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005 ハンカチ落し

 結局の所、私は警らにマルセル君を引き渡す事は出来なかった。


 私とユリウス・クラーセンが結婚して子供を作るなど、信じがたい気持ちは満載だ。しかし、マルセル君の首に掛けられた魔法記録投影装置に残された立体映像は無視出来ない。それに何より私がユリウス・クラーセンと結婚しなければ、マルセル君が消えてしまう。その可能性がどうしても頭にこびりついて離れないのである。


 ユリウス・クラーセンについては好きではない。けれど意外にも私は母性本能に溢れる子供好き。だから困り果てたマルセル君を放置出来ない。そこにユリウス云々は関係ない。などと無理矢理自分に言い聞かせ、私はマルセル君を預かる事にしたのであった。


 翌日、私はマルセル君を引き連れ登城した。仕事は大事だからである。


「あれ?ゾーイ様、おはようございます。ってその子は?」

「おはようございます、ソフィー様。この子は親類なんです」


 登城早々侍女として王城に勤務する詮索好きな女性に捕まる私。普段は魔法科学研究局の誰と誰が恋人同士だとか、近衛騎士隊の誰々は失恋したばかりだから狙い目だとか、わりと耳寄りな情報をくれるソフィー様。しかし今日ばかりは一番遭遇したくない相手である。


「あれ?お兄様の子?それともお姉様?あ、でもゾーイ様のお兄様の所は最近お子様が生まれたばかりだったよね?だとするとフロール様のお子様?ちょうどそのくらいでしたっけ?」


 案の定、しつこくマルセル君と私の関係性を探られてしまった。


「それが、母方の祖母の家系のそのまた祖母の家系の子なんですよ」


 親類ですの一言で大抵は見過ごしてもらえると踏んでいた私。即座にそれっぽい、しかし辿る事は無理であろう関係を口にした。完璧である。


「……それってもはや他人なのでは?」

「いやだなぁ、親戚ですってば」

「で、いくつなの?」

「八歳です。ほら、マルセル君。ソフィーお姉様にご挨拶は?」


 内心冷や汗を掻きながら、私はマルセル君を全面に押し出す。可愛さで何とかこの場を誤魔化そうとする作戦だ。


「はじめまして、僕はマルセル・クラー、ぐぬぬ」

「えっ、マルセル君、やだ気持ちが悪い!?朝のシリアルが賞味期限切れていたからかな。それとも牛乳!?って事で失礼しますわ、ソフィー様、ごきげんようーー」


 私はマルセル君の口元から手を離した。代わりにマルセル君の手をしっかりと掴み、慌てて人影のない廊下に逃げ込んだ。


「マルセル君、何のために髪色と目の色を魔法で変えたのかな?」


 私はマルセル君の前にしゃがみ込み、笑顔でお説教モードに突入する。因みにマルセル君は、「父様と母様が僕に分けてくれた容姿をいじるのは嫌だ!!」と頑なに魔法による変装を拒否した。

 

 それを聞いて私は少しだけ心がジーンときた。しかしこれは誰にも言えない秘密である。

 そんな親孝行を絵に描いた模範的児童マルセル君に対し、髪色をユリウスと同じ黒。目の色を私と同じ琥珀色にする事を提案し、何とか変装を納得させた。

 これはこれで意外に可愛いのでありだ。


「マルセル君?わかってるよね?」

「僕が父様と母様の子だってバレないようにでしょ?でもさ、昨日図書館で借りた本には噂になった事がキッカケでお互いを意識し始める事もあるって書いてあったじゃん」

「そうだけど……」


 私は昨日、自宅に帰宅する前にマルセル君と王立図書館に立ち寄った。

 何故なら、一応、万が一、ユリウス・クラーセンに対し恋じかけをする場合や、最悪あっちから迫られたりした場合、常に優位に立つために勉強しようと思ったからである。


『母様って、年齢イコール恋人なしなわけ?』

『な、なによ……』

『いや、何かうん。ファイト』


 齢八歳であるマルセル君に励まされる十七歳。結婚適齢期真っ盛りの私。かなりへこんだ。だいぶ打ちひしがれた。壁に語りかけたりもした。

 とまぁ、そんな事もありつつ、昨日私は生まれて始めて恋愛ハウツー本を、時空魔法計測論理学と魔法裁判録という至極真面目な本の間に挟んで借りたのだ。


「そもそもさ、母様は年齢イコール恋人なしなわけだから、あの本通りにやってみるべきだよ。ハンカチは持ってきた?」

「持ってきた」

「じゃ、まずはそれを父様の前で落とそう」

「……うん」


 張り切るマルセル君と、乗り気ではない私。

 マルセル君が私のせいで未来から消えるのは嫌だ。私はただその一点だけで、何とか頑張るつもりではある。けれど好きでもない男性に恋じかけをする、その事を思うと気が重いのは確かだ。


