表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/41

022 頼れるあの人の元へ

 セシル嬢曰く、彼女のお腹にはユリウスの子がいるらしい。


 衝撃の事実を引きずりながら、私はマルセル君と帰路についた。何でもユリウスとセシル嬢はまだデートを続けるとかなんとか。会話の雰囲気からすると、この後パーテイにでも出席しそうな雰囲気だった。全く元気な事である。


 そんな訳で私とマルセル君は自宅へ戻ったあと、超時空転移ドライバーにそれらしき言葉を入力する作業をし、一緒に本を読んだ。それから軽く夕食を食べ、長い一日も終わろうという所。


 湯浴びをしながら私はふと気付く。


「そもそも媚薬って、潜在的な気持ちを表に出す程度のものだよね?」


 それでも媚薬被害にあった私にとってはとんでもなく危険な代物だと恐怖を覚える。けれど言い換えれば潜在的に好意を寄せていなければ、媚薬にはならないわけで。


「ユリウスがセシル嬢とデートをするのは任務っぽかった」


 となると、万が一ユリウスが媚薬を嗅がされたとしてもセシル嬢とどうこうなったりはしない可能性がある。


「とは言え、ユリウスにちゃんと理性があればって感じだけど」


 私は薄目になり、やめやめと記憶の奥深くにセシル嬢のお腹の子の案件を仕舞い込む。


「それにどんな事があっても、私にはマルセル君がいるし」


 自分を励ますよう口にした私は桶に溜めたお湯を頭から被り、綺麗サッパリ嫌な事を流し去る。そして私は湯浴びを終えリフレッシュし、頭をタオルで拭きながらリビングへと続くドアを開けた。

 

