誓い
すみません。
先にお詫びいたします。
しばらく性的な描写が続くことに、なってしまいました。
苦手な読者様は、読み飛ばして下さいませ。
◇◇◇
「うぉっほん!」
オーウェンの盛大な咳払いに、ノアとマリーは二人の世界から完全に引き戻された。慌てて唇を離し、赤面する二人に、ソフィアは観劇を堪能したような心地だ。心の中で惜しみないスタンディングオベーションを送っている。
「婚姻は認めるが、婚前交渉は断じて許さん!」
「ノア様、婚姻の約定を交わすまで、マリーの貞操を守って下さる?」
「誓って!マリー嬢は私がお守りいたします!」
「……、まあよい。頼んだぞ」
「ほっほっほっ。ノア様、信頼しておりますわ」
ガルシア伯爵夫妻は、ノアを牽制するつもりが、すっかり毒気を抜かれてしまった。
十六、七の健康な男子に、しかも四年越しの恋を成就させた誠実な若人に、愛しい人に触れるな、とは酷なことではある。が、八日程のことだ。許せ、ノア殿。堪えてくれ。ガルシア伯爵夫妻は、ノアがこの試練をどう乗り越えるのか楽しみに思った。
互いに高揚した気分のまま、就寝の挨拶を交わし、ノアとマリーは退室した。
ノアはまだ、僥倖にのぼせ夢見心地である。マリーの私室に着き、離れがたい気持ちで「おやすみマリー嬢」と挨拶を交わそうとした瞬間、「マリー嬢の貞操云々」の誓いを思い出してしまった。
ノアは焦った。
「マリー嬢!」
時は夜半だ。ノアの声は響き渡ったようにマリーは感じた。
慌てたマリーは、思わずノアを部屋の中に引き入れた。
ノアに、マリーの部屋に初めて入った感動に浸る心の余裕はなかった。守れそうもない約束をしてしまったことに、ノアは大いに焦っていた。
「件の誓いですが……」
「誓いですか?」
「先程、ガルシア伯爵夫妻にお誓いした、マリー嬢の貞操をお守りするという……」
「!!!」
「触れるのはお許し頂けるのでしょうか?」
初心なマリーにとって、今宵の出来事は完全に許容量を超えている。初めて触れた唇の柔らかな甘い感触をまざまざと思い出し、膝の力が抜けた。
崩れ落ちそうになったマリーをノアはしっかりと抱き留めた。
「マリー嬢。お許しください」
マリーは、ノアの胸に顔を埋め、消え入りそうなか細い声で「…御心のままに…」と答えた。
その言葉に、ノアは背筋がぞくりとするような痺れを感じた。ノアは、マリーの頤に手を添えて、顔を自分に向けさせると、先程唇で触れた、マリーの柔らかい唇を指先でそっと撫でた。
マリーは痺れるような感覚に「ぁ…」と震えるような熱い吐息か漏れるのを止められなかった。
ノアのなけなしの理性は、マリーの吐息に吹き飛ばされた。
ノアは、マリーの体を軽々と横抱きにし、寝台へと運んだ。マリーに覆い被さり、額にそっと口づける。そのまま、唇で瞼、鼻先、頬、耳に触れ、耳たぶをきゅっと食んだ。
マリーは「ん…」と声を漏らし、身体を強張らせた。
ノアは「愛しています」と耳元で囁き、そのまま唇で首筋を撫で下り、痕跡を残すように鎖骨を強く吸った。
ノアの唇が、微かに肌に触れながら額から徐々に唇の方へ移動してきた。でも、唇には触れてくれない。唇以外全てに口づけ、耳たぶを甘噛みされ、耳元で囁かれ、かかる息に身体が痺れた。首筋をゆっくりと舐めるように唇で撫で下ろされ、鎖骨を吸われ、益々頭がぼうっとした。
そして、ノアの唇は、マリーの喉を這い上がると、顎に口づけ、離れてしまった。
ノアとマリーは見つめ合い、ゆっくりと、そっと、唇を重ね合わせた。
二度目の口づけは、震えるような接吻だった。恐る恐るそっと触れるような口づけから、啄むような口づけになり、次第に深く濃厚になった。頭がくらくらして、もう、どうやって息をすればよいのかも分からない。
「ぁん…」と自分のものとは思えない艶やかな吐息が漏れたことの衝撃に、マリーはピクリと震えた。
ようやくノアの唇が少し離れた。離れたとは言ってもまだ鼻先が触れる程の距離だ。マリーは涙ぐみながら「ノア様、もうこれ以上は…、ご容赦くださいませ」と囁いた。
マリーから離れがたいノアは駄目元と思いながら必死に懇願した。
「マリー嬢、今から約定を交わしましょう」
「ノア様……困らせないで」
いつも麗しいマリー嬢が、今日はもう、天に召されても良いと思えるほど神々しい可愛いさで眩暈がする。幸せだ。
ノアは思いが通じた幸せを噛み締めながら、マリー嬢の貞操を守ると誓った自分を恨めしく思った。これから婚姻までの長い長い八日間をはたして無事に過ごせるのだろうか。
「マリー嬢、愛しています。私の全てを受け入れて欲しい」
「ノア様、私も愛しております。私の全てを捧げます」
マリーの表情が、声が、一挙手一投足が愛おしくてたまらない。心臓も理性も寸寸である。
婚約一日目から、天国と地獄を味わうノアであった。
◇◇◇




