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008 恩人からの相談

 ユリウス・クラーセンに超時空転移ドライバーの秘めたる可能性について教わった私。さて午後の任務をこなすぞと意気込んだ瞬間、私は来客を知らされた。


 私を指名したのはシーラ・バッケル様。その名を聞き、私は慌てて魔法管理局のVIP応接室に急いだ。何故なら私が城下で居を構える屋敷もとい、アパートメントの大家さんだったからだ。


「シーラ様、どうしたんですか?」

「あぁ、ゾーイ。押しかけてしまってごめんなさい」


 御年八十を超えるシーラ様はいつも通り品の良いモスグリーンのドレスに身を包んでいる。最近歩く時に杖を必要とするようになったが、まだまだ歳を感じさせない覇気を持つ、明るく素敵な年配のご婦人である。

 シーラ様は息子さんが成人するよりずっと前にご主人を亡くされた。それから息子であるクリス卿が成人されるまで、女手一つでバッセル伯爵家を切り盛りされていた、苦労人だけれど男性以上に才覚ある、やり手の奥様。そして私の母方の祖母の友人でもあったので、私が就職し王都で一人暮らしをするにあたり、色々とお世話になっている恩人なのである。


「全然平気です。でも一体何があったのですか?」


 シーラ様は私が魔法管理局に勤めている事をご存知だ。常日頃から困った事があればいつでもどうぞと声をかけてはいるが、実際にここに訪れるのは初めての事。その事が示すのは、退っ引きならない事情があったからに違いない。


 私は一体何があったのだろうかと不安に思いながら、シーラ様の向かい側に座る。シーラ様の背後には、長年シーラ様の右腕となっている執事のエルヴィンさんが立っていた。シーラ様が八十代だとすると、エルヴィンさんは七十代半ばと言った所。

 窓から差し込む光に、二人の綺麗なシルバーブロンドの髪がキラキラと光を反射し輝いている。二人は夫婦ではない。主人と執事の関係だ。けれど、エルヴィン様とシーラ様の間には夫婦と同じ、いやむしろそれ以上の堅い絆のようなものを感じ取る事が出来る。

 この二人を見ていると、老後こんな風に穏やかにお互い支え合う存在が私にもいたらいいなとつい願ってしまう。


 いつもは穏やかな気持ちのおすそ分けをしてもらい、ほんわかした気分で終了出来る私の思考。しかし今日は何故かふと脳裏にユリウス・クラーセンの顔が浮かび、私は思わず顔を顰めた。全く厄介である。


「実はね、私が貸し出しているアパートメントの一つに盗聴器のようなものが仕掛けられているみたいなの」

「盗聴器ですか?」

「そう。エルヴィン、例のものを」


 シーラ様が背後に控えるエルヴィンさんに声をかける。するとエルヴィンさんは既に小脇に抱えていた白い封筒の束をシーラ様に手渡した。


「これらはね、盗聴器が仕掛けられていると思われる部屋に住んでいた人達宛に届いた郵便物。内容を確認してみてもらえないかしら?」


 シーラ様はそう言って、机の上に静かに封筒の束を置いた。


「封筒に差出人は書いてないの」


 私はテーブルの上に置かれた、束になった白い封筒の一番上を手に取った。そして封筒の表と裏を確認する。すると表には部屋番号のような三桁の数字。そして裏側には赤い封蝋の跡があるだけで、特に何か書かれたような筆跡は見受けられなかった。


「開けてみて頂戴」


 シーラ様の言葉に促され、私は封筒の中身を確認する。折り筋がついた白い紙は確かに手紙そのようである。しかしその内容は何とも眉をしかめたくなるものであった。


 私が目を通した手紙には、そこに住んでいる住人宛に端的に言えば、お前が情事を重ねているのは人妻で、その旦那に色々とバラされたくなければ引っ越せ。という内容だったからだ。しかも逢引きの日付や時間まで記載されているという几帳面さである。


「犯罪や薬物等、法に背くような事をしているのでなければ、私は店子のプライベートに関して介入致しません。だからその男性が人妻と仲良くなさっていても双方の同意があれば私には関係のないこと。けれど最後の文言がどう見ても私への宣戦布告だと思えない?」