 すると先に湯浴びを済ませ、ベッドに寝かせていた筈のマルセル君が何故かリビングのソファーで寝転がっている姿が目に映る。


「マルセル君、風邪をひくからそんな所で寝ちゃ駄目だよ」


 私はマルセル君に声をかけながら、喉を潤そうとキッチンに水を取りに行く。


「マルセルくーん、起きなさい」


 返事がないマルセル君。私は仕方なく先に彼をベッドへ運ぼうと、進行方向を変更する。


 そして異変に気付いた。


 ソファーから力なく床に伸びる手。その先には超時空転移ドライバーが床に落ちている。

 何よりマルセル君の体が透けている……ような気がする。


「マ、マルセル君!!」


 私は急いでソファーに駆け寄る。

 すると気のせいではない。明らかにマルセル君の体が透けている。


「やだ、どういうこと?」


 私は恐る恐るマルセル君の体に触れる。

 すると触れた私の手の平に確かに体温を感じ、少しだけホッとする。

 しかしマルセル君は眉を顰め、なんだか苦しそう。心なしか吐く息も荒い。


「まさか、未来が変わるってこと!?」


 私は最悪な事態を思いつく。

 ユリウスと私。二人が結婚しない未来。そんな可能性が出てきたから、マルセル君の体が透けている。きっとそうだと私は思った。


「でも消えかかってはいるけど、消えてはいない」


 つまりそれはまだ、ユリウスと私が結婚する可能性を残しているということ。


「私がさっさと、告白しなかったから」


 苦しそうに顔を歪めるマルセル君の体を何となく擦りながら、私は自己嫌悪に陥る。でもだからって今更後悔しても、もう遅い。


「問題はこの先どうするかってこと」


 私はユリウスがレストランでマルセル君にかけていた前向きな言葉を思い出す。


『今日の失敗は無駄じゃないからな。むしろ失敗したから気付けたんだくらいで行こうぜ?』


 そう。今の私はまさにそれだ。

 確かに業務的な告白を先延ばしにしていた。その結果がマルセル君の命の危機。

 どう見ても、透けた体のマルセル君。つまりもう一刻の猶予もないということ。


「告白する!!業務的に!!」


 決意した私は立ち上がり、ふと気付く。


「でも待って。こんな透けたマルセル君を誰に預けたらいいの?」


 普通は妻の大ピンチに頼りになるのは夫だ。

 しかし私は未婚の母であり、働く母。


「しかもユリウスはデート中だろうし」


 私は壁にかけた時計を確認する。

 すると午後八時をまわった所。


「パーテイに参加しているとしたら、まだお家には戻ってない時間か」


 貴族の夜は長い。まだまだこれから。私と同族である親の義務を背負うユリウスは呑気にセシル嬢とデート中。全くもって不愉快で最悪な状況だ。


「って、あいつに告白するんだから、あいつには預けられないし!!」


 どうやら私は初めての我が子の発熱と透けた体に冷静さを失っているようである。


「落ちつこう。うん」


 そもそもマルセル君はあまりに馴染み過ぎているが、不法時空侵入者である。

 となると、誰にでも預けられるわけではない。何故なら捕まってしまうからだ。


「超時空ドライバーを起動させて、それでこっそり未来へ返す。それが私の目的」


 そのために私はユリウスに業務的な告白をしなければならないのである。


「しかも早急に」


 更に言えば、熱っぽく、透けているマルセル君を何処かに預けない限り私はユリウスに告白する事は不可能だ。だから誰かに預けなければいけない。そしてその誰かはマルセル君に情けをかけてくれそうな人で、なおかつ権力者だとなおいい。


「あっ!!」


 私の脳裏にある人物の顔が浮かぶ。

 マルセル君を預けるとしたら、その人しかいない。

 それで駄目ならもうマルセル君と正直に魔法省に出頭しようと私は覚悟した。


「着替えなきゃ」


 流石に寝間着で訪ねるわけにはいかないと、私は今日二度目のお色直しをすべく、慌てて寝室に向かったのであった。




 ★★★




 マルセル君に季節外れの外套をかぶせ、馬車を手配し私が訪れたのはセントラルでも超一等地。王族に纏わる人が集結するエリアである。


 取り敢えず着替える前に魔法の手紙で先触れを出しておいたので、私は立派な門の前に立つ衛兵に引き止められる事なく、敷地に侵入する事ができた。


「全く貴族のお屋敷って、門から先が無駄に長いのよ」


 アパートメント暮らしが既に体に染み付いた私。

 馬車の中でマルセル君をしっかりと抱きしめながら、焦る気持ち満載で一人悪態をついた。そして屋敷に到着すると、直ぐに私が頼った人物、アントン殿下が直々に出迎えてくれた。


「一先ず、こっち」


 挨拶もそこそこ。アントン殿下に連れられ、私は客室らしき部屋に通される。


「あらあら、可哀相に。熱があるみたい」


 部屋で待っていたのはアントン殿下の奥様、クラウディア妃殿下である。


「盥に氷嚢。それから冷えピタットを」


 マルセル君を素早く着替えさせ、メイド達にテキパキと指示するクラウディア妃殿下。既に二児の母である頼もしい彼女の登場によりホッとしたのか、私は一気に体の力が抜け腰をぬかした。


「まぁ、ゾーイ大丈夫?子供が熱を出した時はこのまま目を覚まさないんじゃないかって、とても不安になるわよね。でも大丈夫。うちの子も良く熱をだすけれど、ちゃんとその度目を覚ましますもの」


