30. 新国王の宣言(Sideロイド)
反乱を成し遂げた後、私はその事後処理に奔走する日々を送っていた。
前国王陛下の国葬、エドワード様とマティルデ様の今後の取扱い、拘束された者への対処、反乱軍に参加した貴族への褒賞と処遇、王宮人事の見直し、新国王就任のお披露目を兼ねた舞踏会の準備……挙げればキリがないほど、しなければいけないことは山積みだった。
それを執務面で支えてくれたのはアランや、反乱軍の主要人物であった貴族たちだ。
前国王陛下の国葬はアランが指揮を執って進めてくれ、反乱の数日後には速やかに執り行われた。
エドワード様とマティルデ様の取り扱いは、当初の予定通り、身分を剥奪のうえ辺境地への追放&幽閉に決まった。
反乱軍の発起人でもあったノランド辺境伯の領地内にある辺境地の中の辺境地で誰も近寄らないような場所にある城もどきの古い建物が使われることになった。
ノランド辺境伯は自分が反乱の発起人であったこともあり、幽閉後も責任を持って目を光らせておくと請け負ってくれたのだ。
これまで贅沢の限りを尽くし、すべてを人任せにして、ひたすら自分たちのことしか考えていなかった2人は、おそらく何もない、誰も助けてくれない環境で相当苦労することになるだろう。
だが、それは身から出た錆であり、彼ら自身でなんとかしてもらう問題である。
拘束された者たちは基本的にエドワード様の腰巾着のような者たちばかりだったため更迭し、代わりに反乱軍に参加した貴族たちを重用して主要ポジションへと任命するなど、人事も大幅にテコ入れした。
反乱前から政務のほとんどを王太子代行として私が執り行っていたため、国の運営に大きな支障をきたすことがなかったのは幸いだった。
これらを同時並行でこなしていくのは目の回るような日々だったが、そんな私を精神的な面で支えてくれたのはアリシア様だ。
反乱以降、控えていた訪問を再開し、今では3日に1回と言わず毎日会いに行っていた。
私の正式な国王就任はお披露目を兼ねた舞踏会の時となるが、それはもう確定事項であることもあり、王宮に勤める誰もが私とアリシア様が婚約関係にあることを理解していたのだ。
だから誰も咎める者はいないし、変に邪推されることもない。
置かれた立場が変わったうえに、お互いの気持ちもハッキリと言葉で確認し合った私たちの距離感は変化した。
以前までは応接間の扉を開け、テーブルを挟んだソファーに対面で座って話すだけだったが、今は扉を閉めて2人きりになることができ、私は必ずアリシア様の隣に腰を下ろす。
そして恥ずかしそうに顔を赤らめるアリシア様を毎回飽きもせず抱きしめるのだ。
執務が忙しくてその場にいられるのはほんの数分だけなのだが、アリシア様に触れるだけで疲労回復薬並に癒された。
こうして反乱から約2週間が経った頃、満を持してお披露目を兼ねた舞踏会が王宮で開かれることとなった。
この舞踏会にはユルラシア王国のほぼ全貴族が集結している。
「皆さんもご承知の通り、王家の腐敗ぶりに憂いた者たちにより先般反乱が起こりました。その結果、王家は追放され、新国王陛下には王位継承権第2位であり公爵であったロイド・ブライトウェル様が就任される運びとなりました。本日は新国王陛下の就任式およびお披露目を執り行います」
司会進行を務めるアランが朗らかな声で耳を澄ませる貴族たちに語りかけた。
拍手で迎えられた私は壇上に立ち、降り注ぐ視線を感じながら背筋を伸ばす。
そしてゆっくりとした口調で一言一言に力を込めて言葉を繰り出した。
「この度、新国王に就任することになったロイド・ブライトウェル・ユルラシアだ。私はこの国をより良くするために邁進して来られた叔父である前国王陛下の意志を継ぎ、この国に住むすべての者が豊かで幸せに暮らせるよう尽力していきたいと思う。平和な治世を紡いでいくつもりだ。ぜひ皆の力も貸してもらいたい」
宣言するように所信表明をすると、集まった貴族たちからワッと歓声が上がる。
その様子を壇上から見渡していたら、ある親子の姿が目に留まった。
それはアリシア様の父であるリズベルト王国の国王と、妹である第二王女だった。
実は今回は同盟国であり、アリシア様の母国であるリズベルト王国からも王族を招待していたのだ。
