手紙の相手は一億年に一人の美少女!?~超絶人気アイドルわくわくお忍びデート~
「半蔵、お前の顔面の良さを見込んで頼みがある」
大学時代の友人である小太郎のマンションに遊びにきたとき、それは起こった。
郵便受けから投函物を回収してきた小太郎が、神妙な面立ちでやってくる。
ボクはバーチャルユーチューバーのアーカイブを再生していたノートパソコンを閉じて、顔を上げた。
彼の手には可愛らしい淡い桃色の便箋があった。
「頼みって?」
「実は俺、女の子と文通してるんだ」
「いや、文通って……昭和か」
平成も終わったこの時代、手紙などという非常に手間と時間のかかるツールはほぼほぼ廃れ、友達とのやり取りでならメールさえ使われなくなり、さも当然のようにスマホの初期アプリにラインがインストールされているこのご時世に、女の子と文通などという古風極まりないことをしている小太郎のカミングアウトに、僕は驚かずにはいられなかった。
なんなら魔法のⅰランドのチャット部屋で知り合った女の子と付き合うことになった、と言われても驚くこの時代に……文通って。
「それでさ、文通相手の子と会うことになったんだよ」
「いわゆるオフ会ってやつ?」
「まぁ、そんな感じ」
そもそもどうやって文通相手を見つけたんだよ……と、その辺りの経歴から知りたい限りだ。雑誌の最後の方に載ってる文通相手募集コーナーとか? いや、だから昭和か。
「いいじゃん。小太郎ずっと彼女欲しいって言ってたし、告白しちゃえば」
「実はもう付き合ってることにはなってる……会ったことないけど、手紙のやり取りで、告白されて」
「それは知らなかった……。それで、そこでどうしてボクに協力を仰いだ訳さ?」
「実は俺……文通相手の子に、身長百七十後半で、元ジャニーズジュニアで、東大医学部の大学生で、実家は病院経営してて、声は宮野真守似って嘘ついててさ……もし実際に会ったら確実に嘘がバレて幻滅される!」
「いや設定モリモリかよ……」
「あと喧嘩も強くて気付いたら周りのヤンキー血まみれで倒れてたって武勇伝も捏造しちゃって」
キリトか。
いや、キリトは作中でそんなことしてないけど。
「半蔵はほら、背丈は百八十弱あるし? 顔もイケメンだし?」
「つまり……小太郎の影武者としてその文通相手の子とオフ会して欲しい、と」
「そういうことだ!」
「でもボク大学は駒沢卒で実家はサラリーマンの一般家庭だよ」
「そこはほら、うまく誤魔化してくれ」
「それにボク……既に彼女いるし……嘘とはいえ浮気になるんじゃ……」
「確かにな。ちょっと凛ちゃんに事情説明してくるわ」
「なんでボクが浮気していいかどうかの相談を小太郎がするんだよ」
「お、返事来た。『アナルまでなら浮気じゃない』だってよ!」
「そしてなんでボクの彼女はそこまで寛容なんだよ」
「そういう訳で頼んだ!」
「……ええ」
トントン拍子で話が進んでいく。否応でもボクに影武者させる気満々だこの友人。
「でも実際に会ったことないとはいえ、小太郎のこと好きな女の子を騙すのって気が引けるな。もし嘘がバレたら、その子ショック受けるよ」
「頼む! この通りだ!」
小太郎はボクの前で綺麗な土下座をし、そのまま両手を合わせてすり合わせている。
必死過ぎる……。
親友の土下座を眺めながら、ボクはその女の子から来たという桃色の便箋を見て、過去に思いを馳せた。
中学生の頃、親の目を盗んで家電を使い、当時の彼女と電話出来る週一のタイミングが貴重で仕方なかった。
高校生の頃、携帯を買ってもらい、彼女からのメールの返事に悶々とし、通話料がかさみ過ぎて親に怒られた。
大学に進学し、携帯はスマホに進化して、ラインを開くだけで既読マークという形で相手に読まれたことが知らされ、返事をしないものなら責めたてられ、通話は無料となり寝落ちするまで話し続けることも少なくなかった。
どんどん短くなるやり取りのスパン。現代においてネットという存在が人類から孤独を奪い去ったご時世に、一回のやり取りに数日を要する文通などという、時代に逆行する行為を行う小太郎の彼女の存在――気にならないと言えば、嘘になる。
「分かった。やるよ。しょうがないなあ」
