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007 そうだ、開発者に直接聞けばいい

 出勤して早々アントン殿下とある意味対峙し既に疲労困憊気味の私。誰かと仲良く食事を取る気にもならず、今後の策を練るべく一人政務棟を囲む中庭のベンチでサンドイッチ片手に空を見上げていた。


 そしてぼんやりと、これからやり遂げなければいけない問題を整理する。


「魔法規定第三百六十八条。許可なく時空転移をした者は過去、未来問わず、不法時間侵入者としてその罪を問われる」


 誰ともなく呟いた規定。まさにこれが現在マルセル君が直面する問題である。その上大変まずい事に、魔法研究局という我が国における魔法科学研究の第一人者達が集められた超エリート集団によって、時空転移の痕跡を監視されているという最悪な状況。


「魔法科学研究局か……」


 魔法省の採用試験において、魔法管理局の採用試験もそれなりに難しいとされている。しかしそれ以上に難易度が高いのが言わずと知れた魔法科学研究局である。

 我が国を支える魔法と科学技術。その二つを日夜研究する組織。我が国の超エリート集団とされる人達の監視の目をくぐり抜ける事は、私如きには実質不可能だと思われた。


「だとすると、こっちも優秀な誰かを介入させるしかないんだけど」


 そもそも私が知る中で一番優秀な魔法使いとして頭に浮かぶのは、ムカつく事にユリウス・クラーセンなのである。


「って、そもそもマルセル君は親の責務とか言うけどさ、あいつだって父親なんだから、私に全部押し付けるってズルくない?」


 私は誰もいないのを良いことに愚痴を吐き出す。


「あの子はやっぱり君の子なのか?」


 突然背後からかけられた声に私は驚き、思わずベンチから大きく飛び跳ねる。その瞬間、私のお昼。食べかけのサンドイッチがバサリと草の上に落ちてしまった。


「ちょっと、私のお昼なんだけど。というか、私の背後に立つ時はもっと普段みたいにキラキラオーラ全開にして近づいて下さい」


 私はサンドイッチを拾い上げながら突然声をかけてきた主に文句を口にする。


「サンドイッチはすまない。けど、休憩時間くらい素でいたっていいだろ。それに今日は俺だって色々あって疲れてるし」


 断りもなく私の隣に腰を下ろす黒髪の青年。さり気なく横目でその存在を確認すると確かに目の下の隈が凄かった。更に言えば、ローブの下から覗く白いシャツはいつもよりヨレっているし、黒いズボンにも皺がよっていた。

 今朝見かけた時、女の子に囲まれキラキラしていた人物と同じ人とは思えないくらい、疲れた雰囲気を全開にし、枯れ葉が今まさに枝から落ちるように生気がないなと私は隣に勝手に座るユリウス・クラーセンを盗み見、そう感じた。


「ほらこれ」


 横から伸びてきたのは包まれたサンドイッチである。

 どうやら私のサンドイッチを落とした代わりに自分の分を分けてくれるようだ。


「ありがと。これでチャラにしてあげる」


 私は遠慮なくユリウスからサンドイッチを受け取る。そして半分にちぎり残りをユリウスに返した。それを当たり前のように無言で受け取り、静かにサンドイッチを食べ始めるユリウス。


 私とユリウスは仲良しではない。

 けれど時々、不思議と中庭でこうやって並んで昼食を取る事がある。それは大抵どちらかが責務に追われ疲れていたり、仕事で叱られたりする時で、後で振り返ると心が落ち込む時に限って、こうやってユリウスと肩を並べサンドイッチを食べているなと、私は密かに気付いている。大きな意味はない。たぶんお互い、学生時代の癖が抜けないだけだ。


「で、何か用?」

「べつに」


 以上会話は終了である。大抵いつもこんな感じなので、特段私は気にしない。これがもしユリウスが毎回私にうるさく喋りかけてきたとしたら、とっとと斜め前。空いているベンチに私は避難していると思われる。


 私は黙々とユリウスから受け取ったサンドイッチを口に運ぶ。本日私が売店で購入したのはきゅうりとハムのサンドイッチだ。そしてたった今、ユリウスから渡されたサンドイッチはきゅうりとハム。それからトマトが入っていた。だから私は少しだけ得した気分になり、いい機会だからとユリウスに不法時空侵入者の捜査について探りを入れる事にする。


