3-31決着がついたとほっとする
「どうか、お休みなさい。大きな世界の力に帰るまで、緑の木々に守られて、多くの精霊が見守る、豊かな森に感謝して、そう優しい風が頬を撫で、光が私たちを照らすなか、そう安らかにお休みなさい、私の愛しい者たちよ、もう誰も貴方たちを傷つけることはない……」
シャールの歌声は彼女が眠りにつくまで続いた、イデアも世界の大きな光に帰れただろうか、きっと帰れただろうと僕は思った。僕は涙が止まった後は恥ずかしくなって顔をローブで隠した、ソアンはそんな僕のことを何も言わずに見守ってくれた。戦いの最中も彼女が槍を投げてくれなかったら、僕はイデアに負けて死んでいたかもしれなかった。
「ソアン、本当にありがとう」
「どういたしましてです、リタ様」
「君に僕は助けられてばかりだね、ソアン」
「いいえ、リタ様は私たち全員を助けてくださいました」
「何とか勝てた、本当に彼は手強かった」
「彼のはとても悲しい強さでした、もっと幸せに生きる道もあったはずなのに」
僕はイデアのことを思い出してソアンと同じことを思った、自分を傷つけた貴族に復讐するのはまだ仕方がなかった。だが人間全てを憎む必要はなかったのに、彼はそんな悲しい道を選んでしまった。そうして連続殺人犯となって、多くの人間の幸せを奪い続けた。何かを奪い続ける者が辿る道は一つだ、いつかは誰かに自分も奪い取られるのだ。
「本当にそうだね、ソアン」
「リタ様、辛かったら忘れてください」
「いやきっと忘れない、イデアは僕たちの同胞でもあった」
「そうですか、それなら彼の優しかったところだけ、それだけを覚えていてください」
「良い思い出だけを忘れない、そういう方法も悪くない」
「ふふふっ、イデアさんのような言い方でしたよ」
僕は自分の傍でこうして笑ってくれるソアンが愛しいと思った、ただの養い子ではなくて女性として愛おしいと思ったのだ。そうしてそう思ったことに驚いた、そう恋とは落ちるものだった。ある日、突然に気がつくものだったのだ。もう僕はとっくの昔にソアンに恋をしていた、一体いつから彼女を愛していたのか分からなかった。僕はあんまり驚き過ぎて、ソアンに好きな者がいるのも忘れてこう言った。
「ソアン、僕は、僕はどうやら君のことが好きみたいだ」
「リタ様!? ふふふっ、嬉しいです!!」
「いや、ソアン違うんだ。もう、今までとは違うんだよ」
「そうですか、どう違うんですか?」
「どうってああ!? 上手く言えないけど僕は君が愛おしいんだ」
「ええ、そうですか。では私もリタ様が愛おしい、だから一緒ですね」
夜空の星が煌めく中でソアンはそう言って笑った、ソアンから自分が愛おしいと言われて僕は嬉しかった。本当に嬉しかったから彼女を庭の片隅に手を引いて連れていった、そうして誰もいないその場所でソアンを思いっきり抱きしめた。僕にはそうする以外にこの感情を伝える方法が分からなかった、ソアンは笑っていて全て分かっている、そう言っているように僕を抱きしめ返してくれた。
その夜、僕たちは同胞のエルフを一人失った。そうして僕の心は恋に落ちた、ソアンという僕の可愛い養い子、いや素晴らしい女性に捕まってしまった。だが僕もまだこの感情に気がついたばかりだった、だからこれからソアンとどういう関係になるかは分からなかった。ソアンは幸せそうに笑っていた、嬉しそうに髪留めを撫でて、それから僕の傍にずっといてくれた。
「リタ様、ずっとお傍においてくださいね」
「僕からも頼みたい、ずっと傍にいておくれ。ソアン」
そうして長い夜が終わった、僕たちには次の日が待っていた。まずは連続殺人犯が捕まって処刑されたとジーニャスが発表した、イデアは念の為に髪を黒く染められて、エルフだと分からないように衆目に遺体を晒された。鉄でできた柵を作って距離を置いて遺体は置かれた、だから生前のイデアだと気がつく者はいなかった。
「くそっ、母さんの仇め!! 畜生、あああああ!!」
イデアの遺体はしばらくそうして置いておかれた、民衆の中には遺体に石を投げる者もいた、死者を罵る声も沢山あった。だが多くのイデアに殺された人々は家族を持たなかった、だからローシャの子どもであるラークのような例が別だった。ラークはイデアの遺体に石を投げ続けて、しばらくはずっとそこに通い続けていた。それはイデアへの罰だった、ラークは心の整理がつくまでそうしていた。
