表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/41

032 パスワードをさぐれ

 長年犬猿の仲だったユリウス。私にとってミジンコと同等であったはずの彼が、実は誰よりも濃い思い出を共用する仲であり、更に言えば、今の自分があるのはユリウスのお陰だと気付いた。そして私はユリウスが誰よりも自分の中で特別な存在であるという事を認め、自覚した。


 運良くユリウスも私を想っていてくれたようで、晴れて私達は両思いになった。


『陛下が時空警察とマルセル君及び、君たちに対する処罰を決定された。いわく、マルセル君の件はピム・コーレインの案件に比べ、大きく未来が変わる事もない個人的なこと。よって早急に帰還させたのち、マルセル君に関与した人間の記憶を吸い出しておけば、この世界への干渉はないと結論がついたようだよ』


 朝一番でアントン殿下よりその事を知らされた私は安堵した。

 正直自分の記憶が吸い出されるのはいい気分がしない。けれどマルセル君が前科一般にならないで済むのは有り難いの一言だ。


『ピム・コーレインが起こした事件のお陰で大した事がない。そう判断されたんだろう。あんな男でも役に立つんだな。ま、わざわざ感謝なんてするつもりはないけど』

『たしかに』


 ユリウスと私は思いの外、マルセル君に対する罪が軽そうな事に喜んだ。


 そして私はアントン殿下より、「マルセル君を早く未来に返してね」というミッション付きで一日ほど休みをもらった。


 というわけで、現在私はマルセル君、そして一旦帰宅したのち着替えて合流したユリウスを自宅に招き入れ作戦会議をしている所である。


 超時空移転ドライバーをいじりながらソファーに座るユリウス。

 その隣には、赤と緑のタータンチェック模様が特徴的な缶を膝の上で抱え、ポルカのクッキーを頬張るマルセル君がいる。


 そして向かい側に座る私は本屋に駆け込んで購入した、「プロポーズの言葉でもう悩まない。必ず成功、心に響く愛の言霊全集」という分厚い本に書かれた言葉を淡々とした口調で端から披露している所である。


「次いくよ。この世を去る時、最後に映すのは君がいい」

「ないな、そもそも出先で事故に遭い、呆気なく死ぬ可能性もある。そうなれば、最後に俺の目に映るのはグリフォンの虚ろな目に決まってる」

「父様……でもそれも駄目っぽいよ、母様」


 熱も下がり、もはや透け感ゼロのマルセル君が残念そうな顔になる。


「コホン、では次!!今度はシンプルなやつにします。一緒に温かい家庭を築こう」

「ありきたりすぎないか?」

「……それも違うみたい」

「一体誰がそんな本を購入するんだ?さっきから誰でも思いつきそうな言葉を羅列しただけのように思えるのだが。そんな本に金と時間を払うなんて、ありえない」


 ユリウスが超時空移転ドライバーをいじりながらサラッと酷い言葉を吐き出す。


「だったら、クラーセン卿は早く私にプロポーズをしてください」

「そうだよ。父様が口にした言葉を入力すれば強制再起動するんだし」


 私はウンウンとマルセル君の言葉に大きく頷く。


「そんな悪趣味なパスワードを設定したのはどこのどいつだ?」


 ユリウスの言葉に私とマルセル君は同時に正しく指摘する。


「あなたです」

「父様だけど?」


 母親と息子が一つになった瞬間だ。


「大体プロポーズの言葉なんて、そんな本を読んだりして入念に用意しておくもんじゃないだろう」

「でも一生に一度だし、失敗はしたくないって気持ちもわかるけど」

「なるほど。君は俺に甘い言葉を期待していると」


 ユリウスが意地悪くニヤリと口元を歪ませる。


「別に。どうせクラーセン卿は私と本当に結婚したいと思っていたわけじゃないみたいだし」


 私は口を尖らせる。というのも、昨日ユリウスが私に告げてくれたプロポーズらしき愛のことば。


『君と思い出を重ねていきたい』

『君を誰よりも必要としていて、大事に思っている』


 私は顔から火が出るほど恥ずかしくて、しかし嬉しかった愛の囁き。

 これらを迷わず超時空転移ドライバーに入力した所、残念ながら超時空移転ドライバーが強制起動する事はなかった。つまりこれらはユリウスから私に対するプロポーズの言葉ではなかったと判明したのである。