「何か昨日、不法時空侵入があったんだって。研究局が担当してるの?」

「君の連れてたあいつ、ほんとに君の子なのか?」


 私の質問に答えず、自分の聞きたいことを口走るユリウスに私はムッとする。そして内心「あなたの子でもありますけれど」と心で添え、何だかとても恥ずかしくなり、頬を赤く染めあげてしまい自爆した。


「なるほど。あいつは俺の髪色に君みたいな琥珀色の瞳をしてた。それに叔父上曰く、俺の子供の頃に似てるって」

「他人の空似でしょ」


 私は内心、「アントン殿下、仕事はやっ!!流石出来る男はフットワークが軽いわ」などと感心しつつ、余計な事をしやがってと恨む気持も同時に抱いた。


「他人の空似か……。これはまだ公にはしてないけど、昨日侵入してきた人物は、感知した熱量から子供である可能性が高い」

「そ、そうなんだ」


 ユリウスの口から確信に迫る言葉が飛び出し、私は既にそこまで調べがついていたのかと正直焦る。


「そして突然この世界に発生した熱量の傍には、誰かがいた形跡がある」

「ど、どうしてわかるのよ」

「この世界に侵入してきた者は、座標をミスったのか、それともタイムワープの途中に不具合が起きたのか、上空でポータルを開いた形跡がある。つまり時空の裂け目から地上に向かって落下した。そして丁度その下を歩いている人間にぶつかったんだ」

「よ、良く生きてたよね、その人も落下した子供も」

「咄嗟にどっちかが防御魔法をかけたんだと思う」

「あーなるほど」


 ま、私がかけたんですけどね。などど密かに真実を付け加える。


「不法侵入者を無事に元の世界に戻すためには、研究所の監視の目をくぐり抜ける必要がある。けど、それは君のような一般職の人間じゃ到底無理だろうな」


 ユリウスの知ったかぶりな言葉に私は焦る。


「ま、君がどうしても助けて欲しいって言うなら、力を貸してやらない事もないけど」

「私は別にクラーセン様に助けて欲しい事なんて、ひとつもないです」


 私はハッキリと告げる。先程までは、親の責務は私だけではないなどと若干憤慨していた。しかしよくよく考えて見ればユリウス・クラーセンに弱みを握られるくらいなら、自分で何とかした方がマシだ。


 そして私はこの時神の閃きを得た。


 ここにいるのは、マルセル君が未来からやってくるにあたり使用した、超時空移転ドライバーとやらを開発したご本人様なのである。不具合を起こすような装置を子供の手が届く所に置いておくという痛恨のミスこそしたが、超時空移転装置などという大層な物を設計し組み立てたのは目の前の人物、その人なのである。


「も、もしもの話だけど、クラーセン様が時空転移装置を個人的に開発したとする。その時何があるかわからないから、装置を再起動させるシステムを組み込むと思うの。その場合って、こういう緊急警備みたいな時でも再起動したら過去と未来をつなぐ時空ポータルが開くものなのかな?」


 私の質問に既にサンドイッチを食べ終わっていたユリウスは腕を組み、考える素振りをした。


「俺が今設計している超時空転移ドライバー」


 ユリウスが物々しく口にした名前。既に知っているとは言え、私は怪しまれないよういつも通り、その怪しい名前に指摘を入れる。


「ねぇ、超とかつける必要あるわけ?」

「何だよ、文句言うなら教えてやらないからな」

「……いいと思う。その名前」


 完全なる茶番。私は正直自分が恥ずかしい。穴があったら迷わず飛び込む自信がある。


「超時空移転ドライバー。回路がまだ安定していなから、残念ながら実用には程通い。けど、時空移転する際に最も気をつける事は、利用者の安全だ。よって、万が一超時空移転ドライバーに不具合が起きた場合、最悪でも元の世界にだけはしっかり戻れるように設計しておく」

「それはつまり?」

「出発点をドライバー自体に記憶しておく。そして強制再起動をかけたのち、無理矢理利用者を出発地点に移転させる」

「でも電力とか、魔力とかがショートしてる場合は?」

「その場合も考慮し、補助電源を搭載しておくだろうな」

「じゃ、強制再起動さえ出来れば、元に世界に戻れるってこと?」

「まぁ、俺が開発中の超時空移転ドライバーはそう設計してるけど。常識だろ、そんなこと」


 ユリウスの言葉を聞き、私の心は一気に軽くなる。


「だったら、今みたいに監視されていても帰ったもん勝ちが出来るってこと?」

「それはどうかな。ま、でも正直今の技術じゃ監視するだけで精一杯な所がある。しかも過去、同じ様な不法侵入者を取り逃したまま未だ発見に至らずの案件もある。だから早急に研究を進めないといけないんだろうけど、予算の関係もあるし。まぁ、色々とな」


