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18. 隠し事の暴露

応接間のソファーに改めて腰を下ろして、私とロイドは向かい合っている。


震える手でライラが淹れてくれた紅茶を口に含み、私は自分から口火を切った。


「まず最初に言っておきたいのだけど、ライラは全く悪くないのよ。私が影武者を頼んでそれに従っていただけ。言わば王族からの命令だから断れなくて巻き込まれてしまっただけなの。だからライラに罪を問うのは見当違いだということを主張しておくわ」


ライラは何も悪くないのに、あまりにも身を縮めていて申し訳なくなった私は何より先にこのことを弁明した。


無断で王族を(かた)っていたら罪だが、これは私の命令だったのだから罪に問えないはずだ。


ただ懸念なのは所詮人質である私の命令をこの国が重く捉えてくれるかどうかだ。


大事(おおごと)になれば私の主張など受け流される可能性はあった。


「分かりました。侍女が影武者を務めていた件は水に流しましょう。それよりもアリシア様自身のことをお聞かせください」


「何から話せばいいかしら?」


ロイドは私のこの心配を一瞬で受け流し、ライラのことは不問にしてくれるようだ。


気掛かりが消え去りホッと胸を撫で下ろした私は、いくぶん心が軽くなり、表情を緩めながら問いかけた。

 

「まずはシアになりすましているのはいつからなのか、そしてどうやって王宮を抜け出しているのかを教えて頂けますか?」


「ユルラシア王国では、この国に来て半月くらいが経った頃からよ。抜け出す方法は、自室の寝室の窓からロープで下に降りて、ライラの部屋で侍女服からワンピースに着替えて、ライラから借り受けた身分証を提示して門から出入りしていたわ」


「……窓からロープで、ですか? 王女がすることですかと申し上げたいところですが、そういえばシアの姿で男2人を倒していましたね。護身術の心得があられるのですよね?」


 ……ああ、そっか。シアとして色々見られているからそういうこともバレちゃってるわね。


思い返せば、ロイドにはシアの姿で護身術を使ったり、薬を調合したり、酒場でバイトをしていたりする姿を知られている。


シアがアリシアだと結び付いた時点で自動的に顔がバレた以上のことが明らかになってしまうのだ。


「ええ、以前に学んだから多少は心得があるわ。ほら、使者で来ていたリズベルト王国騎士団の副団長がいるでしょう? スヴェンから教えてもらったのよ」


「……そうですか」


私としてはちゃんとした人に教わったから変な護身術じゃないのだと主張したつもりだったのだが、なぜかロイドの反応は芳しくない。


一瞬目を伏せて難しい顔をしたあと、すぐさま気を取り直したように次の質問を投げかけてきた。


「ベールで顔を隠すのは、リズベルト王国の王族が婚姻するまで人に顔を見せないことを良しとする文化があるとのことでしたが、それは嘘だったのですか? もしかして抜け出すためにワザと顔を隠していました?」


「さすがロイド。その通りよ!」


「やはり……。先程、シアになにすますことについて伺った時、ユルラシア王国()()とおっしゃっていましたが、もしや自国でもしていたのですか?」


 ……ホントにロイドは鋭いわ。私の些細な言葉尻から正解を導き出すなんてすごい!


華麗なる推測に、ある種感動しながら私は大きく首を縦に振る。


聞かれなければ自国でのことは言わないでおこうと思っていたが、ここまで言い当てられてしまえばそうもいかない。


私は話の流れに身を任せて、聞かれるままに素直に答えていく。


「ロイドの推測通りよ。私はリズベルト王国でも今と同じように普段はベールを付けていたの。王族やごく親しい人以外は私の顔を知らなかったから、同様のやり方で抜け出すのは簡単だったのよ」


「なぜ自国で王女のアリシア様が顔を隠す必要があるのです? しかもご存知かは分かりませんが、アリシア様は容姿が醜い上に我儘で性格まで歪んでいるという評判まであるのですよ。なぜそのような事実とは乖離の大きい話が広まっているのですか?」


「悪評のことももちろん把握しているわよ。だからバレにくかったという側面もあると思うわ」


「まさかご自身で流されたのですか?」


「いいえ、さすがに自分でそんな評判は流さないわよ。それに私がベールを付け出したのも、それを逆手に取って王宮を抜け出すようになったのも、正直全部なりゆきなのよね」


「なりゆき、ですか? どのような?」


そこで私は一瞬だけ口ごもる。


別に話しても良いのだが、この話はリズベルト王国の王家の醜聞にもなりうるかもしれない。


それが少しだけ頭をよぎった。


 ……醜聞と言っても、深刻なものではないし、今の王族への心象が悪くなるくらいのことだものね。もう私には関係ないし話してもいいかな? それにロイドなら言いふらしたりもしないだろうし。


