28. 拘束された王女
「アリシア様、大変ですっ! 王宮で反乱が起こっているようですっ!」
エドワード殿下が寝室を飛び出して行った直後、入れ替わりのようにライラが部屋に飛び込んで来た。
その顔色は血の気が引いていてガタガタと体を震わせている。
「ええ、エドワード殿下を呼びに来た者がそう言っていたのを聞いたわ。外から悲鳴も聞こえるけどこの離宮にいるみんなは大丈夫?」
「護衛の方は変わらず部屋の扉の前でここを守ってくださっています。ただ、侍女と使用人は身の安全のために王宮から逃げると言ってみんな我先にと出て行ってしまいました……。アリシア様を置いて行くなんて許せないことです……!」
「いいのよ。所詮私はまだ正式な王太子妃でもなく、この国の人間ではないただの人質なのだから。むしろ任務を全うしてくれている護衛の方々には感謝だわ。ライラも私のそばにいてくれてありがとう」
「そんなの当たり前ではないですか……! 私たちはどうしましょう? この離宮から逃げてどこかへ避難いたしますか?」
ふとフォルトゥナが頭に思い浮かんだ。
城下町まで逃げてあそこまで行けば匿ってくれそうではある。
……だけどこんなことにエドガーさんとミアを巻き込んではいけないわ。この不安定な情勢で人質である隣国王女の取り扱いがどうなるかなんてまだ分からないもの。
反乱ということは、今の王家に刃向かう勢力が蜂起したのだろう。
その勢力が隣国との同盟を反故する考え方の持ち主だった場合、私の立場が非常に危ういことになるのは火を見るより明らかだ。
だから私はライラの問いに対して首を横に振った。
「いいえ、このままここに大人しく留まって身を潜めておきましょう。逃げたことを後から罪に問われる可能性もありうるわ」
「しかし……!」
「ライラも私と一緒にいてくれると嬉しいのだけど」
「もう、当たり前です……! 最後までお供いたします。反乱軍がどのような者達でどのような扱いを受けるか不明な今、いざとなれば私を影武者にしてアリシア様はお逃げください」
そう言うと、ライラはおもむろに身に付けている侍女服を脱ぎ出して、私の着ているドレスと交換を申し出てきた。
この状況でライラに影武者なんてさせたくない私は拒否するのだが、ライラの勢いと懇願に根負けして結局受け入れてしまうことになった。
ライラはいつでも装着できるようにベールも手元に用意している。
服装を入れ替えた私たちは、扉を閉めていても聞こえてくる騒音に怯えながら、寝室の奥深くで身を寄せ合い息を殺してじっとしていた。
それからどれくらい時が経ったのだろう。
いきなり聞こえてくる騒がしさが間近に迫ってきて、扉前の護衛が声を荒げるのが耳に飛び込んできた。
「……いよいよこの離宮にも反乱軍が迫り来たようですね」
「ええ、そうね……」
「いいですね? 私がアリシア様のフリをしますので、アリシア様はここに身を潜めていてください」
ライラは急いでベールを顔に付けると、私を寝室に併設された衣装部屋の中へ押し込む。
ドレスとドレスに挟まれて私の姿はたちまち埋もれるように見えなくなってしまい、視界は真っ暗に塞がれた。
「ライラ……」
私たちはてっきり反乱軍が隣国の王女である私の身を拘束しに来たのだろうとこの時思っていた。
目的の人物である王女さえ拘束すれば、反乱軍はすぐに引き揚げて行くと考えていたのだ。
だからライラは王女の影武者になり、張本人の私はこの場に身を隠したわけなのだが、この私たちの行動は結果的に悪手となった。
なぜなら反乱軍がここに来たのは別の目的だったからだ。
「エドワード王太子殿下はおられるかっ!」
「隠れ立てされず出て来られよ!」
寝室の扉が乱暴に開かれ、続々と中へ入って来る武装した男たちは、口々にエドワード殿下の名前を口にしていた。
「あなたがアリシア王女殿下ですね。王太子殿下はこちらへ来られていませんか? もし匿っておられたら罪になりますよ。正直に仰ってください」
王女になりすましたライラへ詰問するような声が聞こえてくる。
ライラは控えめに声を出しながら「先程ここを出て行かれました。本当です」と答えているようだった。
その後、ライラの声は聞こえなくなった。
どうやら反乱軍に連れて行かれてしまったようだ。
……目的は私の拘束ではなく、エドワード殿下の身柄を探しているということかしら? ライラが連れて行かれてしまったようだけど、どうか無事でいて……!
こっそり耳を澄ませながら聞こえてくるわずかな声の情報をもとに状況を推測していたその時だ。
念のため部屋の中を捜索していたのであろう反乱軍の一部が衣装部屋までやって来て、ドレスを掻き分けた。
そしてついに身を隠していた私の姿が露わになってしまう。
「じょ、上官っ! 王太子殿下ではありませんが、この衣装部屋に女が隠れておりますっ!」
目が合うやいなや、その男は声を張り上げて他の者に知らせてしまった。
その報告を受け、複数の者がこちらへやって来る。
「服装からすると、侍女か? だが、こんなところに隠れているなんて怪しいな」
「ええ。しかもここは王女殿下の寝室の隣です。こんなところに侵入できるなど、只者ではありません」
「もしや王太子殿下のことも何か知っているのでは?」
複数の男たちに疑いの目を向けられ、検分するような厳しい眼差しを向けられる。
ライラが王女になりすましている今、私が本物の王女だと名乗るわけにもいかない。
そんなことをすれば王族を騙ったとしてライラが罪に問われてしまうかもしれないのだ。
私は口をつぐみ、じっと無言を貫いた。
そこへ今度は反乱軍の別部隊だと思われる者が喜びを声に滲ませて駆け込んで来た。
「報告! 報告! 王太子殿下を正門付近で拘束成功との知らせですっ! 反乱成功ですっ!」
その知らせにその場にいた反乱軍の男たちがワッと沸き上がる。
抱き合う者、涙を流す者、握手をし合う者、みなそれぞれに喜びに震えているようだった。
「つきましては、これより反乱軍は新国王陛下のもと、正式な軍として速やかに王宮内の武装解除にあたり混乱の鎮圧を図れとのこと。抵抗する者や不審な者は一旦拘束、それ以外の者には危害を加えないようにと指示が出ておりますっ!」
「よし、喜びはあとでゆっくりと味わうことにしよう。指示通りに動くぞっ!」
「「はっ!」」
……反乱軍が勝利したのね。新国王陛下と言っていたように、反乱軍のトップが王位に就くのだわ。エドワード殿下の婚約者であり、隣国の王女という微妙な立場の私はどうなってしまうのかしら……?
