038 お姉様と私
私とユリウスの婚約が陛下に認められ公示された。
私は過去の経験からユリウスのファンに何か嫌がらせをされるかも知れないと警戒していた。しかし魔法省の中ではむしろ「ようやく?」「ついに折れたのね」といった声が多かった。そういう目で見られていたとは実に微妙である。
そして現在私を悩ませているのはユリウスの婚約者となって初めて参加する事になった本日の舞踏会だ。
ユリウスのエスコートで参加する事になる舞踏会は、王宮で行われる陛下主催のもの。議会の閉幕を祝うその会は、年間を通し一番大きな舞踏会だと言える。国内の貴族が集結し、この舞踏会を境にそれぞれ領地へ戻る事になるのである。
昨年までの私は、家政科時代の友人達に会える事だけを楽しみにしていた舞踏会。
勿論未婚の男女にとっては出会いの場でもあるのだが、私は完全にやる気を失った壁の花と化していた。親に促された数人の男性と儀礼的に踊り、後は久しぶりに再会した友人達とひたすら歓談する。
しかしタイミング的にどう考えても今年一番の注目は私とユリウスの婚約であることは間違いない。
「こんな事ならもう少しタイミングをずらせば良かった」
憂鬱なあまり、思わず愚痴をこぼす私。
現在私は姉監修の元、タウンハウス内にある自室で舞踏会に参加するドレスの最終チェックをしているところなのである。
「時期をずらした所で注目されるのは変わらないわ。さ、そんな事を悩む暇があったらクラーセン卿に恥をかかせないよう、着飾らないと」
私以上に張り切るのは姉、フロールだ。
国内の貴族が全員する為、姉も漏れなく本日の舞踏会に参加する。そして今日は色々と渋った私の為にわざわざ嫁ぎ先ではなく、ベレンゼ伯爵家にて舞踏会の準備を手伝ってくれているのである。
「それにしても良かったじゃない」
姉の言葉に私は顔をさらに曇らせる事になる。
「良かったのかな?」
現在侍女に着せてもらったドレスに身を包む私。
人生初、アメシストみたいな紫色に染め上げられたとても綺麗なドレスに袖を通している。
「ゾーイが最初に選んだものよりずっと素敵よ」
姉の言葉に私の中に数週間前の記憶が蘇る。
『ねぇちょっと、目には優しいけどありえないから。舞踏会で環境保全を訴えるつもりなの?』
当初着ていく予定だったドレスを見て、結婚してもなお美しい私の姉、フロールがダメ出しをした。
確かに髪色の若葉色と揃いのドレスは全体的にグリーンで、「緑を大切に!!虫、花、草木も共に住む大地のお友達!!」と、環境保全を全身でアピールしているとも言えなくはなかった。
『でもあと数日もしたらクラーセン卿から独占欲丸出し、紫のドレスがきっと届くわよ』
含みある視線たっぷりにそう口にした姉。
結果、姉の予想は的中。私は現在ユリウスの瞳の色に染め上げられたアメシスト色のドレスに身を包んでいる。
「これはこれで、いかにもって感じで恥ずかしくない?」
お相手の瞳色のドレスを身につけるのはいつの時代も定番だ。けれどいかにも「私のお相手はこちらなの」なんて、そんな浮かれた事が許されるのは家政科時代まで。少なくとも私はそう思っている。
「あのね、ゾーイ。あなたは今、誰もが羨むクラーセン公爵家の御子息。ユリウス様の婚約者なのよ?しかも望まれて婚約したわけでしょう?」
「そうなのかなぁ」
「それに、独占欲丸出しのドレスを贈られる事は女性にとって一種のステータスじゃない」
「けど、恥ずかしくない?」
私は鏡に映るこれでもかと着飾った自分を見つめる。