 シーラ様のヘーゼル色をした瞳が生き生きと悪戯に輝く。


「確かに脅しの文言の後に引っ越せというのは、明らかに引っ越させるのが目的のような気がします」

「そうなのよ。それに同じように人には言えない、言いたくないような事を世間に公表すると脅し、そうされたくなければ引っ越せと書かれた手紙がこんなに投函されたのよ?」


 シーラ様は腹に据え兼ねた様子で珍しく声が高ぶった。


「奥様、お体に触りますので」


 エルヴィン様がシーラ様に優しく声をかける。


「シーラ様。粗茶ではありますが、私が淹れたものではないので美味しいはずです。どうぞ」


 私は手つかずになっている、魔法管理局に勤める給仕係が淹れてくれた紅茶をシーラ様に薦める。気持が高ぶったときは、紅茶を飲むに限るのだ。


「あら、あなたが淹れると美味しくないのかしら?」

「はい。最近知り合った八歳児に私の淹れた紅茶はまずい。二度と淹れるなと、ハッキリ言われてしまいました」


 私は細部を隠しマルセル君に言われた事をシーラさんにそのまま伝えた。


「その子とは孤児院の慰問か何かでお知り合いに?」

「いえ、職業見学で王城を訪れていた子に……」


 最近すっかり孤児院に慰問する機会を取れていない私は咄嗟に嘘をついた。

 一応貴族の責務として寄付は欠かさず行っているが、残念ながら実際は孤児院から足が遠のいてしまっているのが現状。しかし昨日からマルセル君に出会い、母性が開花したような気もするので、今度暇が出来たら久しく遠のいてしまっている孤児院に足を運ぼうと私は決めた。


「そう。あなたもちゃんと子供に目を向けられるようになったのね。エミーがあなたは仕事ばかりで全然浮いた話がないって。このままじゃ結婚出来ないと嘆いていたわ」


 シーラ様が私にチクリとお説教する。因みにエミーとは私の母の名である。


「でもね、あなたは頑固な所があるけれど、昔から頑張り屋さんだったでしょう?それにフロールに比べたら地味だ、なんだとエミーは言うけれと、あなただって充分可愛らしいわよ。フロールが目立つ子だから、地味に見えちゃうだけ。だからきっとゾーイにも素敵な男性が現れるはず。安心なさい」


 シーラ様の励ましは、私の心を針で突き、そして最後に包帯を巻くという荒治療気味だ。

 因みにフロールとは私の五つほど年上の、やたら美人な姉の事である。


「シーラ様、ゾーイ様はこうして立派にお仕事をされております。国の為に身を粉にして働く事。それは子を育てる母と同じくらい大変だと思いますよ。どちらも責任ある尊い責務ですから」

「あらやだそうね。ごめんなさいね。余計なお世話よね」

「温かい励ましをありがとうございます。私もそろそろ結婚を真剣に考えたいと思っておりましたので、とても前向きな気持ちになれました」


 優等生ぶりを発揮し、平凡なりにニコリと微笑む私。姉のように笑顔ひとつで全てを手に入れる事は出来ないが、瓶底眼鏡時代からすれば幾分マシになったはず。


 それにしても最近やたらと結婚にまつわる話題を出される事が多すぎる。十七歳という行き遅れギリギリの年齢のせいだろうか。どうやら真剣に考えないといけない時期に足を踏み入れて入るのかも知れないと私は結婚について考える。


 結婚……その言葉を思い浮かべ、私の脳裏に付随するのは、昨日から確実にユリウス・クラーセンである。あいつは嫌いだ。けれどマルセル君を無事未来に帰宅させるために、私はどうしたってユリウスから逃げられない。となれば、もういっそユリウスと偽装でも何でも結婚さえしてしまえば周囲からの結婚への圧力もなくなるのでは?と私の心に囁く悪魔が誕生した。


 というかそれ以前に、私はユリウスに告白出来なかったわけで。

 私はくもり空を虚しく指差した、惨めな光景を思い出し思わず自分で自分に涙する。


「それでシーラ様。この手紙が届いたのは、同じ棟のアパートメントなんですか?」


 私は気分を切り替え、任務に励むべく質問を口にする。そう、潔く仕事に逃げたのである。


「えぇそうよ。でもね。あなたの住んでいるアパートメントならともかく、立ち退けと脅迫された人達が住むアパートメントはイースト地区だし、不人気な場所なのよ。それに変な噂を建てられてしまっては、なかなかね……」


