024 あなたには関係ない(過去)
魔法科の生徒に案内され、私は決闘場所だという魔法科と騎士科が合同で使うという演習場に必死に走った。その間私の頭の中を占めるのは、何故ユリウスが?という疑問だ。けれどその疑問の答えが見つかる前に、私は演習場に到着した。
思ったよりギャラリーがいない事に私は一先ず胸を撫で下ろす。
「ユリウス様には関係がないはずだ」
「ゾーイ嬢、彼女の名誉を守る為だ。真面目に戦え」
演習場の中央でラウレンス様とユリウスは確かに杖と剣をお互い向け合っていた。
「すごい、本物みたいですわ」
「本物よ。だって見て、手袋が落ちてる」
「しかも片方のみですわね」
「本当に地面に叩きつけたのかしら?」
私が心配だからと一緒に来てくれた友人達。
しかし、もはや私を心配してというより、己の好奇心を満たす方向に向かっているようだ。でも確かに、ラウレンス様とユリウスが向き合う間の地面には、不自然に白い手袋が片方だけ落ちている。
私はふとその手袋を見て思う。
「もしや街中で見かける片方だけ落ちている手袋の謎の答えがここに?」
王都でも領地でも。朝でも晩でも。一週間に一回程度は目に入る片手袋。
もしやそれは決闘の置き土産なのかも知れないと私は思わず目の前の理解し難い状況から、思い切り現実逃避とばかり、思考を片手袋に飛ばした。
そんな私の思考を遮るのは、女子生徒の興奮した声だ。
「ユリウス様がラウレンス様を呼び出したの」
「それで片手袋を地面に叩きつけて」
「それから「ベレンゼ伯ゾーイの名誉を守る為、ここに我、汝に対し我が身をもって彼女の身の証を立証する者なり」って、そう宣言して今に至るって感じ」
魔法科の女子生徒が詳しく説明してくれた。
けれど、私には全く意味がわからない。
「私は別に名誉を傷つけられたりしてないのですけれど……」
「そうなの?」
魔法科の生徒が一斉に私に顔を向ける。
「だって、ラウレンス様に婚約破棄されたんでしょう?」
「はい。破棄されましたわ」
私は潔く古傷を認める。
「あっ、思い出した。ラウレンス様が「姉の方ならまだしも」って言ってたって」
「そうよ、それを聞いてユリウス様は怒ってたじゃない」
「そっか。ゾーイ嬢のお姉様ってとっても綺麗だって有名だものね」
知らなかった事実を追加で知らされ、私は古傷に塩を塗られるように心に痛みが走る。
「まぁ、それはあんまりですわ」
「そうよ、ゾーイだって眼鏡を外したら可愛いわ」
「眼鏡をしていたとしてもですわよ?」
「そうね、とにかくお姉様と比べるのはあまり褒められた事ではないわ」
家政科の友人達が一斉に私の肩を持ってくれた。勿論友人補正満載で。
だけど傷口に塩を塗りたくられた状態の心にその優しさはとても有り難い。
「ユリウス様、覚悟!!」
「魔法に勝てると思うなよ」
演習場では既にラウレンス様とユリウスが白熱したバトルを繰り広げている。
剣に風魔法を付与させたラウレンス様。それに対しユリウスは得意の炎魔法を連続してラウレンス様に向けて発動させている。
私はやっぱりわけがわからないと、他人事気味に二人を冷めた目で見つめる。
というのも、ラウレンス様が「姉の方ならまだしも」と口にする気持ちはわかる。だってそれは事実だから。誰だってお姉様と私を比べたらそうなる。
つまり、この状況で一番理解出来ないのはユリウスだ。確かに私とユリウスは親友だった時期がある。けれどここ最近、それこそ数ヶ月はお互い音沙汰なしで疎遠といえる状況だった。それが何で急に私の名誉を守る為にとラウレンス様と決闘しているのかがわからない。
「ユリウスは完全な部外者じゃない」
私は俯き小さく呟く。それに、こんなに目立つ事は望んでいない。地味な私の恋は地味にひっそりと終わったはずなのだ。
「わけがわからない」
私は納得出来ない気持で顔を上げ演習場を見つめる。
するとユリウスが地面にお尻をつけるラウレンス様に向かって今まさにトドメの一発。巨大な炎の玉を放とうとしている所だった。
「やめて!!」
気付けば私は左手に人にはあまり見せたくない、ドクロがついた黒い杖を召喚していた。そして、ユリウスの放った大きな炎の玉に向かって杖の先を向ける。
