2-22血の海が広がっている
「ソアン、君を失う気は僕には無い。何かを失敗してしまった時にはそれが、たとえジーニャスという友人でも見捨ててくれ」
「はい、リタ様もですよ。何かが予定外のことが起こってしまった時には、それが誰でも見捨てて逃げてください」
ソアンも僕に同じようなことを言った、いやソアンの言うことのほうが酷かった。ソアンは誰でもと言ったからだ、それはおそらくソアン自身もその中に含まれていた。
僕はそんな恐ろしいことをいう彼女の額をパシンッと指で軽くはじいた、僕にとっては自分の命はソアンの命と同じくらい大事になった、そうソアンが約束させたからそうなったのだ。なのに約束をした本人が自分の命を軽く見ていた、僕にはソアンを犠牲にして自分だけ助かる気はなかった。ソアンは僕にはじかれた額を押さえて、そして少しだけ僕に向かって苦笑いをしてみせた。
「ソアン、君の命は僕の命と同じくらい大事だ」
「はい、リタ様。そういう約束でした、そうでしたよね」
「だから君も自分の命を粗末にしないでくれ」
「ええ、分かりました。でも、リタ様もですよ」
「当たり前だよ、ソアン」
「はい、当たり前ですね。リタ様」
僕たちは休憩所であとはエテルノのダンジョンに入る時間を待っていた、カイトのパーティが見つけたデビルベアの群れの場所に向かうには、夕暮れに近い時間にエテルノのダンジョンに入るのが良かった。だからそれまでは何度も地図をなぞって、デビルベアの群れとの戦闘を考えてみた。そうしているうちにエテルノのダンジョンに入る時間が近くなった、なのでダンジョンに入る列に並んで時間が経つのを待っていた。だが、予想外のことが早くも起こってしまった。
「ど、どなたか中級か上級の回復魔法、それを使える方はいませんか!?」
そう言いながらエテルノのダンジョンから人が出てきた、なんとそれは僕たちもよく知っているステラだった。彼女は普段は白い神官服を真っ赤に染めていた、それが人間の血のせいなのは明らかだった。そして彼女は一人の剣士の体を支えていた、その剣士は右腕が無くなっていたが、ステラがその右腕を持っていた。
「ステラ、神殿にあとで代金は請求するからね」
「リタさん!? は、はいっ、あとで必ずお支払いします!!」
失われた腕を再生させるのなら上級の回復魔法が必要だが、千切れている腕を繋ぐくらいなら中級魔法でも上手く魔力を使えば可能だった。僕はまず魔法の水で傷口を綺麗に洗いながして、痛みにうめく剣士の右腕をくっつけた、そうして僕は回復魔法の『大治癒』を使用した。剣士の右腕はそれで何事もなかったかのように元通りになった、ステラはそんな剣士に抱き着いて泣き出してしまった。
「ステラさん、一体中はどうなっているんだ?」
「うわあぁぁん、うぅぅ、うええぇん、ううっ、な、中でなぜか土の中に埋まっている人を見つけて、そしてその人がまだ生きていたから助けようとしたんです」
「それは!? 何て危険なことをしたんだ、君たちがみつけたのはデビルベアが埋めた獲物とみなされた人間だ。いや助けようとしたことは自体は立派なことだが、君たちのパーティだけでは危険過ぎる!!」
「そうなんです、いつの間にかデビルベアに追いつかれて襲われて、シーフのプリゼと助けた人が殺されました」
「普通の熊でも一度襲った相手に執着する、デビルベアなら尚更その獲物を逃がしはしないだろう」
「それでも戦ったこの剣士のスクードも爪で右手を引き千切られて、魔法使いのジョゼがどうにか私たちを逃がしてくれたんです。でもジョゼは今頃、きっと、うぅ、ううぅ、うええぇぇん!!」
そう言ってステラはまた泣きだしてしまった、助けた人や仲間も一人失っておそらくだが逃がしてくれた、もう一人の仲間も既に死んでいる可能性が高かった。ステラ自身が今も生きているのが奇跡に近かった、もう一人のスクードという剣士も同じことだ。泣き出してしまったステラの言ったことに、誰もがエテルノのダンジョンの入り口から離れた、今この中に入っていくことは死にに行くことに近かった。
「早くも予定外なことだよ、ソアン」
「はい、リタ様。それでも行かれるのでしょう」
「まだ残っているもう一人の魔法使い、ジョゼという人が生きているならね」
「様子を見て助ける、無理ならすぐに逃げましょう」
