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016 首がもげたらしい2(過去)

 友人達が青ざめたのち、私を「冷酷」「無慈悲」「最低」と罵った。

 だから私は自分がそれらに該当する人物ではない事を自分自身に証明するため、密かに医務室付近を探索する事にした。


 騎士科、魔法科、家政科。併設する三科の医務室は共有なのである。


 私は泳ぎ続けていないと息が出来ない魚のように、ウロウロと医務室のドアの前を何往復もした。


 流石に腕と首がもげたという情報のせいだろうか。悲惨な状態のユリウスと遭遇した場合を考慮した結果、遭遇に耐えられないと判断した者が多かったようだ。私にとって幸運な事に医務室前を回遊している生徒は私一人。他の生徒は見当たらない。


 このままじゃ泳ぎ続ける魚代表、マグロになってしまう。だから後三周ほどしたら帰ろうと私は決意し、医務室のドアの前を通過した時。


 医務室のドアから王立学院の学院長、それから魔法科らしくローブを来た先生。続いて医務室の先生が難しい顔をして出てきた。その後真っ青な顔でシクシクと涙を流す美しい女性。そしてその女性の肩を抱く難しい顔をした男性が廊下に現れた。


 何処か悲壮感漂う彼らは私に気付く事なく別の部屋へと消えていく。


 本当はただ何となく外から様子を窺うつもりだった。けれど大人たちの深刻そうな表情を目の当たりにし、気付けば私は医務室の中にこっそりと侵入していた。


「うっ……」


 思いの他暗い医務室。苦しそうなうめき声が聞こえ私は顔を顰める。私は忍び足で白いカーテンが引かれたベッドに近づいた。そしてカーテンの合わせ目からこっそり中を覗き込む。


 すると魔法科の制服がズタボロに破れた状態で、ベッドの上に寝かされるユリウス・クラーセンの痛々しい姿があった。赤く腫れた部分が生々しい。患部の状況的に咄嗟に顔を庇ったらしく、腕にやけどが集中しているのが見て取れる。

 私はじっくりユリウスのやけどを観察し、まるで自分にその怪我が乗り移ったかのようになる。急に私の体はじんじんと痛み出し、全身の力が抜けそうになったのだ。


「なんだ。やっぱり腕も首ももげてないじゃん。心配して損した」


 咄嗟にカーテンに掴まり、私は泣きそうになりながらいつも通り憎まれ口を叩く。そうすることでなんとか気力を保とうと思ったからだ。


「うぅ……」


 ユリウスからの返事は苦しそうなうめき声のみ。


「痛いの?」


 私の言葉に顔を顰めるユリウス。

 目の前には真っ赤になった左腕が力なく投げ出されている。


「絶対秘密だからね?言ったら……結婚できなくなっちゃうんだから。ちゃんと秘密にしてよね。それに父様に叱られたら、私は悪くないって庇ってよね」


 私は小声で念を押すように苦痛で顔を歪めるユリウスに告げる。

 どうせ聞こえてないと思った。けれど、これから父様との約束を破ること。それがとても怖くて、どうせなら一緒に叱られてもらおうと思ったのだ。


「うぅ……」


 もはやうめき声しかあげないユリウス。

 私は段々とこのまま死んでしまうのではないかと不安な気持ちになり、慌てて手のひらに杖を召喚した。


 シュッと音がして私の手のひらに黒っぽい枝に骸骨がついたような杖が召喚された。

 私は得意の氷魔法を杖の先からゆっくりと放出させ左腕に当ててみる。火傷をした時は、冷やすと痛みが誤魔化せると私は知っていたからだ。


 するとユリウスの苦悶の表情が少しだけ和らぐのが確認出来た。冷やすといい。どうやらそれは間違いなさそうだ。


「役に立ってるのかな」


 私は赤く腫れた部分をなぞるように、杖の先からパラパラとこぼれ落ちる冷気を当てる。

 しばらく無言でユリウスの体を冷やす事に集中する。


 部屋の中に響くのは、レトロな置き時計のカチカチと規則正しく時を刻む音。それから苦しげなユリウスの吐く息の音。それと私の杖の先から放出されるパラパラとした小さな氷の音だけだ。


 それを無言で耳にしながら、私はユリウスの患部を冷やした。

 すると突然、置き時計がボーン、ボーンと大きな音を立て、時間の経過を私に知らせた。ふと我に返りカーテンから顔を出し、私は置き時計が示す時間を見て慌てた。


「まずい。もう寮に帰らなきゃ」


 私は杖の先から流していた魔力を停止させる。


「うっ」


 その途端ユリウスの顔が痛みで大きく歪んだ。


「痛いの?でも私も帰らないと」


 苦しむ人間を見捨てるようで、とても心が痛む。けれど寮の門限は絶対だ。

 何かいい方法はないかと考え、私は閃く。

 急いでポケットから明日提出しようと思っていた私の作品。刺繍入りのハンカチを取り出し、ベッドの上に置く。それから私はハンカチ目掛け、ありったけの魔力をそこに込めた。