体に通う魔力が杖の先に集まる。私を表す若草色の髪の毛がまるで猫が逆毛を立てたようにぶわりと広がり、私の分厚い眼鏡のレンズが外に向かってパリンと割れた。そして杖の先から氷の塊が素早く飛び出しユリウスの炎を一瞬にして固めた。
「あっ、出来た」
思わず私は喜びの声をあげる。ユリウスとの練習でずっと出来なかったこと。
私の氷でユリウスの炎を包む。それが今ようやく出来たのである。
「やっぱ、氷は炎に勝てるんだ」
私は満足気に呟き、それから演習場にいるみんなが驚いた視線を私に向けているのに気付き、私は慌てて杖の召喚を解除したのであった。
★★★
正式な手順に沿って行われた決闘に手を出すこと。それはわけも分からず決闘の目的にされた当事者であってもルール違反らしい。という事で私は魔法を使った事が学校中どころか、実家にまで呆気なく知らされる事となり、一週間ほど自宅謹慎となった。
王都にある王立学院からベレンゼ領のタウンハウスに強制転移させられた私を待ち受けていたのは、眉間に青筋を立てワナワナしている両親だ。
「あれほど使ってはならないと言いつけておいたのに」
「ごめんなさい」
「もうゾーイ、あなたは結婚できないわ」
「ごめんなさい」
「しかもクラーセン公のご子息に魔法をぶつけるなど」
「ありえないですわ」
「ごめんなさい」
「ベレンゼ家のものが規則を破るなど前代未聞の事態だ。ご先祖様にどう顔向けすれば」
「あぁ、やっぱり甘やかしすぎたからかしら」
壊れた機械の如く「ごめんなさい」を繰り返す私に対し、最後には父と母は私を叱る事を放棄し、ひたすら嘆いていた。
その代わりにここぞとばかりしゃしゃり出てきたのは兄である。
「全くお前は。どうせ規則違反をするなら見つからないようにしろ。それと、お前クラーセン卿と知り合いなのか?だったら早く言えよ。今度王都に行った時、私に紹介してくれ。わかったな?」
兄はちゃっかり私にユリウスと合わせろと言ってきた。
そして丁度、長男を連れて里帰りしていた姉、フロール。
「ゾーイ、やっぱりあの眼鏡は辞めるべきよ。割れちゃったならいい機会じゃない。きっぱり諦めなさいよ。それに、ちゃんと髪の毛だって私が送ったオイルを塗って。肌もカサカサじゃない。美人は一日にしてならずなのよ?でもゾーイ、あなたが無事でよかった」
そういって姉は家族で唯一私の無事を喜んでくれた。
そんな姉は変わらず優しくて、一児の母とは思えないほど美しく。いや、子供を産んでから益々幸せいっぱい、輝きを増していた。
そして私はというと、久々会えた甥っ子を見てメロメロになった。とまぁ、両親に小言を言われる意外、わりと充実した謹慎生活を過ごしてしまっていた。
そんなこんなで私は謹慎を終え、久々ユリウスと旧実験室のベンチで並んで座っていた。
「――というわけで、お姉様の子、私の甥っ子、名前はテオって言うんだけど、とっても可愛かったです。もうしっかり喋っていたの」
「お前、落ち込んでるんじゃなかったのかよ。それにお前は姉と仲がいいのか?俺はてっきり、仲が悪いんだと思っていたんだが」
呆れた顔を私に向けるユリウス。
「落ち込んでたし、今もまだラウレンス様の事を考えると辛いような。でも、ラウレンス様の仰る通りなの。私のお姉様は確かに綺麗だし、性格もいい。でもそれは本人が努力したから。それに比べて私はずっと僻んで、諦めてばかりだったし」
だってそれは仕方がないこと。
五歳ほど離れた姉は、常に私の五年先を歩んでいるのだ。自分と比べて優れているのは当たり前。悪いのはお姉様じゃない。いつもお姉様と比べる両親や周囲の人。それと何と言っても諸悪の根源は、努力もせずいつも後ろ向きな私自身だ。
「で、お前は卒業したらどうするんだよ」
「結婚するかも。お父様が今回の事でわりとお冠状態なの。だから変な噂が立つ前に本気で私の相手を探すって。魔法使っちゃったし、仕方ないよね」
「お前はそれでいいのかよ」
「いいよ、別に。私だってそれなりに結婚したいし」
それは逃げることなのかも知れない。
だけど、今思い浮かぶ自分の将来はそれくらい。今回の事で両親を怒らせてしまった事は確かだし、姉の幸せそうな姿を目の当たりにし、それもアリかなとそんな風に私は思っていた。
「それって俺がした事。その意味がないってことじゃんか」
ユリウスが悔しそうな声を出す。