 ユリウスは私の知らない、大人びた顔になった。


「だから帰ったもん勝ち。確かにそうなってしまう可能性はある」

「可能性はある」


 私はその言葉に縋り付くようにユリウスの言葉を反復する。


「ゾーイ、いいか?本来存在すべきではない人間がこの世界に存在している。その事実は君が思うよりずっと厄介だ。その人間の行動一つでこの世界が歪む可能性もあるんだぞ?」

「それはそうだけど」


 折角前向きになった私にユリウスが至極真面目な話をしはじめた。お陰で私の気分はまた落ち込む事になる。


 何故なら既に私はマルセル君を託児所に預けてしまっているからだ。

 その事が意味するのは、この世界に存在しないはずのマルセル君が、既にこの世界の私以外の人間と関わりを持ってしまっているということである。

 その結果、関わった人間の未来を変えてしまう可能性があり、その事がキッカケとなり、小さな歪みが時間の経過と共に大きな歪みになる可能性もあると、ユリウスは私に警告しているのである。


「それに、変化するのはこっちの世界だけじゃない。未来でも侵入者が存在すべき場所がぽっかり空いた状態だ。それがさらなる未来にどんな影響を与えるか。現在の所解明されていない」


 さらに私の心を追い詰める言葉をかけるユリウス。


「侵入者を無事に返せるタイムリミットだってわからない。だからこそできるだけ早く何とかしなきゃ駄目だと思うけど」


 まるで私が抱えた事情を知っているかのような口ぶりのユリウス。


 けれど私は一つだけ解決方法を仕入れた。


 それは、マルセル君の超時空転移ドライバーを強制再起動すればいいということ。そして強制再起動するためのパスワードは……ユリウスが私にプロポーズをした言葉だとマルセル君は言っていた。

 これは実に問題だ。しかしマルセル君を秘密裏に返す為には嫌だろうと何だろうと、私はユリウスに告白しなければならない。そしてユリウスにも私にプロポーズをしてもらわなくてはならないのである。


 他人から見れば些細な事。

 しかし私からすれば、大問題。


 けれど、業務の一環だと割り切れば出来る気がする。


 そして今丁度私の横にはユリウスがいて、周囲に知り合いはいない。


 となれば――。


 私は背筋を正し、隣に座るユリウスに体を向ける。

 そしてユリウスも私の顔を窺うように凝視する。


 今がチャンスとばかり、私は思い切って業務的に告白しようと覚悟を決め口を開く。


「クラーセン様、す……すごい綺麗な空ですね!!」


 気付けば私は空を見上げ、灰色が広がる、全く綺麗ではない、淀んだくもり空をピンと指差していた。


「お前さ、今ちょっと楽しいだろ」

「え?」

「いや、何でもない」


 何故かユリウスに笑われた私。しかも学生時代に戻ったかのようなお前呼び。私は懐かしさを覚え少しだけ口元を緩めてしまった。


 しかし私が「お前」呼びの余韻に浸っている間に、私達の会話は終了してまう。

 何故ならユリウスが話は終了とばかり、腕組みし目を閉じてしまったからだ。どうやら私の隣で仮眠を取り始めるつもりらしい。全く失礼な奴である。


 目を瞑るユリウスを横目で確認し、私は残りのサンドイッチを口に頬張る。するとそのうち、ユリウスの黒い頭がコクリコクリと揺れ始め、私の肩にもたれかかった。


 確かに本人の申告通り、今日のユリウスは疲れているようだ。


「全く肩が重いんだけど」


 私は不貞腐れた声で呟き、だけどまぁ、超時空移転ドライバーに予備電源を付けておいた功績を讃え、お昼の時間が終わるまで渋々肩を貸してあげる事にした。


「別に好きじゃないし。私は女神様のように優しいだけだし」


 自分に弁解する私の小さな声。それはユリウスの静かな寝息に虚しくもかき消されたのであった。

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