせっかくだから、ブライトウェル公爵に伺いたいことがあるの。良いかしら?」


現状に不便はないと言い切ったことを内心意外に思っていると、今度はアリシア王女の方から私に質問をしたいと言う。


女がこういうふうに言ってくる時は、大概碌なことがない。


私に近づくために、好みの女性のタイプやドレス、食の好みなどを探られるのだ。


媚を含んだ欲深い目で見つめられ、体を寄せられ、耳元で囁かれ……思い出すだけで寒気がするくらいだった。


まさか王太子の婚約者という立場の王女がそんなことをしてくるとは思えないが、欲深い女は何をしでかすか分からない。


女という生き物が嫌いで信用していない私は、思わず警戒してしまうのを止められないでいた。


しかしそんな身構えていた部分は、次の王女の一言で即効消し飛ばされてしまった。


「伺いたいのはね、王宮についてなの。もちろん私が立ち入ってはいけない場所が多いのは理解しているけど、自分の住む王宮内のことをきちんと把握はしておきたいのよね。例えば、何か有事が起こった際も知っているのと知らないのでは逃げる時に差が出るでしょう? だから全体像や主要な場所の配置くらい知っておきたいと思って」


アリシア王女の質問というのは、ごく真っ当なものだったのだ。


それも、知りたい理由についてもひどく納得のいくもので「なるほど確かに」と思わされた。


自衛、防衛という点においても、それは彼女の指摘した通りだと言わざるを得ないだろう。


私は自身の従者に指示して、執務室から王宮の地図を持って来てもらい、それを見せながらアリシア王女に説明をした。


彼女は真剣に話を聞き、的確に質問を挟んでくる。


その姿は、人から何かを教えてもらい慣れている感じが漂っていた。


 ……自国でも何かを学んでいたのか? やけに人に教えてもらうことに抵抗がないし、質問も上手いな。


そんな感想を持ち、その日の訪問は終了した。


その3日後にまた王女の部屋を決まった時間に訪問する。


この日も前回同様、「伺いたいことがあるのだけど」と切り出され、思いもよらないことを質問された。


今回はユルラシア王国の甘味についてだ。


「やっぱり国によって食べ物って差があるでしょう? ユルラシア王国の甘味はどんなものがあって、何が人気なのか興味があって。ほら、もし今後お茶会を開催したり、お呼ばれしたりした時に知らないと困るから」