「そうだよ。別に私は何とも思ってないのに、何でユリウスが決闘なんかしたのよ、意味分かんないし」
私は口を尖らす。
「お前、本気でそれ言ってる?」
ユリウスが更に不機嫌な声になる。
「お前さ、俺が何で決闘したか。その意味がわかんないわけ?」
「わからないけど。そもそも何でユリウスが今怒っているのかもわからないけど」
「は?普通誰だって怒るだろ」
「怒らないよ。そもそも人の色恋に勝手に割り込んできて、それでおおごとにしちゃって、偉そうに言わないで欲しい」
私はユリウスを睨みつける。
この時の私はユリウスが怒る原因に思い当たらなかったのである。
「お前、魔法省に行くんじゃなかったのかよ」
「無理だよ。魔法省の試験には実技だってある。私は魔法の練習してないし」
「それはお前が途中で投げ出したからだろ」
「ちが……そうだけど」
結局私はひた隠しにしていた魔法を使えること。それを全校生徒に知られた。
それにユリウスが私の為に決闘をしたこと。その事も全校生徒に知られ、色々な噂が立っている。その件に関してはユリウスの自業自得な気もするが、それでもユリウスにこれ以上迷惑はかけたくない。
「お前、またそうやって家族の言いなりになるつもりなのか?」
「それは……」
「俺は、お前には才能があると思ったし、それにお前と一緒に魔法省で働くつもりで、俺はお前に魔法を教えていたんだけど」
「…………」
「わかった。俺がしたことは全部お前には伝わらなかったし、意味がなかった事なんだな」
「それは違うと、思う」
「それに、何で眼鏡、かけてないんだよ」
ユリウスはいきなり私の眼鏡について文句を言いだした。流石にそれはユリウスには関係のないことすぎる。言いがかりにもほどがあると私は苛々する。
「ユリウスが無駄に決闘なんかするから、眼鏡が壊れちゃったんじゃない」
「無駄に?お前は全然駄目だ、一生そのまま、ぼんやりした視界のまま過せばいい」
「は?意味わかんないし」
私の言葉にこれ見よがしない大きなため息をつくユリウス。いちいちムカつく態度である。
「そんな間抜けだとは思わなかった。もういい。俺は自分の事だけ考える。俺は魔法省へ必ず入省して、この国の為に新たな魔道具を開発するんだ」
「勝手にすれば?あっ、ネーミングセンスだけは最悪だから、国民に笑われないように注意した方がいいと思うよ」
「俺のセンスは悪くない。お前の服のセンスの方がずっと最悪だ。何だよ、あの如何にもラウレンスに媚びだドレスは。全然似合ってなかったし」
私はとうとう堪忍袋の尾が切れた。
ガタンと席を立ち上がり、ユリウスを睨みつける。
するとユリウスも席から立ち上がり私を見下ろし偉そうな顔を向けてきた。
「何で人の古傷に塩を塗るような事言うかな。もう最低。ユリウスとは絶交よ!!」
「あぁ望む所だ。ぜいぜい、あの時素直になっとけばって、後で悔やんでも遅いからな」
「その言葉そのままお返しします!!ユリウスなんて大嫌い!!」
「俺もお前なんか大嫌いだッ!!」
私とユリウスはお互い勢いよく顔を背けた。
この日を境に私とユリウスは絶交をした。
今思えば、実にくだらない事でと思わなくもないし、ユリウスは私の事を庇おうとしてくれていた事も理解出来る。けれどそう思えるのは、あの頃より今の私が少なからず歳を重ねたからであって、十五歳の私とユリウスにとって、あの時の喧嘩はいつになく本気だったのだ。
★★★
「それから私は悔しくて、ユリウスを見返すと誓いました。だから魔法科の先生を説得し受験のための、魔法の扱い方を学び、ひたすら勉強して、それで魔法省の試験になんとか合格出来て、今があるって感じです。そして未だにあの時の事をお互い引きずっているので、犬猿の仲のままなんです」
長い話を静かに聞いて下さったアントン殿下に対し、私は話をまとめる。
「引きずってるのは、君だけだ。俺はもうあの時のことを、ちゃんと反省している」
突然ユリウスの声が私の耳に届く。
私は顔を上げ、声がした方を向いて固まる。
「うそ、本物?」
入り口近くの壁際に腕組みをして固まるユリウスがいる。
だけどなんか、マルセル君みたいに体が透けているような……。
これは夢か、そうか悪夢か。私は混乱した結果、とりあえずそんな場合ではないことを重々承知の上、冷たくなった紅茶を口に運んだのであった。ふぅ。