彼らの生き生きとした様子とは相反して、私の心には不安が押し寄せてくる。
ライラのことも心配で気が気でなかった。
「この侍女はいかがいたしますか?」
「明らかに怪しいゆえに、指示通り不審者として一旦拘束してしまうのが良いだろう。あとでなぜここに隠れていたのか問いただす必要があるからな。王太子殿下の手の者である可能性も捨てきれない」
「そうですね。では、女、悪いが拘束させてもらうぞ。手を差し出せ」
言われた通り大人しく手を前に出すと、縄をぐるぐると巻きつけられてしまった。
そのまま反乱軍に先導され、どこかへ連れて行かれる。
到着したのは、王宮内にある鉄格子が嵌められた牢屋だった。
「ここで大人しくしていろ。特別に一人用の牢屋をあてがってやる。容姿が良いから、複数人が拘束されている牢屋だと襲われる可能性があるからな。私たちなりの配慮だ」
「ご配慮感謝いたします。……ちなみにアリシア様はどこに連れて行かれたのです? 酷い扱いを受けていらっしゃいませんか?」
「王女殿下は本殿の客間に通されているはずだ。この国の王族ではなく、隣国の王族だからな。新国王陛下の指示により丁重に扱われていると聞いている」
「そうですか……!」
どうやら反乱軍のトップは隣国の王女に危害を加えるつもりはないようだ。
……それならライラが酷い扱いを受けることもなさそうね。一安心だわ。
ライラは大丈夫そうだと確信を得た私はホッと胸を撫で下ろす。
せっかくの機会だと思い、続いてもう一つの心配ごとについても尋ねてみることにした。
「あの、エドワード殿下の側近の方々はどうなっているかご存知ですか……?」
「王太子殿下とともにほとんどの者が一緒に拘束されたそうだ」
「こ、拘束……。では、ロイド・ブライトウェル公爵も……?」
私はロイドが無事なのかもずっと気になっていた。
エドワード様の側近という立場であるからには、この事態の中心に巻き込まれているのは明らかだ。
案の定、側近のほとんどが拘束されたと聞き、胸が張り裂けそうになる。
だが、私がロイドの名前を出すと、反乱軍の男はなぜか場違いな笑顔を見せた。
「ブライトウェル公爵は……」
「おい! 暴れている者がいて手が足りない! お前も手伝いに来い!」
その男がロイドについて何か言いかけていたところで、残念なことに別の男の声が割り込んできて遮られてしまう。
私と話していた男はハッとすると、もう無駄話は終わりだと言わんばかりに、牢に鍵をかけて外の方へ飛び出して行ってしまった。
……肝心なところで邪魔されてしまったわね。やっぱりロイドも側近として拘束されてしまったのだわ……。でも反乱軍の男が一瞬見せたあの笑顔はどういうことかしら?
一抹の不可解さを感じながら、私はため息を吐き出すと、その場にへなへなと座り込んだ。
石畳の床はひんやり冷たく、きちんと整備されているわけでもないからゴツゴツしていて座り心地も良くない。
じっとしていると頭に思い浮かぶのは、ロイドに危害が加えられるような場面だ。
私は自分の体を抱きしめるように三角座りをしてぎゅっと膝を抱える。
思わずしてしまう嫌な想像を振り払うように、固く瞼を閉じた。
ただここに来るまでに、エドワード殿下に迫られ、反乱が起きて身を隠し……といきなりの非日常が押し寄せてきて私の体は疲れ果てていたのだろう。
目を閉じていると自然と瞼が重くなってきて、いつの間にか私は眠りに落ちてしまっていた。
次に目を覚ましたのは、カツンカツンという石畳みを歩く足音が耳に飛び込んで来た時だった。
……あら? ここはどこ? そうだ、拘束されて牢屋に入れられていたんだったわ。どうやら眠ってしまっていたようね。……足音ってことは誰かこちらに来るみたいね。尋問でもされるのかしら……?
眠気まなこでぼんやり牢屋の入り口の方に目を向ける。
すると、そこにはスラリと背の高い一人の男性が立っていた。
こんな牢屋には似つかわしくない上質な生地の服に身を包んだその男性は、おもむろに鍵を開ける。
まだ眠りから覚めたばかりでぼーっとしていた私は「尋問のためにわざわざ牢屋の中に入るなんて変わってるわね」とうっすら思いながら、その様子を見つめる。
だんだんと目のピントも合ってきて、その男性が牢の扉を開けて中へ入って来た時には完全に目が覚めた。
そしてその姿を認め驚いた。
「ロイド……!?」
そこにいたのは、拘束されていて身動きが取れないはずのロイドだったのだ。
バラ祭り以来、実に1ヶ月半ぶりに目にする姿だった。




