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023 交流会(過去)

 あれは私が十五歳になったばかりのこと。

 媚薬事件以降私は、ユリウスと二人きりになるのはよくないと放課後に行っていた魔法の練習を断り、それをキッカケにユリウスと疎遠になっていた。


 そもそもユリウスと私は授業が被る事のない魔法科と家政科の生徒だ。

 それに加えユリウスは生徒会役員で私は冴えないメガネっ娘。何か特別な理由がなければ疎遠になるのは当たり前。

 そして私達もとうとう最終学年。残す所あと一年となった。そのせいもあって友人達は次々と将来を見据え婚約者を決め始めたし、私もご多分に漏れず騎士科に通うブラウセル子爵家の三男であったラウレンス様を私の婚約者にと、父が決めてきてくれたのである。


 となると、私が十二歳の時「憂鬱」だとか、勝手にペアが決められる事を「おぞましい」と感じていた交流会が、一気にバラ色になるわけで……。


「次の交流会が楽しみ!!」


 婚約者というパートナーを得た事で、私は掌返しもいいところ。今や交流会を楽しみに思うほど、心身共に成長を遂げていたのである。


 しかも私は既に十五歳。家政科で三年ちょっとを過ごし、いいことも悪いこともそれなりに経験し、要領良く生きる技術を身に着けていた。


 その一つがドレスにまつわることである。

 ベレンゼ伯爵家御用達。仕立て屋のテレンスに涙ながらに「私も一度くらいは可愛らしいドレスが着たい。こんな万年喪服みたいなドレスは嫌よ」と泣きつく技を習得。その結果「少しだけですよ」と流行りに寄せたドレスを作成する事に成功していたのである。


「ユリウスとのファーストインプレッションが最悪だったし。絶対にラウレンス様には「似合っているね」って言わせてやるんだから」


 などと完全に浮かれていたのである。


 そして迎えた交流会当日。

 私は如何にも婚約者もちといった感じ。ラウレンス様の目の色に合わせたブルーの少し襟ぐりの空いたドレスに身を包み意気揚々とラウレンス様と共に交流会に参加したのだが。


「君のそのドレスは、背伸びしすぎだと思う」

「……はい」

「次からはもう少しシックで落ち着きのあるものでお願いできるかい?」

「……はい」


 私はものの数秒で撃沈した。

 そう、私は浮かれた挙げ句すっかり忘れていたのである。

 私の婚約者ラウレンス様は父のお眼鏡に叶った人だと言うことを。


 しかし私は諦めが悪かった。何故ならずっと、「もし婚約者が出来たら、交流会でやりたいこと」を密かに心にピックアップしていたからである。

 勿論今までだって、一年生でくじ引きのパートナーとなったユリウスを皮切りに、二十五日周期で訪れる、まるでお給料日みたいな交流会にはくじ引きで用意されたパートナーと共に参加していた。けれどそれらの人はみな、その場しのぎ。結局は赤の他人であり婚約者ではない。そして交流会では婚約者同士にのみ許される暗黙のアレコレがあるのだ。


 というわけで、その日私は果敢にも、真面目を絵に描いたような好青年ラウレンス様に対し、どうしても婚約者が出来たら経験してみたかった提案を口にした。


「あの、ウィンナ・ワルツ。あれを私と踊って頂けますか?」

「あのダンスは、男女が密着しすぎる。私達のような未婚者にはふさわしくないと思う」

「そ、そうですよね」


 確かに最近若者に人気のウィンナ・ワルツは男女の抱擁が含まれるダンスだ。でもだからこそ、婚約者がいる人にしか許されないダンスなのである。それに密着すると言ってもダンスである。言わばスポーツだ。


 しかし断られた以上ダンスは駄目。となれば次である。


「では、後で外に……いきませんか?」

「何をしに?」

「えっと、ゆっくりお話が出来るかと」

「今もしていると思うのだが」

「で、ですよね」


 中庭。それはまさに婚約者同士に許されたエリア。

 二人で肩を並べ星空を見上げる。それだけで心が満たされると思われる、とても素敵なシチュエーションだ。乙女的には人生において一度くらい経験したいと願わずにはいられないシチュエーション。


 しかしまぁ、呆気なく却下されたわけで。


「で、では、ラウレンス様を私のお友達にご紹介させて頂いても?」

「あ、それはまだ早くないか?」

「早いですか?」

「だって私達はまだ、仮の婚約者だろう?」

「なるほど。確かにそうでしたわ。仮ですものね」


 この時私は自分の立場を痛いほど感じた。所詮、私達は領地の事とか、政治的な何かとか、そんな意味を含む政略結婚なんだなと現実に気付かされた。そしてラウレンス様は父に頼まれた側。きっと伯爵である父に頼まれ、断れなくて私の婚約者になってくれたのだと私はすんなり理解した。


 結局私がやりたかったこと。それを尽く却下された私は、ラウレンス様に望まれた相手ではないと理解し、ひどく落ち込んだ。

 けれどよくよく考えれば、ラウレンス様が口にした私への回答は納得出来るものだ。きっと私が夢を見すぎていただけ。大抵の婚約者はみんな我慢している。貴族の結婚なんてそんなものだと。私は無理矢理自分を納得させた。


 それから私達は適度な距離を保つダンスを数曲ほどしたのち、壁際で休んでいた。

 するとそこに、ラウレンス様の御学友だと思われる騎士科の制服、真っ黒な騎士服に身を包む男性が現れた。ラウレンス様の紹介で私達は紳士、淑女の型通りの自己紹介をして輪になった。