そこにはユリウスから送られた一式を身につけた私がしっかりと映し出されている。紫のドレスに緩くまとめた髪には紫色のラナンキュラス。因みに今回は任務ではないので通信機能はついていないそうだ。そして首元を飾るネックレスも紫色のスピネルという有様。
「もはや闇落ちしかけた暗黒街の令嬢……」
これならまだ環境保全を訴える系のエメラルド色のドレスが良かったと私は肩を落とす。
「いくらなんでもユリウスはやりすぎよ」
私はそっと、鏡に映る自分から視線を逸らした。
「ちょっと長年連れ添った老夫婦じゃないんだから、もっと弾ける笑顔でアメシストの海に飲み込まれなさい」
「でもお姉様、こんなのあからさま過ぎて恥ずかしい」
「似合ってると思うけど。それにクラーセン卿を好きなんでしょう?だから結婚するんじゃないの?」
「それなんだけど、よくわからないの。確かにユリウスとは腐れ縁だし、仕事にも理解があるから結婚相手として申し分ないとは思うし、ユリウスの子なら絶対に可愛いと思うんだけど」
「……その理由で駄目なら、ゾーイは一生結婚なんて出来ないと思うけど」
姉は鏡越しに私に呆れた顔を向ける。
呆れた顔すら美しいのはずるいと私は思ってしまう。
「お姉様は綺麗だし、注目されているのに慣れてるから、人の視線が怖いとかわからないんだよ」
私は姉に対し不貞腐れた気持ちを吐き出す。
「まぁ、いつものが出たわね。ねぇ、ゾーイはずっと私に劣等感を持って生きてきたでしょう?」
「そりゃまぁ……」
「確かに万人好みする美しさでいったら私は誰より美しい事は間違いないわ」
自信満々な姉の言葉に私は異議なしと渋々頷く。
「だから私は家政科の交流会でも、舞踏会でもいつも男の人に気にかけて貰えたし、エスコートの男性選びで苦労したことはないわ」
姉は鏡に映る自分の髪に付けられた鮮やかな青いバラの位置を直す。
「でも、だからって無条件で幸せになれるかって言ったらそうじゃない。何故なら私の周囲に群がる男性はみんな妻には堅実そうに見える女性を選びがちだから」
鏡に映る姉は顎を上げ、目つきを鋭くさせた。
「私みたいに派手な美人はお金がかかるって、結婚には向かないって敬遠されがちなのよ。でもそれはあながち間違ってはいないわ。だって確かに私は自分を磨くためにお金をかけているもの」
「確かに」
姉の言葉に嘘がない事を知る私は同意する。
「それに、私は女性をアクセサリー代わりにするような男は嫌。私の美しさはたゆまぬ努力の上に成り立つ事を理解してくれて、それで今後もその事に対し文句を言わない人。なおかつ、ちゃんと内面的に私を理解してくれる人じゃないと嫌だった」
「随分、贅沢だよね」
でもそれくらい望むのは当たり前だと私は密かに思う。何故なら姉はちゃんと自分の魅力を磨く努力をしたからだ。
「でしょ?だからこう見えて、私は結婚にこぎつけるまでに苦労してるじゃない?」
「確かに、ダミアン様にはお姉様の方から猛アタックしてたものね」
社交界で男性の目を釘付けにしていた姉。
そんな姉が選んだのは、こういっては何だが見た目的には冴えない男性だ。とは言え、姉の隣に並ぶ人は大抵冴えない人物に見えてしまうので、ダミアン様自身はそこまで見た目が酷い訳ではない。
ただ、私と同じ。キラキラ輝くスポットライトを浴びる下に生まれてこなかった日陰を歩んできたであろう地味な人だと、私は勝手にダミアン様に同族意識を抱いている。
「私はあの人しかいないと思ったから頑張っちゃった。あの頃は楽しかったわ。あ、今も穏やかな幸せは感じてるけどね?」
「おのろけ?」
鏡越しにうっとりと幸せな顔する姉に私は薄目になる。
