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041 思い出を共に

「これは超魔法音波検査機。略して「わかっちゃうマシーン」何とこれをお腹に当てると性別がわかるというすぐれものだ」

「全然略してないけど」

「我が子の性別が判明する記念すべき瞬間だ。そんな些細なことは気にするな」

「了解」


 夫婦のベッドの上に寝かされた私のお腹に、大真面目な顔をしたユリウスが怪しい機械を当てる。正直男の子でも女の子でもどっちでもいい。何故なら私はユリウスの子ならばどんな子でも可愛いと思える自信があるからだ。


 それに運良く子供を授かってから今日まで、ユリウスはかつてないほど私に甘くなった。

 それはもう、数センチ先に置かれた雑誌に私が手を伸ばしただけで、「俺が取るから君はそこで待機!!」と指示するほどに。


 それは私にとって、時折厄介だったけど、ほとんどが幸せな時間でしかない。


「ふむ。この機械が弾き出した性別は」

「性別は?」

「聞きたいのか?」

「そりゃまぁ。最初に知っていたら性別に合わせたお洋服とか用意できるし」

「確かにそうか」


 何故か勿体ぶるユリウス。


「いいか、覚悟して聞けよ?」

「え?覚悟が必要なの?」


 生物学的には男か女、その二択じゃないの?と私は少し不安に思う。


「男の子のようだ」


 ユリウスが私に告げた言葉。

 その言葉を聞きホッとする自分がいる。

 公爵家に嫁いで一年とちょっと。クラーセン公爵家の皆様は私にとても良くしてくれている。仕事を続ける事も許してくれたし、子を早くと急かされもしなかった。けれど私は内心、早く産まなくてはと焦る気持ちがあった。それはユリウスのお母様の病状の事もあるし、お父様だって口には出さないけれど跡継ぎをと望む気持があるだろうから。


 それに何より、ベレンゼ伯爵家。

 つまり私の両親からの圧が凄かったからだ。


『これは我が家の問題です。それに子は望んで出来るものではないし、仮に子が生まれなくとも私は妻を出来こそないだとは思いません』


 ユリウスがハッキリ私の両親に告げてくれた事で、大人しくなってはくれた。

 けれど内心、「妻としての義務を果たせ」と言わんばかり。体にいい食べ物やら妊娠しやすい腹巻きといった、意味のわからないものを送りつけてくる努力は惜しまなかったのである。


『お父様もお母様も、これで私を心配してくれてるんだと思う』

『君のそれは洗脳だよ。それに君はもう俺の家族だ。だから口出しはさせない』


 ユリウスが私を両親に洗脳されていると表現し、ひたすら守ってくれた。

 けれど私はそこまで両親を憎めないというのが本音だ。確かに洗脳されているのかも知れない。

 ただ、私は生まれてくる子にはベレンゼ伯爵家の「こうであるべき」という規律を押し付ける事だけはしたくないと思っている。


 自分がやられて嫌だったこと。

 それは次の世代に引き継ぐ事はしたくない。私の代で終わらせるのである。

 そしてそれができるのは、ベレンゼ家の間違った常識を正してくれるユリウスが私の隣にいるからだ。


「ゾーイ。眉間に皺がよってるぞ。何か不安に思うことがあるのか?」


 つい物思いに耽る私の顔をユリウスが覗き込む。そして熱を測ろうとしたのか私のおでこにユリウスが手を当てる。新婚当初はユリウスの行動全てが照れくさく感じ素直に慣れなかった。けれど一年半という月日が私をユリウスに慣れさせた。


「大丈夫、不安なんてないよ」

「だといいけど。君は相変わらず強がりだからな」

「そういうところが好きって言ってたくせに」

「確かにな。って夜更かしは体に良くない。寝るぞ」

「了解」


 ユリウスはベッド脇に怪しい機械、「わかっちゃうマシーン」とやらを置いて私が寝転ぶベッドに潜り込んできた。


 そして召喚した杖を翳し、部屋の明かりをパッと消す。それからもぞもぞとして私の突き出てきたお腹にユリウスが手を置いた。


「早く会えるといいな」

「うん」


 ユリウスが私の頭の天辺にキスをして、私は目を閉じる。とても幸せを感じる瞬間だ。



 ★★★



 その日は朝から大騒ぎだった。

 ついに私に陣痛が来たからだ。


「痛い、死ぬかも」

「それは困る。魔法で緩和する」

「駄目」


 杖を召喚したユリウスの手を私は咄嗟に掴む。


「何でだよ。君が苦しんでるのは見ていられない」

「家政科で産みの苦しみを味わった方がいいって」

「そんなの迷信だろう。科学と魔法に頼るべきだ」

「迷信かも知れないけど、でも私はやり遂げた……っていたーーい!!」

「だ、大丈夫か?ここは魔法で……」


 早くスッキリ赤ちゃんを出したいのに、「まだ駄目だ」と無常にも産婆さんに告げられた。挙句夫は横で私に魔法を使おうとしている。


 ユリウスの優しい気持ちは充分理解してるしありがたい。けれど、今は無理だ。


「一生のお願いなんだけど」

「不吉な言葉を口にするな」

「もう出てって」

「なっ!?」


 あまりにショックだったのかユリウスは顔面蒼白になり、ヨロヨロと部屋を出て行ってくれた。悪いことをしたなと思う気持ちはある。けれどお陰で私は集中して痛みと戦う事が出来た。


