13. 似ている思考(Sideロイド)
「ロイド様にお目にかかれて光栄ですわ」
「今夜もとっても麗しくていらっしゃいますわね!何を着ても本当にお似合いになるわ!」
「ご結婚はまだお考えではございませんの?」
煌びやかに着飾った男女が集う夜会で、私は数人の貴族令嬢に囲まれていた。
どの女も媚びるようにシナを作り、欲深さが透けて見える目で熱く見つめてくる。
訳あって久々に夜会に出席したのだが、来て早々にすでに私はウンザリした気持ちになっていた。
……これだから女は嫌いだ。自分を美しく着飾ることしか興味がなく、地位や名誉ばかりを追い求める強欲な女ばかり。中身のない会話に嫌気がさす。
誰も彼もが公爵夫人の座を狙うものばかりだ。
私が独身で婚約者すらいない状況に目を付け、蟻のように群がってくる。
ダンスに誘って欲しそうに体を寄せてくる女を無表情でやんわりかわしながら、私が内心ため息を溢していると、そこにアランが近づいてきた。
アランの隣には、アランの婚約者で伯爵令嬢のミランダ嬢が寄り添っている。
「やぁ、ご令嬢の皆さん、良い夜ですね。ちょっとロイドをお借りしたいんだけど、いいかな?」
「あちらに珍しいチョコレートがあるらしいですよ。皆さんご一緒にいかがですか?」
アランが声を掛けると、それに重ねるようにミランダ嬢が他の令嬢たちを誘い出した。
名残惜しそうにしつつも、侯爵子息であるアランに言われ、尚且つ誘いも受けたこともあり彼女たちは大人しくその場を去っていく。
ミランダ嬢がうまく引き連れて行ってくれたため、その場には私とアランの2人になった。
「相変わらず、ロイドはせっかくご令嬢に囲まれてるのに渋い顔してるねぇ」
「アランとミランダ嬢のおかげで助かった。礼を言うよ」
「ま、見かねて助け船出したんだけどね。それに目的に対して動きづらいだろうと思って」
「一応ご令嬢たちからも何か聞き出せないかとそれとなく話を振ったが、国内情勢に興味関心がないんだろうな。ドレスや宝石やらの話ばかりだった」
「女性は政治には興味ないだろうからね。でも父親が話していたら少しは耳にしたりもしてるよね? 全くその話が出ないってことはまだ王都では勢力拡大してきてないのかもね」
「そのようだな」
私とアランは壁際に移動し、声を落として今日の目的であった成果を共有し合う。
それは北で勢いを増しているノランド辺境伯を中心とした反王家勢力の動向についてだった。
北からどこまで広がっているか、王都の貴族にも手が及んでいるのか、そのあたりを夜会で社交をこなしながら探っていたのだ。
「それにしても、ロイドが夜会に参加するのってかなり久しぶりなんじゃない? ダンスくらい踊ってあげれば?」
「1人と踊ったら特別だと勘違いされるだろう? それを避けて平等にするとなれば何人もと踊るはめになる。考えるだけで面倒だ……」
「モテるのも大変だね。実は僕も夜会は久々なんだけど、ミランダと踊れるのを楽しみにしてたんだよね。今日のためにミランダにドレスも贈ったんだ」
そう言われて遠くにいるミランダ嬢を何気なく見れば、アランの髪色と同じ赤色のドレスを身に纏っていた。
わざわざ自分の色を婚約者に身につけてもらっているのだろう。
「ドレスを贈るなんてマメだな。そういえばこの前も王宮で食べた菓子が美味かった時、わざわざどこの店のものか確認して、後日買ってプレゼントしたと言ってたな。アランは意外と女に尽くすタイプなんだな」
「別に尽くしてるつもりはないんだけどね。ただ、ミランダを喜ばせたいだけなんだ。喜んでくれたらこっちまで嬉しくなるしね」
頬を緩ませたアランは離れたところで他の貴族令嬢と話すミランダ嬢を見つめている。
貴族の大半は政略結婚であるが、この2人は相思相愛でお互いを想い合っているのが身近にいるとよく分かる。
……喜ばせたい、か。
アランが口にした言葉を反芻していると、なぜか脳裏に浮かんでくるのはアリシア様の姿だ。
私もアリシア様が自分の話を楽しんでくれたり、興味を持ってくれると嬉しく感じている。
この前、フォルトゥナに足を運んだのも、アリシア様に話すネタになるかもという動機だった。
……つまり、私はアリシア様を喜ばせたいのか? それではまるで、アランのように好きな女性に対して抱く思いのようではないか。
自分で導いた思考に自分で驚く。
いや、そんなはずはないと即座に否定した。
なにしろアリシア様は自分の主であるエドワード様の婚約者で、この国の将来の王太子妃だ。
私はあくまでエドワード様の側近として命じられて連絡係を務めているだけに過ぎない。
……確かに最初抱いていた印象と違って、聡明な方だし、王族とは思えないくらい無欲で自身の立場を弁えたしっかりした方だからな。好感を持ったというのはそうかもしれない。
そうだ、そうに違いないと私は結論づける。
なんとなくスッキリしないものをどこか感じながらもそれを突き詰めることはなく、私は見ないふりをした。
それから数日後、依頼していた疲労回復薬の受け取り日がやって来た。
私は護衛とともに城下町の平民で賑わうエリアにある酒場フォルトゥナに向かう。
