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父ウィリアムの憂い

◇◇◇


神々の住まう森と大海に接する肥沃な土地を有するナイトレイ侯爵領邸の執務室


 シルヴィアの父ウィリアム・ナイトレイ侯爵閣下は、先代から仕える優秀な家令(スチュワード)ヨハンと共に、シルヴィアの専属子守(ナースメイド)兼護衛を務めるマリーからの報告を受けている。


「あの病を境に、ヴィーはすっかり変わってしまった。お前達はこの変化をどう見る」

「死の淵より生還し、悟りの境地に至った者のような佇まいを(まと)っておいででございます。シルヴィア様の憂いを帯びた表情を垣間見た瞬間、幼子(おさなご)には見えなくなりました。おいたわしいかぎりにございます」

「シルヴィア様の本質はお変わりないのですが、違和感がございます。シルヴィア様は、完璧な淑女(レディー)であることを悟られまいと、幼子のように振る舞っていらっしゃるようなのでございます」


 別人のように大人びたシルヴィアの言動に、ナイトレイ侯爵の者たちはみな戸惑っていた。


「うむ。ヴィーは相変わらず、鍛錬と読書に励んでいるのか?」

「はい。隠しておいでですが、知識は既にわたくしを超えておられます。毎日、枯渇寸前まで魔力を放出し、気を失うようにおやすみなさいます」

「相分かった。これからも、ヴィーを頼む」

「畏まりました」


 マリーは、優雅な淑女の礼(カーテシー)をとり、退室した。


「既にあのマリーの知識を超えているとは、誠であろうか」

「御館様もご承知の通り、マリーは、実家の伯爵家を継いでも異論は出まいという程、優れた逸材でございます」

「相手の力量を見誤ることはないか」

「左様にございます」


 ウィリアムは、「ふー」と深く息を吐いた。


◇◇


魔力持ちが国を治める。

グランドール大国建国より約三百年間、治政は安定している。

原則、王位も爵位も世襲制ではない。

王位継承権一位の者が王位を継ぐ。

王位継承者が継承権を放棄することは、ほぼ不可能だ。

王位継承者の結婚は、王の承認が必要である。


◇◇


 国最強の私兵を有するナイトレイ侯爵家。その軍力は国王軍を凌駕していた。


 ウィリアム・ナイトレイ侯爵は王位継承権一位に在りながら、「放棄する」と一方的に宣言し、領地へと移った。御陰で、こうして、家族みな、仲良く領地で暮らすことが出来ている。


 王城への呼び出しをのらりくらりと煙に巻いているが、半年に一度くらいは、登城している。馬で片道二週間かかる道程を、最低限の護衛と共に移動し、王城に二週間ほど滞在する。



 愛娘シルヴィアの変化に、ウィリアムは翻弄されていた。


「あぁ、可愛いヴィーが、心配だ。嫁には出さず、私の手元に置く」

「畏まりました。婿養子を取り、分家なさるのがよろしいかと存じます」

「私より弱い男など認めぬ!」

「守護神と崇められる御館様より強い者など、神より他におりますまい」

「ならば、神を婿に取る!」

「御意」


 シルヴィア可愛さに翻弄され迷走するウィリアムの迷言を、冷静沈着の権現と称される家令ヨハンは、当然のように快諾した。


 娘を持つ父親ならば「ご尤も!」と賛同される会話であろう。だが、侯爵令嬢であるシルヴィアには、年近い第一王子との婚約が、まことしやかに囁かれている。

 王室の意向を退けることなど、出来ようはずもない。打診されてからでは、遅いのだ。

 なんとしても、先手を打たねばならぬ。


 つい先日、愛娘(シルヴィア)を失いかけたのだ。王室との婚姻など、愛娘(シルヴィア)を人質に差し出すことと同義。


 ウィリアムに、そのような愚かな選択肢などあろうはずがない。


◇◇◇

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