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035 和解する(過去)

 どんよりとした雰囲気が漏れ出す私。


「もういいよ、帰ろう」


 私は処理しきれない問題を放棄する方向へ全力で傾いた。


「いいか、俺はお前が好きなんだ。しかもその気持は親友だからじゃない。お前と将来を共に歩みたいと願う気持ちを込めた「好き」という気持ちだからな」


 まるで脅かすようにユリウスが私に迫る。


「わ、わたしには無理です」


 逃げるように足を進める私。


「今は、だろ?お前だって変わろうとしてる。だから親に逆らって魔法省の試験を受けたし、一人暮しを始めようとしている。そうやって変わって行くお前を周囲に横取りされるのは嫌なんだよ」


 隣に並んだユリウスは、まるでお気に入りの玩具を取られる子供のように駄々をこねた。


「もしかして私をずっと虐めたいの?」


 私の言葉に大きくため息をつくユリウス。


「いいか?お前は素直になるのが怖くて誤魔化しているだけ」

「別にそういうわけじゃないわ」

「眼鏡を取って、化粧して着飾って。その結果周囲にやっぱり姉の方が綺麗だと判断されるのが怖い。だから分厚い眼鏡で誤魔化しているんだろ?」


 ユリウスがまるで私の本心を知っているかのように偉そうに決めつける。

 確かにそういう部分もあるかも知れない。けれどそれはユリウスには関係のないことだ。


「眼鏡をかけているのは見えないから。もういい加減にして」

「俺は眼鏡があってもなくても、お前の良さ、それに厄介な所も知っている。その上でお前とこの先も一緒にいたいと思うから、ベレンゼ伯爵家に婚約を打診しようと思う」

「えっ!?」


 私はユリウスの言葉に青ざめ、足を止める。

 そしてユリウスに向き合った。


「婚約を打診って、何それ聞いてない」

「そりゃそうだ。今決めたし」

「やめて、困る」


 ようやく親から自由をもぎ取った。

 これから仕事を頑張るつもりだ。

 それなのに、ユリウスは私の自由を奪おうとしている。


 私はもはや敵となったユリウスを睨みつけた。


「ユリウスがもし、お父様に余計な事を口にしたらもう二度と喋らないし、他人のフリをするから。それに急に言われたってわからないし。ユリウスの馬鹿!!」

「は?お前が眼鏡なんか外してホイホイ男と飲んでるから悪いんだろう」

「私のせいにするつもり?」

「そうだ。俺は今日の卒業パーティでお前に告白しようと思ってた。それなのに出席しないで逃げるし、出席するつもりがないなら最初からそう言えよ」


 不貞腐れた顔でユリウスが発した言葉。

 ついに私の中にある我慢の限界が突破した。


「私だって参加したかった。だけどあんな惨めなドレスで参加出来るわけないじゃない」

「だったら相談してくれたらよかったじゃないか」

「着るドレスがないからお金を恵んでくれって言えってこと?」

「そうじゃない。親を説得する案だとか、一時的に金を稼ぐ方法だとか、逃げるより先に俺に相談しろってこと」

「私達は絶交していたのに?」


 私は腰に手を当てユリウスに呆れた顔を向ける。


「そんなに俺の事が嫌なのかよ」


 ユリウスが傷ついた顔を私に向ける。まるで雨の中放置された子犬のような表情に私はついうっかり絆されそうになる。

 確かにいつだってユリウスは私に手を差し伸べてくれていたような気がする。その事実については感謝しかない。


「タイミングの問題ってことよ。落ち込む事がいくつもあった日にこの先の事なんて正直考えられない」


 私は説教をする先生のように、ユリウスに対し腕組みをし本音を口にする。