父、義母、妹、弟の顔が順番に頭に浮かんでくるが、誰に対しても何の感情も湧いてこない。


血縁ではあるが、ただ血の繋がりがあるというだけで、肉親の情なんてものはなかった。


「私はね、髪色が王家特有の色ではないことからリズベルト王国では不義の子と言われているの。一応れっきとした王族だけど、王族の扱いを受けていなくって、いない者扱いだったわ。ベールは、物心ついた頃に妹から顔を隠せって命令されて付けるようになったの。私の悪評が流れているのは身内が言いふらしたからだと思うわ」


私がありのままに事実を語ると、ロイドは驚いたように目を見開いたのち、黙りこくった。


肉親をどう思われようとどうでも良かったが、もしかしてこれを言ったことでリズベルト王国がユルラシア王国を軽視していると思われたのではないかと、言ってからはたと気づいた。


急いで私は補足を重ねる。


「あ、でもそんな私がエドワード殿下の婚姻相手としてこの国に来たことが、ユルラシア王国を軽視しているということではないのよ……!」


「…………」


「本当は妹のエレーナの方が良かったのだろうけど、エドワード殿下には寵妃がいるというのはこちらも把握していたからむしろ邪魔にならない私の方が良いだろうという判断だったみたい。つまりユルラシア王国を尊重してのことだから悪く捉えないでね……!」


ロイドはエドワード殿下の側近だし、この国の王位継承権を持つ高位貴族だ。


自国を軽く扱われたと感じれば不快に思うことだろう。


 ……ちょっと配慮が足りなかったかもしれないわ。自国で王族扱いされていない王女だと人質価値も低いし、同盟のための婚姻としても微妙に感じるかもしれないわよね。


よくよく考えて申し訳ない気持ちになり、ロイドに続いて黙りこくってしまった。


しばし沈黙が訪れたその場を先に脱したのはロイドだ。


「……私はユルラシア王国を軽視されたと不快に感じているわけではありません。ただ、アリシア様のこれまでの処遇に驚いたのです。アリシア様はいつも明るく前向きで、まさかそのような境遇でいらっしゃたとは思いもしませんでしたから」


そう言われてまぁ確かに普通はそうかもしれないなと思う。


王女なのにそんな扱いを受けていたら卑屈になったり、暗くなったりしていてもおかしくない。


私がそうならなかったのは、ひとえに前世の記憶があったゆえだろう。


「王族扱いされていなかったと言っても、今と同じように衣食住に不自由はしなかったし、それって素晴らしく恵まれていることでしょう? それに誰も私を気に掛けなかったからこそ、自由に王宮を抜け出して好きなことができたの。一見ひどい境遇に聞こえるかもしれないけれど、何事も良い面はあるのよ」


「……実にアリシア様らしいですね」


ロイドは困ったような顔をしながら、わずかに笑顔を浮かべる。


いつも冷静でクールなロイドが笑顔を見せるのは珍しく、私は思わず目を奪われた。


 ……本当にロイドはきれいな顔してる。作り物めいた美貌が笑うと少し人間味が出る感じがするわね。


私がじっとロイドの顔を見つめていると、ロイドがコホンッと軽く咳払いをした。


いつもはベールをしているから相手をまじまじと観察していてもバレないが、今日はベールがないから丸見えだったことを思い出す。


 ……あ、ちょっとじっくり見過ぎちゃったわね。


バツが悪くなりそっと視線を逸らしたところで、ロイドが話を戻すように口を開いた。


「……これまでの事情などは分かりました。それで今後のことですが……アリシア様はどのようにお考えですか?」


そう、肝心なのはここからだ。


これまでは本題を話し合うための前座みたいなものだろう。


私はゴクリと唾を呑み、叶わないかもしれないが希望をありのまま述べてみることにした。


「できれば、これまで通りに過ごしたいと思っているの。だからロイドには見逃してもらえると嬉しいというのが本音よ。ただ、もちろん永遠にというわけではないわ。……エドワード殿下と婚姻するまで、あと半年の間だけ、見なかったことにしてもらえないかしら?」


