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31. 求婚

「もうっ! いきなり頬に口づけするなんて、本当に驚いたのよ! 心の準備ってものがあるのだから、ちゃんと事前に言って欲しいわ」


ロイドの国王就任のお披露目を兼ねた舞踏会がお開きとなり、私たちは王宮内の庭園で夜の散歩をしていた。


話題は先程の舞踏会でのひとコマだ。


念願叶ってロイドと素顔の状態で三回連続踊った時間はまさに夢のようだった。


これは夢ではなく、魔法でもなく、現実なのだと思うと余計に嬉しさが胸を駆け巡り、こんなに幸せでいいのかと半ば放心していたかもしれない。


だからなのか、三曲目が終わった時に急に抱き寄せられて、人前なのに頬に口づけをされてしまったのだ。


周囲の息を呑む様子が目に入り、恥ずかしさで卒倒しそうになった。


今思い出しても、頬に触れた唇の柔らかさが生々しく蘇ってきて体がジワジワ火照ってくる。


散歩の最中(さなか)、私はロイドを軽く睨みながらその時のことを抗議していたのだった。


「アリシア様が私を睨むなんて珍しいですね。新鮮です。次は気をつけますよ」


「お願いね?」


「はい、分かりました」


私の睨みはさほど効果がなかったようで、ロイドは唇をほころばせている。


最近のロイドはこのようによく口角に笑みを浮かべるようになった。


ただでさえ作り物めいた美貌に笑顔が加わり、衆目を集めていた。


 ……さっきの宣言の時も、多くのご令嬢たちが悔しそうに地団駄を踏んでいたもの。そんなロイドの隣に王妃として並び立つからには、相応しくあるために私ももっと色々努力しなければね。


ロイドと結婚できるのは、隣国の王女であるという私の身分のおかげだ。


それゆえに他の貴族たちも納得せざるを得ないのであって、私個人が認められたわけではない。


そのことをゆめゆめ忘れないようにしなければならないと思う。


「そういえば、まだちゃんと伝えていなかったわ。改めて、ロイド、いえロイド・ブライトウェル・ユルラシア陛下、新国王への就任おめでとうございます」


私はその場に立ち止まると、口調を改め、丁寧にロイドに向かってお辞儀をした。


つられて足を止めたロイドは一瞬驚いたような顔を見せたのち、私たちから少し距離を取って背後に付いていた護衛に合図を送って人払いをする。


護衛たちが去り、その場は私とロイドの2人きりになった。


「突然どうしたのですか?」


「今日から陛下は正式に国王になられました。今までとは立場が変わられたため、口調も改めねばと思ったのです」


「おっしゃる意図は分かりました。確かに公の場ではその方がいいでしょう。でも2人の時は今までと同じでいいですよ。いえ、むしろそうして欲しい」


今までは私が王族で、ロイドが公爵であったため、ロイドがへりくだって話してくれていた。


だが、もうそうもいかないだろうと思っていた私は口調を改めたわけだったが、2人の時は今までと同じでいいと言ってもらえて、ホッと肩の力を抜く。


「そう? それなら2人の時はそうさせてもらうわね。ロイドも私に対して公の場でも、2人の時でも丁寧な話し方をする必要はないわよ?」


「それはなかなか慣れるのに苦労しそうです。アリシア様へはもうこの1年ずっとこの話し方でしたから。私はもともと王位継承権第2位という立場だったので、国王になった今も特にこういった周囲への話し方という点において変化はなかったのですが、唯一の例外がアリシア様ですね」


「ふふっ、それは確かに大変そうね。様なんて付けなくていいからアリシアって呼んでね」


なんでもスマートにこなすロイドがちょっと困った顔をしているのがなんだか可愛くて私は思わず笑みを漏らした。


王族の私が普段タメ口で話しかけられることはほぼないのだが、やはり丁寧な話し方は少し距離を感じがちだ。


タメ口でポンポン言い合う人たちを羨ましく思うことも過去にあった。


だからロイドが私にタメ口になってくれるのを実は少し楽しみにしているのだ。


「ではまず名前だけ。口調自体はおいおい慣らしていくようにします」


「分かったわ」


「ところで、人払いもして2人きりになったことですし、私も改めて伝えたいことがあります」


そう口にしたロイドは、仕切り直すかのように私に向き直りまっすぐに私の顔を見つめる。


ざぁっと風が吹いたかと思うと、今まで雲で隠れていた満月が姿を現し、月明かりが私たちを照らし出した。


「アリシア」


光が差しおかげでハッキリと見えるロイドの形の良い唇が、私の名前を紡ぐ。


初めて呼び捨てにされてドキンと心臓の鼓動が跳ねる。


「私もまだちゃんと伝えていなかったと気づきました。だから改めて言わせてください。……アリシア、私と結婚してください」


「えっ」


思わぬ言葉に驚きの声が漏れて、慌てて私は口を押さえる。


だって私たちは先程舞踏会で宣言した通り、すでに婚約状態で近日中に婚姻を結ぶことが決定しているのだ。


 ……なのに、ロイドはいきなりどうしたの!?