「普通結婚したいと思わない女性に、あんな歯の浮くような言葉をかけたりしないと思うが」

「だったら何で、超時空転移ドライバーが強制再起動しないのよ」

「それはパスワードが違うからだろ」


 ユリウスの言葉に今度はマルセル君が名誉毀損とばかり反論を口にする。


「でも父様は言ってた。大事な言葉だって。間違いないもん!!」

「悪いが俺は自分にそんな悪趣味な嗜好があるとは思えない。ましてや何らかのトラブルがあった際に元の世界に戻るためのもの。つまり重要なわけだ。だったらもっとわかりやすいパスワードにするだろ」


 ユリウスも負けじと私達に言い返す。もはや昨日の甘いムードは皆無。いつもの顔を合わせればイヤミの応戦といった、通常業務に戻る私達だ。


「やっぱり未来のクラーセン卿は頭を打って別人格が形成されちゃったのよ」

「失礼な」

「だって本人が否定するんだもの。それ以外に考えられないじゃない」

「まぁ、確かにそうとも言えるか」

「あ、じゃあ、もし今のユリウスだったらどんなパスワードを設定するの?」

「そうだな……」


 ユリウスが手元にある銀色の超時空転移ドライバーをジッと眺める。

 マルセル君と私はジッとユリウスを眺める。


「誕生日」


 小さな声で呟かれた言葉。

 私はしっかりとその声を拾い上げる。


「じゃ、早くイチを四個入れてみて」

「あっ、父様の誕生日。十一月十一日ってこと?」

「まぁね」

「流石母様。ちゃんと父様のお誕生日を覚えていたんだね。やっぱり母様は父様の事が好きだったんじゃん。どうでもいい人の誕生日は知らないもんね?」

「まぁ、それは、うん。まぁ、ね」


 私は嬉しそうなマルセル君に申し訳ない気持ちが込み上げる。だから真実を隠し、さも知っていたかのように曖昧な返事で誤魔化す。

 実際の所、私がユリウスの誕生日を知っているのは、友人達が揃って「もうすぐユリウス様のお誕生日だ」と大騒ぎをしていたからである。


「知ってた割に、俺は君から一度も贈り物を受け取った記憶がないのだが」

「それはユリウスが一年生の時、受け取らないって宣言したから」

「友人以外と付け加えてあったはずだが」

「そうだっけ?」


 私は記憶を探る。すると確かに魔法科の友人達からは受け取っていたような記憶が蘇る。


「俺は君と交流会のパートナーだっ時期もあるし、魔法を教えていた時期もあるよな?そういう関係の人間を友人と呼ばず、何と呼べばいいのだろうか。もしや俺が知らないそう言う関係にピッタリの言葉があるのか?」


 ユリウス節が炸裂する。

 昨日のユリウスはもっと甘くて優しかった。夜だけ豹変する吸血鬼なのだろうかと、私はユリウスの紫色の瞳をじっと見つめる。そして恥ずかしくなってすぐに降参した。


「仰る通りです。私は確かにユリウスに対し薄情でした。って、それより早く番号を入れてよ」


 私は自分の不誠実さを誤魔化すように、ユリウスに番号を入れろと促す。


「俺の誕生日はない」


 言い切るユリウスに私はムッとする。これだけ盛り上がっておいて、なおかつ私に対し過去における自らの薄情さを思い知らせておいて、それはないのである。


「父様、どうして?」

「そもそも超時空転移ドライバーは画期的な発明品だ」

「ネーミングセンスはどうかと思うけど、まぁ確かにそうかも」


 私はユリウスの言葉に同意する。


「ネーミングセンスも含め、画期的な発明品だ」


 ユリウスが私に素直に認めろという視線を送りつける。

 確かに今は時空転移をする際、大きな装置がある場所に移動したのち転移するのが普通だ。しかしこの超時空転移ドライバーは好きな所に時空の裂け目、つまりポータルを展開する事が出来るスグレモノ。確かにネーミングセンスの残念さはさておき、その技術は凄いと認めざるを得ない。


