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02. 人質生活の始まり

「はぁ、やっと王都に着いたわね」


「長かったですね。隣国への馬車での移動がこんなに大変だとは思いませんでした」


「本当よね。なかなかに得難い経験だったわ。騎士団や商人の人達はいつもこんな大変な思いをしているのね」



王都に入り、窓の外を覗きながら、私とライラは安堵の息を吐き出した。


リズベルト王国を出発し、馬車に揺られること6日。


私はようやくユルラシア王国の王都に到着し、目的地である王宮まであと半日ほどのところへ辿り着いていた。


基本的に王宮でひっそり暮らしていた私にとってこのように長旅をするのは初めてのことだった。


前世では飛行機や電車があるから、他国へ移動するのには数時間〜1日あれば十分に事足りる。


だが、この世界ではそんな便利なものはなく、移動手段といえば馬か馬車だ。


それもお金がある人が使えるものだから基本は徒歩がメインだと言えるだろう。


馬車が使えるだけで恵まれているのだが、それでも隣の国に行くだけでこれだけの日数がかかってしまう。


おまけにすべての道が舗装されているわけではないため、道中はガタガタと揺れ、なかなかにハードだった。


戦いのために隣国まで赴く騎士団や、商品の売り買いで国を移動する商人など普段からこのような移動をしている人達のことを思うと、頭が下がる思いがする。



「それにしてもすごい王都ね。リズベルト王国とは全然違うわ」


「賑やかで活気がありますし、なんだか華やかな雰囲気ですね」


馬車の窓から見える王都の城下町は、とても広く美しい。


立ち並ぶ建物のどれもが立派で、街行く平民の人々の服装も小綺麗だ。


さすが大国だと思わされる、豊かさを象徴するような光景だった。



「こんな国の王太子様ってどんな方なのかしら……?」


「ユルラシア王国の現国王と王妃の唯一のお子で見目麗しい23歳。執務でも国王を支えて有能らしいですよ。2年前に側妃を迎え、その姫を大層ご寵愛されているそうです」


「ライラ、いつの間にそんな情報を?」


「アリシア様が無関心すぎるのですよ。仮にも婚約者になるのに。なので、ここまでの道中で泊まった宿などでちょっと聞き込んでみたのです」


王都に着いたのは今日だが、ユルラシア王国自体にはすでに何日か前から入っている。


だから宿の人たちに自国の王太子について世間話をしつつ尋ねてみてくれていたようだ。


やっと興味を持ち出した私にライラは呆れたような顔を見せながら、仕入れた情報を聞かせてくれる。


「なんでもその側妃は子爵令嬢のようで、正妃にするには身分が足りなかったみたいですね。だからこれまで正妃の椅子が空いていたようです」


「それで同盟の証として他国の王女と形だけの婚姻は都合が良かったのね」


「そのようです。側妃へのご寵愛が深すぎて、自国の高位令嬢も尻込みしていたみたいです。今は王位継承権第2位の方に人気が集まっているらしいですよ」


「王位継承権第2位の方?」


「現国王の弟のご子息らしいです。つまり王太子様の従兄弟(いとこ)ですね。歳も同い年だそうです。王弟はすでにお亡くなりになっていて、そのご子息が跡を継ぎ、若くして公爵家の当主を務められているとか。王太子様の一番の側近でもあるみたいです」


「へぇ、そんな方がいるのね。側近だったらお会いする機会もあるかもしれないわね」



私が知っていたのは婚姻相手が王太子様だということと、側妃を寵愛していることくらいだったので、目新しい情報も多かった。


知ったところで扱いは変わらないだろうと思い、あまり興味を持てなかったのだ。


 ……とりあえず、どうしようもないボンクラ王太子というわけではなさそうね。あくまで形だけの婚約者に徹して、寵愛を求めない姿勢を貫き、側妃の気分を害さないようにしないとね。



女の嫉妬は怖い。


それだけ愛されているという側妃とは極力関わらないようにしたいところだ。


その側妃が早く懐妊してくれれば、将来的に火種のもとになるからと私は子作りを拒否することもできる気がする。


そんなことをツラツラと考えていると、ようやく目的地であるユルラシア王国の王宮に到着した。


王宮も荘厳で立派な建物であり、一見しただけでその広大さが見て取れる。


門の前には隣国の王女を迎えるべく王宮で働く人々が一列に並び恭しくお辞儀をしていた。


ベールを顔に覆い馬車から降りると、四方八方からヒシヒシと探るような視線が突き刺さる。


その視線と自国とは比べ物にならない王宮の壮大さに萎縮しそうになるが、私はお腹に力を込め、背筋を伸ばし、隣国の王女として相応しい堂々とした振る舞いを必死で心掛けた。