「思い返せば、私は一度もあなたにきちんと求婚していないと思ったのです。反乱が成り、エドワード様が追放され私が国王になったことで、国同士の同盟の都合もあり、あなたは自動的に私の妃になる立場になりました。私との婚姻は嫌ではないと、そして私に好意を持ってくださっているとは言ってくださいましたが、あなたに選択肢がなかったこともまた事実です」


「確かにそれはそうだけど、でも……」


「正直、私はアリシアを手に入れることができたことに浮かれていました。恋焦がれたあなたが私の妃になってくれるのです。もともと決まっていたことを履行するだけだとしても、どんな形でも良かった」


「ロイド……」


「ただ、ふと思ったのです。あなたは私の妃になるのは自分の身分ゆえだと思っているのではないかと。もしそうだとしたら、それは私がきちんと求婚していないからに他なりません」


つい先程私が思ったことをまるで見透かしたような発言だった。


相変わらずロイドは私の心の中を推し量るのがとんでもなく上手だ。


「……本当にさすがロイドね。なんでもお見通しだわ」


「やはりですか。そんな気がしたのです。……改めて申し上げます。私はアリシアを愛していて、だからこそあなたと結婚したいのです。私の妃になって、一生そばにいて欲しい。それはアリシアがリズベルト王国の王女だからという理由ではありません。たまたま王女という身分であっただけで、私はアリシア自身が欲しいのです。……こんな私と結婚してくださいますか?」


ロイドの紡ぐ言葉の一つ一つが心に沁みる。


王女としての身分しか価値がないというようにこの国へ人質同然に来た私を、彼はアリシアという1人の人間として求めてくれている。


そのことが嬉しくて嬉しくて胸が締め付けられた。


うっすら目に涙が浮かんできて視界が滲んでしまう。


「ロイド、ありがとう……! 本当に本当に嬉しい。私もあなたを愛しているし、あなたの妃になってずっとそばにいたい。国王だからではなく、ロイド自身を愛しているわ……!」


感動に震えていた私は、今日この瞬間は照れることなく、ロイドに応えるように自然と言葉が口をついて出た。


ロイドの手が伸びてきて、次の瞬間には彼の温かな体温に包まれる。


片方の手は私の長い髪をすくように撫でていて、そんな仕草はまるで不義の子として忌み嫌われたこの髪も含めて私を愛していると言ってくれているようだった。


それからどれくらい時間が経っただろう。


月明かりの下、お互いの存在を確認し合うようにしばらく無言で抱き合っていた私たちだったが、そろそろ戻らねば護衛も心配すると思った私は体を離そうと身じろぎをした。


「アリシア」


それを制止するかのようにロイドが私の名前を呼ぶ。


それに反応して、抱き合った体勢のまま、私は顔だけ動かしてロイドを見上げた。


すぐ目の前にロイドの整った顔があり、赤い瞳は優しく細められている。


「口づけをしても?」


続いて発せられたのは事前確認の言葉だった。


心の準備があるからあらかじめ知らせて欲しいと言った私の抗議を守るため、ロイドは小首を傾げて問いかけたきたのだ。


律儀なロイドらしい。


事前確認があったとはいえ、ドキドキするのは変わらない。


その鼓動を感じながら、私はコクリと小さく頷いた。


そして心の準備がてらギュッと目を瞑る。


てっきり舞踏会の時と同じように頬に口づけが落ちてくるものだと私は思っていた。


だが、予想に反してその柔らかな感触は全然違うところに落ちてきた。


すぐにそれを感じ取り、ビックリして心臓が飛び出そうになる。


それは唇への口づけだったのだ。


唇と唇が重なり合い、初めて感じる甘い感覚に打ちひしがれる。


重なった唇からは言葉を交わすだけでは伝わらない想いが、唇を通して伝わってくるようだ。


優しくて穏やかで、包み込むようなそれは、まるで前世で見た映画のワンシーンのようなキスだった。


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