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028 真相

 ピム・コーレインとセシル嬢。

 二人はユリウスに媚薬を盛ったと堂々と口にした。

 その事実を受け、私は立っているのがやっとという状態。顔面蒼白で、今まさにゾンビになりかけといった状況だ。


「お前たちはほんと、呆れるくらいお気楽だな」


 突然ユリウスがコーレイン親子を馬鹿にするような声を発した。


「なんだと?」

「そうよ、この子はユリウス様との子よ」


 セシル嬢はこれみよがしにお腹を擦った。

 私の胸はチクチク痛む。


「こんな事言いたくはないが、私は幼い頃からこの容姿のせいで人に好かれて育った」

「何だ、自慢か?」


 ピム・コーレインがうんざりとした顔をユリウスに向ける。確かに今のは自慢だ。

 突然どうしたのだろうかとユリウスに視線を向けるが、生憎私にはユリウスの大きな背中しか見えない。


「お前にとっては自慢に聞こえるかも知れない、けれど私にとったら悪夢でしかない。自分の感情に関係なく常に好意を寄せられる事、それはもはや恐怖に近いんだ」


 外面のいいユリウスが自分を貴族モードである「私」と使い分けたのち声のトーンを下げた。

 私は今までユリウスや姉のように容姿に優れ、手放しでチヤホヤされる事を羨ましいと思っていた。けれど当事者からみたら、それは嬉しい事どころか恐怖でしかないようだ。

 その事を知り、私はユリウスに媚びたりしなかっただろうかと振り返ろうとして、わりと喧嘩ばかりしていたなと思い出す。


 どうやら私は自分に自信がなく、そもそもユリウスが姉と同じ。常にチヤホヤされる側だと思い、僻み、敵対する気持ちを持っていたせいで、ユリウスに対し媚びる事はなかったようだ。

 それがいいのか、悪いのか。よくわからないが。


「つまり私は自己防衛の一環で、ありとあらゆる媚薬に対し反応する魔道具を常に持っている」

「魔道具だと?」

「そうだ。その魔道具とはこのピアス、その名も「感知くん」だ!!」


 ユリウスは格好良く自分の耳を指し示した。だけどやっぱりそのネーミングセンスが重ね重ね残念な感じである。


「馬鹿なのはお前だ。私はこの時代を超越した存在。媚薬の種類も、秘薬も、お前の常識の範疇を超えた物。つまりお前の知識では私の仕掛けた媚薬は防げない」


 確かにそうだと頷く私。ピム・コーレインは時間を超越し、時空違法侵入をしている。それは間違いない事実であると、私は地下室で押収した未来の本、それに新聞などを目のしたので周知している。