拍手と歓声が落ち着いてきたのを見計らい、私は再び口を開く。
本日もう一つ全貴族に向かって宣言しておきたいことがあったのだ。
……ここからが私にとっての本題だ。
「続いて、皆にはもう一つ報告がある。承知の通り、我が国は先般のリズベルト王国との戦争の後に同盟を結ぶことになった。その同盟の証として王族同士が婚姻を結ぶこととなっており、約1年前より先駆けて我が国にはリズベルト王国の第一王女アリシア様が滞在されている。私が国王に就任するにあたり、アリシア様と婚姻し、王妃に迎えることとする。結婚式は近日中に執り行う予定だ」
この発言に貴族たちは一堂に騒めき出す。
情勢からこの展開を予想していた者、全く不意打ちに感じた者、私の婚姻に嘆き叫ぶ令嬢など反応は様々だ。
反乱の際に侍女と入れ替わっていたことで王宮のごく一部の者にはアリシア様の素顔を知る者が増えたが、まだ大半の貴族は知らないため「あの醜い王女とロイド様が婚姻するのか……」と私を哀れむような声が多かった。
アリシア様のことを何も知らないくせに全く勝手なことだとわずかに苛立つが、こういった反応は予想していたため、私は手を打っていた。
「では、改めてこの場で紹介しようと思う。私が妻に迎え、そしてこの国の王妃になられるアリシア様だ」
私がそう言い放つと、ゆっくりとした足取りで舞台袖からアリシア様が壇上に現れた。
優雅で気品に溢れるアリシア様はそのまま私の隣に並び立つ。
貴族たちはアリシア様の姿を目にした瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けている様子を見せ
、ピタリと動きを止めたまま息を飲んだ。
なぜならアリシア様がベールを付けておらず、素顔のままだったからだ。
醜い容姿だと信じて疑わなかった貴族たちは、アリシア様の美しい姿に、あんぐり口を開けて穴のあくほどじっと見つめている。
アリシア様が外見だけでなく、中身も素晴らしい方だということを私は重々承知しているのだが、分かりやすく貴族たちを黙らせるのには大々的にベールを取って見せるのが効果的だと考えたのだ。
この様子を見れば、その見立ては予想通りだったと言えるだろう。
そんな貴族たちの姿を視界に入れながら、私はさらに口を開く。
「私はアリシア様を心よりお慕いしているため、今後側妃を娶るつもりは一切ない。前国王陛下と同様、王妃であるアリシア様だけを一生愛し抜くことをここに誓おう。そのことを皆には承知しておいてもらいたい」
静まり返っていたその場に再びザワザワと騒めきが訪れる。
娘を側妃に充てがおうと企んでいた貴族や、側妃の座を狙おうと自ら考えていた令嬢などが動揺しているのが手に取るように分かった。
だが、これこそが私の狙いだったのだ。
正式な場で公にこのことを宣言しておきたかった。
私の本心であるし、同時にこうやって宣言しておくことでアリシア様の立場の向上にも繋がり、変にアリシア様に突っかかるような女も減るはずだ。
チラリと隣に立つアリシア様に視線を向ければ、気丈に振る舞っているが、耳が赤くなっていて照れているのが分かった。
……恥ずかしがったり、照れたりして、すぐに赤くなるアリシア様が可愛らしくて仕方ない。
今すぐ抱きしめたい衝動に駆られるも、そこはグッと耐え忍び、司会進行役のアランに促されて私たちは一旦壇上から引き揚げた。
ここからはいつもの舞踏会の形に戻り、ダンスのための音楽が奏で始められる。
食事やお酒も運び込まれてきて、自由に社交を楽しむ時間へと様変わりした。
上座に座った私とアリシア様のもとへは少しでも縁を結ぼうとひっきりなしに様々な貴族が挨拶に訪れる。
それに社交的な笑みを作りながら応対し、ようやく切れ目ができたところで、私は立ち上がりアリシア様の手を引いた。
「約束通り、私と踊って頂けますか?」
「もちろんよ」
ダンスホールに降り立った私たちには、以前の比ではないくらいの無数の視線が突き刺さる。
皆の注目を集める中、音楽に合わせて一曲目を踊り出した。
「すっごい視線ね。緊張してステップを間違えてしまいそうだわ」
「大丈夫です。間違えてもバレないように私が上手くリードしますよ」
