025 ついに私は告白する
マルセル君の体が消えかかり焦った私。
そこで浮かんだのは上司であり、この国の権力者にほど近いアントン殿下。私は迷わずアントン殿下に助けを求めた。そしてマルセル君を母親業務の先輩、クラウディア妃殿下に預け一安心。そしてアントン殿下に「どうして君は自分に素直になれないのか」そう問われ、ユリウスといがみ合う関係になったキッカケを暴露。
すると、この場にいない筈のユリウスが部屋に現れた。しかもまるでゴーストのように体が透けた状態でだ。私はそんなユリウスを直視する勇気がなく、チラリチラリと覗き見をするようにユリウスの立つ壁際に視線を送りその存在を確かめている所である。
「君の相棒、マルセル君の事は聞いた。そちらも気になる所だが、悪い、こちらもパーテイを抜け出している為、時間がない。手短に頼む」
薄くなったユリウスが私に口早に告げる。
「ごめんね、君の話を聞きながら魔法通信機でユリウスに連絡を取ったんだ」
アントン殿下がユリウスの言葉の補足をする。
つまり、現在私の目の前にいるゴーストのように透けたユリウスは魔法映像。本体はセシル嬢と共に参加しているであろうパーテイの会場にいるということ。そして私にマルセル君を助けるため、早急に告白するチャンスをアントン殿下が与えてくれているという状況のようだ。
状況を理解した私は観念し、素直になろうとソファーから立ち上がる。
私の視線の先には白っぽくぼやけた感じに映し出されるユリウス。
長年気付いていたけれど、ずっと認めがたかった私の気持ち。
私は意を決し、ユリウスに自分の体をしっかりと向けた。
「えっと……私はユリウスがすき?」
「わかった。俺も君がすきだ」
「…………」
「…………」
流れる微妙な雰囲気。
でも告白はした。そして何となく両思いになれた気がする。嬉しさは……何だろうそこまで感じない。むしろ何かが違うとしっくりこない気持ちに包まれているような?
「うーん、何か違うんだよね」
アントン殿下が顎に手を当て、困ったような顔をユリウスと私に向けた。
でも困っているのは私達の方である。微妙な雰囲気が流れる中、私は再度挑戦してみようとユリウスの顔を見つめる。
「あの、さ。私は……」
「あ、駄目だって。妻が今知らせてくれたけど、マルセル君の体は透けたままだそうだ」
アントン殿下は手元の黒くて平たい機械に視線を落とし、小さく首を振った。
アントン殿下の手に握られているのは魔道具、携帯魔法通信機である。今年開発されたばかりのそれは、まだ一般普及していないものである。
なるほど、アントン殿下は試作機を持ち帰り、もう一台を持たせた別の場所にいるクラウディア妃殿下と逐一状況を報告し合っているらしい。頼もしい限りだ――ではなくて。
「殿下、告白したのにマルセル君の透け感が戻らないって事ですか?」
「うん、そうみたい。ほら、画像も送られてきたよ」
アントン殿下は私に携帯魔法通信機の画面を向けた。そこには確かに透けたままのマルセル君の姿が画面に映し出されていた。
「何がいけないんだろう……」
「何だろうな……」
ユリウスと私は困り果てる。
「やっぱ、告白ってシチュエーションとか大事だし、ある意味画面越しみたいな状況じゃ想いが全部伝わりきれてないんじゃないかな。わかった。ユリウス、君は陛下から引き受けている任務を続行して。支度ができ次第ゾーイをそっちに送るから」
「わかりました。叔父上、ご迷惑をおかけいたしますがよろしくお願いします」
ユリウスはアントン殿下に告げた後、私に顔を向けた。
その顔はいつもよりずっと真面目なもので、私は緊張し自然と背筋を正す。
「待ってるから」
「うん」
ユリウスは何となく私を見つめ、通信を遮断するのを躊躇するような素振りを見せた。それから諦めたようにアントン殿下に顔を向けた。
「では失礼します」
ユリウスはアントン殿下に紳士らしく胸に手を当て頭を軽く下げた。
そしてプツリという回線が切れる音と共にその場から姿を消してしまった。
「余韻に浸っているところ悪いけれど、ひとまず君を着飾ろうか」
「えっ、でも急がないと」
アントン様の言葉に「なんて呑気な!!」と私は驚く。
確かに慌てて家を飛び出したので、パーテイに参加するのだとしたら、頭はボサボサだし、コルセットもゆるゆるでお化粧もしていないという、到底公共の場に出かけるにはふさわしくない状況である。とは言え、今重要なのはマルセル君を救出するために、一刻も早く本物のユリウスに合流し、告白することである。
「流石にその格好はないよ。見てご覧、リボンは解けかかっているし、髪の毛だってあちこち元気に飛び跳ねているし、私の家を訪問するにあたり緊急時でもドレスに着替えてきた、その行為は褒めるべきだと思う。けれど、流石にその格好は……ね?」
アントン殿下に苦い顔を向けられ、私は観念するしかなかった。
何故なら自分の体に視線を落とし、改めて客観的に眺めてみた所、確かに今の私は百年の恋も覚めるであろう酷い格好だと、即座に理解したからである。
★★★
マルセル君の様子を観察する係がクラウディア妃殿下からアントン殿下にバトンタッチされた。それから私はクラウディア妃殿下の部屋に連行され、妃殿下お抱えの侍女達に取り囲まれた。
