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警鐘

◇◇◇


ノアとマリーの挙式を終えた翌朝


ウィリアムとフローラは、お互いの温もりを感じながら、睦まじく春の夢を見ている。二人の幸せな時間を遮るものなどない、はずだった。


トントントントンと、ウィリアムの私室に繋がるドアをノックする音が聞こえ、専属執事(バトラー)兼護衛のフィル・グレイがドア越しに声を掛けてきた。


「お休みのところ申し訳ございません。御館様、取り急ぎ御報告申し上げます。先刻、エデン湖畔に魔獣出現。エドワード様、負傷の模様。詳細は不明。救護及び討伐へ向かう故、心配無用、とシルヴィア様が…」

「ヴィーが?!どういうことだ」


ウィリアムとフローラは早朝の報告に青ざめた。そして、突然上がったシルヴィアの名に、思わずフィルの報告を遮り、ウィリアムは問うた。


「慌てた様子のシルヴィア様は、そうお告げなると、ルフ様に乗り、駈けて行かれた、と庭師が申しております。既に、小隊をエデン湖へ向かわせております」


すると、魔獣出現を知らせる警鐘が遠くから鳴り響いた。


あの音はエデン地区か。


領内の各地に設置された警鐘はそれぞれに特徴のある音色を響かせることで、大まかな場所を特定できるようにしてある。


ウィリアムはフローラを抱きしめ、気を静めるように額に口づけた。


ウィリアムはガウンを羽織ると寝室を出た。着替えを手伝いながら、フィルは「推測ですが……」と言い添え、経緯を報告した。


「シルヴィア様とアルバート様は、早朝鍛錬中、エドワード様の御出立に立会われました。恐らくは、道程で魔獣と遭遇し、エドワード様が負傷されたことを、何らかの手段でお知りになったシルヴィア様が行動を起されたのではないでしょうか」

「ガルシア卿へは」

「ヨハン様が報告に。マリー嬢の元へはハンナ様が向かわれました」

「エデンへは」

「先駈けにゲイル騎士小隊、総勢十騎。後発にロペス中隊を召集しております」

「うむ」


ウィリアムは私室を出ると、駆け出さんばかりの勢いで武具室へと歩みを進めながら、家人へ命じた。


「馬を!私も行く!」

「御意」


ウィリアムが軽武装し、表へ出ると、アルバートが騎乗して現れた。


「父上!馬をご用意致しました」

「アル。ヴィーの事は何か知っているか?」

「このままではエドワード様と民の命が危ない、自分を連れて行ってくれと、ルフ様に懇願し、エデンへ向かいました」


アルバートは、自分も行きたいが、次期当主として正しい行動ではないと弁え、我慢している。そして、その事を承知しているウィリアムは、下馬したアルバートを力強く抱きしめた。


「ご武運を」

「皆と共に必ず無事帰還する」


ウィリアムは騎乗し、全力で駈けさせた。中隊の騎士達はウィリアムに追従し出撃した。


◇◇


魔獣は、不浄より生ずる。

不浄とは、人の強い怨念のこと。

それ故に、魔獣を浄化することは出来ない。

人だけでなく、精霊や聖獣をも歯牙にかける魔獣は、発見次第、(ほふ)るのみ。


◇◇


ナイトレイ侯爵領はグランドール大国の最北に位置し、魔獣が出没する唯一の地である。逆に言うと、魔獣を押さえる兵力を有し、この地を統治出来るのは、ナイトレイ侯爵を措いて他にない。


魔獣の出現率は確実に減っている。被害も激減している。全ては真神(ルフ)様の御陰。そのルフ様の御側に居るヴィーに大事ないことは分かっているが、分かっていても、血の気が引く。ルフ様は恐らく天を駈けておられるであろう。追いつけぬ事がもどかしい。


ウィリアムは平坦ではない道を、焦りを募らせながら進み、エデン湖を視界に捉えた。


ヴィーは、ルフ様は、小隊は、何処だ。


勢いを緩めず、前進するウィリアムに向かって駈けてくる一騎が見えた。持ち場を離れたということは、討伐完了か、援軍の要請か。最悪の事態を考え、ウィリアムの鼓動が速さを増す。


「状況を報告せよ!」

「はっ!魔獣の姿はなく、出現の痕跡のみ。現在、周辺を捜索中。死傷者なし。ガルシア伯爵令息様は、御無事…」


報告を聞いている途中で、咆哮が轟いた。無事と言う言葉に安堵しながら、もしや、ヴィーの身に何か起きたのか、とウィリアムは不安に駆られた。


「案内せよ!」

「はっ!」


ヴィー無事でいてくれ。


ウィリアムは生きた心地がしなかった。


◇◇◇

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