「ようこそ、ユルラシア王国へお越しくださいました。まずは王女殿下のお部屋へご案内いたします」


王太子の側近の1人だという侯爵子息アランに先導され、迷ってしまいそうな広さの王宮内を歩く。


私の居住スペースとなるのは、王宮内にある離宮のようだ。


説明によると、側妃にも別の離宮が与えられており、王太子は本殿に自室があるにも関わらず、ほぼその離宮に通い詰めだという。


「ですので、そちらの離宮には近寄らぬ方がよろしいかと。お二人の時間を妨げるとエドワード王太子のご不興を買いますので」


「分かったわ」


言われなくてもそのつもりの私は、当たり前のように頷いた。


頼まれても近づきたくないとすら思ってしまう。


「こちらが王女殿下の離宮です。あとから届くお荷物やお連れの使用人用のスペースも十分にございますので、ご自由にお使いください」


「あとから届く荷物はないし、あとから来る使用人もいないわ。今回荷物用の馬車に積んできたものがすべてよ。使用人もこちらの侍女1人だわ」


「は? これだけですか……?」


「ええ、そうよ」


前世での貧乏癖が抜けなくてもともと荷物が少ない上に、心を許せる使用人が少ない私にとっては当たり前だったが、一般的な貴族令嬢としてはイレギュラーなのは自覚している。


普通は移動の馬車では積みきれずに、あとから荷物だけが届くし、使用人も5人以上は帯同するものだ。


だから侯爵子息として、身近に貴族令嬢を知るアランが驚くのも無理ないだろう。


だが、目をぱちくりしているアランを無視して、私は話を進めることにした。



「このあと、王族の皆様への挨拶などはどうすればいいかしら?」


「お部屋で着替えて頂いたあと、私がご案内いたします。陛下は静養のため、王宮にはいらっしゃいません。ですので、挨拶して頂くのは王太子殿下のみでございます」


ユルラシア王国の国王が静養しているなんて初耳だった。


アランの説明によると、リズベルト王国との戦争が終わった直後に王妃が他界し、心を痛めた国王も静養が必要な状態に陥ったそうだ。


リズベルト王国が降伏し、同盟という形になったのも、どうやらユルラシア王国側の王族にも不測の事態が起き、これ以上侵攻できなかったという事情があるようだ。


ということは、つまり現在は王太子がすべての政務を代行しているということなのだろう。



「……そんなこの国の事情を私に話しても良かったのかしら?」


「ええ、王女殿下は今日から我が国の王太子殿下の婚約者で、将来の王太子妃でいらっしゃいますから。それに王宮にいれば、遅かれ早かれ耳に入るでしょう」


「確かにそうね」


「では、そういうことで、お着替えがお済みの頃にまた伺います。そうですね、3時間後くらいでしょうか?」


「いえ、30分後でいいわ」


「は? 30分後……?」



またしてもアランは予想外のことに目を瞬かせている。


貴族女性の身支度には大変な時間がかかるものだから、あまりに短くて驚いたのだろう。


サッサと挨拶を済ませて部屋で休みたい私は、一息つく時間も含まずに着替えるだけの最短の時間を伝えたのだ。


幸いにもベールを被っているのでお化粧も最低限で良いという時短テクニックもあった。


ライラに手伝ってもらい、言葉通りに30分で謁見用の豪華なドレスに着替えた私は、再びアランに案内されて王太子の執務室へ向かう。


執務室は王宮本殿の中枢にあり、このあたりは離宮周辺と違い、王宮勤めの貴族たちが多い。


話だけは耳にしているのだろう、皆一様にジロジロと私を無遠慮に眺めてきた。



「こちらが王太子殿下の執務室です。では中へご案内いたします」


コンコンコンという3回の軽いノックののち、アランが扉を開けて中へ入る。


中から扉を押さえて、迎え入れるように誘導され、私も続いて執務室内へ足を踏み入れた。


中には数人の男性がいたが、大きな執務机にドカリと座っている中心人物こそが、婚約者である王太子だろうということはすぐに分かった。


私の入室に気付くと皆が手を止めて、王太子の側に控えるよう背後に立つ。


私は執務机の側まで近寄り、その場で王女らしい振る舞いで片足を後ろに引き膝を曲げてカーテシーをした。



「はじめまして。リズベルト王国王女のアリシア・リズベルトと申します。エドワード殿下にお目にかかれ光栄でございます」


「ああ、遠いところよく来た。私が王太子のエドワード・ユルラシアだ」


「これからどうぞよろしくお願い致します」


「聞いていると思うが、私たちの婚姻は1年後だ。それまでは婚約者として扱うので、そのつもりでいてくれ」


「はい。承知いたしております」


王太子であるエドワード殿下は、確かにライラが仕入れた情報通りに見目麗しい青年だった。


赤茶色の髪に、赤い瞳という色彩のせいか、燃えるような炎を連想させるような人だ。


堂々とした口ぶりからは命令をし慣れた上位者の雰囲気を伺わせる。


苦手だった前世の職場の社長をなんとなく彷彿とさせ、初対面なのに嫌悪感が押し寄せた。


「あと、これも承知のこととは思うが、私には愛する側妃がすでにいる。君とはあくまで両国の和平のための政治的な婚姻だ。私からの寵を与えるつもりはない。くれぐれも言動は弁えてくれ」


「もちろんでございます」



最初の挨拶に続き、次に発せられた言葉は案の定、側妃のことだ。


やはりエドワード殿下が側妃に夢中という情報は紛れもない事実なのだと思った。


愛されることのない形だけの婚約者ということは重々に理解していたので、なんの感慨もなく素直に頷く。


寵愛を与えないと釘を刺された後に続いて問いかけられたのは、私が被るベールについてだった。


これも想定内だったため、私はあらかじめ考えておいた嘘をスラスラと述べる。


私が話す内容を聞きながら、エドワード殿下やその背後にいる一部の側近たちの顔が蔑むものになっていたことには気付いた。


おそらく私の自国での評判を耳にしているのだろう。


それでもエドワード殿下からベールを付けたままでもいいと許可を得られたことに私は大変な満足をしていた。


 ……これでまた自由に城を抜け出せるわ!