「確かに凄い発明品です」

「素直でよろしい」

「母様良かったね、褒められて」

「う、うん。嬉しいよ。ワーイヤッター」


 私はマルセル君の手前、両手を上げそれなりに喜んだ素振りを見せた。


「そういうのはいい。とにかくこれは画期的な発明。と同時に、軽量化した事により、誰もが任意の場所でポータルを開き、時空転移する事が可能となった。つまり、これがピム・コーレインのようなヤツの手に渡った場合、簡単に時空転移を許しかねないという危険性を秘めている」

「確かに、大勢の人が勝手に転移出来るようになったら監視する方は大変かも」

「だろう?勿論盗まれた時にリモートでロックされるように設定してあるが、それを解除するのは緊急用パスワード。今回の強制起動のパスと同じだ。よって、俺の誕生日はない」

「そっか、父様の誕生日は一が四つ。流石に単純すぎるもんね」

「あーなるほど」


 マルセル君の言葉に納得する私。


「じゃ、きっと母様の誕生日だと思うよ。父様は母様の事がとっても好きだし。父様はね、いつだって母様にキスするんだ。時折うざいって叱られてるけど。でも母様も嬉しそうなんだ」


 マルセル君の赤裸々な暴露話に、私とユリウスは二人して顔を赤らめる。何だろう、両思いを自覚して一日目の初心者としてはとてもつなく恥ずかしいエピソードであり、物凄く居心地が悪い。


「とにかく、これを完成させた時、俺は家族を持っていたわけで。だとするとその時代の俺は多分マルセル君をゾーイ嬢と同じくらい、その、大事に思っているはずで、まぁ、その何だ。マルセル君、君の誕生日はいつなんだ?」


 ユリウスは自分の言葉に照れながら、マルセル君に質問する。私は恥ずかしさの上乗せをされた気分になり、もはや死にかけた魚の目をしていると思われる。


「僕の誕生日は九月十六日だよ」

「なるほど。だとするとゾーイ嬢の誕生日を入れて、その後にマルセル君の誕生日を入れてみようか」


 しかしユリウスの入力した数字は無慈悲にもエラーを吐き出してしまった。


「違うか。だとすると、ん、待てよ。時空移動する際、軌道に沿って人間がポータル内に侵入した場合、その速度ベクトルが動経方向に垂直な局所水平線に対しなす角rを……」


 ユリウスがふと何かに気付いたようで、もはや呪文のような言葉を口にする。

 内容がさっぱり理解出来ない私は、ユリウスこそがエラーを吐き出しているように思えた。


「そもそもさ、数字って言葉じゃないと思うの。マルセル君は何と説明を受けたんだっけ」


 私はうっかり自分の世界に入りかけているユリウスに待ったをかける。


「父様は母様にかけた大事な言葉って言ってた」

「大事な言葉……それって絶対軌道計算式とかじゃない気がするけど」

「ふむ。確かにそうだな。大事な言葉には違いないが」


 ユリウスがバツが悪そうな顔を私に向ける。

 どうやら無限の彼方に飛びかけた思考を現実に直面する問題へと戻してくれたようである。


「大事な言葉か……そう言えば、卒業式のあった日。俺は君に一度自分の気持ちを告白してるんだが、覚えてるか?」


 ユリウスが私に問いかける。

 その言葉で私の記憶は、一気に家政科の卒業式まで遡ったのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