 そしてついに私はやり遂げたのである。


「まぁ、男の子ね。髪色はお母様。瞳の色は待ってね。よしよし、いい子よ。あら、お父様の色よ。おめでとう、頑張ったわね」


 産婆さんから白いお包に包まれた我が子。

 私は手と足の指の数を確認し、目が二つに耳も二つ。あるべき所にちゃんと収まっている事を確認する。それから我が子の軽さに気付き、優しく抱きしめる。


「ゾーイ!!」


 騒々しくバタンと扉が開き顔を現したのはユリウスだ。

 血色は良好。どうやら失意の海から這い上がってきてくれたようだ。


「それが俺たちの子なのか?」


 ベッドに駆け寄るユリウスが恐る恐る私の腕の中。新たな家族を覗き込む。


「そうよ。私達の子ども」


 私も我が子を感慨深く見つめる。


「ありがとう。頑張ってくれて」


 ユリウスが優しく私の頭を撫で、健闘を讃えてくれた。


「こちらこそ。お母様にならせてくれてありがとう」


 私もユリウスに感謝の気持ちを伝える。


「しかし、ほんとに今朝までこれがお腹に入っていたのか?」

「そりゃそうでしょ」

「人間の神秘だな」

「わからなくもないけど、そこまでかな?」

「まさかここまで人間だとは」


 どうやらユリウスは人間の中に人間が入っているという事実に混乱しているようだ。

 私はずっとお腹の中にいたので、すんなりとその事実を受け入れられる。けれどユリウスからしてみれば、ある日突然私のお腹が凹んで、新たな人間が現れた。そんな不思議な感覚になるのかも知れない。


「男の子だって」

「そうみたいだな」

「ユリウスの「わかっちゃうマシーン」は正解だったね」

「そりゃそうだろ。俺が開発したんだし。あ!!」


 私の腕に抱いた赤ちゃんが突然ユリウスの手指をにぎった。


「父親だってわかるのかもしれないぞ」

「既に賢さが滲み出てる」

「俺達の子だからな」

「確かにそうよね」


 既に親バカ全開の私達。だけどそうなるのは仕方がない。私とユリウスの赤ちゃんは想像していたよりずっと可愛くて、何よりも愛おしく感じるのだから。


「何だろう、ようやく会えた。その想いを強く感じる」

「わかる。私もそう。初めて会った気がしないの」

「お腹の中にいたからだろうか?」

「そうなのかな」


 私は不思議な感覚に包まれる。

 既に何処かで会ったような、この子に会う事を知っていたような、そんな感覚だ。


「名前を決めなきゃな」

「それなんだけど。実は私、この子を見て思いついた名前があるの」

「君もか?俺もこの子にピッタリな名前が今頭に浮かんでいる」


 ユリウスが赤ちゃんに指を掴まれたまま、驚いたような顔を私に向ける。


「君から教えてくれ」

「ユリウスから聞かせてよ」

「……最初の文字は『マ』だ」

「えっ!?もしかして次は『ル』?」

「嘘だろ。次は『セ』なんだが」

「最後は『ル』なんだけど」


「「マルセル!!」」


 私とユリウスは同時に声をあげる。

 その声に反応したのか、驚いたのか。赤ちゃんが大きな声で泣き出した。


「わ、嫌なのかな?」

「いや、あまりに嬉しくて泣いてるんだ。だってこんな奇跡ないだろ?申し合わせた訳じゃないのに、俺達が同じ名前を考えていただなんて」

「確かにそうかも」


 私は小さな我が子をゆさゆさとゆっくり揺らす。


「マルセル君。よろしくね」

「やっぱりその名前がしっくりくるな。マルセル、ようこそ我が家へ」


 ユリウスは優しく名前のついたばかり。

 新たな家族の名を照れた顔で口にした。


「ユリウス、私を選んでくれてありがとう」

「こちらこそ、めがねちゃん」


 ユリウスが悪戯な顔をして懐かしの呼び名を口にした。


「昔は失礼にも眼鏡って呼び捨てだったよね?」

「そうだな。けど俺と結婚してくれたし、子も産んでくれたからな。軽々しく「おい、めがね!!」なんて呼べないさ」

「呼んでるし」

「気にするな」


 ユリウスはそう口にすると私の頭を撫でた。それから「大好きだ」と小声で甘く告げ、私の頬にキスを落とす。


 ユリウスと喧嘩も沢山した。

 けれど、それは今となってはいい思い出だ。

 そして私はこれから死ぬ瞬間まで、更にユリウスと思い出を重ねていく事になる。懲りずにまた喧嘩もするだろうし、上手くいかない事もあるかも知れない。


 だけどそれは全部未来に続く思い出作り。


 いいことも悪いことも、全ての思い出は私が生きた証で、この世界でユリウスと出会えた奇跡があったからこそ作れたもの。


「俺が君にあげたムーン草。あの花言葉って知ってるか?」

「思い出を共に、でしょ?」

「正解。これからも君と俺と。それからマルセルと。沢山思い出を重ねて行こう」

「うん」


 私は未来を期待する、幸せいっぱいな顔をユリウスとマルセル君に返したのであった。



 ★おしまい★


お読み下さってありがとうございます。

十二歳からは幼馴染に入るのか。悩みつつも過去の思春期な二人と現在のちょっと大人になった二人を書き分けるのが(できているだろうか……)楽しかったです。


完結まで見守って頂き、本当にありがとうございました。

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