その理由もまたしても「確かにな」と納得させられるものだった。


貴族女性にとってお茶会は大事な社交の場であり、情報収集の場でもある。


特に高位貴族ともなれば、自分で主催することも多いものだ。


形だけの婚姻とはいえ、王太子妃となればアリシア王女もそういう場に出席する機会は多いだろうことは容易に想像がつく。


 ……いつも質問は先のことを見据えたもので、理由も納得がいくし、この王女は割と頭の良い女なのかもしれないな。


顔を合わせたのは3度目だったが、この頃にはすっかり性格の歪んだ我儘王女という印象は無くなっていた。


なぜそんなふうに言われているのだろうかと疑問に思うくらいだ。


そしてさらにその3日後、この日は前回質問を受けた甘味の実食も兼ねて、手土産に今人気のチョコレートを持参して訪問した。


そのチョコレートをお茶請けとし、紅茶を飲みながらこの日も応接間のソファーで向かい合う。


いつものようにアリシア王女からの質問はなかったので、逆に今度はこちらから知っておいた方が良いことを挙げてみたところ、見事に彼女は食い付いた。


自分の興味のあることしか耳を傾けないタイプではないらしい。


ユルラシア王国の貴族や派閥、国の情勢など政治的なことだったのだが、王女は熱心に聞き入り、的確に質問を挟み、真剣に学ぼうとする。


こんなに熱心に話を聞いてくれると、だんだん教えるのにも身が入り、楽しくもなってくるから不思議だ。


「ブライトウェル公爵の説明は本当にいつも分かりやすいわね」


「王女殿下が熱心に聞いてくださるからですよ」


「ねぇ、前から言おうと思ってたのだけど、その王女殿下って呼び方やめてくれない? 堅苦しいし、この国ではそんな大層な身分じゃないもの。名前でいいわよ」


「……名前というと、アリシア様、ですか?」


「本当は呼び捨てでも良いくらいなんだけど、さすがにそれは無理でしょう?」


「ええ、それはさすがに。ああ、でも私の名前は呼び捨てにしてくださって結構ですよ。私がアリシア様とお呼びするのに、アリシア様が家名で呼ぶのはおかしいですし」


「じゃあブライトウェル公爵のことは、今後ロイドと呼ばせてもらうわね」


実のところ、今は亡き母以外の女性に自分の名前を呼び捨てにされるのは初めてだった。


それを許す気になるような女が今までいなかったという意味でもある。


 ……いくら王女とはいえ、女に呼び捨てを許可してしまうなんて、私はどうかしているな。


最初は憂鬱で仕方なかった連絡係だったが、いつしかその時間は楽しみなものになっていて、忙しい執務の合間の息抜きとなっていた。



そして3日おきの訪問も5回目となり、アリシア王女がこの国に来て半月以上が経った頃、初めて会話の中でエドワード様の名前が出た。


私が話の流れでポロリと名前を出してしまったのだが、自分のことに無関心で放ったらかしにしている婚約者に良い感情を抱いているはずがないだろう。


まずかったかなと一瞬思った。


だが、アリシア様がその名前に反応して発した言葉は予想外のものであり、私の想像とは真逆のものだった。


「残念ながら、エドワード殿下に特段お伝えしたいことはないのよ。何か伝える必要があるなら、恵まれた生活をさせて頂きありがとうございますとお伝えしておいて?」


「……恵まれた生活、ですか?」


「ええ。住む部屋は綺麗だし、食事も美味しいし、1人しか侍女を自国から連れて来なかったからこの国の侍女も付けて頂いてるし、衣装も王家所有のものを使ってもいいって言われているし。とっても満足な生活だわ」


 ……恵まれた生活? 満足している? アリシア様は本気でそんなことを言っているのか?


耳を疑うセリフに絶句して、ベールで顔は見えないのに探るようにマジマジと彼女を見つめてしまう。


客観的に見て、こんな制約されて、婚約者にも蔑ろにされた生活は恵まれているとはとても言い難いと思う。


内心衝撃を受けながら、なんとか口を開き、機会があったら伝えておくと言えば、「側近なのに頻繁に会わないのか」と痛いところをツッコまれた。


アリシア様にはエドワード様が執務はほとんどしておらずに側妃のところにベッタリだという事実は伏せていたからだ。


なんとか取り繕えば、彼女の方から「側妃のもとに通うのにもお忙しいでしょうね」という言葉が紡がれる。


その言葉には側妃に対して嫉妬するだとか、王太子に不満を持つだとか、そういったニュアンスは全く含まれておらず、なんの感慨もないように聞こえた。


「アリシア様は、エドワード様がこちらに全く来られないことをなんとも思っていらっしゃらないのですか?」


そこで思い切ってこう切り出してみれば、至極あっさりと「もちろん」と返される。


さらに早くお子が産まれると良いわねと他人事のように話すから驚いた。


「私は同盟のための婚姻を結ぶためにここにいるのだから、両国がそれで平和なら喜ばしいことだわ」


極め付けには自分を国の駒のように認識している言葉が飛び出す。


聞く人が聞けば、なんて王女としての矜持が高いお方なのだと感動することだろう。


だが、私はそうではなかった。


 ……この生活を恵まれたものと感じ満足しているというし、婚約者からの関心も求めず、さらには両国が平和なら嬉しい? アリシア様は心配になるレベルで無欲すぎないか……?


我儘王女の悪名はどこへ行ったのだと本気で不思議でたまらない。


我儘どころか、何の欲もない。

何も望まないのだ。


地位や名誉、豪華な生活、ドレスや宝石、愛情など、私の周りにはそれらを求めてやまない強欲な女が山程いる。


そんな女ばかりを見て来た。


だからアリシア様のこの在り方は私に驚きをもたらし、同時に不可解でたまらないものだった。


 ……これは王族という人種独特の考え方なのか? 最高位になれば無欲になるとか? いや、でもエドワード様は欲の塊だしな。とすると、王族の中でも王女だけが無欲とか? いや、他国の王女も見たことあるが決してそうではなかったな。


アリシア様は自分の発言が私に混乱をもたらしているとは露知らず、いつものように質問をしてくる。


それに冷静に答えるふりをしつつ、私の頭の中は数々の疑問でいっぱいだった――。


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