 気落ちした顔で口を閉ざしてしまったシーラ様。

 代わりにエルヴィンさんが話を続ける。


「実際の所、アパートメント経営は入居者あってこそなのです」

「確かに空き部屋では家賃が発生しませんもんね」


 住む人がいなければ、当然家賃は発生しない。

 それは何とも避けたい事態というのは理解できる。


「おっしゃる通りです。それに今回既に十二部屋中一人を残し、その他の住人は一気に引っ越しました。となると、あそこには何かあるのでは?と噂が立ち、次の入居者を見つけるのが困難になるのです」

「では、お家賃を下げるとか?」

「となると、益々治安が悪くなりますし、そもそも修善費など必要最低限、屋敷を維持していくだけの家賃しか頂いておりません」

「一体どうして……」


 それではタダで貸し出しているも同然ではないかと、私は素直に驚いた。


「あそこは主人から受け継いだ、慈善事業のようなものだからよ。イースト地区には生活困窮者も多い。だから貴族の責務として、せめてお部屋だけでもと提供しているのよ」


 私は忙しい事を理由に孤児院から遠のく自分を恥じ、俯いた。


「気にする事はないわ。出来る時に出来ることをやればいいのよ」


 うつむく私にシーラ様が優しく声をかけてくれる。その気持ちが嬉しくて、そんな慈愛に満ちた人を苦しめる悪者は許せないと、私は顔を上げる。


「個人的にその土地を欲しがっている人に心当たりはありますか?」


 私が今できること。それはシーラ様を困らせる人を突き止め、辞めさせることだ。前向きに考えた私は、手紙で立ち退きを迫るという経緯から、一連の嫌がらせはその土地を所望する者の仕業だとあたりを付けた。


「コーレイン商会から一度アパートメントが立つ土地の定期借地権を買い上げたいと申し出があったのだけど。あそこは利益を求めて建てたものではないし、そもそも私は夫から受け取った建物は一つも減らすことなくクリスに受け継ぐつもりだから」


 シーラ様は今は亡きご主人を思い出したのか遠い目をした。それからしんみりと懐かしむような、とても穏やかな表情を浮かべた。


「盗聴器ですが、実際には発見されているのですか?」

「いいえ、今回の騒ぎで退去された方がいらしたから探してみたのだけれど見つからず。とは言え、頼んだ会社は内装業者で盗聴専門の業者ではないから、探しきれていないのかも知れないけれど」

「なるほど。一応私は魔法管理局なので、魔法絡みの案件専門です。ですから今回は盗聴器。そちらの方の捜査を重点的に行い、もし盗聴器が魔力を介する物でしたら、本格的に設置者の捜査に当たれると思います」

「まぁ、まさかゾーイ、あなたが捜査を?」


 シーラ様が目を丸くする。


「いいえ。私は内勤なので、外勤に向いた強靭な男性捜査官が捜査は行いますのでご安心ください」


 私はシーラ様経由で実家に伝わる事を恐れ、堂々と嘘をついた。田舎の領地で暮らす家族は私が王都で働く事を渋々ではあるが認めてくれている。とは言え古き良き考えの持ち主なので、お茶係であったり、書類整理といった事務仕事をしていると勝手に思い込んでいるのである。


 けれど私はそれを望んでいない。やるからには必要とされる人間でありたい。そう思って働いているのである。だから自ら捜査にも出向くし、犯人を捕縛するために動く事もある。けれどそれは両親には絶対に秘密なのである。何故なら知られたら最後、絶対に仕事を辞めろと言うに決まっているからだ。


「そう。あなたを危ない事に巻き込んでしまったら、ベレンゼの皆様に合わせる顔がないもの。良かったわ」

「シーラ様。ご安心ください。私に危険はおよびません。ついでにお祖母様によろしくとお伝え下さい」

「あら、あなた自身で会いに行ってお伝えしなさいな。きっとマリアも喜ぶわ」

「そうですね。そのうち」


 私は当たり障りない言葉を返す。

 お祖母様の事は嫌いではない。けれどそこで漏らした話がうっかり両親に伝わるのが嫌なのだ。


「全くいつもそうやって誤魔化すのだから」


 シーラ様に本心を見透かされ、私は誤魔化す為に壁にかけられた時計に視線を送りハッとする。


「では、この件は上司に報告させて頂きます。きっと受理されると思いますので、その時はまたお手続きにシーラ様のお屋敷の方へお邪魔するかも知れません」


 私はやや強引に話をまとめる。何故なら今から報告書をまとめ上げ、アントン様に報告する時間を考慮すると、確実に託児所の閉室時間ギリギリになってしまうと気付いたからであった。

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