「……とにかく、クラーセン卿だって私と同じなんだと思う。妻を選ぶには困らない立場にいるけど、ゾーイ。あなたが良いって言ってくれてるんでしょ?それってあなたの外見じゃなくて、ちゃんと内面を見てこの娘がいい。そう選んでくれたって事じゃない」
「でもユリウスは私の見た目も好みだって言ってくれた」
ついうっかり私の負けず嫌いが発動する。
そんな私の声を拾った姉が呆れた顔を私に向けたのち、これみよがしな大きなため息をついた。
「……心配して損したわ。一体何が不服なのよ。まさかマリッジブルー?」
「多分そういうのじゃないんだよね。私はユリウスと十二歳の時から何だかんだ腐れ縁なんだけど、お姉様みたいな燃え上がるような恋。そういう感じは全然しないの。そこにいるのがお互い当たり前みたいなさ、何というかそういう穏やかな気持は果たして恋、なのかなと」
確かに消去法で言ったら、ひねくれ者の私にはユリウスはピッタリだし、この機会を逃したら私はきっと結婚出来ないということも理解はしている。
だけど、私達は長いこと友人だったせいか、恋愛小説で見かけるような燃え上がる恋のような、派手さにいまいち欠けるのである。
「私のリサーチによると、大抵幼馴染は当て馬なの。あぁでも最近読んだ小説はかなり泣けたかも。あのね、大好きな幼馴染が違う女性と婚約する所から物語が始まるわけ。それで新しい魅力的な男性。ま、これがヒーローなんだけど。ヒーローと想い合っているくせにお互い素直になれなくて勘違いをして、それぞれが別の人と付き合ったりした挙げ句、最後はヒーローは別の人と結婚しちゃうの。主人公はそこでようやく自分の気持ちに気付くけど、まぁ時すでに遅しって悲劇……って何の話だっけ?」
私は最近読夢中になった本の内容を姉に語った。
「物凄い悲劇じゃない。ゾーイ、因みにその本の題名は?」
「嵐と共にさりげなく」
「あー。確かに幼馴染への想いが忘れられないと思い込んで、本当に好きな人とすれ違ってしまう小説らしいわね」
「そうそう。他にも色々読んでみたんだけど、大抵幼馴染は当て馬だった」
「……なるほど。全くあなたの事は理解できないけど、一つだけわかった気がする」
「ほんと?」
私は姉に縋るような視線を送る。
何故なら私だって出来ればモヤモヤした気持ちをきれいさっぱり払拭して、ユリウスと結婚したい。自分でも良くわからないこの感情に解決策があるのならば是非とも知りたいと思った。
「ゾーイ、あなたはちゃんと恋をしてる。だけど、恋を自覚したキッカケがぼんやりしていて不安なのよ」
「なるほど」
確かに姉の言う事は一理ある。そんな気がした。私はユリウスが好きだ。けれど、いつどのタイミングでその想いに気付いたのか。それが不明なのである。
「わかった。私に任せておきなさい」
「任せる?」
「そう。ゾーイがクラーセン卿を好きって思うイベントを起こせばいいわけでしょ?」
「えっ、それはどうだろう?」
姉の瞳が怪しく輝く。
私は一気に不安になった。何故なら私の姉は誰もが羨む美しさを持っているが、その性格はわりと猪突猛進系。しかも無駄に実行力があるのだ。そしてそのしわ寄せは大抵私の所まで到達するのである。
「任せて。可愛い妹のためだもの。あっと驚くイベントをなんとか用意するわ。大船に乗ったつもりでお姉様に任せなさい」
「沈没船じゃなくて?」
「大丈夫、ちゃんとクラーセン卿にあなたが恋をしているという気持ちをしっかり自覚させてあげるわ」
「いや、やっぱり私はユリウスが好き。だからもう大丈夫かも……」
私は姉に髪の毛を直されながら懇願する。けれど姉は乙女のように瞳を輝かせ、私の言うことなんてもう聞く耳を持ってくれなかったのであった。