表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/41

029 やりたかったこと

 一連のドタバタ劇にひとまず幕を閉じ、私とユリウスはアントン殿下の屋敷についた。


「とりあえずお疲れ様。事後処理がまだ残っているけれど、残業は家族サービスへの弊害でしかないからね。早くマルセル君の元に行ってあげなさい」


 アントン殿下の優しい心遣いにユリウスと私は甘える事にした。そして二人揃ってマルセル君が眠る客室へ急いだ。


 深緑色に植物模様の壁紙。全体的に落ち着いた雰囲気のする部屋に入室すると、私は大きなベッドに何はともあれ駆け寄る。そしてベッドに眠るマルセル君の顔を見て息をしっかりしている事に一先ずホッとし、それから残念な気持ちに襲われた。


「やっぱり透けてる」

「そうみたいだね」

「ユリウス、さっきも言ったけど、私はあなたが好き」


 一刻の猶予も許さない状況を前に、私はマルセル君を見つめユリウスに告白する。そして私はマルセル君の体を凝視する。しかしマルセル君の体には一向に変化は見られない。


「ユリウス大好き……ってこれも駄目か」

「みたいだね」

「ユリウス愛してる……む、全然駄目みたい」

「‥‥‥‥」

「えーと、あとは」


 私は他に告白に相応しい言葉は何かなと必死に思考を巡らせる。恋愛初心者のボキャブラリーは乏しい。こんな事なら図書館で『意中の彼を必ず落とす、愛の言葉』という、もう何だかまっしぐらな題名の本を借りておけば良かったと私は本気で悔やんだ。


「あのさ」

「何?ちょっと待って、今考えてるから」


 私はユリウスに手を翳し、待てとジェスチャーで示す。


「そうやって、いくら考えても無駄だと思う」


 隣にいるユリウスからまるで突き放すような言葉が発せられた。


「どうしてよ」

「そりゃ、片手間過ぎるから」

「でも、マルセル君はユリウスに告白しろって」

「そういう所じゃないか?」

「そういう所?」


 私はユリウスに一体どういう事だと、問い詰めるような顔を向ける。


「君はマルセル君を助けたい。だから俺に告白をしている」

「そんなこと」


 いや、確かにそうだと私は気付く。

 ユリウスが好きだ。これは確実な気持ちである。けれど今私はマルセル君を助けたい。その気持で心が確かに支配されている。


 でもだからって、苦しむマルセル君の目の前でユリウスで心を埋め尽くすなど無理だ。私は完全に母親になりきって、寝台脇にあった布を傍にあった盥に入った水に浸す。


「とは言え、我が子を目の前に落ち着けってのも、違うか」


 ユリウスは呟くと「ちょっと待っていて」と私を残し部屋から出て行ってしまった。

 一人取り残された私は不安な気持で布を絞り、それからマルセル君の顔を覗き込む。私が魔法をかけた黒髪に、琥珀色の瞳。ユリウスに見分けられないよう、私が無理矢理変装させた偽りのマルセル君の姿だ。


「ごめんね」


 私は杖を召喚し、マルセル君に杖の先を向け軽く振った。私の杖の先からキラキラと小さな光が漏れ出しマルセル君を包み込む。そして光が消え去ると、私とお揃いである若葉色の髪色が姿を現した。生憎目を固く閉じているので、ユリウスから受け継いだと思われる紫色に輝く瞳は確認出来ない。けれど今目の前にいるのは、今やどこか違和感を覚えるような、そんな気がしてしまうマルセル君の本来の姿である。


「マルセル君。早く元に戻ってよ」


 私は小声で呟き、マルセル君の首元に布を当てる。

 柔らかく吸い付くようなマルセル君の肌は熱のせいか汗ばんでいた。私は少しでも楽になればと、布を魔法で凍らせる。そして凍った布を別の布でマルセル君の頭の下に差し込む。


「全く私の部下と甥っ子は世話がかかるねぇ」

「叔父上、仕方ないでしょう、緊急事態なんですから」

「そうですわ。一生に一回。とても大事な日ですもの。殿下、協力するのは当然でしょう?」


 ドアの外から声がして、それから室内にアントン殿下とクラウディア妃殿下を引き連れたユリウスが現れた。


「君がマルセル君を心配なのはわかる。だけどさっきみたいな感じだといつになっても駄目だと思う。だから、最後にもう一度だけ叔父上の、殿下と妃殿下の手をかりようと思うんだけど、どうだろうか?」

「そうだね。何度告白しても駄目ならそういう事なんだろうね」


 私を見つめる男性陣の眉根が困ったようにハの字になっている。


「ゾーイ、ここは私達に任せて、ちゃんとユリウス様とお話をなさい」


 クラウディア妃殿下が私を抱き寄せ、安心させるようにそっと私の体を包んでくれた。

 マルセル君の事は心配だ。けれど確かにこの場所にいたら、母親のような役割をしなければと思う責任感のような気持が大きくなってしまい、マルセル君の身を案じる事で脳裏が埋め尽くされてしまう。


「わかりました。直ぐに戻ってきます」

「駄目よ、ちゃんと話をなさい。マルセル君の体が元通りになるまでこの部屋に入れませんわ」


 クラウディア妃殿下が私に視線を合わせ、得意げな顔をする。どうやら私は本気でユリウスと話し合わなければ、告白をきちんとしなければ二度とマルセル君に会えないらしい。それは困ると私は慌てる。