これで少なくとも1年は、私にとって人質生活という名の自由気ままな生活が保障されたも同然だった。


その後、一言二言だけ会話を交わし、サッサとその場を辞した私は、ユルラシア王国が付けてくれた護衛を伴い自室へ戻る。


これでこれ以降はおそらくエドワード殿下とはほとんど顔を合わせる機会はないだろう。


下手したら次は1年後の結婚式かもしれない。


パートナー同伴のような場には寵妃として知られる側妃を伴うだろうから、私は本当にここで心安らかな人質生活を大人しく過ごすだけなのだ。



「アリシア様、ご機嫌ですね。そんなに王太子様は素敵な方だったんですか?」


「ええ! 1年後の婚姻までベールを付けていても良いと認めてくださったわ! 話の分かる方でしょう?」


自室に戻るやいなや、紅茶を淹れて待っていてくれたライラに先程の出来事を報告する。


特にこれで1年は自由だと言うことに喜び震えながら語った。



「はぁ。アリシア様のご機嫌の理由はそういうことですね。ということは、これまで通りに私も協力するということですね?」


「もちろんよ! 頼りにしているわ! さて、いつから始めようかしら? 自国みたいに私に直接突っかかってくる人もいないし本当に気が楽だわ」


「せめてここでの生活に慣れてからにしてくださいね?」


「それもそうね。もう少し王宮内のことや城下のことを色々知ってからじゃないとね」



注意を促すライラに同意しながら、私はライラが淹れてくれた香り高い紅茶に口をつける。


上品で芳醇な香りと豊かな風味に、ここまでの長旅の疲れが癒やされるような心地がした。


ライラと話しながらすっかり寛いでいたら、ふいに部屋の扉がノックされる。


ここを訪ねてくるような人の心当たりがなく、私もライラも首を傾げていたが、ライラが素早く立ち上がり扉の方へ向かった。


しばらくすると、扉の前にいる護衛から訪問者と用件を聞いて戻ってきた。


「王太子様の側近のブライトウェル公爵だそうです。アリシア様にご報告があるとか。どうされます? お会いになります?」


「ブライトウェル公爵?」


「ほら、あれですよ。馬車の中で話した王位継承権第2位の王太子様の従兄弟ですよ」


そう言われて、昼間のライラとの会話を思い出した。


もしかしたら先程エドワード殿下と謁見したあの場にもいたのかもしれない。


 ……報告ってなにかしら?


心当たりはないが、追い返すわけにもいかず、私は「お通しして」と答えた。


相手は大国の公爵で、王位継承権第2位の要人だ。


王族とはいえ、小国の王女にすぎない私が無下に扱うことのできる相手ではなかった。


再びベールを装着し寝室とは別にある応接間のソファーに移動して待っていたところ、ほどなくしてその相手が姿を現した。


スラリとした長身に、艶めくような黒髪、瞳は少し青みがかった真紅色をしている。


そして驚くべきはその顔立ちだ。


作り物めいた完璧に整った美しい美貌に思わず目を奪われた。


 ……ベールをしていて良かったわ。マヌケ面を晒してしまうところだった。


ここまで案内をしてきたライラの方をチラリと見れば、ライラも目に驚きを宿しているのが分かった。


貴族令嬢からの人気を一身に集めているというのもこの容姿と家柄なら頷ける。


ただ、整い過ぎているからなのか、どことなく冷たい印象を与える人だなとも思った。


その彼はソファーの近くまで来ると恭しく私に礼をして、その美しい顔に笑顔を浮かべる。


「王女殿下、お寛ぎのところ失礼いたします。私はエドワード殿下の側近で、ブライトウェル公爵家の当主、ロイド・ブライトウェルと申します。このたび、エドワード殿下からの命により、連絡係の任を受けました。エドワード殿下はお忙しい方ですので、なかなかお時間が割けないため、なにかありましたら私までお申し付けください。王女殿下に我が国で心地良く過ごして頂けるよう努めさせて頂きます」



美しい笑みのまま発せられたのは、思いもよらない言葉だった。


予想外すぎて言葉も出てこず、ただじっと彼の顔を探るように見つめてしまった。


 ……連絡係? この人がわざわざ? それってつまり監視役みたいなものじゃないの?


せっかく自由気ままだと喜んでいたのに、監視役なんて邪魔なだけだ。


なんとか自分の自由のためにこの事態を回避したい私は頭をフル回転し始めたのだった。


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