ボクも少なからず小太郎の文通相手――恋人とやらが気になるし。罪悪感と好奇心を天秤にかけ、わずかに後者が勝利してしまった。
「取りあえず、その子から貰った手紙全部読ませてよ。その子の情報を把握しておかないと、実際に会う時にボロが出かねないし」
「それは恥ずかしい! 無理に決まってんだろ! 半蔵も凛ちゃんとのラインのやり取り読まれたら恥ずかしいだろ!?」
「……確かにね」
ボクの彼女は結構メンヘラが入っていて、会えない時はラインで「ハンゾー、頭撫でて~」「はいはい、なでなで」「えへへ~嬉しい」などという文面上の小芝居に付き合わされるので、例え親友である小太郎にも見られたくない。
やり取りがチャット部屋で成立した学生カップルなんだよな。平成かよ。
* * *
――手紙は読ませて貰えなかったが、その子にまつわる情報を小太郎からざっと説明して貰った。
「……え? じゃあその文通相手って、安心院環奈ちゃん、なの? 本物?」
「そうなんだよ!」
安心院環奈。
元々は地方のご当地グループアイドルの一人だったが、その美貌を注目されソロデビューし、今では知る人と知る国民的アイドルである。彼女の美少女っぷりを称え〝一億年に一人の美少女〟と呼ばれており、あだ名はアジカン。
一億年に一人の美少女って、人類史は精々五百万年くらいなんですが……。AVの国宝級おっぱい並に胡散臭い通称なんですけど。
それにアジカンってあだ名も大丈夫か? ゴッチとごっちゃにならない?
「いやいや、嘘でしょ。アジカンが文通相手で、しかも彼女って……それこそ嘘だよ」
僕も学生時代、篠田麻里子や木村拓哉を名乗る迷惑メールを何度か貰ったことがあるが、それと同じ匂いがする。
百歩譲って相手が業者でない場合でも、よくあるネトモに見栄張って誇張表現したら、実際に会うことになって、実際会ってみるとお互いに嘘を付いていたのが発覚し、『なんだ、君もだったのか』となんだかんだでひと段落するヤツだよ。
いや、だから話の展開が古いな本当に。平成初期の日常アニメかよ。
「いや、それがマジっぽいんだ。これはこの前彼女から手紙と一緒に送られてきた写真で、ほらこれ」
そう言って渡されたのは、現像された一枚の写真。そこに映っているのは、今日日ドラマなりバラエティなりネットなりで見ない日はない一流アイドルである安心院環奈が映っていた。
「俺のために特別に自撮り写真をプリントして送ってくれたんだよ! この写真、ネットで結構調べたけどどこにも出回ってなくて、本人じゃないと撮れないだろ!? な!?」
「……確かに」
にしても本当に可愛いなアジカン。こんな美少女がどうして小太郎に惚れたんだか……それにもし本当なら大スキャンダルだぞこれ。
アジカンに会えるかもしれない。
いささか胡散臭さが拭えない状況ではあるが、ボクも結構ミーハーな所があり、やはり好奇心に抗うことが出来なかった。
* * *
――そして当日。待ち合わせ場所、渋谷ハチ公前。
このままハチ公よろしく来もしないアジカンを待ち続けるのか、それとも怖いオッサンがやってきて金を要求されるのか、それともアジカンを騙った一般女性がやってくるのか、少し離れた小太郎と共に、彼女を待つ。
やがて……。
「あの……小太郎さん、ですか?」
「ア……アジカンだ……」
ベレー帽を気持ち深めに被った少女がやってきて、ボクを小太郎と呼ぶではないか。
小柄な彼女はボクを見上げる形となり、ベレー帽から覗く人形のように整った美貌をボクにだけ晒す。
「…………」
「あの、小太郎……さん?」
「あ、ごめん。君があまりにも可愛いから、見惚れていた」
「えへへ……可愛いって言葉、昔からずっと言われてきましたが、小太郎さんに言われると……なんだか凄いドキドキします。嬉しいです」
しかもめっちゃ小太郎を好いているではないか!?
「小太郎さん、頑なに写真送ってくれないから、少し不安だったんですけど……優しそうな人で安心しました。それに、イケメンですね」
「あ、ありがとう……君からそう言われるなんて、光栄だよ」
マジで? マジでアジカンなの? アナルまで行っていいの凛ちゃん?
