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002 私は恋などしていない

 私は就職先が公的なものという事くらいしか取り柄のない齢十七歳、仕事に生きる女、ゾーイ・ベレンゼである。


 魔法管理局勤務という職業柄、法を重んじた結果、恨みを買ったり人に嫌われる事があるのは重々承知している。


 しかしそれにしたって、これはやりすぎだ。


 私は目の前の見た目だけは天使に見える、純真無垢を絵に描いたような男の子。自称マルセル・クラーセンを見つめつつ、根本的な質問を投げかける。


「その話が真実だとして、未来のマルセル君が一人で過去に来る事を、クラーセン様は認めたってこと?」

「…………」


 私の問いかけにダンマリを決め込むマルセル君。


「まさか、超時空転移ドライバーとやらを家族に内緒で無断使用したわけじゃないよね?」

「だって、母様に内緒にしたいのに言えるわけないだろッ!!」


 逆ギレするマルセル君の言葉を受け、私は職業病を発症させる。


「そもそも魔法規定第三百六十六条、自らの私利私欲の為に時空転移を行ってはいけない。つまりマルセル君の行為は規定違反なのよ?そして十五歳未満の未成年が起こした犯罪については保護者も監督責任を問われます。よってユリウス・クラーセン様が父親であるとマルセル君が主張するのであれば、ただちに奴を捕縛せねば!!」


 私は淑女らしからぬ勢いで、ガタンと音を立て椅子から立ち上がる。


「母様、落ち着いて。父様も母様も悪くない。僕が自分で勝手に未来に来たんだ。それにもし僕の勝手な行動で保護者責任を問われるのだとしたら、父様だけじゃない。母様だって捕縛されるべきだよね?」


 向かい側から腕を伸ばし、行かせまいと私の手首を掴むマルセル君。


「悪いけどユリウス・クラーセンとは赤の他人だし、この先もずっと赤の他人の予定です。それにタイムトラベルに関する事は最優先事項であり、かつ、国家最重要案件。何故なら過去を私利私欲の為に改変する事は我が母国、リリロサ王国では固く禁じられているからよ」


 私は言い切るとストンと腰を下ろした。


「何でそんな風に言うんだよ」


 マルセル君は眉根を下げた。私はマルセル君を虐めたい訳ではない。マルセル君の容姿に見え隠れするユリウスにきちんと罰を与えたいだけだ。


「しかも時空規制法によると、過去への干渉は重罪。となれば過去から続くユリウス・クラーセン様と私の間に流れるあんなことや、こんな事に関する因縁に対しついに決着がつく。つまりあいつもついに命運が尽きる事になるわけ。そしてようやく訪れる私の平和。ふふふ愉快でしかないんだけど」


 ユリウス・クラーセンが牢に入れられる姿を想像し、私は自然と口元を緩ませた。


「ミジンコ以下とか言うくせに、やっぱり母様は既に父様を好きなんだ。安心したよ」


 ホッとした様子で私に笑顔を向けるマルセル君。


「は?」


 マルセル君の頓珍漢な解釈に私は間抜け面を晒す羽目になる。結婚適齢期を迎えた淑女なのにである。


「だって、嫌いなら無視するでしょ?会いたくもないはずじゃん。けど母様はいま直ぐ、父様の所に押しかけようとしている。それは潜在的な部分で、会いたいって思う気持ちがあるからだよね?」


 突拍子もないマルセル君の推測に私は大きくため息をついた。何故なら自分が誰を好きかなんて、私以外知るわけがない。そして悲しいかな、仕事に生きる私には恋愛に(うつつ)を抜かす心の余裕も暇もない。よって現在私には思い当たる限り、意中の彼などいない。


 それに加え、私はユリウス・クラーセンなど好きではない。むしろ苦手だし、大嫌いだ。


「マルセル君。いい?私は魔法管理局の職員として見過ごす事が出来ないだけ。たとえ時間外勤務だとしても職務を全うする。そこに恋愛感情は一切関係ありません。仕事だから嫌だけど、重くなる心に蓋をして会いに行かなくてはならないというわけ」

「でもまだ父様。えっと正しくはこの時間軸に存在するユリウス・クラーセンは母様の事が好きじゃないかもよ?だから今行っても、程よく追い返されるだけだと思うけど」

「なっ、わ、私だってあんな奴大嫌いよ!!」


 私は思わず感情を爆発させる。ユリウス・クラーセンが私を嫌い。それは間違いない。水と油と称される私達は仲が悪い。それは疑いようのない事実だし、認める気持ちもある。

 しかし、何だか第三者にはっきりとユリウス・クラーセンに嫌われていると言われるのは癪に触る。


 一体どうして、嫌いな相手に嫌いと思われているという事実を突きつけられ、ここまで苛々するのか……私は自分に戸惑う。


「ほら。やっぱり母様は父様が好き。無関心ならそこまで怒らないし、気にかけたりしない」

「だからそれは……」

「それに父様が言ってた。母様は恥ずかしがり屋だから素直になれない所があるし、規律正しく、自分にも他人にも厳しくあれ。それを家訓にするベレンゼ家の人間として、いつも優等生を演じている。だけど本当は父様なんかよりずっと、羽目を外したくて仕方がない人なんだって」

「なっ、ち、違うわよ」


 生まれてこのかた自分にも、そして勿論他人にも隠し通している密やかな願望を言い当てられ、私は激しく動揺する。


「だけど父様はこうも言ってたよ。母様のそう言う所が自分に似ていて、ずっともどかしかったって。もう少し早く気づけば良かったと後悔もしているそうだよ。だから喧嘩ばかりしていたけれど、それは愛情に通じる気持ちで、受け入れたら幸せが待ってるんだってさ」


 大人ぶり淡々と、分かり切った事実であるかのような口ぶりのマルセル君。

 その言い方も、何処か人を小馬鹿にしたような態度も、ユリウス・クラーセンに見えて私はついに堪忍袋の尾が切れた。


「知った口聞かないで。私が抱える気持ちは私のもの。誰にもわかりっこない。一体あなたは誰に頼まれて私に意地悪するの?」


 相手は年端も行かぬ子供だ。それなのに私は言い負かされて悔しくて泣きそうになる。ついでに子供相手に声を張り上げるなんて道義に反するし、この状況を誰かに見られたら、規律に厳しい事でその名を馳せているベレンゼ家の一員として恥ずかしくて生きていけないと、すこぶる怯えた。


「だから何度も言うけど、僕はマルセル・クラーセン。ゾーイ・ベレンゼとユリウス・クラーセン。その二人が近い将来産む子供なんだけど。産んだからには僕の人生が真っ当にこの先も続くよう協力する義務、あるよね?早く僕を未来に戻してよ!!」


 言いきるや否や、私が手ずから入れた一級品の紅茶に優雅な所作で口をつけるマルセル君。


「うっ、まっず。ねぇ母様。お願いだから二度と紅茶を自ら入れようとしないでくれるかな?」


 マルセル君は顔を顰め、私にやれやれと言った生意気な視線を送りつけてくる。

 その姿を目の当たりにし私は思った。


 人の善意をことごとく無駄にする男。ユリウス・クラーセン。あいつがまさにここに居る……と。

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