「わ、できた」


 私は思わず怪我人を前に弾んだ声を出してしまう。

 というのも私は生まれて初めてこの時、大きな氷の塊を作る事に成功したからだ。


「魔法科に通うくらいの人なら他愛もない事だろうけど」


 私は父様に「女なのにみっともない。結婚出来なくなる」と自分が得意な魔法を学ぶ事を許されてこなかった。だから今初めて成功した魔法に心が自然と弾んでしまったのである。


「って、早く戻らないと」


 私は出来たばかりの氷をハンカチでくるりと巻いた。そしてそのハンカチに浮遊の魔法をかける。それからユリウスの体の上に魔力で軌道を描き込む。こうする事でハンカチに包まれた魔法の氷は魔力が尽きるまで、ユリウスの赤く腫れたやけど部分をなぞるように移動するはずだと、咄嗟に閃いたからだ。


「成功しますように」


 私は慎重にキラキラ光る魔力の上に氷を包んだハンカチを乗せる。

 すると氷を包んだハンカチがまるで魔法列車が走行するようにゆっくりとユリウスの体の上で動き始めた。


「やった」


 私は自分の出来に満足し、それから思い出したように慌てて医務室を後にしたのであった。




 ★★★




 騎士科、魔法科、家政科。王立学院の名門三科。

 授業での接点はないに等しいが、敷地面積の関係か意外に共用して使う施設が存在する。

 その一つが図書館だ。


 その日私は図書館でレポートを書いていた。

 何故なら、刺繍の授業で赤点を取ってしまい、その補講として「刺繍の歴史」というレポートを作成する羽目になったからだ。


 元々赤点ギリギリといった出来栄えであった私のイニシャル入りのハンカチ。そのハンカチは見事、火傷で苦しむユリウス・クラーセンの体の上を走る魔法列車と化した。その結果一夜漬けのやっつけ仕事で作成し提出した誤魔化しのハンカチ。それが見事最低点を叩き出し、刺繍の先生を酷く悲しませてしまったのである。


『ゾーイさん、人には向き不向きがあります。けれど何事も誠意を持つ事が大事よ?』


 私の無様なハンカチを見て、涙を浮かべる大袈裟な先生。でも言い方は優しくて、私は甘んじて誠意を持ちレポートを作成しているところである。


 カリカリと魔法のペンを走らせる私の隣に、魔法科の銀色の刺繍が入った黒いローブが映り込む。


「おい、めがね」


 私はその言葉を受け、無言で参考に開いていた本をパタリと閉じた。

 それから広げていた文房具をペンケースに仕舞い、ガタンと音を立て席を立つ。家政科で習得した流れるような自然に美しい動作で回れ右をして、何事もなくその場を離れようと足を踏み出す。


「おい、ゾーイ・ベレンゼ。逃げんな」


 私の腕がガシリと背後から伸びてきた手によって掴まれた。


「は?人違いなんだけど。しかも女性に許可なく触れるとか、最低な行為ですわ」


 私は振り返り、そこにいる人物。窓から差し込む光を受け、いつも以上にキラキラ感が増している、ユリウス・クラーセンを睨みつけた。


「汚れ一つない白い制服、葉っぱみたいな髪色。それに分厚い眼鏡。俺にいつでも敵意を向ける女。それら全ての特徴を兼ね備えたやつなんて、ゾーイ・ベレンゼ、お前しか俺は知らない」

「他人の空似じゃないですか」


 私はユリウスに掴まれた自分の腕を引っ張る。


「いてっ」

「あ、ごめんなさい」


 手を離したユリウスが突然顔を顰めたので、私は慌てる。何故なら彼が火傷をしたのは先週のはず。驚異的な回復力ではあるが、きっと魔法の力だろう。だけど、やっぱりまだ病み上がりなのだ。


 顔を顰め、腕をさするユリウスに私は罪悪感いっぱい。しょんぼりとした顔を向ける。


「冗談だ」


 突然いたずらが大成功と言った無邪気な笑顔を私に向けるユリウス。


「は?火傷したんでしょ?」


 いつもなら怒る所だ。しかし私はユリウスが死にかけた姿を目の当たりにしている。だから痛むんだよね?と私は文句を口にしたい気持ちを抑え、自然とユリウスの腕に視線を送る。