そして、やがて誰も遺体に興味を示さなくなった。そうなってからやっとイデアはひっそりと墓地に埋葬された、神殿ではなく街の端にある共同墓地に葬られた。他に行き場のない者などが眠る場所だった、イデアの故郷に帰してやりたかったが場所が分からなかった。だからこのゼーエンの街でイデアは眠ることになった、皮肉なことに自分が殺した人々と同じ墓地に入ることになったのだった。
「ああ、母さんの腕輪だ。確かに母さんの物です、本当にありがとうございます」
イデアが持っていた殺した人々の遺品も家族や友人に返された、誰の物か分からない物は神殿で焼き清められることになった。誰よりも母を失くして怒っていたラークがこれには喜んだ、泣きながら腕輪を受け取って大事に身につけていた。彼は神殿の孤児院でそのまま育てられることになっていた、母さんの仇がとれたのだと彼は他の子どもたちに堂々と話していた。
僕はティスタの髪留めを貰って、彼女のお墓にそれを埋めて返した。これはティスタだけの物だった、僕とティスタとの幸せな思い出の品だった。それを埋めてしまう時にまた少しだけ泣いた、ソアンが傍にいてくれて僕はそれでやっと息ができるような気がした。ティスタに僕もソアンに恋をしたかもしれない、そう言ってみせて彼女を驚かせたかった。
それからイデアが嫌がるかもしれないが、アウフの服のボタンをイデアの遺体と一緒に入れて貰った。余計なお世話だというイデアの声が聞こえるようだった、アウフのありがとうございますという元気な声まで聞こえた気がした。イデアとアウフの墓は離されてしまったから、せめてこの思い出の品だけでもイデアに渡してあげたかった。
「リタ、落ち込んでいる暇はないぞ。街は今回のことで大きく傷ついた、連続殺人犯が出たなど街の恥だ。だからよそ者だったと発表した、ただの浮浪者だったとな」
「プルエールの森の民を、エルフの誇りを守ってくれてありがとう。ジーニャス」
「プルエールの森とは長く良好な関係を築きたい、だからエルフが犯人なんてことはなかったんだ。犯人はただの名前もない浮浪者だった、ゼーエン家の記録にも連続殺人犯の特徴以外は残さない」
「またイデアのような悲しい連続殺人犯が出る、その可能性も十分にあるのですね」
「残念な話だがその可能性は常にある、人間とは時に残酷な生き物だからな。だから次に現れる連続殺人犯は人間かもしれない、その為にソアンにも協力してもらって記録を残した」
「人々をそんな深淵の化け物から守らないといけない、それは貴重な記録になるでしょう。僕は曲を残すことにします、連続殺人犯とはどんな辛い過去が生むのか、どうして化け物へと変わってしまったのか歌いたい」
僕はそう友人であるジーニャスに言って、イデアだとは分からないように曲を作った。その曲の中では恐ろしい悪人に襲われた者が、復讐をした後に自らも悪人になってしまう、そんな怖くて悲しい曲になった。一般的に受けはしなかったがどちらかというとその曲の怖さから、しつけが必要な子どもを持つ母親たちに歌われるようになった。
「悪いことをされても、悪いことをしてはいけません。だって、今度は自分が悪い人になってしまうのよ」
そうして僕の作った曲は子守歌としてゼーエンの街から広がっていった、街にくる流れの吟遊詩人が僕に教えてもらいにくることもあった。僕はお金には困ってなかったから、貴重な紙を使って楽譜の写本を何冊も作って彼らに渡した。それだけではなくもちろん僕が歌う時には、その曲を子供に言い聞かせるように歌うようにした。そうして、イデアの物語は語り継がれることになった。
それから季節がめぐり桜が咲く頃になった、僕とソアンは久しぶりに皆の墓参りに行くことにした。それはとてもよく晴れた日で、太陽が優しく辺りを照らしていた。
「とても良いお天気です、良かったですね。リタ様」
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