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026 パーティに潜入

 アントン殿下が持ちうる限りの権力を行使し、特別に魔法転移装置の利用を許可してくれたお陰で、私はパーテイの会場へ魔法でひとっ飛び。やはり持つべきものは、権力者の上司である。


 受付を通る事なく、会場となった中庭らしき場所に到着した私。素知らぬ顔で人混みに紛れ込みパーテイが行われているらしき屋敷の中に侵入した。


 すると既に室内はアルコールと香水、それに煙草とが混ざりあった、パーテイ独特のとても甘い大人の香りが漂っていた。


「私だって大人だし」


 気後れしそうな気持ちに蓋をして私は背伸びをし、人混みの中からユリウスを探す。するとすぐ、私は本日のターゲット。ユリウス・クラーセンを発見する。彼の周りには沢山の、主に女性の人だかりが出来ている。そんなユリウスの隣にはユリウスを侍らせ周囲の女性に得意げな顔になるセシル嬢。それはまぁどうでもいい。問題はユリウスが親しげにセシル嬢の腰に回した手である。


「ちょっとあいつ、私に告白したくせにもう浮気!?全く油断も隙きもありゃしないわ。ね、マルセル君」


 私はここ数日そこにいるのが当たり前になったマルセル君に同意を求めようと、顔を斜め下に向ける。しかしそこには誰もいない。


「マルセル君……」


 私はぽっかりと空いた空間を切ない気持ちでぼんやり眺める。

 そうだね、母様の言う通りと元気よく同意してくれる小さな存在。彼は今まさに消えかかっているのである。私は怒っている場合ではないと顔を上げる。そして通りすがりのウェイターから真っ赤な一際目を引くカクテルを受け取る。


「私の成功を祝って」


 私はウェイターの前で一人カクテルをゴクゴクと喉を鳴らし紳士顔負けの勢いで豪快に飲み干す。


「トマトジュースっぽいわ」


 私は初めて飲んだカクテルに戸惑う。


「そちらはトマトジュースベースのカクテルですから」

「そうなのね。でも柔らかい味わいは飲みやすくてとても美味しかったわ」


 私は新作だろうかと、空いたカクテルグラスをウェイターに手渡す。


「このカクテルはピム・コーレイン様が考案したもの。カクテルの名の由来は異教徒を多数処刑したと噂される、とある国の女王の異名から名付けられたものだとか。その名もブラッディ・メアリー。カクテルに込められた意味は勝利。何かをやり遂げようとされるご令嬢にはピッタリかと」


 含みある顔をウェイターに向けられ、私は不謹慎すぎるブラックジョークに顔を固める。そもそもそんな女王なんて私は知らない。作り話にしては趣味が悪いと思った。


「私は、穏便に勝利致しますので」

「ご武運を」


 怪しい笑みを携え消えて行くウェイター。

 何はともあれ、私は景気づけの一杯を口にした事で体が熱くなりやる気が漲った。そして人混みに紛れつつ、ユリウスとセシル嬢を取り囲む輪にこっそり近づく。


「では、クラーセン様とセシル様はご婚約なさるの?」

「おめでとう!!」

「いいなぁ、私にも貴族の男性を紹介してくださいね」


 セシル嬢を取り囲む女性たちがユリウスにベタベタと触れている。私だったら、友人達があんな風に気軽に自分の婚約者に触れたら、もうそれは浮気を疑うレベルの距離感である。

 それに女性から堂々と「男を紹介しろ」これもはしたない事だと私は家政科で習った。


 ここに淑女はいないのか!!と憤慨する私の瞳に会場の前方。一段高くなった場所の上部に設置されているド派手な看板が目に入る。


『イースト地区、区画整理事業開始を祝う会』


 このパーティの主催者はコーレイン商会なのかも知れないと私は今更気付く。

 ただ、ピム・コーレインは未だ、シーラ様が管理する土地の定期借地権は手に入れていないはずだ。何故なら息子のクリス・バッケルは無事に逮捕されたから。けれど、その土地を残し先に開発を進めようとしているのかも知れないと私は思った。

 それに先程アントン殿下は「陛下から引き受けている任務を続行して」とユリウスに声をかけていた事を思い出す。


「だとすると、ユリウスは任務中ということ」


 コーレイン商会について何か調べている事は確実。よってその任務の邪魔をするわけにはいかない。

 とは言え、こちらとしても一刻も早く告白はしたい。けれど、現状取り巻きに囲まれた状況ではユリウスに近づく事は難しい。しかもセシル嬢に私の面は割れている。


「まずい、詰んだ」


 勢いで足を運んだものの、どう考えても状況は私に不利である。


「だけど唯一、私の強みはこれが貴族の集まりではないということ」


 このフロア全体に流れる緩い雰囲気。それを悪いとは思わない。けれど私が参加する貴族の集まりとは確実に流れる空気が違うと思った。ここにいるのはこの国で新しく台頭してきたブルジョワジー。つまり私の知り合いはいないに等しいということ。それは多少淑女モードを崩しても実家に知られる可能性は低いという事だ。