「何か知らないけど、へったくそな刺繍入りのハンカチに包まれた魔法の氷が俺の体を冷やしてくれたらしい。それにまぁ、軍の回復魔法のスペシャリストが治してくれたんだ」


 ユリウスが白いシャツの袖をめくり、私に両腕を見せてくれた。するとあんなに真っ赤に腫れていた部分が綺麗に跡形もなく完治していた。


「お礼になんかする。なんでも、欲しいものでも食べたいものでも言えよ」


 ユリウスは私から顔を背け、腕まくりしたシャツを戻しながら業務報告といった口調で私にそう告げた。


「いらない。あんたに恵んでもらわなくても自分で買える。それに私は何もしてないし」

「は?俺が奢ってやるって言ってんだけど」

「だからいらない」

「けどそれじゃ俺の気がすまないし、ずっとお前につきまとってやるからな」

「は?なにそれずるい」


 私はユリウスをにらみつける。するとユリウスも私を睨み返してきた。

 しばらくその状況で時が止まり、先に私が根を上げた。


「わかった、降参。あのね、実は一度でいいんだけと、魔法で実験したい事があるの。良かったら付き合ってもらえない?」


 この時、私は自分が少しだけ変化したのを感じた。

 今までだったら何がなんでも魔法が使えるなんて事を隠し通していたはずた。

 だけど、私の中で校庭で楽しそうに魔法の授業を受けるユリウス達を見ているうちに、私の中でお父様の言う事よりも、私もやってみたいと思う好奇心が勝ったのである。


 それから私はユリウスに私が魔法を使える事を他の人には絶対に秘密にすると硬く約束させた。


 そして更なる運命の日が訪れる。私はとうとうユリウス相手に炎魔法と氷魔法。一体どちらが強いのか、その実験に付き合ってもらう事になったのだ。


 実験会場となった場所は、今は使われていない校舎の端にある、旧実験室という場所。


「な、なんで……」


 呆気なくついた勝敗に愕然とする私。


「そりゃ、氷は炎で溶けるから」


 ガラスのプレートの上で、私が作った氷はユリウスの炎にみるみる包まれ溶けて行く。全くもって仰る通りといった状況だ。


「で、ですよね」

「けど、氷を水にすればいい」

「水に?」

「めがね、お前の氷魔法はすごいと思う」

「ほんとに?」


 眼鏡と呼ばれる事に異論はある。

 しかし、褒められたので気分良く許す事にする私。


「そもそも氷は個体になった水だ。つまり、魔力を調節し水を召喚する事を覚えれば、お前は俺の出す炎を消す事が出来る」

「確かに。でも私は魔力の調節なんてわからないし」

「なぁ、お前は何で魔法科の試験を受けなかったんだ?」


 唐突に投げかけられた質問に私は俯く。


「複雑な家庭の事情です」


 私は消え入りそうな声で答える。


「そっか。まぁお互い色々あるよな。けど、お前のその才能を埋もれさせるのは勿体ないぜ?」

「そ、そうかな」

「魔法省に入れるレベルだと思う」


 ユリウスの言葉に私はハッとする。

 今まで漠然と自分がこの先歩む人生の終着点は結婚だと思っていた。だから働くなんて選択は思いもよらなかったからだ。けれどもし、働く事が許されるのであれば、あの家に戻らなくて住むと、私はこの時初めて自分の未来に明かりが灯った。


「ほんとに、入れるかな」

「それは今後の努力次第」

「じゃあ無理よ。私は魔法科の生徒じゃないし」


 一瞬で明るい未来が絶たれた。

 希望を抱かせるような事を口にしておいて、それは酷いと、八つ当たり気味に私はユリウスを睨む。

 そんな私にユリウスが意地悪く笑みを返してくる。


「けど、俺がお前の未来の可能性を伸ばしてやってもいい」

「クラーセン様が?」

「毎日は無理だけど、まぁ、暇を見つけたらお前に魔法を教えてやらない事もない」

「クラーセン様が?」

「……他に誰がいるんだよ」

「いません。でもお父様に知られたら」


 私はしょんぼりと躊躇する言葉を口にする。

 すると、ユリウスがガラスのプレートの上にボッと炎の玉を召喚した。


「消したいんだろ、これを」


 ゆらゆらと力強く揺れる炎。

 それを消すことが出来れば、私の未来は開ける。


「自分らしく生きたいと願うなら、どこかで自分を縛る者に背を向ける勇気を持たないといけないんじゃないか?」


 ユリウスの言葉は私の心に強く響いた。

 確かに私は今のままでは嫌だ。変わりたいと願っている。そして私を縛る両親はここにはいない。


「どうする?俺はこう見えて忙しいんだ。早く決めろ」

「教えて、魔法」


 ユリウスにはっきりと告げる私。


「全く、最初から素直に頼めよな」


 やれやれといった感じでニヤリと口元を緩めるユリウス。


「言っとくけど、教えるからには手を抜かないからな」

「臨むところよ」

「いいか?お前はお願いする立場なんだぞ?」

「クラーセン様こそ、私に少しは救われたくせに」

「ほんとお前、可愛くないな」

「大きなお世話!!」


 私とユリウスはお互い睨み合い、それからプイと顔を背けた。


 こうして私はユリウスに少しづつ放課後、魔法を教えてもらう事になったのである。


 そんな懐かしい夢を久々見て、私は穏やかな気分で目覚めたのであった。

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