「それは、まぁ、俺も反省しなくもない。けど、お前を取り巻く世界は今後一気に広がる。つまり出会いも増えるわけだろう?」

「仕方がないじゃない」


 私達は卒業した。そして私は一人暮らしを始め、変わろうとしている。新たな職場で出会いもあるだろう。でもそれは悪い事じゃない。


「ユリウスだって同じ事じゃない。きっと今以上にチヤホヤされるだろうし、私以上に気になる子が現れるかも知れないでしょう?」

「だから、今確約が欲しいと思った」

「確約?それって婚約ってこと?」

「そうだ」

「好きでもないのに?」

「俺はお前が好きだ……って、何度も言わせんなよ」

「あ、そっか……」


 私はユリウスの「好き」の押し売りに、自分の主張が果たして正しいかわからなくなる。

 もし本当にユリウスが私を恋愛的に好きだとしたら、彼の一連の行動は強引ではあるけれど間違ってはいないように思える。

 問題があるとしたら確実に私の方だ。けれどこちらにも事情はある。ぐるぐると頭で何が正しいのかを考えてみるが、どちらも正しい気がして決着はつかない。


「とにかく今私達は正気じゃない。酔ってる。そんな時に大きな決断はしないほうがいいよ」


 そう。私達は酔っ払いだ。

 そんな時にする話ではない事は確かだと私は強く主張する。


「……俺は酔ってない」

「私は酔っているけど。こんな状況の私に好きとか言われてユリウスは嬉しいの?ある意味一夜の過ちになりかけてるわけだけど」


 堂々と酔っ払いである事を告げる私にユリウスはついに白旗をあげてくれた。


「それは流石に勘弁だ。確かにアルコールの入った状態で口にする言葉ではなかった。それは謝罪する」


 ユリウスはそう口にするとゆっくりと歩き出した。

 私もそれに倣い、ユリウスと共に帰路に向かう。


「確かにさ、お前の姉、フロール嬢は誰もが認める美しい女性だと思う。けど俺がお前をいいなと思ったのは、感情を隠さない所。ズバズバ言うからこいつ単純で裏表がないなと思ったし。あと、わりと優しい所だな」

「……ありがとう」


 改めて口にされると恥ずかしい。けれど落ち込む事が続いた後だからこそ、ユリウスの言葉は嬉しくも感じた。


「そういうお前の良さは俺だけが知っていればいいと思ってたんだよ、ずっと。だからお前がフロール嬢と比べ、自分なんてって卑屈になるのも放置してた」

「なるほど」

「けどさ、やっぱお前が少しずつでも変わろうとしているのを見てると焦るし、誰かに横取りされたくはないなと思うわけ。みんなが見向きもしない時に見つけたのは俺なのにって」

「……それって恋なのかな?」


 私は素朴な疑問をユリウスにぶつける。

 何となく私の想像する恋の気持ち、それとは違う気がしたからだ。


「それ以外に何があるんだよ」

「巣離れする小鳥を心配する母鳥の気持ち」

「……そうなのだろうか?」


 ユリウスは眉間に皺を寄せた。


「いや、これは恋だ。魔法科の友人たちには感じない気持ちだし」

「なるほど、じゃ恋なのかな?」

「そうだ、間違いない。俺はお前にしっかり恋をしている」


 どうやらユリウスは私に恋をしているようだ。

 そう理解した途端、何となく私は駆け出したくなった。勿論「どこに出しても恥ずかしくない淑女である」と印を押され、卒業したばかりの私は堪えた――という理由ではなく、何だかんだで我が家に到着したからだ。


「あ、ここの三階が私の住まい」


 私が足を止めたのは、同じような赤レンガ造りの家が横にズラリと立ち並ぶ場所。歩道からは玄関に繋がる階段が伸びている。ドアマンはおらず、持たされた鍵でドアを開けるタイプの住宅だ。