「でも、だからどうしたって感じなんだけど」


 私はユリウスが具体的にコーレイン商会の何を探っているかわからない。だからユリウスの仕事を手伝い、サクッと任務完了のち、告白の流れに持ち込む事が出来ない。


「考えて、私はアントン殿下の部下。効率重視でこういう場合は……」


 私が最大限思考を巡らせようこめかみに指を当てた時、何故かユリウスの声が頭の中に直接聞こえた。


『ゾーイ、君の場所は確認した。こっちはあと五分で彼女たちが一斉に化粧室に消えるだろう。その時君と合流する』

『わかった。けど何で私はユリウスの声が聞こえるの?』


 私の視線の先のユリウスは私の方をチラリとも確認せず、周囲の女の子達に惜しみなく笑みを返している。


『君の耳元を飾る紫のラナンキュラス。実はそれはよく出来た造花だ。だから魔力に乗せた言葉を拾う機能がついている』

『なるほど、因みにこの装置の名前は?』

『聞きたい?』

『参考程度には』

『……ひみつだ』

『ケチ……でも了解』


 私は耳元を飾る紫のラナンキュラスに触れながら、ユリウスに言われた通り西側へと会場を縦断する。


「君、可愛いね」


 あと少しでユリウスと待ち合わせをした階段に到着といった時、私は急に手首を何者かに掴まれた。私は身の危険を感じ左手に魔力を流しかける。しかし「可愛いね」という言葉は敵対するような言葉ではない事を理解し、咄嗟に召喚しかけた杖をしまう。


「どこのうちの子?」


 私の手を取り、話しかけてきたのは茶色いスーツに、どうしてその生地を選んだのか、イマイチ理解に苦しむゾウリムシ柄のベストを着込んだ赤毛の男性である。


「もしかしてゾウリムシ柄のベストが流行ってらっしゃるの?」


 私は不躾には不躾をと、普段であれば到底出会ったばかりの人物には問いかけない質問を投げかける。


「ゾウリムシ。確かにそう見えなくもない。だけどこれはどちらかと言うと植物の種子をイメージしてデザインしたんだけど」

「あなたがですの?」

「そう、僕はデザイナーだから。因みにこの柄はペイズリーって言うんだ」

「ペイズリー。覚えましたわ。流行るといいですわね」

「君って、可愛い上に面白いし、最高だね」

「お世辞は結構ですわ。そろそろ手を離していただけるかしら」


 私は掴まれた手首を自分の方に引っ張る。しかし男性は離してくれない。


「君ってもしかして、貴族のご令嬢?」

「いいえ違いますわ……違うけど」


 私は素で返す事を自分に許した。ついドレスを着て着飾っている事もあり、女学院においてもはや体で覚えたといっても過言ではない淑女オーラーを醸し出してしまっていた。しかしここはブルジョワジーの巣窟である。となれば、素の私を出しても叱られないのである。


「ちょっと大声を出すわよ」

「疲れた?」

「は?こんな事くらいで疲れるわけないじゃない」


 私は話の通じない男性に対し、力いっぱい自分の腕を引っ張る。


「じゃ、休憩しようか?」

「いやよ、ゾウリムシなんかと行くわけないでしょ」

「休憩するだけだってば。それにペイズリーだよ」


 男性はご機嫌な顔で私を引きずるようにして廊下に私を連れ出した。魔法が使えたらと私は願わずにはいられない。だけどユリウスは任務中。騒ぎを起こしてはまずいと私は必死に進行方向と真逆に体重をかける。


「付き合ってくれたら、今度この柄のドレスを作ってあげるよ」

「本当にそれだけは結構です!!」


 私が全力で否定するや否や、男性がパタリと力を失いその場に倒れた。


「えっ、死んじゃった……」

「殺してやるな。気絶しているだけだ」


 背後から声変わりする前から知っている、馴染みあるユリウスの声がする。


「ユリウスがやったの?」

「そう。取り敢えず通行の邪魔だ。悪い、こいつの足を持ってもらえるか?」

「了解」


 ユリウスと私は手慣れた盗賊のように、二人で気絶する男性を壁際に運ぶ。そして背を壁に付けた状態で男性を座らせておいた。


「えーと、ありがと、ユリウス。ゾウリムシに寒気がしてたの」


 私は手についた汚れを叩きながらユリウスに礼を口にする。


「ゾウリムシ?あー、なるほど。というか、やっぱり君は眼鏡をかけた方がいい。さ、時間がない。急ごう」

「え、どういうこと?」

「気にするな……」


 ユリウスは顔を赤くし、そして私の腕をジッ見つめる。


「赤くなってるじゃないか」

「あー、でもたいしたことないよ」

「やっぱりもう少し懲らしめるべきか……」

「ちょっとユリウス、大丈夫だから。時間は有限よ。急ごう」


 話は終了とばかり、私は歩き始める。

 すると私の背後にユリウスが声をかけた。


「手を繋いでもいいか?」


 ユリウスの実直な問いかけ。私はゾウリムシな男性との差に笑みを漏らす。

 そう、これが教本通り、紳士淑女における清く正しい手順の手のつなぎ方である。


「勿論どうぞ」


 私は振り返り、ユリウスに片手を差し出す。するとユリウスは恐る恐る私に手を伸ばし、そして握手をするように、私達の手はようやく繋がったのであった。

全国のペイズリー柄マニアの方、ごめんなさい。

全力でペイズリー柄をディスりましたが、私のお弁当を包む布の柄はペイズリーです。

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