「それはどうかな?セシル嬢、君には既に色恋に溺れた男がいるはずだ」

「そ、それは……いないわよ、そんな人」


 動揺したのち、否定の言葉を発するセシル嬢。

 明らかに黒である。


「まさか、お前は私の言いつけを守らなかったのか?」


 ピム・コーレインが悪魔のように歪んだ顔をセシル嬢に向ける。


「……私は娼婦じゃないわ。それにあんたが血を分けた娘でしょう?何で道具のように扱えるのよ」

「血を分けたからなんだというんだ。貴族だって政略結婚は当たり前だろう。我儘を言うな。それにお前もコイツを気に入っていたじゃないか」

「確かにユリウス様の顔は好みよ。だけどそれだけ。私が好きなのはイゴル。彼のキラリと光るセンスにたまらなく心が惹かれるのよ」

「まさか、あのゾウリムシの男か!!」


 私も心で「まさか!!」と大きな声をあげる。

 ゾウリムシと言われて思いつくのは、先程ユリウスと盗賊のごとく見事な手際で廊下に放置した男性しか思いつかなかったからだ。

 世の中には、あのゾウリムシ柄を好ましいと思う人がちゃんといて、なおかつやっぱりあの柄をゾウリムシだと思う人がいるのだと、私は二つの事に安心した。


「つまり、君のお腹の子の父親は私ではない。私は君に指一本触れていないし――」

「ちょっと待った!!」


 私は思わずユリウスの背後から異議を唱える。


「ゾーイ、突然どうした?あの件はこの話が終わってからゆっくり聞く。だから今はこいつらを」


 ユリウスが私を振り返り、慌てたような表情を向けた。しかも私が今まさにこんな状況で告白すると思っているようだ。全くお気楽な勘違いである。


「いいですか、クラーセン卿は美術館でセシル嬢に腕を差し出していました。因みにこれは異議ありのうちの一個目です」

「それは任務で仕方なく。そもそもエスコートの一環だろう?」


 私はユリウスを無言で睨みつける。


「次に二個目の異議ありですけれど、先程もセシル嬢の腰にいやらしく手を回していました。あれは最低だと思います」

「それも任務だ」

「いいえ、マルセル君が見たら完全に浮気だと思うわ。子供が見てそう思うならば、もうそれは完全に浮気よ。恥を知りなさい、恥を!!」


 私は家政科で一番厳しかった、生活指導の先生を思い出し、腰に手を当ててユリウスを叱咤する。


「そんな細かい事を気にしていたら、今後任務が出来なくなるだろう?」

「ユリウスは研究職でしょ?」

「そうだ。しかし陛下の命とあれば、断れない」

「そうだけど……」


 流石に陛下の名を出されてしまえば、私も黙るしかない。


「お前のそれは、嫉妬だよな?」


 ユリウスが私に優しく問いかけてくる。流石の私も気付いた。

 どうやらユリウスは私が嫉妬するのが好きなようだ。

 フィッシュアンドベアーズでも、先程の地下でも同じように聞かれた。そんなに何度も確認するだなんて全く悪趣味だし、厄介でしかない。


「嫉妬じゃない、紳士らしくないってこと」

「でも女性をエスコートするのは当たり前だろう?」

「そうだけど、でも嫌なんだもの」

「そっか、嫌か」


 ユリウスは照れたように、はにかんだ笑みを私に向けた。


「な、なによ」


 何でそんなに幸せそうなのよと、私はユリウスを睨みつける。


「俺は昔から見知らぬ女性に勝手に嫉妬される事が多い。それに対し嫌悪感を感じていた。けれど君に嫉妬されるのは嬉しい。自分でもよくわからない。だけど、嬉しいんだ」


 ユリウスが照れ隠しなのか頭を掻いた。


「そ、そういう理由ならば、教えてあげなくもないというか……嫉妬した。私は確実にセシル嬢に対するユリウスの態度に嫉妬したと言えるでしょう」


 何だか心がむず痒くて、私は「あしたは晴れでしょう」と天気予報を伝えるお姉さんのような語尾になってしまった。


「そっか、嫉妬したんだ」

「まぁ、わりとね」


 ユリウスと私の間にドロドロに溶けたチョコレートの甘い川が流れる。


「やっぱ、早く決着つけるべきだな」

「うん、私も今の気持を早くユリウスに伝えたい」


 ユリウスと私は甘い雰囲気を纏ったまま、頷きあう。そして、二人で同時にそれぞれの杖を召喚する。


「俺達は所用により、緊急を要するためこの場でお前を緊急逮捕する必要がありそうだ。魔法管理局補佐官、ベレンゼ伯ゾーイ嬢、彼の罪状を」


 ユリウスの言葉を受け、私は業務を手早く遂行するため、魔法管理局職員の顔になる。


「はい。クラーセン様。ピム・コーレインに対しては魔法規定第三百六十六条、自らの私利私欲の為に時空転移を行ってはいけない。そして時空規制法第八条、転移前、転移後共に、特別な理由がない限り、その時代の情報を多言してはならない。同じく時空規制法第九条、転移、転移後共に歴史を記した物を許可なく持ち込んではならない。他にも罪を犯している事が予測されますが、現状私が確認出来たのはこちらの三点になります」

「というわけだ。ピム・コーレイン。お前を緊急逮捕する」


 ユリウスの杖からシュルリと音を立ててツタが伸び、ピム・コーレインの体をあっという間に縛り上げる。念のため杖を出していた私の出番は無さそうだ。


「くそう、あとちょっとでこの世界を牛耳れたのに!!」


 ピム・コーレインは忌々しいと言った声をあげた。

 しかし、今更騒いだ所でもう遅い。未来から来た証拠は全てユリウスが収納上手を経由して本部に転送済み。よって、ピム・コーレインは二度とこの時代を自由に歩き回る事は出来ない。


 問題は……。


「私はどうなるのよ。未来になんて私は行きたくない」


 セシル嬢は涙声になり、思いの丈を口にする。


「君が本当にピム・コーレインの娘だとすると、先ずは出生場所の確認をしたのち、どこの時代に属すのが一番この世界に影響が少ないか。それは全ての時代の時空管理をしている、時空警察によって判断される事となる。ましてやお腹に本当に子がいるのだとすれば、その子の処遇も含め更に厄介な事になるだろう」