 私は肩に下げたバックの中から鍵を探り取り出した。


「まさかアパートメントなのか?」


 ユリウスが足を止め、私の住まいを見上げながら驚きの声を発している。


「そう。中に入ると一応エントランスがあるけど、端の階段を登って三階へ。でもキッチンもあるし、お風呂もあるから、寮よりはずっと住心地がいいはず」

「警備は?」

「ここはセントラルだし、大通りに面してるでしょ?だから治安は悪くないと思う」

「けど、お前は一応伯爵家の令嬢だろう?」

「そうだけど」


 ユリウスは信じられないと言った顔を私の住まいに向けている。

 確かに常識的に考えたら未婚である伯爵家の娘が一人暮らしなど、到底信じられない話だろう。


「よくベレンゼ卿が許したな」

「そこはほぼ勘当気味っていうか、まぁ、喧嘩したし。そもそもここの大家さん、バッケル伯爵家のシーラ様だから。私の祖母の知り合いなの」

「つまり監視付きってことか」

「ま、そういうこと」


 私もユリウスと共に我が家を見上げる。

 ベレンゼ家のタウンハウスに比べたらありえないほどの狭さだ。けれど両親の煩わしさから開放され、自由に満ちた私の小さなお城である。


「そっか。確かにタイミングが悪かったかもな、俺」

「でしょ?って事でありがとう」


 私はユリウスに礼を告げ、階段に足をかける。


「あ、待て」


 ユリウスが私の背に声をかける。

 そして黒いローブの胸元に挿したムーン草を引き抜いた。


「卒業おめでとう。それと、今までありがとな」


 照れた感じ全開でムーン草を私に差し出すユリウス。

 月の光を受け白く輝く花はとても綺麗だ。けれど私はこの花に纏わる逸話を思い出し、受け取っていいのか躊躇する。


「これを受け取ったら、私はユリウスと恋人になるってこと?」

「一般的にはそう言われてるけど、けど仮予約って事で」

「仮予約?」


 私の頭に疑問が浮かぶ。というのも、卒業パーテイに参加した人全員に配られるムーン草。これを意中の人に渡す。そして受け取って貰えたら両思いという、何ともシングルには辛いイベント。勿論企画は生徒会。私からしてみれば生徒会最後の余計なお世話の象徴、それがこのムーン草なのである。


「どうせお前とは所属する局は違えど、顔を会わせる事になる。そうなるとお互い遠慮がないから言い争いになる事もあるかも知れない」

「確かにそれは否定出来ないわ」

「だから仮予約。俺は今後お前に友達だなんて言われないように努力する。で、お前はゆっくりでいいから、これからは俺を恋愛対象として見て欲しい。だからそのキッカケというか、合図というか。ま、とにかく受け取れよ」

「でも私はユリウスに返せるムーン草がないよ?」


 通常想いを了承した場合、お返しに自分のムーン草を贈り返す。けれど私はパーティに参加していないのでムーン草を持っていない。そう思って私はユリウスの差し出すムーン草に手を伸ばす事を躊躇する。


「いいよ、今はまだ一方通行みたいだし。ほら、早く受け取れよ」


 口調はいつもの乱暴なユリウスだ。けれど紫の瞳は不安げにゆらぎ、全身で「受け取れ」と私にアピールしている雰囲気を感じる。


「ありがとう」


 私はたまらずユリウスからムーン草を受け取る。


「きれいだね」


 私は受け取ったムーン草を見て思わず微笑む。


「……早く帰れ。それと眼鏡は絶対したままでいろよな」

「それは無理。私だって社会人デビューするし」

「すんなよ、そんなの」

「嫌よ。ユリウスの隣に立つならちゃんとそれに見合う女性になりたいし……あ」


 私は何気なく口から飛び出した言葉に自分で驚く。


「ふぅん。やっぱお前も俺が好きなんだな」


 得意げな顔を見せるユリウス。


「酔ってるから。これは一夜の過ちよ」

「ま、そういう事にしておいてやる」

「じゃ、また」

「……うん。またな」


 私は逃げるように階段を登り、慌てて鍵穴に鍵を差し込んだ。

 そして最後にチラリとユリウスを振り返る。するとユリウスは私に照れたような、はにかんだような、ひたすら優しい笑顔を向けていた。そんなユリウスを見るのは初めで、私の心臓は大きく脈を打つ。


「な、何なのもうッ!!」


 迂闊にもユリウスに対し密かに謎のトキメキを感じた私。

 もう自分で自分のくるくると変化する感情に追いつく事ができず「全ては酔いのせい」だと言い訳を口にする。それから玄関の分厚いドアをバタンと閉め、ドアに背をつけ「落ち着け」と自分に言い聞かせる。


「あいつは悪趣味にもほどがある」


 私を好きだという所も、それからこんな日にサプライズ地味た事を仕掛ける所も。


「だけど、どうしよう。ちょっと嬉しいかも」


 私は手に持ったムーン草をじっくりと眺める。そして自然に頬を緩ませたのであった。

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