「ゾーイは今から人生で思い出に残る、一ページを刻む予定なの。だからとびっきり、そうね。陛下に謁見する時くらい気合を入れて、着飾ってあげて頂戴」
クラウディア妃殿下の大袈裟すぎる発言により、私は侍女達により文字とおり丸裸にされ、プロの手により久々、伯爵家の娘らしく仕上げられている所である。
「そんな暗い顔をしないの。喧嘩するほど仲が良いって言うし。大丈夫よ」
私の俯きがちな顔を覗き込み、クラウディア妃殿下が励ましの言葉をかけてくれた。
「あなたは将来クラーセン公爵夫人になるのよ?もっと自信を持ちなさい」
「……はい」
そうか私はこのまま行けば、公爵夫人かと今更怯える気持ちに襲われる。
それに、ユリウスは見た目がいい。魔法のコンタクトにした私は、もう目が大きく見えてしまう分厚い眼鏡はかけていない。それに魔法省に就職してから、お姉様に勧められた美容グッズで日々メンテをし、きちんと身なりを整えた。だけどそんな付け焼き刃的な方法で自分磨きをしても、私はユリウスの誰もを惹き付ける魅力には届かない。
いつまで経っても冴えない、こんな私が本当にユリウスの隣に立っていいのだろうかと、私は益々不安になって暗い顔で俯いてしまう。
「ねぇ、ゾーイ。私は他の妃殿下に比べて綺麗だと思う?」
突然クラウディア妃殿下に問いかけられ、私は戸惑いながら顔を上げる。そして目の前の壁にかけられた大きな鏡越しに、背後に立つクラウディア殿下と視線を合わせる。
クラウディア妃殿下は、黄金色の髪にアイスブルーの瞳を持つ女性だ。かつては伯爵家の令嬢で、とても跳ねっ返りだったそうで、確かに他の妃殿下に比べると顔にそばかすが目立つ。だけど誰よりも明るくて溌剌としていて優しくて。私が一番好きな妃殿下だ。
「綺麗です」
「こら、嘘はつかないこと」
コツンと私はクラウディア妃殿下に頭を軽く叩かれる。
「綺麗さで言ったら、第二王子殿下の妃、マリアベル様が一番よ。あなたのお姉様、フロールだってとても綺麗な子じゃない。私は叶わないわ」
「でも、クラウディア妃殿下は、私からみれば充分お綺麗ですし、憧れの女性です。それにアントン殿下だって、机に飾ってあるクラウディア妃殿下とお子様のお写真を良く眺めて鼻の下を伸ばしていますよ?」
私は事実を包み隠さず伝える。私の上司はだいぶ家族が大好きなのである。
「それに、私が残業しないで済むのはひとえに、早く家族の待つ屋敷に帰りたいと願う、アントン殿下のお陰ですし」
アントン殿下は早く帰りたいが為に、自分にも、そして部下にも効率を求める。そして「定時であがる」をスローガンに、テキパキと仕事を片付けていくのである。その結果、私は自然と要領よく仕事が回せるようになった。そしてそのお陰で圧倒的に他部署より残業時間が少なくて済んでいるのである。
「ふふふ、想像出来るわ」
クラウディア妃殿下は私の両肩に手を置いた。
そして肩越しに全面の鏡に映る私としっかりと目を合わせる。
「私は他の妃に比べたら容姿は劣る。だけど幸せよ。何故なら、一番綺麗だと思われたい相手が私を綺麗だと毎日そう言ってくれるから」
クラウディア殿下は私に優しく微笑みかける。
「そもそも、人の好みは百人いれば百通り。だから、ゾーイ。誰かが自分の容姿をどう判断するかなんて、はっきり言ってどうでもいいことなの。大事なのはあなたの事を世界で一番可愛いと言ってくれる人を見つけたら逃さないこと」
そう言って少女のようにおどけて、片目をつぶるクラウディア妃殿下。
やっぱり私にはどの妃殿下よりもずっと綺麗で、素敵な人に見える。
「私も私にとって、特別な人は逃したくない」
私は鏡に映る自分に言い聞かせるように断言する。
いつだって私の側で、憎まれ口を叩きながらも背中を押してくれていたユリウス。今ここで彼に素直になれなかったら、私はもう二度とユリウス以上、わかり合える人には出会えない。そんな予感がした。
「その意気よ、ゾーイ」
クラウディア妃殿下が私の肩から手を退け、私の手を引いて鏡から一歩下がる。
「ほら見て。今のあなたは見違えた。誰から見ても綺麗だわ」
私は鏡に映る自分を見つめる。先程は夜逃げでもしてきたように全体的にヨレていた私の姿が、プロの侍女達の手にかかり見違えるほど小綺麗になった。リボンの形一つとっても美しく見えるよう計算された結び方。
私は少しだけ横を向き自分の髪型に視線を送る。無造作にふわりと編み込まれた髪には白いスターフラワーと共にまるでユリウスの瞳のような紫色をしたラナンキュラスが耳元を可憐に飾り立てている。それは昼間美術館でうっかり凝視してしまったセシル嬢のおくれ毛のように、どの角度から見ても美しく見えるようにしっかりとセットされていた。
「これがわたし?まるで魔法がかかったみたいです」
私は自分史上最高にキラキラとした自分から目が離せない。もしかしたら、ナルシストへの新しい道が開かれてしまったかも知れない。
「そうね。きっとゾーイが素直になったから、本当の自分が見えるようになったのかもよ。さ、行きなさい。アントン殿下があなたを送り届けてくれるはずよ」
「はい、クラウディア妃殿下、ありがとうございます」
私はクラウディア妃殿下に心から感謝し、膝を折り淑女の礼を取った。
そして、急いでアントン殿下の元に向かったのであった。