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◇◇◇


翌日


 ノアとマリーは先ず、ヨハンへの報告を終え、その足でフローラの元を訪れた。


「ノア、マリー、おめでとう。勿論このまま我が家にいてくれるわよね」

「末永く宜しくお願い致します」

「ハンナ」

「畏まりました。ノア様、マリー様、此方へ」


 ハンナは、館の一室にノアとマリーを案内した。通された部屋は、アイボリーを基調にピーコックグリーンを配した色調で、明るいが落ち着きと品のあるマリー好みの内装だった。


「此処は?」

「お二人の部屋です」


 奥の寝室には、大きな寝台が置かれていた。ドレッサールームとサニタリールームまである。


「食事や入浴、洗濯や掃除はこれまで通りです。他に必要なものや私室から運びたい家具があれば手配いたします」

「直ぐに移ってもよろしいですか!」


 ノアは喜び勇んで、ハンナに尋ねた。


「ええ、どうぞ。いつでもご自由に。それと、今お使いの、マリー様の私室は、子ども部屋に改装予定ですので、ご承知おきください」

「子ども部屋でございますか?」


 ハンナは愛おしそうにお腹に手を当てて微笑んだ。


「生まれてくる子ども達の育児室ですわ。御館様が、子守(ナースメイド)も雇う故、安心して産み育てよと仰せです」

「産み育てよ……」

「では、マリー嬢の荷物を早く出さねばなりませんね」


 ノアとマリーは赤面しながらも、一番気になっていた住まい問題が、あっさりと解決してしまったことに安堵した。こんなにも甘えていいのかしらと戸惑いながら、ノアもマリーも、ナイトレイ家への益々の忠誠を誓った。



 ノアとマリーの婚約は、疾風迅雷の勢いで知れ渡った。二人に秘かに岡惚れしていた者達は来るべき時が来たことを嘆いたが、やっと、収まるべきところに収まってくれた、と皆が祝福した。


 オーウェンに同行して来た隼が、エドワードの元へ知らせを届けた。予定通りの日取りで挙式を執り行うとの知らせにエドワードは我が事の様に喜んだ。


◇◇◇


 フローラの差配に不備などあろうはずがない。本人達は万全の体調で挙式当日を向かえるよう、気を付けるだけだった。だけだったのだが、マリーもノアも初めての恋人という存在に翻弄されていた。


 マリーは、〈ノア〉という言葉に過敏な反応を示す自分にほとほと参っていた。「…()()とに…」という言葉にドキリとした時はさすがに呆れてしまった。ノアは貞操の誓いを守ろうと必死なのか、一層、紳士に接してくれている。二人きりにならないように気遣ってくれることは嬉しい反面、寂しいと思う破廉恥な自分が恥ずかしい。人目があるのに、熱を帯びた眼差しで見つめられると、失神しそうなほど胸が高鳴り、逃げ出したくなる。制御できない感情に狼狽え、もしも、ノアに失望されたらと思うと、胸が苦しくなり、泣けてくる。


 マリー嬢の麗しさは、天井を知らないようだ。恋人になったマリーは、腕の中に閉じ込めて、誰にも見せたくない程、愛らしい。シルヴィアお嬢様に悋気を起しそうな愚かな自分が嫌われてしまわないか心配だ。マリー嬢に嫌われたら、と思うと、触れたくても触れられない。マリー嬢を捉えた瞳は、他を映すことを拒む。この世に一人だけ、最初で最後の、最愛の人。


 ノアとマリーの初々しい恋人ぶりに、周りは当てられ通しだ。廊下で二人がすれ違う瞬間、ノアが手を伸ばしそっとマリーの衣に触れ、マリーの背を見つめていた事や、その後の深い溜息までもが話の種となり、物語の様に語られている。どうやら、娯楽に飢えた者達の格好の餌食となっているようだ。


 この恋物語は当然、ナイトレイ侯爵夫妻やガルシア伯爵夫妻も大いに楽しんでいる。特にご婦人方は、毎日更新される恋愛劇の展開に夢中だ。挙式の延期を望む声が上がる事を懸念する程の熱狂ぶりである。が、当の本人達はお互いに夢中すぎて周囲の反響に気付いてもいない。


 エドワードが到着し、麗しい殿方の義兄弟愛が、この恋愛劇に花を添えた。二人の仲睦まじい姿を、周囲のご婦人方は眼福とばかりに崇めた。マリーは悋気を起した。


 余談だが、ハンナとヨハンの恋物語は王都の劇場でも一番人気を博す演目だ。著作権に関する魔法契約書を交わし、ハンナとヨハンの懐を潤している。この事を知るのは当人達とフローラだけだ。


「ノアとマリーの恋物語に皆、夢中になりそうね」

「席巻することと存じます」


 フローラはすらすらと淀みなく物語を語り、ハンナはそれを書き留めた。新たな財源が生まれようとしている。


◇◇◇

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