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12. 知らない一面

「いらっしゃいませ」


お昼のピークの時間帯を過ぎ、店内のお客さんも少なくなってきた頃、フォルトゥナに一人のお客さんが来店する。


明らかにこの酒場に相応しくない高貴な雰囲気を纏った男性のため周囲は目を見開いているが、店員である私やミアは落ち着いたものだ。


なぜなら私たちは彼、ロイド・ブライトウェル公爵が今日来店することを認識していたからだった。


「お待ちしておりました」


今日はミアに代わってロイドの接客を私が請け負うことになっていたため、私は入口のところでロイドに面している。


疲労回復薬の受け渡しだけで終わるだろうと、さっそく薬を懐から取り出して差し出した。


「それでこれがお約束の……」


「いや、待て。それはあとで受け取る。先に食事をしたい」


「えっ、食事ですか……?」


予想外のロイドの言葉に一瞬私は目を丸くする。


受け渡しだけでパッパッと終わるものだと思っていたから驚いたのだ。


「ここは食事も自慢の酒場だろ? 私が食事をするのはおかしいか?」


「いえ。その、少々意外だったもので。ではお席にご案内いたします」


「ああ」


「……護衛の方は今日はいらっしゃらないんですか?」


「店の外で待たせてあるから問題ない」


「承知しました。ではご案内いたします」


私は席に案内するため先導しながら、チラリとミアに視線を送る。


ミアは心得たというように小さくコクリと首を縦に振った。


 ……ミアの先読みはスゴイわね。


案内した席は、他のお客さんがいる店内のテーブルではなく少し離れたところにある個室だ。


普段は店員用の休憩スペースなのだが、ロイドが来店するにあたり、綺麗に片付けてVIP用の個室に早変わりさせたのだ。


これはミアの発案で、私が今日ロイドの来店がある旨を伝えたら、こうしようと言い出した。


私は受け渡しだけですぐ帰るだろうから不要だと思ってたのだけど、念のために準備しておくことになったのだった。


「個室か?」


「はい。前回ご来店頂いた時のように公爵様を他のお客さんと同じテーブルにご案内するのは失礼かと存じまして」


「まぁ前回はたまたま寄っただけだったからな。正直、周囲の視線が煩わしかったので助かる」


「それは良かったです。とはいえ、公爵様にとっては狭い個室だと思いますので恐縮ですが」


私は個室へ案内し、ロイドから注文を聞いて一度その場から退出すると厨房へ行く。


しばらくして出来上がった料理を運んで行くため再び個室を訪れたが、その際テーブルの上にベルを置いて、御用があれば呼んで欲しい旨を伝えて席を外した。


チリン、チリン、チリンーー。


数分ののち、個室の方からベルの音が耳に飛び込んできて、私は食事を終えたであろうロイドのもとへ再び向かった。


個室の扉は少し開けたままにして中へ入る。


これは貴族の常識みたいなもので、未婚の男女が部屋で2人きりになる場合は、このように中の様子が分かるように扉を開けておくのだ。


たぶん食事を終えたロイドとはこれから薬の受け渡しに関してこの場で少し話すことになるだろうから、こうした方が良いだろうと判断したのだった。



「お待たせいたしました。お食事はお楽しみ頂けましたでしょうか?」


「ああ、満足した。ここの食事はうまいな」


「ありがとうございます。店主が腕によりをかけております料理ですので、そう言って頂けて嬉しく思います」


「でもお前は普段ここで働いていないのだろう?」


「……っ」



最初は食後の和やかな会話だったのだが、最後のロイドの一言で空気がガラリと変わる。


ロイドは探るような目で私を見ていた。


「悪いが、お前のことは探らせてもらった。取引相手を知ろうとするのは当たり前のことだろう? だが、驚いたことに不思議なほど、シアという町娘について情報が得られなかった。……お前、普段はどこで何してるんだ?」


ロイドが私を調べ出したのはあの日偶然会った時以降だろうから、素性がバレていないのは不思議はなかった。


あの日以降はずっと王宮にいたのだから、シアに関する情報はないだろう。


たとえ今日この後も尾行されようとも問題ない。


王宮に入るところまではバレるかもしれないが、王宮内まで尾行して動きを調べるのは密偵などでは難しいはずだからだ。


一瞬口ごもりながら、素早く頭の中でこのように考えた私はともかく誤魔化す方向でいくことに決める。


「……そう言われましても。確かにフォルトゥナには不定期勤務ですが」


「それにお前は町娘のふりをしてるが、平民ではなく貴族だろう?」


「……なぜそう思われるのでしょうか?」


「私を公爵だと知っていたし、今日も当たり前のように個室の扉を開けているからな。平民なら気にしないことだろう?」


確かにそう言われればそうだ。


染みついた常識からくるいつも通りの行動というのは落とし穴だった。


 ……どうしようかしら。私が王女アリシアだということさえバレなければいいのだから、貴族だということは認めてしまう方がいいかもしれないわね。


あまりに何でも否定して隠すと、一番隠したい部分まで露呈しかねない。


それであれば何か一つは秘密にしていることを打ち明けるべきだろうと私は考えた。


「おっしゃる通りです。ここでは秘密にしているのですが、公爵様が推測された通り、私は貴族です」


「やはりな。それでどこの家の令嬢だ?」


「ご覧の通り、少々訳アリでこのように平民として振る舞っております。なので、そこは探らないで頂けないでしょうか? お約束通り、疲労回復薬はご用意しておりますので」


「だが……」


「素性が分からない者から薬を受け取ることに不安をお感じですか? そうですね、公爵様となれば色々気に掛けなければなりませんよね。では、目の前で私が毒味をいたしましょう」