 床に無様に座り込む私に寄り添い、力強く励ましてくれるクラウディア妃殿下。


「マルセル君は私の子なんです」

「わかったわ。ここは任せて、殿下に事情をきちんとお話しなさい」

「はい」


 普段からお世話になりっぱなしである上司の妻、クラウディア妃殿下。深く事情を私に尋ねる事なく、しかし「邪魔よ」と私を部屋から追い出した。


 そして、役立たずの私は別室にてアントン殿下に今までの事を説明する。勿論夫になるであろう人物の名は、ひとまず伏せておいた。


「――というわけなんです」

「ふむ、やっぱりあの子が不法侵入者だったんだね。まぁ、そうじゃないかと思っていたけれど。で君の結婚相手はやっぱりユリウスなのかい?」


 シックな青い壁紙の部屋。

 とても座り心地の良いソファーに向かい合って座るアントン殿下と私。

 普段職場ではお互いローブ姿なので、すっかり忘れがちだが、アントン殿下は王子殿下である。


 貴族らしい品の良いシャツとズボンに身を包むアントン殿下。そして昼間と同じピンクグレーのドレスに身を包む私。こうして正式な格好で向かい合うと、アントン殿下の王子オーラに当てられ、私は萎縮した気分になる。


「今のところ、辛うじてそうみたいです」

「辛うじて……まぁ、あの子が透けてきちゃってるしね」

「はい。だから何としてでも今夜中に私はクラーセン卿に業務的に告白をするつもりです」

「業務的にねぇ……」


 私に含みある表情を向けるアントン様。


「君は魔法省に就職するにあたり、ご家族の反対にあったと言ってたけど、それでも頑張って説得し、今堂々と働けているわけだ」


 急に何を言い出すのだろうかと、私は訝しみながらもアントン殿下の話に静かに頷く。


「その時頑張れたのって、いつも君の側にいたユリウスの存在が大きいんじゃないかな?」

「確かに魔法省に就職できる可能性を教えてくれて、それで色々協力してくれたのはクラーセン卿です」


 記憶を思い返してみてもその事は間違いない。ユリウスと出会えたから、今の私がある。それは確かだ。


「あのさ、みんなあの二人は一体いつ結婚するんだろうって、わりと微笑ましく見守っている状況なんだけど。気付いてる?」


 思いもよらぬ状況を明かされ私は驚く。


「つまり、君以外ユリウスに対する君の気持ちに気付いているってこと。おかしいよね。何で本人だけ頑なに認めないんだろう。一体何があったの?何でゾーイ、君は素直になれないんだ?」


 大真面目な顔を私に向けたアントン殿下。その口から飛び出した問いかけに私は体を強張らせる。


 ずっとずっと、私がユリウスを嫌いだと自らに言い聞かせるきっかけとなった事件。その記憶を思い出し、つい顔を暗くする。


「とりあえず、一杯飲んで。それから聞かせて」


 アントン殿下はティースプーンに乗せた角砂糖にブランデーを少しだけ落とした。私はじわじわと角砂糖にブランデーが染み込む姿を見つめる。


「いつかはさ、みんな大人にならなきゃいけない日がくる」


 アントン殿下は杖を召喚し、その先からほんの僅かな炎を出した。そして私の紅茶の上にスプーンを乗せ、スプーンに乗せたブランデーに浸された角砂糖を溶かす。


「こうして飲む紅茶は格別なんだ。だけどこの飲み方は子供にはオススメしない。君がもう大人だから私は君にどうぞと口に出来る」


 アントン殿下は私の紅茶に溶かしたブランデー漬けの砂糖を浸した。


「さ、どうぞ」


 私は少しだけ躊躇する。何故ならそういう飲み方をした事がなかったからだ。

 だけど私はもう大人。アントン殿下の言葉が胸に響く。そして脳裏にマルセル君、それにユリウスの顔が浮かび、私はアントン殿下がブランデーを落としてくれた紅茶に思い切って口をつける。


 初めて口にするブランデー入りの紅茶は、いつもの紅茶よりずっとまろやかで甘く感じる。苦いと思っていたけれど香りも豊かになり、まさに大人の嗜み方だと私は思った。


「さてと、どう?落ち着いた?」


 アントン殿下の問いかけに私は覚悟を決め頷く。


 そして私はゆっくりと、ユリウス・クラーセンに対し、素直になれない理由。

 そのキッカケとなった話を語り始めたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