洗礼の儀式
◇◇◇
「御館様、シルヴィアお嬢様のお成りです」
「おお!通せ」
執事のフィルがドアを開け放つ。
シルヴィアは優雅に執務室に入室し、完璧な淑女の礼を執った。ルフは部屋で休んでいるので、マリーと二人での訪問だ。
ウィリアムは、シルヴィアを抱き上げた。
「お父様、お邪魔ではございませんか」
「何を申しておる。愛らしいヴィーが会いに来てくれたのだ。邪魔はさせぬ」
「ふふふ。ありがとう存じますわ。私、お父様にお願いがございますの。お兄様の洗礼に私も同席させて下さいまし」
「ヴィーは、なぜ同席したいのだ」
「私、魔力鑑定に興味がございますの!」
洗礼という名目の〈魔力鑑定〉については、側近達も懸念していた。アルバートの洗礼は来週、五日後の予定だ。ルフを師と仰ぎ、教え通りに鍛錬を続けているアルの魔力量は、着実に増している。鑑定結果はその場で遅滞なく王家に伝わる。と言うことは、あの水晶のような物は媒体に過ぎない、と踏んでいる。もしも、あの媒体が神力を感知したら、王室は確実に動く。
幸い、ヴィー婚約の報は国王に受理されたと、伝書使の隼が逸早く朗報をもたらした。神力に感づいた国が無体を強いるならば、国を捨てることも厭わない。最悪の展開となれば、その時は文字通りの〈神頼み〉である。
それでよいのか、という葛藤もあった。しかし、結局は、シルヴィアの意に沿わねば神に滅せられる定めなのだから、仕方あるまい、と言う結論に達している。
「済まないね、ヴィー」
「お気になさらないで下さいまし。私が浅慮でございましたわ」
ウィリアムの話を聞きながら、シルヴィアは気恥ずかしくなってきた。ルフはもう、正式に私の婚約者なのですわ。嬉しさに顔を赤らめる。
大国相手に戦覚悟の部分は、婚約と言う言葉に浮かれているシルヴィアの耳には、全く入ってこなかった。
「お父様、お話しいただき、ありがとう存じますわ。私、大人しく、お待ち申しております」
「私も魔力鑑定の仕組みは気になっていたからね。神官に問うてみよう。もう、夕餉の時刻だ。私も直ぐに向かうから、ヴィーは先にお行き」
「はい。お邪魔致しましたわ」
シルヴィアはウィリアムの頬に口づけて、退室した。
「御館様、心中お察し申し上げます」
立ち尽くすウィリアムに、家令のヨハンは頭を垂れた。
「ヨハン、見たか。私の可愛いヴィーが!婚約と聞き、恥じらいに頬を染め、何と愛らしい……。嗚呼。ヴィー!」
「お嬢様には、何としても、この館へお留まりいただかねばなりません」
「そうだ!その通りだ!私の可愛いヴィーは何処にもやらぬ!」
「御意」
神の降臨以降も、魔物は出現している。しかし、神水の御陰で、兵力は増強し、魔物討伐の被害は激減している。神力を賜わったこの一月、領地運営は極めて好調だ。
神の寵愛を一身に受けるシルヴィアは、ナイトレイ領の〈守りの要〉となっていた。
◇◇◇
洗礼の儀式 当日
ウィリアムとアルバートは各々、数名の護衛騎士と共に、騎馬にて神殿へと向かった。
洗礼の儀式自体の歴史は浅い。四半世紀ほどだ。現国王の御代になり、【祝福】を手中に収めたのだろう。魔力鑑定の精度は分からぬが、結果は瞬時に王室へと伝わる。
シルヴィアが神の加護を授かる前は、館の礼拝堂へ神官を招き、洗礼の儀を執り行う予定であった。万が一にも神力を察知されては、面倒なことこの上ない。故に、領内の神殿へ赴くこととなった。
館外にては、すべからく、当主と次期は行動を別にせねばならぬ。
領地とは言え、神殿も例外ではない。本来ならば、領主であるウィリアムは同席せず、側近に任せる手筈であった。だが、神殿側は魔力鑑定の仕組みについて、秘匿を貫いた。儀式へ参加し、己が目で確かめる他ない。
先発したウィリアムは神殿へ到着した。
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