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027 ユリウスと捜査する

 私はユリウスと仲良く手を繋ぎ、屋敷の二階へ上がった。それから、ユリウスはとある部屋の前で立ち止まると私の手を離し、周囲を確認したのちスーツの内側から真鍮の鍵を取り出した。


「これはどんな鍵でも解除できる万能鍵開け機。通称「やぶるくん」だ」

「なるほど」


 その機能は凄いのに、やはりネーミングセンスでずっこける感じ。

 ユリウスらしいなと私は口元を緩ませる。


「俺が開錠するから君は周囲を確認していてくれ」

「了解」


 私は二階に上がってくる人の気配があるかどうか、警戒しながらユリウスの作業を見守る。

 ユリウスは閉じられたドアの鍵穴に迷わずやぶるくんを押し付けている。するとカチリという音がして難なく部屋の鍵が開錠された。


「今はさ、みんな魔法式で作ったカードキーで鍵をかけがちだけど、魔法式のプログラムなんてこんな風に簡単に解除できちゃうんだ。しかも開錠されてないと、集中管理室の機械を騙す事も可能だし」

「だったら昔みたいな鍵がいいってこと?」

「そうとも言いきれないけど、わりとね。最新式だからって過信するなってこと。君も一人暮らしなんだから気をつけないと」

「確かに」

「俺が最初に中を確認する。君は外をそのまま見張っていてくれ」

「了解」


 警戒した様子のユリウスが室内を確認し、それから私に手招きをした。その合図で私も周囲に注意を払いながら部屋の中に素早く侵入する。


「マルセル君の件も気になる。けど、そっちは片手間でどうにかなる問題ではないと思う」


 部屋に入るなりユリウスが口早に私に説明を口にする。


「だから、今は俺の仕事を手伝ってもらっていいか?」


 ユリウスは私に確認しながら、既に部屋の中に視線を走らせ確認している。

 私は正直マルセル君が気になった。けれどユリウスの言う通り、片手間では駄目だ。だってもしどんな形でもいいから告白すればいいのだとしたら、先程アントン殿下の家で告白した時、あの時に既にマルセル君の透け感は元に戻っているはずだから。けれど相変わらずマルセル君の体は透けたまま。

 つまりそれは、きちんとユリウスに告白しなければいけないという事を意味しているのである。


「了解。二人でやれば早いものね」

「助かる」

「で、何を探すの?」

「もう気付いているとは思うけど、ここはコーレイン商会のボス、ピム・コーレインの屋敷だ」


 ユリウスの言葉に、えっそうなの?と私は驚く。

 けれど、私はこう見えて魔法管理局の職員である。

 よって、如何にも知っていたと言う風に見栄を張る。


「そうよね。つまりこの部屋はピム・コーレインの執務室。探すのは、イースト地区絡みの書類で合ってる?」


 私はユリウスの言葉にヒントを得て、そこから導き出された解答を口にする。


「それもある。けど、本命は違う。日付に注視して新聞、それから歴史の本とか、ブックメーカー絡みならなんでも」

「ブックメーカーって、賭け屋のことだよね?」

「そう。とりあえず手を動かそうか」

「……わかってる」


 私は頭に「?」をたくさん浮かべながら、家探しを開始する。

 ピム・コーレインの執務室はよくあるタイプのものだ。大きな執務机があって、片側の壁には大きな本棚が備え付けてある。私は魔法管理局の業務で培った感から、本棚に細工がしてあるパターンを試してみる事にする。怪しい本を引くと隠し扉が開くという、アレである。


「ま、そんな簡単に見つからないとは思うけど」


 私ズラリと並べられた本を片っ端から観察する。すると明らかに背表紙が他の本より擦れた本が直ぐに見つかった。


「まさかね」


 私は赤い背表紙の分厚い本に手をかける。そしてその本を手前に引いた。するとどうやらビンゴだったようで突然本棚が手前に動いた。私は慌てて後ろに飛び跳ね、本棚が動くスペースを作る。


「隠し部屋か」

「うん、よくあるやつ」

「まぁ、ラッキーって事で。偉いぞ。よくやったな」


 ユリウスは私を片手間気味に私を褒めたのち、空いた本棚の隙間を覗き込んだ。


「階段がある。地下につながっていそうだ」

「それも良くあるパターンだけど」

「とにかく降りてみよう」


 ユリウスが片手に召喚した杖の先に明かりを灯す。私も真似をして片手に杖を召喚する。しかしユリウスがニュッと私に対し、空いた方の手を伸ばしてきた。


「手を。危ないし」

「了解」


 つなぐ意味はあるのかなと正直私は思った。けれど、何となく探偵小説やスパイ小説などで、いずれ恋に落ちる事が決定している男女の相棒は、大抵こういう時手を繋ぐものだ。だから私は野暮な事を口にするのを辞め、大人しくユリウスの手を取った。