僕らはそう短く話しあって列がなくなってしまった、そのエテルノのダンジョンの入り口に飛び込んだ。それは地獄の入り口に入るのと同じようなことかもしれなかった、それでもステラ達を逃がした魔法使いを助けられるかもしれなかった。だったらどんな場所でもまずは行ってみるしかない、自分の目で確かめてそうしてできるだけのことをするのだ。
それから僕たちがエテルノのダンジョンに入って見た光景は酷かった、一頭のデビルベアが遠くにある岩の洞窟の入り口を執拗に爪で引っ掻き続けていた。その周囲には人間の切れ端、そう頭や腕それに足などがバラバラになって落ちていた、そのせいで辺りはすっかり血の海になってしまっていた。だがその惨劇を生み出したデビルベアが僕たちに向かってこない、そのデビルベアは細い洞窟の硬い岩の入り口を攻撃し続けていた。
僕は吐き気に襲われながらも周囲を見回して警戒する、そうしてみたが他にはデビルベアの姿はどこにも見えなかった、落ちている人間の残骸を食べる個体もいなかった。つまり僕たちには運が良いことにここにいるデビルベアは一頭だけだった、それならば中級魔法しか使えない僕やソアンにも勝機があった。だから洞窟を攻撃し続けているデビルベア、そいつに後ろから僕は中級の攻撃魔法を放った。
「『火炎嵐!!』」
僕がその魔法を使った途端に洞窟を攻撃していたデビルベアは炎の嵐に包まれた、僕は効果範囲は狭く威力は強くしてその魔法を使ったから、その炎は凄い高温の熱となってあっさりとデビルベアを焼き殺した。デビルベアの体は半分は炭のような状態になりその残りの半分もやがてドスンと横に倒れた、これでデビルベアでも一頭だけだったなら中級魔法でも十分なのだと僕は学んだ。
「誰か、そこにいませんか!?」
「ええとジョゼさん、ご無事ですか!?」
「………………ふうぅ、お前さん達は誰だい。ジョゼってのは俺だ」
「リタと言います、ステラが貴方を呼んでいますよ」
「ソアンです、ええ。それこそもうあの慌てん坊が、ダンジョンの外で泣き喚いています」
「そうか、ステラは助かったのか。それじゃ、スクードは?」
「彼も無事です、右腕もなんとか治りました」
「はやく出口に行きましょう、またデビルベアがくるかもしれません」
「そうだな、分かったぜ。綺麗な兄ちゃんと可愛いお嬢ちゃん」
思っていたとおりにデビルベアが執拗に攻撃していた洞窟、その狭い岩の隙間にはまだ生きている人間がいた。20代も後半くらいの魔法使いでステラが言っていた、ジョゼという名前を名乗ったからステラの仲間に間違いない。彼は僕の魔法で少々火傷を負っていたが、僕が『治癒』で治療すればすぐにそれらは治った。僕たちはそれから彼にステラとスクードのことを伝えた、そうしてすぐにここから出るように出口に連れていった。
「ありがとよ、まさか生きて帰れるとは思わなかった」
「貴方がステラとスクードさんを、命をかけて無事に逃がしたからです」
「あの慌てん坊にしては、きちんと貴方の話をしました」
「あんたらはまだ帰らないのかい?」
「はい、まだやることがあります」
「ええ、助けなきゃいけない人がいるんです」
「それじゃ、気をつけな。これをやるよ、ここの地図だ。あのデビルベアが出たのはこの辺りさ」
「ありがとうございます、これはとても助かります!!」
「ステラさんの仲間なのに良い人です、慌てん坊も結構人を見る目がありますね」
そうして僕たちは一番確かな地図を手に入れた、この周辺のことが描いてあって、既に持っていた地図の内容とも符合した。最初から予想外のことが起きたが、まだ僕たちが逃げ出すほどではなかった。そう判断して僕たちは地図に頼りながら、地形と情報にあったある森の位置を確認した。それからデビルベアの群れが出た場所に注意しながら向かった。するとやがて剣士たちの集団が見えてきた。
いや剣士たちだったものがさっきのように、体がバラバラになって血の海に散らばっていた。僕たちは思わずその光景に足を止めた、そして僕は周囲を警戒しながらソアンに言った。
「ソアン、ジーニャスとフォルクはもうデビルベアの群れと戦っているようだ」
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