ここに来るまでに公爵家付きの密偵からは、シアについての調査結果の報告を受けていた。
驚くことにほとんど何も素性がわからないという結果だった。
報告してくれた密偵も自身の仕事が満足に遂行できなかったことに悔しそうな表情を浮かべていた。
分かったことと言えば、シアはフォルトゥナの常勤店員ではないこと、働き出したのは最近だということくらいだ。
あの店の店主の娘を助けたのがキッカケで、たまに働くようになったらしい。
だが、それ以外の日に何をしているのかはまったく持って謎で誰も知らなかったのだ。
護衛が背後に控えていると警戒されるかもしれないと考え、この日は護衛を店先に待機させ、私は店内へと踏み入る。
出迎えて早々に疲労回復薬を受け渡そうとするシアを制し、食事をする旨を伝えた。
シアの素性を探りたいと思ったからだ。
あの斬新な集客方法を考え出し、男2人を軽々と制圧し、薬まで調合できる彼女が一体何者なのか私は興味をそそられていた。
この日は前回とは違い個室に通され、接客もシアが担当するようだった。
これならじっくり探れそうで都合が良いと感じながらまずは食事を済ませる。
腹を満たしたタイミングでシアを呼び出した。
やって来た彼女は、ごく自然に個室の扉を少し開けたままにして、中へ入って来て私に向き合った。
この所作を見るに、「やはり彼女は貴族なのだろう」という確信が生まれる。
それを問い掛ければ、最初は誤魔化していたシアも貴族であることを認めるに至った。
そうなると次に気になるのはどこの家の令嬢なのかということだ。
こんな特異な貴族令嬢なんて会ったことも聞いたこともなかった。
それに彼女は容姿も良いから社交界で噂になっていてもおかしくないが、全く心当たりがない。
……社交界には顔を出さない引き篭もり令嬢なのか? それにしてはこんな町中の酒場で働いているのが違和感だな。
ますます不思議に思いながら、家名を尋ねれば、ここで初めて彼女は明確にそれ以上探らないで欲しいとハッキリ告げた。
そして何を思ったのか、いきなり私の目の前に疲労回復薬の瓶を並べると、そのうちの1つの蓋を開けて「毒味します」と飲み出した。
あまりに勢いよく、流れるような動作で目の前で毒味され、私は半ば呆気に取られながら口を挟まずにその様子を見ていた。
「これでも信用して頂けないでしょうか? 私の素性は分からなくても、本題である薬は問題ないと分かって頂けたと存じます」
毒味を終えた彼女は、堂々と私を見据えてこう言ってのける。
「これで文句ないでしょ?」と言わんばかりの態度だが、確かに彼女の言うことには筋が通っている。
彼女の素性を知らない上で依頼したのは私自身であり、依頼したその薬の安全性が担保された今、これ以上素性を探る意味はない。
ただの私の興味なのだから。
大人しく詮索をやめて引き下がることにした私は、目の前の疲労回復薬に目を向ける。
約束通り、シアは準備をしてくれたのだが、なぜかかなり量が多いように感じる。
そのことを確認すると、私の体を気遣いあえて多く作ってくれたと言う。
しかも先日助けた御礼だから代金はいらないとまで言い出した。
予想外のことに内心驚いたのだが、彼女はさらに「浮いたお金は他のことに充ててください」と言ってきた。
この特異な女ならどんな金の使い方をするのだろうと俄かに興味が湧き、私はわざと彼女に意見を尋ねる。
すると一瞬考えた素振りをしたのちに、彼女は自分の意見を述べ出した。
それがここ最近私の懸案事項でもあった城下町の治安悪化に関する対策だったことには再び驚かされた。
彼女が語る対策は今までこの国では実施されたことのないもので、聞けば聞くほど合理的で効果的であるように思える。
いつしか彼女の素性がどうとか気にしていたことも忘れ、まるでアランと話をするかのように会話をしていた。
……ここまで情勢をよく把握して、しかも解決策を考えることができる貴族令嬢がいるとは思わなかったな。普通じゃないのは確かだ。
王宮に戻り、さっそく手に入れた疲労回復薬を試しに飲用してみたのだが、その効果も驚くほどだった。
瞬時に疲れが癒やされるのを実感し、体が軽くなる。
こんなによく効く薬を調合できるのもやはり普通ではない。
エドワード様の要望で探し回った疲労回復薬だったが、予定よりずいぶん多く入手できたため、自分用としても確保できた。
執務が押し寄せ疲労が溜まりがちな今、正直この効き目はありがたい。
……私の体のことを気に掛けて多めに作ってくれるなんて、まるでアリシア様みたいな思考を持つ令嬢だな。
以前アリシア様も私の体調を気遣ってくれたことを思い出した。
それにしてもあのシアという令嬢に、アリシア様を重ねてしまうのは何度目だろうか。
髪色、声、そして思考の仕方が似ているのだ。
……今日だってアリシア様は部屋にいるというのに。重ねてしまうとはどうかしているな。
脳裏によぎったありえない自分の考えを即座に否定し、私は頭を切り替える。
そして翌日、入手した疲労回復薬を手に、エドワード様に対面するべく側妃の離宮に足を向けた。