 そして私達はゆっくりとお互いの杖の先に灯る明かりを頼りに地下にゆっくりと降りて行く。


「あのさ、ユリウスの手、いつの間にか大きくなってる。手も成長するんだね」


 私はしっかりと私の手を包むユリウスの大きな手の感触を探る。意外にゴツゴツしているどうみても男の人の手だ。


「自分じゃ手の大きさなんかわからないけどな。マルセル君が小さいから俺の手が大きいって、そう感じるのかも。君は最近ずっとマルセル君と仲良く手を繋いでいたようだし」

「嫌味?」

「違う、嫉妬だ」

「……そう」


 何だかいつものユリウスよりずっと本心を口にしているようだ。だからこっちは調子が狂うし、恥ずかしい。でも私は素直になるべきなのだ。


「ほんとは、私も嫉妬してた」

「いつ?」

「フィッシュアンドベアーズで見かけた時も、美術館でも」


 あの時の私は苛々する気持ちを嫉妬だとは認めがたかった。けれど今思い返せばあれは嫉妬でしかない。


「俺は知ってた」

「そっか」

「最下層についたみたいだ」


 素直になった私とユリウスは開けた部屋に出た。何となく恥ずかしかったので、丁度いいタイミングである。


「また本棚か」


 猫の額ほどの狭さの部屋には確かに本棚があった。ユリウスが杖を翳しながら本棚を確認し始める。私も他に調べる所がなさそうだったので、本棚に綺麗に陳列されている本を一冊手に取る。


 ツルツルとした紙でコーティングされているあまり見かけない紙を使った本だ。表紙には我が国で大人気であるグリフォンレースの絵が描いてある。しかしそこに書かれた文字を見て、私は違和感を覚える。


『グリフォンレース年鑑。R二百~三百年版』


 本に記されているRとはリリロア歴の事だ。現在のリリロア歴は二百五十三年。王立学院に創立二百周年記念でカフェテラスが出来たのが三年前。そして王立学院は建国五十周年と同時に設立された学院なので、私の計算は正しいはずだ。


 となると――。


「つまりこれは未来の本ってこと?」

「そう。時代を先どった新聞も、それから貴族年鑑もある。これは重要書類として持ち帰ろう」


 ユリウスは黒いジャケットの内側から折りたたまれたバックを取りだした。そして本棚に並べられた本を次々とその袋の中に入れる。相当な量を入れても膨らまないその袋はユリウスの発明品。その名も「収納上手」である。ユリウスにしてはわりとセンスのいいネーミングだと私は密かに評価している。


「ユリウス、もしかしてだけど、ピム・コーレインって未来から来た不法侵入者なの?」

「そう。二十五年前に取り逃がした時空不法侵入者。ようやく尻尾を掴めたってわけ」


 ユリウスが私に得意げな笑顔を見せる。


「あいつはまず、君の持っているグリフォンレースの結果表で金儲けをした。そこで軍資金を得たのち、今度は過去百年の気候表と貴族年鑑を照らし合わせ、資金繰りが危うくなりそうな貴族に目をつけた」

「それって、気候変動によって領地の名産品の収穫高、それに災害による損失とかを予測してってこと?」

「そう。予測してと言うと聞こえはいいが、答えを先に知っているわけだから、文字を読み理解する力があれば、誰にでも出来る事だ」


 ユリウスは手際よく本棚に並べられていた本を全て収納上手に送った。


「さ、その本もこの中に入れて。早いとこ退散しよう」


 ユリウスが私に向けて、収納上手の口を広げる。私は手にしていた、百年分のグリフォンレースの名鑑を袋の中にそっと入れた。するとまるで吸い込まれるように開いた袋。黒い闇の中に本が吸い込まれた。


「よし、任務完了」


 ユリウスが収納上手を折りたたみ、ジャケットの内側に仕舞い込む。


「さ、行こう」


 この件に関しユリウスに聞きたい事は沢山ある。けれど私は今日告白をしなくてはいけない。

 だから私は次々と頭に浮かぶ疑問に蓋をして、来た時と同じようにユリウスと手を繋ぎ階段を登る。

 そして本棚を通りピム・コーレインの執務室に戻ってきた。暗い所から急に明るい所に出た私は目を細める。


「お前ら、何をしていた」


 突然低い男の声がして、私はハッと身構える。そんな私の前に、まるで私を庇うように杖を構えたユリウスが立った。


「クラーセン卿、あなたは私の娘を騙していたのか?」

「どちらかと言うと、騙したのはあなたの方ですよね?」


 ユリウスはピム・コーレインに答えながら私の体を守るよう、完全に自分の影に入れた。


「お父様、一体どういうこと!!」


 バタンとドアが空き、セシル嬢が乱入してきた。確実に修羅場の予感である。


「どうも何も、こいつは裏切ったようだ。しかしセシルの腹の中にお前の子がいる限り、お前は俺から逃げられない。セシル、例の薬は使ったんだろうな」


 ピム・コーレインはセシル嬢に厳しい声をかける。


「勿論よ。ちゃんと使ったわ」


 その会話を聞いて、私はガーンと頭に石を落とされたようなショックを受ける。

 何故なら考えまいと頭の片隅に追いやった案件。ユリウスに媚薬を使い、そういう関係になったのち、セシルさんが子を身籠ったこと。その話の信憑性が一気に増したからだ。


 この時代の媚薬は潜在的な気持ちを表に出す程度のもの。言い換えれば潜在的に好意を寄せていなければ、何の役にも立たない。

 けれど今回厄介なのはピム・コーレインが未来から来た違法侵入者だということ。つまりこの時代にない進化した薬を手にしている可能性も高く、そしてその薬の中には勿論媚薬も含まれるのである。


 つまりセシル嬢のお腹の子はユリウスの子である可能性が残されているということ。つまり私が告白をしたのに、マルセル君の透け感が戻らない。それはユリウスの子が新たにセシル嬢のお腹に宿り、その結果私とユリウスの未来が絶たれたからという事も考えられる。


 その可能性に気付いた私の全身は、ジワジワとマイナスな黒い気持ちに蝕まれた。そして私は人生で感じたことのない喪失感に襲われたのであった。

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