 先程ユリウスがセシル嬢に親しげに腰に手を回していた件、それが任務の為であったと納得するくらい。ユリウスは淡々とセシル嬢に今後予想される処遇の可能性を告げる。


「そんなの酷い。私は好きでこの男の子供に産まれたわけじゃない。それなのに、自分の住む世界を選べないなんて理不尽じゃない!!」


 興奮するセシル嬢。お腹の子供に触るといけない。私は駆け寄って彼女を抱きしめるべきかどうか悩む。けれど、きっと私が抱きしめた所で彼女はもっと興奮してしまうと思ったので別口で責める事にする。


「セシル嬢、確かにはあなたは悪くないし、親を選べない、その事に腹立つ気持ちは凄くわかるわ」


 私は脳裏に両親を思い浮かべながら、できるだけ感情を抑え発言する。


「伯爵家のお嬢様。そんな恵まれた環境で育ったあんたに何がわかるのよ!!」

「残念ながらわかるのよ。私の親も少し変わっているから。だけど、それは私の両親の親、そのまた親と、過去から現代までその風習を次の世代に押し付けてしまったからなんだと、私は最近気付いたの」


 私はマルセル君が現れて、自分の親のようになりたくはない。そう抗う気持ちが自分の中に初めて目覚めた。今までは子供を見ても可愛いと本能で感じる、ただそれだった。けれどマルセル君に「母様」と懐かれているうちに、自然とマルセル君の将来を考えるようになった。たぶんそれは私が真剣に誰かと歩む未来を考え始めたからだ。

 そしてきっとそう思える自分に気付いたから、私は巷でスパッと年齢で区切られる結婚適齢期ではなく、私にとっての本当の意味での結婚適齢期が訪れたのだろうと、そんな風に理解している。


「な、何が言いたいのよ」

「だから親への不満。これだけは許せない、理解できないと思う事があるなら、何処かで断ち切らないといけないってことよ」

「……意味わかんないし」

「簡単よ。自分が親にやられて嫌だと思う事を子供にしない。それだけだもの」


 私はキッパリと言い切った。

 親から教えられた事。それは自然に身に着けてしまった事だから、自分の中から抜けきるのは大変だ。けれど、私は経験則として「これは嫌だった」と客観的に判断出来ている。だったらその嫌だと思った事をマルセル君に押し付けないよう、努力すればいい。


「私達の未来は確定していない。だからいくらだって挽回の余地はあると、私はそう信じてる」

「そんなの……」


 セシル嬢がその場にお尻をつけてしゃがみこんだ。シクシクと涙を流すセシル嬢に私はハンカチを差し出した。


「私はこれからどうすればいいのよ」

「セシル嬢はお母様になるのでしょう?お腹の子のために強く生きなきゃ」

「うっ、うっ」


 セシル嬢の嗚咽が部屋に響く。私の言葉がセシル嬢に届いたのかどうか。セシル嬢は泣きながらうつむくばかりだったので、私にはわからない。だけど私はセシル嬢が安心しますようにと彼女の背中を優しく撫でた。


「魔法科学研究局に連絡しておいた。君のお陰ですんなり片がついたよ。お疲れさま」


 緊張を解き穏やかな顔をしたユリウスに私は労いの声をかけられた。

 実際の所私は何かをしたわけではない。けれど、ユリウスが私に感謝してくれているのならば、貸し一つとばかり、私はユリウスの気持を素直に受け入れる。


 というか――。


「こちらこそ、ありがとう」


 私は感謝の気持を込め、ユリウスに笑顔を向けたのであった。


 それからユリウスの通報を受けた魔法省経由で時空警察がピム・コーレインを連行し、一連の事件は幕を閉じたのであった。

 今まで秘密裏に捜査を進めていたというユリウスの話によると、ピム・コーレインはイースト地区の定期借地権を手に入れるため、かなりあくどい手を使っていたようだ。それはシーラ様にとった手と同じ、盗聴器をしかけ脅す事から始まり、立ち退きに応じない住人の殺害といった恐ろしいものまで。実に様々な手段を使って自分本意な未来を作り上げようとしていたらしい。


「そんな非道な事をしておいて何で明るみに出なかったの?」

「今はまだ確証はない。けれど君が逮捕したクリス・バッケルのように、あの区画をお荷物だと思う貴族連中が協力をしていたんだと思う」

「そっか……」

「今年の議会は荒れそうだ」


 ユリウスは大きなため息をついた。


「でもまずは、マルセル君の件を解決しなくちゃいけないな」

「うん、早急にね」

「迷うといけないから、手を繋いでいいか?」

「勿論」


 何となくあらたまると恥ずかしい気持ちが勝り、私達はぎこちなく手を繋いだ。そして私はユリウスと共に、アントン殿下の家に繋がる時空ポータルを二人同時にくぐったのであった。

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