「わ、見て朝からユリウス様よ」

「本当だわ。今日は随分と早くに登城されていらっしゃるのね」

「えっ、でも何か疲れていらっしゃらない?」

「まぁ、夜勤かしら」

「とにかく、ご挨拶に伺わなくちゃ」

「えー怒られちゃうかもよ?」

「それにユリウス様にはいるじゃない」

「でも当たって砕けろじゃない?」

「残り少ない優良物件なんだし」


 弾む声が聞こえ、私はマリウス君とこっそり隠れた通路から顔を出す。


 すると金の縁取りがされた黒いローブに身を包む、ユリウス・クラーセンの姿が通路の先に確認出来た。奴の出現する所女性の群れありとは良く言ったもの。ユリウス・クラーセンは既に数人の女性に取り囲まれていた。


「父様がモテるって言うのは、案外本当の事だったんだね」


 マルセル君が実直な意見を口にする。確かに女性が群がる状況だけ見れば、ユリウス・クラーセンはモテる男だと言えなくもない。


「性格は問題ありだけど、見た目だけはいいからね」

「えー?僕にも母様にも優しいけど」

「そのクラーセン様は転んで頭でも打ったのかも」

「母様、いくら何でもそれは酷い。というかハンカチ落としするよ!!」

「えっ、今?」

「当たり前。チャンスじゃん。ほら行くよ」


 人気のない場所で壁の染みと化していた私はマルセル君に手を引かれ、あっという間に日向に飛び出す羽目になる。そしてユリウス・クラーセンと同じ黒いローブの裾を翻し、ターゲットにどんどん近づく。


「ユリウス様、今日のお昼はどちらの食堂で召し上がるのですか?」

「特にまだ、決めてはいないかな」

「ユリウス様、どうして今朝はこんなに早くに登城されたのですか?」

「実は昨日から帰宅できてないんだ」

「まぁ、何か問題でも?」

「うーん。まぁね?」


 王城に勤める文官やら侍女やら。ユリウス・クラーセンを取り囲む女性の制服は様々だ。

 ユリウスのやや早めな速度に合わせて進む集団との遭遇まであと少し。


「ハンカチだよ、母様」

「わ、わかってる」


 私は緊張しつつ、こちらに向かって進んでくる、ユリウス・クラーセンの目につく場所に、握りしめていたハンカチをハラリと落とす。


「母様、グッジョブ」


 マルセル君に小声で褒められつつ、何食わぬ顔で通り過ぎようとしたその時。


「おい!!」


 引き止めるような男性の声がして私はドキリと立ち止まる。


「ちょっと、通路を塞がないでよ」

「あ、すみません」


 私はユリウス・クラーセンの取り巻きの女性に体を押され小さくなって脇に避ける。

 そして集団の中、頭一つ分上に飛び出したユリウス・クラーセンの紫色の瞳と一瞬目が合う。その瞬間私の脳裏に昨日マルセル君に見せられた、魔法記録投影機能付きペンダントの甘い映像が蘇り不本意ながら顔に熱がこもる。すると、ユリウスは勝ち誇った顔でニヤリと意地悪く口元を歪ませた。

 私は居た堪れない気持ちになり、ユリウス・クラーセンから慌てて視線を逸らす。何だか朝から最悪だ。


「ゾーイ、落としたぞ。って、君の刺繍……ハッキリ言って下手くそだね」


 背後から声がかかり、私はくるりと振り返る。


「おはようございます、アントン殿下。拾って下さってありがとうございます。だけど刺繍の事は余計です」


 私は手を伸ばし、失敗に終わった小道具。皺一つない白い絹のハンカチに手を伸ばす。


「清潔感はあるけどね。流石ベレンゼ家のお嬢様だ」

「それも嫌味にしか聞こえません」


 私はアントン殿下の空色の瞳を軽く睨みつける。

 現在私の目の前にいるのはアントン・ヴィルベルト。魔法管理局で私のボスにあたる人だ。と同時に我が国、リリロサ王国の第五王子殿下でもあるという尊い肩書きの持ち主である。


「で、その子は?」


 アントン殿下の視線が私の横にいるマルセル君に落ちる。私はアントン様の問いかけに、ソフィー様と同じ説明を口にする。


「ふふ、何だか訳ありっぽいね」


 私に意味深な視線を送るアントン殿下。ソフィー様のようにサクッと騙す事は出来ないようだ。しかしここで「この子はユリウス・クラーセンと私の子供です」とは言えない。口が裂けても言えないのである。


「君の名前は?」


私がもだもだしている間に勘のいいアントン殿下がマルセル君に話しかけてしまった。


「はじめまして。僕の名前はマルセル・クラー……ぐぬぬ」

「あらマルセル君。えっ、背中がかゆい?やだ、こんな所じゃ搔けないわ。というわけでアントン殿下、失礼致します」


 私は懲りないマルセル君の手を引っ張りつつ、アントン殿下に頭を下げる。そして人気のない廊下めがけ足早にその場を立ち去った。


「何だか面白い事に巻き込まれているっぽいんだけど。って、どうみても、ユリウスそっくりだよね?」


 アントン殿下の前から脱兎の如く逃げるべくマルセル君の手を引っ張りその場を走り去る事に必死だった私。その結果、アントン殿下の暇つぶしを見つけ、浮かれた子供のような視線と言葉に全く気づかなかったのであった。

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