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006 何だか大変な事態になっていた

 魔法と科学が発達するリリロサ王国は他の国に比べ、先進的であると評されており、比較的女性に人権のある国だと言われている。


 というわけで、私はマルセル君を王城勤務者専用の託児所に預けた。

 初めて立ち寄った託児所は下はゼロ歳から上は十一歳まで。貴族籍のある人間は大抵屋敷にいる乳母に子供を預けているそうで、ほとんどが王城内で働く下働きをしている庶民の子供であった。


 マルセル君は本人の主張を信じるのであれば、ユリウスと私の子になるわけで、公爵子息である。そんな子を庶民の子と預けていいものか、私は悩んだ。


 しかしよくよく職員さんの話を聞くと、貴族の子も数名ほどではあるがいるという事が判明した。更には託児料を給料から天引きされはするものの、昼食もしっかり支給されるし、勉強も見てもらえるとの事。よって、私は心置きなくマルセル君を託児所に預ける事に決めた。


「いってらっしゃい、母様!!」


 送り出される時の爽やかで無邪気な掛け声には、私だけではなく先生方もギョッとしていた。何故なら私は独身だからだ。

 どうやら「恋の始まりは噂ばなしから」を実行する気満々らしいマルセル君。その事に一抹の不安を抱えつつ、しかし私には仕事があるので泣く泣く託児所を後にした。


 私の勤める魔法管理局は王場内に併設される政務エリアに存在する。


 王城内で勤務しているというと、赤い絨毯に白い柱。壁には名画がズラリと並び、廊下の至る所に置かれたこれみよがしな花瓶や皿に甲冑といった美術品の数々――などと豪華絢爛な場所を大抵の人は想像するようだ。しかし実際はそういうキラキラした部分は表舞台のみ。


 政務エリアは、日々帳簿とにらめっこする、しっかり者である経理の面々によって、至って質素に整えられているのである。


 ユリウス・クラーセンにハンカチを落としてみたり、マルセル君を託児所に預けたりといった業務をこなした結果、いつもより少し遅れて出勤した私。嵌めた指輪を入り口の機械に翳し、セキュリティチェックをクリア。そして部屋の扉を開錠し室内に侵入する。


 すると普段の数倍ほど人が詰まった部屋が大変ザワついていた。何か大事件でもあったのかなと興味を覚えつつ、私は日当たりの悪い自分の机に鞄を置いた。

 するとすぐ、窓際で大きなエリアを陣取るアントン殿下が私の名を呼ぶ。


「ゾーイ、ちょっといいか?」

「はい、今伺います」


 私は川の字になった机の間を慎重に、体を横にして窓際へ急ぐ。何故慎重にするかというと、机の上には各々が抱えた案件の書類が山積みになっているからである。

 悲しいかな、日々何処かで必ず起こる違法魔法絡みの犯罪。そのせいで私達魔法管理局の机の上から書類が綺麗サッパリ片付く事はないのだ。全く世知辛い世の中である。


 私は世の中を憂いながら、黒いローブが広がりうっかり机からはみ出た書類に当たらないよう両手で抑え込みむ。そして何とかアントン殿下が座る机の前に辿りついた。


「マルセル君の件なら先程お伝えした通りですから」


 開口一番、いかにも王子様といった感じ。見目麗しいボスに先制口撃を仕掛け黙らせておく。

 アントン殿下は穏やかで、愛妻家で部下思いの理想的な上司だ。ただちょっと、お節介が過ぎるきらいがある。だからこそマルセル君と歩いている所をアントン殿下に目撃されたのは厄介だなと、内心私は警戒していた。

 とは言え、先程アントン殿下ご本人と遭遇しなかったとしても、昼食の時間にはきっと私が子供を連れていた件は噂好きな誰かから、確実に知らされていただろうけれど。


「あー、母方の祖母の家系のそのまた祖母の家系の子だよね?全然疑ってないから安心して」


 アントン殿下はニコリと腹黒く微笑んだ。


「ま、その件は追々と。というかこの騒ぎ。気になるだろ?」


 アントン殿下はざわつく部屋に視線を送る。


「確かに。何かあったんですよね?」


 私は普段と違う様子を見せる同僚達の姿を目で追う。

 魔法管理局は携わる案件の傾向ごとに細かく班分けされている。つまり一見「魔法管理局」という大層立派な看板が掲げられた部屋であっても、実際は違法な魔法薬絡みだけを扱う班だとか、魔法絡みの詐欺事件を扱う班だとか。働く人間の担当案件の傾向は細かくジャンル分けされているのである。


 因みに私は世の中に蔓延る、違法魔法商品の取り締まりを割り当てられている職員だ。


 つまり何が言いたいかと言うと、普段はこんなにもみんながみんな揃って大騒ぎをしている事はないということ。通常であれば黙々と案件解決の為に捜査に出る事が多く、部屋にこれほどの人間が滞在している事が珍しいということである。


「困った事に昨日何者かが、時空転移したらしくてね。この時代に不法時空侵入した形跡があるんだ」


 アントン殿下は声を落とし、ゆっくりと私に告げた。

 生きた心地がしないとはまさに今の私の状況だ。

 何故ならアントン殿下が口にした案件は確実にマルセル君の事に違いないからである。


 通常、過去や未来に時空転移する時は国王陛下の承認がいるーーという、初歩的な規則を私はこの時思い出した。全く情けない限りである。


「ふ、不法時空侵入ということは届け出なしにタイムワープをした人間がいるってことですか?」


 私は白々しく、普段通りを心がけ確認する。黙り込む事、すなわちそれは怪しすぎる態度だからた。


「そうだね。今朝はこの話しでどこも持ちきり。なんせ時空転移案件は可及的速やかに対処すべき案件だからね。一応魔法科学研究局が昨日、時空侵入者に気付いた時点で全ての時空転移装置を停止したのち、新たな時空ポータルが開かれないかどうか監視しているらしい。だから侵入者はこの時代から逃げられないようになってるらしいけど」