「ふふっ、それは助かるわ。さすがロイドね」
私たちはお互いに作ったものではない自然な笑顔を浮かべながら見つめ合う。
前回とは違い、ベールをしていないアリシア様とのダンスは、こうして至近距離で顔を見ながら踊れるのが嬉しかった。
二曲目に入り、曲調はゆったりとしたものに切り替わる。
抱き合うように体の距離が近くなった。
「ベールをしていないせいか、ロイドとの距離がこの前より近い感じがするわ。ちょっと恥ずかしいわね」
相変わらず頬を染めて恥じらう様子に心をくすぐられる。
伏せた目を縁取る長いまつ毛が妙に色っぽい。
「それは今更では? いつももっと近い距離になることもあるでしょう?」
耳元で囁けば、途端にアリシア様は耳まで真っ赤になってしまった。
踊りながらその様子に小さく笑っていると、ついに三曲目が始まった。
「……念願叶って三曲目ですね。以前の舞踏会の時、二曲目の終盤は本当に手放し難かったのですよ?」
あの時のことを思い出しながら噛み締めるように述べると、アリシア様は「私だって」と言う。
お互い同じ気持ちだったのだと思うと、胸に迫り来るものがあった。
私たちは今この瞬間を一滴も逃さず味わうように、お互いを見つめ合って音楽に合わせて踊った。
その時ふとアリシア様の視線が私から外れた。
どこか一点を食い入るようにじっと見ている。
ステップを踏みながら、位置が入れ替わった時にその視線の先を追ってみると、それはアリシア様の父と妹へと向かっていた。
「……お父上と妹姫が気になるのですか?」
「ええ。2人がこの国に到着した時と、舞踏会の最中と2度挨拶を交わしたのだけど、その時のお父様の態度があまりにも違ったものだから」
それは私にも容易に想像ができた。
ユルラシア王国に到着した時は、自国で王族扱いせずに冷遇してきた娘に対する態度のままだったのだろう。
それが舞踏会の冒頭で私が宣言したことにより、娘がまもなく王妃となり、しかも国王に一生の愛を捧げられたと知り、蔑ろにしてはいけない相手だと理解したに違いない。
なにしろ同盟国とは言え、アリシア様は自分の国より大国の王妃となるのだから。
「お父様と違って妹のエレーナの態度は変わらなかったのだけど、なんだか今、もの凄い形相で私を睨んでいるみたい。普段人前ではあんな表情見せることないのに」
チラリと視線を向ければ、アリシア様の言う通り、妹姫は怒りを露わにして般若のような顔でこちらを見ていた。
……ああいう顔した女はよく見かける。あれは嫉妬だろうな。自分より下に見て蔑んでいたアリシア様が幸せそうであることが悔しいのだろう。
私が妹姫に会うのはこれが初めてだったが、アリシア様の境遇を知っていただけに、彼女に対しては悪感情しか待ち合わせていない。
ベールを付けるよう命令したり、アリシア様の悪評を積極的に流したのもあの妹姫だという。
アリシア様はそのあたり積極的に自らを語らないが、リズベルト王国から共に来た侍女に聞けば、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに話して聞かせてくれたのだ。
ちょうど三曲目が終わったタイミングだったため、私はここぞとばかりに、見せつけるようにアリシア様の体を自分の方へ引き寄せる。
そして無防備なアリシア様の頬にキスを落とした。
「キャアッ!」
「国王陛下が頬に口づけをされたわっ!」
「あの女嫌いで知られる方がか!?」
「一生愛する宣言はどうやら本気のようだ!」
見ていた貴族たちの驚きの声が響く中、私は妹姫に敵意を持った目を向ける。
彼女は目を見開き顔を真っ赤にして憤慨しているようだった。
……いい気味だ。あの妹姫への復讐はアリシア様の幸せな姿を見せつけ続けることが一番効果的だな。
もちろん妹姫のことがなくても私はアリシア様を絶対に幸せにするつもりだが、より一層その想いが強くなった。
ふとアリシア様に視線を移すと、口角に笑みを浮かべたまま、凍りついたように固まっている。
突然人前で頬にキスをされ、処理能力を超えてしまったようだ。
私は噛み殺すように小さく笑い、凍ってしまった愛しい人を溶かすように、熱い眼差しを送ったのだった。