「エドワード様との婚姻まで……あと半年、ですか……」


「ええ。そこが限界なのは理解しているの。もともとそのつもりだったから」


「……それは婚姻する際にはベールを取り、顔をさらけ出すことになるから、ということですか?」


「そうよ。さすがに王太子妃になって顔を隠してやっていくなんて無理だもの。リズベルト王国の伝統だからという言い訳も苦しいでしょうしね」


「そうですね……」


一度目を伏せて口を閉ざしたロイドは、私の希望を吟味するように何かを考えている。


その様子を見ながら、私はまるで裁判官の判決を待つ被告人の気分だ。


この返答次第で、この先半年の私の生活は大きく変わるだろう。


若干ソワソワしていると、ついにその判決の時がやってきた。


ロイドが顔を上げ、私の目をまっすぐに見て、ゆっくりと口を開いた。


「分かりました。あと半年、目を(つぶ)りましょう。見なかった、知らなかったことにして私の胸の内で留めておきます。ただ一つだけ、条件があります」


「条件?」


「さすがに王女であるアリシア様に護衛がいないのは危険です。以前も人攫いに合いかけていましたよね? ですので、身を守る護衛を付けることと、王宮を抜け出す時は私が把握できるようにすることが条件です」


「それは確かにそうだけど……。でも王宮の人間には秘密にしないと……。現状、このことを知っているのはこの国だとライラだけよ?」


ロイドの言う条件はもっとものことだが、秘密は知る人間が少なければ少ない程安全だ。


今後王太子妃となることを考えても、弱味になりかねないことを王家に仕える王宮の人間に知られることは避けたかった。


「王宮の人間ではなく、ブライトウェル公爵家直属の人間を一人付け、アリシア様を護衛させるとともに私へ報告が上がるようにしたいと思います。人選は私が責任を持ち、アリシア様の不利にはならないとお約束します」


なるほど、そういう手もあるのかと感嘆した。


私の懸念を読み切った上での提案に、さすがロイドだと唸らざるをえない。


「また、その護衛はそばに控えるのではなくアリシア様からは見えないところで守らせるように指示しておきましょう。平民のフリをして自由に過ごしたいというのがご希望かと思いますので」


「ロイド……!!」


何から何まで気の利いたロイドの采配に、私は大いに感激して感極まった喜びの声を上げる。


思わずガバッと抱きついてしまいたいくらいだったが、そこは王女として節度ある行動をと理性が働き押し留め、代わりに満面の笑みを彼に向けた。


 ……本当にロイドはすごいわ! 側近として重用されるのも、民から慕われているのも、ご令嬢方がご執心なのも、全部、全部、全部、その通りねって心から同意するわ!


最初の頃こそ面倒な監視役を付けられたとゲンナリしたものだが、今となってはそれがロイドだったことに感謝したいくらいだ。


あまりにも私が無邪気にキラキラとした目で見つめ過ぎたせいか、ロイドは若干居心地が悪そうに、少し視線を逸らしている。


そこで私は唐突にあることを思い出した。


 ……あれ? 思わぬ展開ですっかり私の話ばっかりだったけど、そういえば……?



「ねぇ、ロイド」


「……なんでしょうか?」


「そういえば、今日はいつもの訪問予定日ではなかったわよね? だから私も抜け出していたわけだし。何か急ぎの用事があって来たんじゃないの? その話は大丈夫?」


「…………」


政務に関連する急ぎ事項でもあったに違いないと見当をつけていた私は、少し焦って問いかける。


王宮を抜け出していた事実が判明した以上、ロイドがそのことを追求するのは当たり前だが、もともとの用件も重要であるだろうと思ったのだ。


なのにロイドは言われて思い出したと言わんばかりの態度で、一瞬言葉に詰まっていた。


「……いえ、もう解決しましたので大丈夫です。結構長居してしまったので、そろそろ失礼いたしますね」


特に何もしてないし、話してないのにどうやらいつの間にか用件は解決していたようだ。


不思議に思って首を傾げる私に対し、ロイドはなぜか少しぐったりしている。


「ロイド、疲れているの? あ、そうだわ! もうバレてしまったのだから、これからは王女の姿の時でも疲労回復薬を渡せるわね! そろそろ前に提供した分がなくなる頃でしょう? 半年間見逃してくれるお礼にプレゼントするわね!」


「……それは心強いですね」


立ち上がり、部屋を出て行くロイドを見送りながら、疲労回復薬以外でも何か役に立てそうな薬はないかなと私は考えを巡らせる。


エドワード殿下の側近でありながらも秘密を黙っておいてくれるロイドには感謝してもしきれないのだ。



この日以降、ロイドは私がベールを付けずに会う、この国でただ一人の人物となった。

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