 アントン殿下の言葉に私は嫌な汗をかく。何故ならアントン殿下の口から飛び出した報告が真実であるとすれば、いや、真実だろうけれど。とにかく、マルセル君がこっそり過去に戻れない事をたった今宣告されてしまったからだ。


 それは困る、大変困ると私は焦る。


「ま、万が一時空侵入者が見つかった場合、事情聴取ってやっぱりされちゃうんでしょうか?」

「そりゃするだろうね」

「相手の年齢関係なくですか?」

「関係ないよ。そもそも時空転移を許可なく行う事は重罪だから。例え何か犯罪に巻き込まれたといった少年がこの世界に無理矢理転移させられたとしても、事情聴取をしないと力になる事すら出来ないだろう?その上で必要に迫られて仕方がなかったどうか、審議会にかけられ判断されるだろうね。って、君にしては随分と初歩的な事を僕に尋ねるんだね?」


 訝しげな視線を私に向けるアントン殿下。


「め、滅多にない事なので、おさらいで確認させて頂きました」


 悟られてはいけないをモットーに、私は早まる鼓動を何とか隠し、それっぽい言い訳を口にする。


「それで取り調べを受けたら、すんなり帰れるんでしょうか?」

「すんなりかぁ……それはどうかな。私利私欲の為、過去を改変しようとか、そういう危険な目的の場合、時空警察によって逮捕のち元の世界に送り返される事になるだろうけど」

「うっかり、その、例えばなかなか手に入らない花を、妊娠していて身重な母親に送りたいなぁなんていう、とっても優しい気持ちでちょこっと未来から来ちゃった場合。そういうのって陛下によって恩赦されたりします?」

「やだな、ゾーイ。それは私利私欲以外の何物でもないよね?何で陛下が恩赦する必要があるんだよ」


 昨日マルセル君にかけた言葉がたった今、ブーメランのごとく私に直撃する。まずい。非常にまずい。何がまずいって、全部まずい。


 そもそもマルセル君が犯罪者扱いされるのは可哀相だ。元はと言えば、マルセル君の手の届く所に超時空転移ドライバーなる怪しい物を放置したユリウス・クラーセンが悪い。逮捕するなら奴をと私は密かに懇願する。


 それに私もマルセル君を匿っている事が露見し、犯人蔵匿罪ぞうとくざいで逮捕されかねない。規律を守ることを家訓とする両親は心中しかねない。両親に対し思うことはある。けれどそれは死んでもいいという感情には直結しない。古臭くて、うざいけれど、何だかんだ私を愛してくれてはいるので、両親が死ぬのは嫌だ。


 そして何よりマルセル君が事情聴取される事になれば、ユリウス・クラーセンに全てが知られてしまう事が大問題である。

 私ですらあいつと私が結婚だなんて信じがたいというのに、あの男がその事実を知った場合。マルセル君に「嘘をつくな」と杖を片手に本気でマルセル君と私を殺害しようとする恐れがある。それは駄目だ、絶対駄目。あいつに殺されるなんて最悪だ。


 やはり一刻も早く嘘でもいいから私がユリウス・クラーセンに告白し、プロポーズの言葉をもらい、その文言をマルセル君が未来から持ち込んだ超時空転移ドライバーに入力。そして再起動し……って駄目だ。魔法科学研究局によって、時空ポータルが監視されていると聞いたばかり。詰んだ……私の人生は十七にして詰んだ。というかプロポーズされる前にユリウスに殺される?


「ゾーイ、顔色悪いけど。大丈夫?」

「あ、はい。ちょっと寝不足で」


 私は慌てて意識を目の前の人物に向ける。

 柔和な見た目とは裏腹に、流石王子殿下と言わんばかり鋭い勘の持ち主でもあるアントン殿下。今私が成すべきことは、この察しの良い厄介な上司から向けられる、私に対する嫌疑の目を逸らす事である。


「あーさっきの子を預かってるから寝不足?いつまで君が預かるの?」

「それが、両親の喧嘩が長引いているそうで。まだハッキリとした目処が立っていないんです」


 十二歳で勃発したユリウス・クラーセンとの長きに渡る険悪な関係は未だ継続中。よって嘘はついていない。私は内心上司に嘘をつくという罪悪感を打ち消す。


「そっか。何かさっきの子、マルセル君だっけ?誰かに似てると思ってさ」

「へー。そうなんですか」

「それで僕なりに考えてみたわけだけど。ようやくその正体がわかったんだよ」


 机に組んだ肘を置き、私に怪しく微笑むアントン殿下。長年の付き合いから、これはもう完全に色々と悟っている顔であると私は理解する。けれど観念するつもりはない。絶対に。


「正体ですか。一応お聞きしますが、一体それは誰に?」

「僕の甥っ子。君が大変苦手としているユリウス。あいつの小さい頃にそっくりなんだよねぇ、マルセル君」

「まぁ他人の空似でしょうね。だってマルセル君はクラーセン様と似ても似つかないほど、性格の良い、優しいお母様思いの子ですから」


 私はニコリと嘘つきな笑顔をアントン殿下に返す。


「ふふ、そっか。まぁいいや。困った事があればいつでも相談して。僕は君の上司であり、ユリウスは可愛い甥っ子だからね」

「アントン殿下、お気遣いありがとうございます。ですがこれは私の沽券に関わる問題。何とか己の力で解決します……たぶん」

「そっか。頑張って」


 アントン殿下は物凄く楽しむような溌剌とした顔を私に向けたのであった。

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