 私はクラウディア妃殿下から離れ、ユリウスの前に立つ。


「ク、クラーセン卿、よろしかったら、お時間を頂戴出来ます?」

「丁度良かった。私も仕事が一段落したんだ。それにあなたとはきちんと話をしたいと、ずっと思っていましたので」

「まぁ、奇遇ですわ。私もですの」


 ユリウスと私は笑いそうになりながら、けれどこういう雰囲気作りが大事なのだろうと堪える。


「では、あなたを中庭までエスコートしても?」

「はい、お願いしますわ」


 貴族の娘らしく私はユリウスが差し出した腕に手を添える。


「では、殿下、妃殿下。少しだけ席を外す我儘をお許しください」


 ユリウスが殿下達に断りを入れる。


「あぁ、ゆっくり語り合っておいで」

「ふふ、何だか懐かしいわね」


 クラウディア妃殿下がアントン殿下に寄り添う。そしてアントン殿下はそんなクラウディア妃殿下の腰に自然と手を回した。私はそんな微笑ましく、羨ましい二人に頭を下げ、そしてユリウスと共に、マルセル君を残し部屋を出たのであった。



 ★★★



 アントン殿下の中庭にあるベンチに腰掛けるユリウスと私。空に浮かぶのは綺麗な満月。

 きっと昼間であれば綺麗に咲き誇るであろう、庭に植えられた季節の花は就寝時間とばかり静かに閉じている。そしてベンチの脇に置かれた魔石灯のぼんやりとした光がしっとりと、大人な雰囲気をユリウスと私に提供してくれている。


 何となくアントン殿下とクラウディア妃殿下に煽られて、勢いにまかせ中庭に出て来た。

 けれど改めてムード満点な中、二人きりになると恥ずかしさが勝る。


 そしてふと私は学生時代叶わなかった夢が今叶いかけている事に気付く。


「あっ、中庭だ」

「中庭がどうした?」

「今思い出したんだけど、笑わない?」

「話の内容によるが、堪えるよう善処はする」


 私は隣に座るユリウスを軽く睨みつける。

 そして前を向いて閉じた花を見ながらゆっくりと口を開いた。


「実はね、学生時代、婚約者ができたら交流会でやりたい事があったの」

「やりたいこと?」

「そう。密かにリストアップして心で温めていたの」

「ふーん」

「それで私にも婚約者がいた時期があったでしょ?」

「数ヶ月ほどだけどな」


 私は古傷に塩を塗るユリウスを再度睨みつける。


「今のは君が悪い。こういう時、昔の男の話なんてするのはナンセンスだろう?」

「確かに。ごめん」


 私は素直に反省する。何故なら私もユリウスが過去に付き合った女性、そういう話は今この場では聞きたくはない。


「でもまぁ、俺は心が広い。だから聞いてやらない事もない」


 段々とユリウスもボロが出て来たようだ。昔から変わらない、いつもの少し偉そうな所が漏れ出し始めている。


「言い方……」


 私はユリウスに半目を向け注意を促す。いつものようになったら私達はまた売り言葉に買い言葉で言い合いになると私は思ったからだ。


「わかった。聞きたい。聞かせてくれ」


 素直になってくれたユリウス。私も自分から話を振っておいたくせに、つい偉そうに返してしまった事を反省する。


「大した事ないんだ。交流会でやりたい事。実は色々あったんだけど、一気に押し付け過ぎちゃったのか、もっともらしい言い方で却下されたって話なの」

「なるほど」

「それに私はすぐにブラウセル卿にフラれちゃったから、結局一つも叶わなかったなぁと思って。だけど今、半分くらい叶ったなと気付いたから、つい口にしちゃった」

「半分くらいってどういう意味なんだ?」


 ユリウスが不服そうに私に問いかける。


「ユリウスとはまだ、婚約とかそういう約束はしてないから半分。でも特別な人と交流会を抜け出して裏庭でまったりと語り合う。その夢はほぼ叶ったなと思って。だから嬉しいなと思ったの」

「そうか」


 短く答えるユリウス。今度は不服そうではない。

 私もさっき告白した時には感じなかった、心にふわふわと温かい気持ちが沸き起こる。何となく、マルセル君の言う告白とはこういう優しい気持ちの事なのかなと私はようやく気付く。


「他にはどんな事をリストアップしてたんだ?」

「えーと、ウィンナ・ワルツを一緒に踊るとか、お友達に紹介したり、逆に紹介してもらうとか、そんな些細な事よ」

「なるほど。覚えておく」


 ユリウスが真面目に返してきたので私は慌てる。


「いいよ、あれはまだ子供だった頃にやりたい事だっただけだから」


 あの頃とは違う私はもう大人だ。

 もうウィンナ・ワルツは好きでもない人と経験してしまったし、同僚である男性の友達に紹介された事もある。それに結局思っていたよりずっと、ウィンナ・ワルツはドキドキしなかった。むしろ好きでもない男性と密着して踊るのはあまり楽しくはないという事を知った。

 十五歳の時に一体どんなに幸せな気分になれるんだろうと、憧れた気持ち。それは意外にも大したことはなかった。それを私はもう知っている。


「私の話は終わり。ユリウスの話を聞かせて。ユリウスは学生時代、願って叶わなかったことってある?」


 私は自分のターンは終わりとばかりユリウスに話を振った。するとユリウスは、しばらく考え込んだあと、ゆっくりと話し始めたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