「ラウレンス、この娘が君の婚約者なのか?」

「噂のめがねちゃんだろ?」

「おい、そういういい方は」


 ラウレンス様は私に気を遣い、慌てた様子で友人達をたしなめた。

 けれど私は「おい、めがね」と特定の人物に呼ばれる事に慣れていたので「めがねちゃん」とめがねに敬称のようなものがついているので、むしろ優しいなと感じた。


「地味な娘って言ってたけど、なるほど。でも眼鏡を取ったら可愛いとか?」

「だよな、あのフロール嬢の妹なんだろ?」

「すまない。こいつら、普段からだいぶ失礼な奴で」


 慌てた様子で友人を押しのけ、申し訳なさそうに眉根を下げるラウレンス様。

 この時私は自分が他人に、特に男子にどう思われているか、それを初めて自覚した。


 眼鏡をかけた地味な娘。()()フロール嬢の妹。

 自分でもそれはわかっていた。だって事実だから。けれど他人に言われるとこんなにもショックなのだと、それを初めて知った。

 でもそれは私が悪い。だって、私は可愛くなろうとする努力なんてしなかった。それは私がどんなに頑張っても誰もがみんな隣にいるお姉様、フロールばかりを褒めるから。

 だから私は自分が容姿で褒められる事はないと、わりと早い段階で自覚していた。それからずっとトレードマークの分厚い眼鏡をかけて、私の本当に冴えない容姿にみんなが辿り着く前に「眼鏡の娘」そう思われる事で私はたぶん、我が身を守っていたのである。


「お気になさらないでください。私が地味なのはその通りですもの」


 私は自分のせいでその場の雰囲気が気まずいせいになるのが嫌で、泣きそうになりながら笑顔を作って誤魔化した。


 結局こんな事があっても、私は自分に自信がないせいで、ラウレンス様を悪くは思えなかった。それどころか私はラウレンス様に呆気なく恋に落ちた。そして、「この話はなかったことに。我儘がすぎる。約束を遵守出来ない女性はちょっと。疲れました」とラウレンス様に仮婚約を解消されたのである。


 そして密かに傷心し、打ちひしがれている私にユリウス・クラーセンは追い打ちをかけるような事件を起こしたのである。




 ★★★




 一回不幸があると、どうやらそれが続くらしい。

 私は占いの類を信じない。けれど一度引き寄せてしまった不幸が続く不思議。それはわりと信じている。


 その日私は友人達と家政科から伸びる屋根付きの歩廊を歩き、食堂に向かって歩いていた。

 というのも、今まではそれぞれの科が別々になった専用の食堂を利用していた。しかし丁度この時、学校設立二百周年記念だとかで、過去の卒業生が三科合同で利用できる御洒落なカフェテラスを学校の敷地内に建ててくれたからである。


「なんか、一気に騎士科の皆様や、魔法科の皆様が近くに感じるようになったわね」

「ほんと、でも何というか、今更ですわ」

「そうそう。もう数年早ければ、婚約者が決まる前に真実の愛に出会えたかも知れませんのに」

「ちょっと、空気を読みなさいよ」


 塊になって歩く友人達の顔が一斉に私に向いた。


「ははは」


 私は優しい友人達に力なく微笑み返す。

 この時既に婚約破棄をされたばかりの私を気遣う友の図は出来上がっていた。


「それにしても、恋愛に一切興味ないといった感じだったゾーイがやつれるほどショックだったなんて、意外ですわ」

「でも焦る気持ちは理解できますもの」

「そうね、特にゾーイは実家に寄り付かないものね」

「卒業後、どうするか決まったの?」


 寝食を共にした仲間だからこその、実直な質問。


「そろそろ決めないと」


 私は遠い目をして答える。

 というのも、ラウレンス様の一見があって以降ますます、実家の面々とは顔を合わせたくなくなった。気を使われるのも嫌だし、何より卒業後の具体的な話をされるのが今はちょっと無理だったから。


「ゾーイは、大丈夫だと思いますわ」

「そうね、何かいい解決法がきっとありますわ」

「それに落ち込む時は、美味しいものを食べて忘れる」

「うん。それに限りますわね」


 そんなうつむいてばかりの私に友人達は優しく声をかけてくれる。

 友人達の存在は私がここで過ごした時間が無駄ではなかった証。そう思って顔をあげた瞬間、黒い集団が前方から私達に向かって走ってきた。

 シルバーのライン入りの黒いローブ。どうみても魔法科の生徒達だったので、私達白いワンピースに身を包む家政科の集団は暗黙の了解とばかり、壁際に寄り進路を開けた。


「ゾーイ嬢、大変よ」

「決闘ですって」

「早くきて!!」


 見知らぬ魔法科の女子生徒が私の名を口にして、徐に手を引っ張る。


「お待ち下さい。一体どうされたのですか」

「決闘ってなんですの?」


 家政科の友人達が私を連れて行こうとする魔法科の女子生徒に声をかける。

 確かに私も決闘なんてしたくないと、その場で足を踏ん張った。


「ユリウス様よ。なんだかゾーイ嬢への不当な扱いを謝れって、騎士科の生徒に決闘を申し込んだの」


 魔法科の女子生徒が発した言葉。

 それを耳にした友人達は目を丸くし一斉にポケットから扇子を取り出した。そしてポカンと空いた口元を揃って隠したのであった。

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