第三章 俺は寝起きに弱いんだ……
ひどく懐かしい夢を見た。今はもういない母さんが、事故に遭う前の記憶。
何気ない母さんとのやりとり。今まで生きてきた中で一番楽しかった頃の記憶。
「……よ……の、……おい!よこの!」
ふと唐突に男の怒鳴り声が聞こえた。
「……今いいところなのに…誰だよ……。」
寝起きでろれつが回らないまま声の持ち主に答えると、何やら周りがガヤガヤと騒ぎ始める。
なんだ?家なのに何でこんな騒がしいんだ?不思議に思った俺は、半目を開きながら顔を上げた。
見ると、こめかみに幾つもの血管が浮き出た、絶賛お怒り中の40代半ばおじさんが引き攣った笑みでこちらに顔を近づけていた。……いや、訂正しよう。こめかみだけでなく、隠すことなく堂々と輝いている頭にも血管が浮き出ている。
「授業中に寝るなんていい度胸じゃないか?なあ、よこの?」
ああ、今なら見えるはずのない怒りのオーラが見えそうだ。
「おはようございます。先生。……いつ、俺の家に来たんですか?」
今の状況を理解出来てない俺は、自分が何故怒られているのかが全く分からなかった。
このおっさんはどうして人の家にまで来て怒っているんだよ。
そんな俺の考えを読み取ったのか、こめかみの血管をピクピクと痙攣させ始めた。
「ここは学校だ、よこの。今は授業中……なんだが?」
声のトーンの低さに恐怖を覚えながらも、俺は辺りを見渡す。
「・・・・。」
……うん。確かに学校だ。
広い空間に、これでもばかりかと詰め込まれた机と椅子。こちらを見て笑いを堪えたり、憐れ目で見る同級生達。
そして、目の前に怒りが頂点に達しそうなハゲいっぴ…ゴホンッ!、国語の先生はいる。
そういや、今は国語の授業中だったな。どうやら先生が音読をしている間に寝てしまったらしい。
「すみません。先生の綺麗な声を聞いて真剣に聞いていたら寝てしまいました。」
俺が満面の笑みでそう返すと、先生は少し頭を震わした後、さっきよりも引き攣った顔になった。
「それは俺の音読がつまらなすぎて寝てしまった。と捉えていいんだな?」
はい、そうです。と言いたいところだが、そんなこと言うとどんな酷い事が起きるか分からない。
とりあえず、先生の気を鎮めなければ!
俺は唾を呑み、自分なりに言葉を選んで声を出す。
「せ、先生…お、俺が寝てしまったのには理由があるんです。」
「……なんだ、言ってみろ。」
先生の頭に浮き出ている血管が一本増える。俺は、握った拳の中に冷や汗が滲んでいるのを感じながら慎重に言葉を続ける。
「そ、その、先生が一生懸命に音読してくれているのに、自分はただ聞くだけだと申し訳ないのと思ったので、物語を頭の中でイメージして聞いていたんです。そしたら寝てしまったんですよ!」
うん。俺ながら模範解答だと思う。
真面目に先生の話を聞いていて、物語にのめり込んでしまった結果、寝てしまった。と言う感動のストーリー。
もし、俺が先生で、教え子にこんなこと言われたら号泣してしまうだろう。
目を瞑り、自分の言った言葉に感動していると、急に頭が割れるような痛みに襲われた。
「っっ!い、痛いですよ!先生!」
先生が俺の頭を鷲掴みにし、力を込めてくる。
何で!?ここは感動して泣くところでしょ!?先生と教え子の感動のシーンでしょ!?
寝起きで正常の思考ではない俺の頭を手で鷲掴みにしながら先生は、俺を起こした時よりも大きな声で叫んだ。
「お前は今日!帰るまで俺の隣に居ろ!」
……どうやら俺は帰るまで教壇の隣で授業のようだ……。
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