ていうかアジカン肌白……っ! 常時フォトショバフかかってるじゃん……肌年齢五歳かよ……。
「じゃ、取りあえず歩こっか。今日は冷えるし、取りあえず喫茶店にでも入る?」
「そうですね。私、なかなか暇な日がなくて、マネージャーに無理言って今日一日だけ空けて貰ったんです。貴重な休日だから、一秒でも無駄にしたくなくて」
しかもかなり健気だ……。
最近はアイドルだけでなく、モデル、女優、バラエティ出演と多忙な身の上に関わらず、小太郎と会うために貴重な休日まで返上してくれるなんて。これはなんだ、夢小説か? 中学生がエブリスタに投稿した妄想の書き起こしか何かか?
夢小説も今となっては平成に置き去りにされた廃れつつある文化だが……。
* * *
その後アジカンと喫茶店でタピり、猫カフェでモフり、フクロウカフェでもモフり、カラオケでアジカンの生歌声を堪能し――――夕方。
「今日は凄く楽しかったです!」
「ああ、ボクもだよ」
「じゃあ、また!」
「うん」
後ろ姿まで美しい彼女を駅前まで送り、ほっと一息。
「半蔵! よくやった!」
そこで背後から小太郎が興奮気味にやってきて、ボクの首に腕を回す。
随分と満足気である。
「これでなんとか俺の体裁も保たれたってもんよ」
「でもいいの? 彼女に本当のこと言わなくて。本当は、小太郎がデートしたかったんじゃないの? 今日一日、後ろから後を付けるだけじゃなくてさ」
問うと、小太郎は神妙な面持ちで夕焼けを仰いだ。
「そりゃそうだよ。言いてえよ。本当は俺が小太郎で、お前が好きだって言いたい。でも俺は顔も良くないし、バカだし、金もないし……」
そうやって嘘や虚栄で見繕った関係で、本当に満足なのかと咎めたかった。
けれども、そんなこと小太郎が一番理解している。だから、言わない。でも、ただで引き下がるほどボクも甘くない。
「小太郎は……彼女のこと、本当に好きなの?」
「……あ、当たり前だろ! 好きに決まってんだろ!!」
その言葉を聞いて、ボクは唇の片側をニイと吊り上げた。
「だってさ、安心院さん」
「……んぇ?」
一歩、横にずれる。
果たして、小太郎の正面にいた人物は、先程別れたはずの国民的アイドル、安心院環奈がそこにいた。
「えへへ……やっと言ってくれましたね。小太郎さん」
彼女は一億年に一人の笑顔を、小太郎に向ける。影武者の小太郎ではなく、本物の小太郎に。
「ど、どういうことだよ、半蔵」
困惑気味にすがってくる小太郎に、ネタばらし。
実は小太郎の監視が届かないカラオケの部屋で、良心の呵責に耐え切れなくなったボクは、全てを吐いてしまった。
彼女は少し驚いたが、納得したように顔を綻ばせた。
『実はそんな気がしたんです。だって、手紙でのやり取りと雰囲気違うんですもん』
『ごめんなさい。でも、本物の小太郎も嘘を付いている。それでも、どうか彼に失望しないで欲しい』
『しませんよ。例え彼が嘘を付いていても、彼が手紙で私に言ってくれたことは、本当なんですから』
というやり取りがあり、本物の小太郎に会わせるため、彼女と一芝居打つことになった。
アジカンは駅でボクと別れると見せかけ、途中で引き返し、油断した小太郎を誘き出す作戦だ。さながら気分は二重スパイ。
「環奈ちゃん……本当にごめん! 俺、嘘付いてた! 外見もご覧のとおりだし、学歴も実家の話も全部嘘なんだ!」
「それでも小太郎さんは小太郎さんです。まだ私が安心院環奈であることを明かす前から、小太郎さんは私に優しくしてくれて、愚痴を聞いてくれて、外見で判断せず、アイドルでない私に温かい言葉をくれた小太郎さんのことが……好き、なんです……っ!」
「でも俺の経済状況じゃ君を養える甲斐性は……」
「大丈夫です! 私タレント業で月五百万稼いでますし、祖父から相続した不動産で毎年一千万の不労所得もあるので! 私が一生小太郎さんを養います!」
「結婚しよう! 今すぐ!」
全く、そんなことなら最初から正直に会っておけばよかったじゃないか。
世話が焼けるんだから、やれやれだぜ。
夕日を背にし、ボクは一人渋谷を後にするのであった。
……いや、だから全体的に展開が古いな本当!!
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この作品はSSの会メンバーの作品になります。
作者:N