私は強引に本来の用件である疲労回復薬の方に話を持って行き、渡す予定の小瓶を取り出すとそれをロイドの目の前に置いた。


そして個室の棚の上にあった予備のグラスと水を用意する。


「このように疲労回復薬は粉末状ですので、お水やお湯に溶かして飲用されてください。即効性があるので疲労を感じられている時に飲むと体が楽になるはずです」


ついでに薬の説明をしながら、私はロイドの目の前で疲労回復薬を水に溶かすと、そのまま自分で飲用して見せた。


自分で作ったものを自分で飲んで見せ、毒など入っておらず安全なものだと示したのだ。


瞬時に薬の効果が発揮され、臨時アルバイトで昼時の忙しい時間バタバタと働いた疲れが癒えていくのを感じた。


「これでも信用して頂けないでしょうか? 私の素性は分からなくても、本題である薬は問題ないと分かって頂けたと存じます」


「……確かにそうだな。どのみち、もともと私がお前の素性が分からないうえで頼んだのだから、これ以上詮索するのは無粋だろうな」


ロイドは冷静に状況を判断したようで、私に向けていた探るような目を引っ込めた。


そして自分の目の前に置かれた疲労回復薬の瓶に視線を移すと、今度は不思議そうに少し首を傾げる。


「……ずいぶん数が多いようだが?」


「ええ、多めにお作りしました。公爵様は政務でお身体を酷使しお疲れでしょうから、ぜひお使いください。あ、代金はいりません」


「金がいらないだと?」


「はい。この前危ないところを助けて頂きましてのでその御礼です。この分量で数ヶ月は持つと思いますが、もし追加で必要になられましたらその時は代金を頂ければと存じます」


どうせ材料費はほとんどかかっていない。


中心となるレウテックスは王宮で採取したため無料だし、スパイスや蜂蜜は購入したがさほどの費用ではなかった。


なにより人攫いの危機から助けてもらったと思えば安いものである。


一方のロイドは代金を請求されなかったことが予想外だったのか呆気に取られているようだ。


そこで私は言葉を補足する。


「材料費もほとんどかかっておりませんので大丈夫です。できればその浮いたお金を、ぜひ他のことに充ててください」


私がそう言うとロイドは少し興味を引かれたようにこちらを見た。


そして試すような口調で問う。


「なるほど、金を有効活用しろと。ではお前なら何に使う?」


「そうですね……」


特に何も考えずに口にしただけだったのだが、問い返されてしばし考えてみる。


 ……お金が余ってるなら、前世の私のような貧乏に喘ぐ人を助けて欲しいわ。衣食住が不安定なのって本当に苦しいんだもの。


前世の日々を思い出すと本気でそう思うのだ。



「私なら恵まれない方々への支援に充てます」


「支援に?」


「はい。治安が悪化して城下町にも衣食住に困っている方は多いようです。お金に余裕があるのならノブレス・オブリージュの精神で支援をするのが良いと思います」


今の私は王女なので衣食住には困っていないのだが、残念ながら自由にできるお金はほとんどなかった。


なにしろ自国では不義の子としていない者扱い、そしてこの国では人質扱いだ。


せっかく身分は高いのに、こういう支援に手を出せる立場では到底なかった。



「確かに治安の悪化は深刻化していて、王都の城下町ですら物乞いを見かけるようになったからな」


「公爵様もお気づきだったんですね」


「ああ、報告でも上がってきている。それに実際に町を歩いて目にもしたからな。だが、手が回っていないのが現状だ。なかなか一人一人への支援は厳しい」


「それなら炊き出しとかはどうですか?」


「炊き出し?」


「経済的・環境的な事情により食事をすることが困難な人々に対して、一斉に調理した料理を無償で提供する救済活動のことです。一時的にでも飢えを凌ぐことができます。国家の予算などで定期的に開催できれば、餓死する人の数は減らせると思います」


前世の記憶を呼び起こしながら私は覚えていたことをロイドに話す。


私が知らないだけでこの世界ではすでに実施されていることかもしれないと思っていたが、ロイドの反応を見るとそうでもないようだ。


いくつか重ねて質問され、私は覚えている範囲で答えていく。 


話していて感じたのは、ロイドもこの国の状況に憂いているのだろうということだ。


それにロイドの場合は書類上で実態を把握するだけでなく、ちゃんと自身の目でも現場を確認しているのが伺えた。


 ……アリシアとして話している時からロイドは物知りで、教え方が上手くて、気が利いて、王太子の側近として仕事に忠実な人だと思ってたけど、シアとして2人きりで話してみてまた違う一面を見た気がするわ。視野が広くて、民のことを考えていて、素性もハッキリ分からない私なんかの話にも耳を傾けて……すごく器が大きい人なんだわ。



私たちはその後も疲労回復薬の受け渡しから脱線し、お金の有効な使い道や困窮者への支援案などについて意見を交わし合った。


あまりに私が戻ってこないから様子を見に来たミアが現れるまで、その会話は続いたのだった。


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